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魔女ルシエンヌの物語  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅳ「異端の森」

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39/73

◆2

 アジュールの王都、レイブルは美しい都だった。

 水に囲まれた水都とでも言おうか。水路が整備され、城下町は馬車よりも多くの舟が渡っている。


 水路の底は水をより美しく見せる寒色のタイルになっており、そこを透き通った水が流れる。舟も景観を大事にするのか、ほとんどが白か黒で、みすぼらしいものはなかった。


 王都に相応しい、優雅な風光だ。

 アジュールは魔術師の国だから、水害も抑え込める。だからこそ成り立つ都だろう。


「あら、綺麗なところねぇ」


 ルシィも自然とつぶやいていた。

 アージェント王国の都には大昔、呼ばれて赴いたこともあるが、やたらと装飾的で目が休まらなかった。ここは、自然との調和が守られているような色合いで、街路樹も生き生きとして見えたのだ。


「……私の生家も都にあるが、滞在はそちらではなく宿を使うつもりだ」


 そう言ったクリフを振り返り、ルシィはさりげないふうに笑ってみせる。


「家族と仲が悪いのね」


 腫物扱いするより、いっそ傷口に塩を塗り込んで、痛いと(わめ)いたら慰めればいいのだ。

 しかし、クリフは喚かなかった。


「そういうことだ」


 あっさりと返された。つまらない。


「ハミルトンは?」


 ルシィがその名前を出すと、それも気に入らなかったのか、クリフはさらに仏頂面になった。


「騎士団の宿舎だろう。家にはいない」

「ふぅん」


 そこで不機嫌になられる筋合いは、少なくともルシィにはない。

 じっと目を見たら、クリフの方が疚しかったようで目を逸らした。勝った。


「宿に落ち着いたら、夜会服を選びに行こう。私は用意してあるから、君のだ」

「ええ」



 宿は、ルシィからしてみれば城かと思うような大きさだった。ホールだけで〈カラスとオリーブの枝亭〉よりも広い。ルシィは宿に泊まったことなどないので、すべてクリフに任せきりでぼうっと待っていた。

 通りすがりの人々は皆、ルシィを振り返り、今度はクリフを振り返った。どちらも目立つ二人である。


「部屋は三階、君は迷子になりそうだから私の隣室にしてある」


 戻ってきたクリフに鍵を渡された。金色の鎖とプレートがついている。


「あら、部屋は別々なのね」


 装飾的な鍵を眺めながら何気なく返すと、クリフの顔が引き攣った。


「当然だろう」

「当然なのね」


 まあ、ルシィとしてはどちらでもいい問題である。


 今回出かけることになって、荷物を入れるためのカバンをハンナが買ってくれた。着替えを少し詰める程度の大きさだが、猫のチャームがついていて可愛い。


 その荷物を宿の部屋のサイドテーブルに置いた。部屋は、クリフの館くらいには立派で、この宿は庶民が泊まるところではないのだろうと思えた。


 鍵を持って外へ出たところでクリフが待っていた。ルシィが自分の部屋に鍵をかけると、クリフが手を差し出す。ルシィがその手を握ると、違うと言われた。


「鍵を出してくれ。フロントに預けてから出かける」

「はいはい、鍵ね」


 ルシィが鍵を差し出すと、クリフは笑いを噛み殺していた。


「君の行動はいつもよくわからないから驚く」


 そうだろうか。驚かせようと思ったことは一度もないのに、変だ。

 ルシィは、ふぅ、と息を吐きながら髪を掻き上げる。


「お互い様としておきましょう」

「どこが?」



 ルシィがクリフと共に外へ出ると、往来には人が多かった。皆が早足だ。

 ルシィも最近では随分転ばなくなってきたつもりだが、あの歩調に合わせていたら転ぶかもしれない。


 それと、迷子にならないようにしなければ。宿の中でさえ迷子になりそうだと言われたルシィだ。城下町なんて、余計にわからない。


 歩き出す前にクリフの腕につかまった。これなら迷子にはならないし、転びそうになってもつかまるところがある。

 しかし、クリフにはこれがまた予想外の行動だったのだろうか。目を瞬かせてルシィを見た。


「どうした?」

「どうもしないわよ。服を見に行くんでしょう?」

「あ、ああ」


 クリフの戸惑いに、ルシィは不敵に笑ってみせた。

 少し前までの険悪な関係が嘘のように思えるのだろう。ルシィなりに助けてもらったと思っているから、この変化は当然なのだが、クリフからすると特別なことは何もしていないと感じるのかもしれない。


 服飾店は宿からすぐ近くにあった。

 クリフは店員に簡単な説明をしただけですぐに窓際のソファーに腰を下ろした。後はルシィが店員に好みを伝えるなり、店員に見立ててもらうなりすればいいとのことだ。


「明日、着つけとセットもこちらでとのことです。ドレスやアクセサリーに何かご希望はございますか?」


 にこやかな女性店員に、ルシィは少し考えた末に希望を伝えた。それによって選択肢は狭まり、試着をしてすぐに決まったのだ。


「早かったな?」


 ソファーに座っていたクリフに驚かれたほどには早い。


「ええ、私は何を着ても似合うから」

「自分で言うんだな……」

「あなたが言ってくれてもいいのよ」

「…………」


 何故か黙られた。

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