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魔女ルシエンヌの物語  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅲ「魔女の善き友(下)」

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34/73

◆5

「どこの宿に泊まっているの?」


 ルシィはエイハブの背中に問いかける。エイハブは焦らすようにゆっくりと首を向けた。笑顔が仮面のようだな、と思う。


「港寄りのところにある小さな宿ですよ」


 港寄りということは、〈カラスとオリーブの枝亭〉のあるハイアット地区ではなく、モーティマー通りを挟んだオクリーヴ地区ということだ。ルシィはそちら側はあまり把握していない。


 とはいえ、人通りはある。ルシィは路地を通るたびにきょろきょろと辺りを見回した。残飯を(つつ)いているカラスがいる。

 エイハブが背を向けている隙にポケットから取り出したエメラルドをカラスに見せる。

 そして、こっそりとささやいた。


「あなたにあげるわ」

『えっ? いいの?』


 カラスは光物が好きだから受け取ってくれるだろうと思った。(くちばし)でパクッとエメラルドをつかむ。モゴモゴと、多分ありがとうと言っていた。


 エイハブに盗られるのなら、カラスにやっても惜しくない。

 ルシィが宝石を持っていない以上、在り処を聞き出さねばならないはずだ。いきなり殺されることはない。これで身の安全は確保できた。


 エイハブはルシィがついてきているか不安になったのか、時折ちらりと振り返る。

 オクリーヴの裏路地に差し掛かると、ルシィはぼそりと言った。


「あの秤の分銅はビッケル鉱石よね?」

「えっ」


 エイハブは足を止めた。振り返った顔から後ろめたさのようなものはなかった。


「なんですか、それは?」


 そう言った時の表情に嘘はなかった。何故だろうと考えてみる。

 もしかすると、エイハブはビッケル鉱石という名称を知らないのかもしれない。別の名で呼んでいたとも。

 ただ単に比重が変わる重りを発見して使っていたのだとしたら、それもうなずける。


「そうねぇ、水を吸って比重が変わる鉱石と言ったらいいのかしら」


 それを言うと、今度は笑われた。


「そんなもの、聞いたこともありませんよ。何か勘違いされているようですが、あれはただの鉄です。ご期待に沿えず、すみませんけれど」


 笑い声がわざとらしい。今度は白々しかった。


「あらそう」


 もしかすると、いざという時のため、予備の秤が宿に置いてあるのかもしれない。すり替えられないように気をつけないと、とルシィは気を引き締めていたはずなのだが、気をつけるところが違ったのだ。


 路地裏で人気(ひとけ)がなくなった途端、ルシィは後頭部に衝撃を受けた。本当に、目の前が赤く染まった。

 ルシィは、エイハブの背中を目に焼きつけながらくずおれる。


 これが激痛というものかと、ルシィは長い生の中で初めて経験した。意識があったのは不思議なくらいだが、殴られた頭が割れるように痛い。


 実際に割れているのかもしれない。どくどくと血が流れて地面を濡らす。

 ルシィが倒れた音に、エイハブが驚いて振り返った。


「ジェイク! お前なんてことをっ」


 殴ったのは、息子のジェイクらしい。

 詐欺なんてするくらいだから、もう少し狡賢いのかと思ったら、予想以上に馬鹿だった。こんな原始的な妨害を仕掛けるとは。


「だって、この女、秤のことに気づいてたじゃないか。誰かに喋られる前にこうするしか……」

「と、とにかく、宝石だ。あの宝石を奪って逃げるぞ!」


 宝石は、カラスにあげた。ルシィは持っていない。ざまぁみろと言いたいが、それどころでもない。

 スカートのポケットをまさぐられたが、ないものはないのだ。


「も、持ってない!」

「……人が来ると厄介だ。もう仕方がない」


 走り去る二人の足音が朧げに聞こえた。


 痛い。頭が、どうしようもなく疼く。こんなに痛いのなら要らないと思うほど、痛い。

 今のルシィには治癒力を高めることもできないのだ。ただの人間とそう変わりないのなら、これで死ぬのだろうか。


 やり残したことは、もちろんたくさんある。もう一度、故郷の森へ帰りたかった。

 その前に、意地を張らずにクリフにも謝っておけばよかった。


 セイディのために惚れ薬を作ってあるけれど、気づいてくれるだろうか。

 いや、そんなものはなくとも、セイディほど素敵な女の子のそばにいて、トリスが馬鹿な女に引っかかることはないだろう。そこは心配しなくていいのかもしれない。


 ハンナの膝に効く薬も作れたらよかった。

 ――心残りが、思った以上に増えていた。


 この時、血の臭いを嗅ぎ取ったのか、黒い影がやってきた。


『おや、アンタ、この間の。……ちょっとマズいんじゃないの?』


 枯れた老猫の声。公園で語り合ったリリスかもしれない。

 まぶたが重たくなったルシィに鼻面を近づけると、リリスはささやく。


『ヒトを呼んできてあげるよ』


 ありがとう、と返す間もなく、ルシィの意識は暗転した。

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