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魔女ルシエンヌの物語  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅲ「魔女の善き友(下)」

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36/73

◆7

 クリフの魔力は、多分どんな薬よりもルシィの傷にはよく効いた。

 少しずつ痛みが和らいでいくのを感じる。ただし、いつも以上に魔力を吸っているから、クリフの疲労感は強いはずだ。


 ルシィは朝になり、随分楽になってからまぶたを開いた。痛みが完全になくなったわけではないが、下手に動かなければ少しはマシだ。

 手は約束通り繋がっている。クリフは繋いだ手を祈るように自らの額に当てていた。


 ルシィはベッドの傍らにいるクリフを目だけ動かして見遣った。

 朝陽が漏れるだけの室内がまだ薄暗いこともあり、顔色が余計にひどく見えた。魔族を撃退するために力を使い果たした時と同じくらいには疲れているのではないだろうか。起きているのか眠っているのかもわからない。


 一度にこれ以上魔力を吸うと、クリフが干からびそうだ。ルシィは魔力を吸うのをやめた。

 それでも、繋いだ手はそのままだった。ルシィが振りほどけないほど、クリフの手はしっかりとルシィの手を握っている。


 普段よりも魔力がよく吸えたのは、無意識のうちにクリフがそのような魔力の流れを作ったからではないのか。

 命を注ぐように、ルシィに力を分け与えようとしたかのような――。


 クリフが人を救うことに使命感を持っているのはわかった。

 相手がどんな態度を取ろうとも、弱者は庇護する。

 ルシィは、ごめんなさいのひと言が言えなかったけれど、今は言いたい。


 クリフやセイディに謝られた時、ルシィは少しも嫌な気分にはならなかった。むしろ、謝意を嬉しく思った。

 それなら、ルシィも謝ればよかったのだ。それができなかったのは、無駄なプライドでしかない。ルシィが謝ったら、クリフは受けてくれただろう。

 きっと、それは今からでも遅くはない。


 ルシィがクリフの手に力を加えると、クリフはハッとした様子で顔を上げた。

 目が開かれていて、ルシィがクリフを見てる。それを、信じられないといった表情で見つめていた。だから、ルシィは微かに笑顔を作る。


「ありがとう」


 やっとそれを言った。今、ルシィが生きているのはクリフのおかげだ。彼の魔力で命を繋いだ。

 だから、その礼を言ったのだ。

 クリフは一度顔をくしゃりと歪め、ささやくような頼りない声を出した。


「今、先生を呼んでくる」


 立ち上がる時、眩暈がしたようだ。クリフはとっさにベッドの縁に手を突き、転倒を防いだ。ただ、その振動をルシィに与えてしまったことに怯えているような。

 ここまで来たらもう平気だ。それくらい、頭にも響かない。


 クリフは部屋を出て、医者を呼んだ。医者は駆け足で来てくれたが、早朝だからヨレヨレだった。

 ルシィの脈を取り、まぶたを無理やりこじ開けて見て、ため息をついた。


「奇跡だ……」


 まあ、そうだろう。普通の人間だったら奇跡だ。


「先生、彼女は助かりそうですか?」


 答えを知るのが怖いというふうではなかった。助かるはずだと信じて訊ねたような、そんな声だった。


「ええ、このまま順調に回復したら。後遺症の程はまだなんとも言えませんが」


 命の危機を脱したら、バーク親子に対する怒りが沸々と湧いてきた。八つ裂きにしてやりたいが、捕まっただろうか。


「ありがとうございます、先生」


 クリフが丁寧に礼を言っている。


「いえ、私は何も……」


 そうだ。何もしていない。それを知っているのはルシィの方である。

 むしろ、クリフが一番貢献したと言えよう。


 医者には他にも患者がいるようで、また呼ばれて去っていった。医者も大変だなとぼんやり思う。


 ルシィが目を閉じていると、眠ったと思ったのか、クリフがルシィの頬を撫でた。死んでいないか再確認したようだ。

 もっとよく寝たら治りが早いかもしれない。ルシィはそのまま、また眠った。



 今度目を覚ました時、ルシィのそばにいたのはシェルヴィー一家だった。


「ルシィ!」


 セイディの甲高い声がした。よく見ると、可愛い顔が台なしなくらい泣き腫らしている。

 午前中なのにハンナもいて、食堂は臨時休業にしたのかもしれない。


「食堂は?」


 訊ねてみると、ハンナもベッドの近くに膝を突いてルシィを覗き込んだ。


「そんなこと、気にしなくていいんだよ。いいから、早く元気になっておくれ」


 たいして役に立たないルシィなのに、まるでいないと困るかのようにして扱ってくれる。ここは、彼女たちのそばは、あたたかい。


「うん……」


 うなずこうとしたら、傷が痛んだ。けれど、目尻に涙が溜まったのは、痛みのせいではなかった。

 胸がいっぱいになるという表現は、ルシィにとってピンと来ないものであったのに、まさに今がそれだった。自分を取り巻く人々の想いがルシィに流れ込んできて、それが受け止めきれないほどに多くて、苦しいみたいにして胸を締めつける。初めて知る感覚だった。


「ルシィ、バーク親子はちゃんと捕まえたよ。ハミルトン様と自警団で外まで追いかけたんだ。もう心配要らないから」


 トリスが柔らかい口調で教えてくれた。ルシィがほっとしたのも伝わっただろう。

 捕まったのならいいが、ビッケル鉱石のことをクリフに伝えていない。言わないと、と思った。


「クリフは?」


 ルシィがその名を出すと、皆は顔を見合わせていた。

 毛嫌いしていたはずのクリフを気にするルシィが奇妙だったのだろう。変なのは、頭を殴られたせいにしておきたい。


「事件の後処理があるから、一度館へお戻りになったよ。でも、後でまた来るって仰ってた」

「そう……」


 後でまた来てくれると聞いて、ルシィは納得した。

 けれど、クリフがちゃんと休んでいないのも気になる。結構魔力を吸ったから、疲労感はあるはずなのに。

 今、魔族の襲来がないといいなとルシィは思った。


「ルシィ、助かってよかったわ……」


 自分で言って、セイディがまた泣いた。


「ええ、本当に」


 これ以上、セイディを泣かせることにならなくてよかったと、ルシィも苦笑した。


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