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魔女ルシエンヌの物語  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅲ「魔女の善き友(下)」
33/73

◆4

 市から戻ってしばらく三人で茶を飲んで寛ぎ、それからセイディとハンナが夕食の支度に取りかかり出した。

 ルシィはそれを横目に食堂の椅子から立ち上がる。


「じゃあ、もう一度市に行ってくるわ。すぐに戻るけど……」


 厨房に向けて言うと、セイディが顔を出した。


「うん、気をつけてね」


 いつでもこれを言う。ただし、セイディが言う〈気をつけて〉は精々が転ばないようにね、というところだ。悪徳商人と対峙しに行くとは結局言っていない。


「王都から来た、バークっていう親子の店なのよ」


 一応、それだけは伝えておこうと思った。伝えておこうと思ったのは、少なからず危ないと感じたからである。


 そのくせ、誰とも連れ立っていかない。今回は人気のない墓地や町の外ではない。町の中だ。

 なんとかなる。いざとなったら叫べばいい。


「ふぅん。王都から来た店は多かったでしょうけど」


 セイディはピンと来ない様子で、手に持っていた玉ねぎを反対の手に持ち直し、ルシィを見送った。今晩の献立はなんだろう。



 ルシィが再び広場に着いた頃、バーク親子の店は骨組みだけになっていた。


「ああ、よかった! 来てくださいましたね」


 父親のエイハブが満面の笑みをルシィに向けた。ルシィは、彼らのまとめた荷物をじっと見る。

 木箱の他に鍵のついた本革のカバンがふたつある。買い取った貴金属とあのビッケル鉱石の重りなどが入っているに違いない。


 ルシィがカバンに視線を向けているのは、資金繰りがどうなったのかを気にしているせいだと思ったらしい。


「ええ、買取の目処が立ちました。ただ――かなりの額になりますから、ここでの受け渡しは危険です。場所を移しましょう」


 この時、ルシィは場違いなほどにこやかに笑ってみせた。


「私、丁度いい秤を探していて、あなたたちの使っていたものがよさそうだなと思って。あの重りもいいものを使っているようだし、宝石と交換しましょうか」


 これを言った途端、親子の表情が凍りついた。


「あ、あれは私共の商売道具でして……。簡単にお譲りするわけには参りませんが」


 それはそうだろう。あれを手放したら、今後は真っ当な商売をしなくてはならない。ルシィの宝石ひとつと交換したとして、どちらが得なのかは長い目で見るとわからない。大体、相場のレートで払うつもりもないのだろうし。


 そして、ルシィにビッケル鉱石の重りが渡って、不正が発覚する恐れがないとは言えないので、どうしても手放せるものではない。

 ルシィはすべてわかっていて、とぼける。


「あら、どうして? 宝石が買えるほどのお金があれば、いくらだっていい秤が買えるでしょう?」


 二人は顔を見合わせていた。ルシィがそんなことを言い出したのは想定外のはずだ。

 エイハブが息子と話し合うところはなかった。それでも、エイハブはうなずいて答える。


「そうですね。わかりました。――ただ、こうしましょう。一旦、お客様の宝石を私共が買い取る、その金でお客様は私共から秤を買い取る。これでいかがでしょう? これなら、私共が多く取りすぎることはございません」


 この提案の穴はなんだろうか。

 ルシィが有利になる提案などしないはずなのだ。


 宝石が金貨になり、金貨の一部が秤になる。それが一体――。


「宝石はいくらで売れて、秤はいくらで買えるのかしら?」

「宝石は金貨百八十枚です。秤は金貨五枚。いかによい品だとはいえ、所詮秤ですから、宝石と交換できるほどの価値はございません」


 あっさりとそんなことを言われた。宝石も、安く買い叩かれるのではないらしい。

 ルシィは、自分の目利きが間違っているのかと、自信が持てなくなった。それでも、まだ何かあるはずだ。気を緩めてはならない。


 ルシィの戸惑いを、エイハブは察知したのかもしれない。畳みかけるように言われた。


「それだけの金貨を露店に置いておくのは物騒ですから、金貨を運んできたうちの従業員に宿で預かってもらっています。まずはそれを取ってこなければ」


 もしかすると、そう言って逃げるつもりだろうか。

 宝石を諦めて、ビッケル鉱石を取るということだ。それが一番賢い選択かもしれない。


「ここで待たれますか? それとも、宿までご一緒されますか? まあ、大金を扱うのですから、人目につかない方がいいとは思いますよ」


 ――違う。ただ逃げるのではない。

 人目につかないところまでルシィを連れていき、金貨を支払わずに宝石だけ奪うつもりだ。もちろん、ビッケル鉱石も渡さない。そっちがそのつもりなら――とルシィは笑った。


「ええ、じゃあ宿までご一緒しようかしら」


 ルシィは魔女だ。

 魔力がなくても、人に侮られて終わらせることはできない。ルシィを甘く見たことを後悔させてやろう。


 エイハブは、ルシィが誘いに乗ってきたことを喜んでいた。ただし、顔には出さない。


「ジェイク、お前はここの片づけを頼む」

「はい、父さん」


 息子の方は未熟だ。明らかに動揺していて、それを隠しきれていない。

 ルシィはエイハブについていった。

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