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魔女ルシエンヌの物語  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅲ「魔女の善き友(下)」

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32/73

◆3

 二日後にはバーク親子の不正を報告するため、クリフと顔を合わさなくてはならない。

 必然的に例の薬がどうしても必要ということになる。精密な秤はとても間に合いそうにない。


 仕方なく、ルシィはあの、割って、割って、割って――の非常に地道な作業を繰り返したのだった。計量に一日かかり、かなりの寝不足である。


 それでも、確実な効果のある出来かといえば、そうとも言いきれない。ほんの少しのミスも影響する。正直に言って自信はなかった。ないよりはマシという程度だ。


 ルシィは出来上がった薬をまた別のジャムの空き瓶へ入れ、部屋に置いてきた。惚れ薬と間違えないようにしなければ。

 その間、ハミルトンが来たが、ルシィは忙しいと言って追い払った。



 市の最終日。

 食堂の仕事を終えると、片づけもそこそこに皆でそろって出かけた。トリスは自警団の仕事に出向いたから、ルシィとセイディ、ハンナの三人だ。


「お母さん、つらくなったら言ってね」

「ああ、ありがとうよ、セイディ」


 車椅子に乗るほどではないというが、ハンナが歩くのはゆっくりだ。いつも世話になっている分だけ何かしてあげたいが、今のルシィは無力である。

 もし以前の魔力が戻ったとしても、治癒の魔法はない。それでも薬の効果を上げることはできるだろうから、魔力はあるに越したことはないのだが。


 他人の怪我は直せないが、ルシィ自身の傷は魔力があれば治せる。

 ただ、ルシィはそもそもあまり怪我をしたためしがない。どこまでの怪我なら治せるのかは知らない。かすり傷は治ったというだけだ。


 ヴァート皇国の聖女ベルナデットは、過去に信者の傷を治したとされる。それは何百年も前の本物に限るのだが。

 今、聖女の地位にいるような者は飾りに過ぎない。


 滅んだオーアほどではないにしても、ヴァートも衰退する国だ。陸続きの同盟国であるこのアジュールがあればこそ、攻め入られずに済んでいるのか、ベルナ教の宗主国だから、あれでも敬われているのかはわからない。


「あら、本当に三日目は少ないわね」


 三日目の、それも昼の三時ともなれば人はまばらだった。露店も少し減っている気がする。売れ行きが良くて商品が足りず、予定よりも早くに閉めたのかもしれない。


 ルシィはバーク親子の露店をチラリと見遣った。まだ畳まれずにある。そのことに内心でほっと胸を撫で下ろしていた。

 まだ夕刻には間があるから、ルシィはいったん彼らのことは置いてセイディとハンナと市を歩いた。


「茶葉は買ってきてもらったしねぇ。ああ、花蜜糖(かみつとう)が安いね。少し買って帰ろうか」

「ハンナは食材ばっかり見てるわね」


 思わずルシィは苦笑した。その買い物はハンナのためではなく、皆の舌を楽しませ、腹に収まるものばかりだ。

 それでも、ハンナは笑顔だった。


「だって、美味しいものが作れるじゃない。それがあたしの喜びだからね」

「そんな料理を食べさせてもらえるのは、私としても喜びだわ」


 自分の魔法で出した料理を、ルシィは美味しいと思ってずっと食べていた。いや、美味しいという感覚はなかったかもしれない。不満がなかったというだけで。

 今、ルシィが魔法で料理を出そうとしたら、どれもがハンナの味つけになる気がした。


「ルシィは食べっぷりがいいし、あたしも作り甲斐があって嬉しいよ。これからもたくさんおあがり」


 ルシィの母は、ハンナとは違って子育てに向いている人ではなかった。多分、母の母もそうで、魔女たちは子育てには向いていない。ただ魔法の使い方や薬草の作り方を重要視し、情緒的なことは二の次だった気がする。


 母は、ルシィよりも魔力が弱かった。だから、ルシィが魔法を上手に扱えるようになると、羨むような苛立つような顔も見せていた。

 ハンナを見ていると、そんな母の喜びはどこにあったのだろうとふと思う。


「ルシィはお母さんの料理が食べたくて、クリフ様の領主館に住むのを断ったくらいだものね」


 クスクスと可愛らしく笑ってセイディが言った。

 しかし、今はその名前を聞くと心臓が跳ね上がる。


「そういえば、ここ数日はクリフ様をお見掛けしていないね」


 ほら、余計なことを言うから。マズい展開だ。

 ルシィは店先の商品に目を奪われているふうを装った。店主が、買うのかと待ち構えている。


「ハミルトン様が来れられているし、ただでさえ市が立って人も多いし、お忙しいんだと思うわ」

「ああ、そうだね。無理をしてお体を壊されないといいけど」

「そうね。お食事もちゃんとされているかしら?」


 忙しいのは本当だと思う。けれど、町に現れない本当の理由は、ルシィの顔が見たくないからだということを皆は知らない。


 ルシィはその会話が聞こえないほど熱心に商品を選んでいるふりをして、話題が切り替わってほっと息をついた。

 この時、自分が手に持っていた置物が、マンドレイクほどにまるまると太った裸婦像だったことに気づき、顔をしかめたのだが。


「荷物がいっぱい。ルシィは……あんまり重たいの持たせられないし」


 セイディが細腕に不釣り合いなほどの荷物を抱えている。華奢に見えてもセイディは案外力がある。毎日料理を運んで鍛えているから。

 ルシィは重たいものを持たせるとすぐに放り出すので、そういう意味で持たせたくないのだろう。


「少しくらい持つわよ」

「そう? じゃあ、このグレープシードオイルをひと瓶」

「重たいわね」


 どこが? と、何倍もの荷物を抱えたセイディが呆れる。まあ、片手で持てる瓶なのだが。

 まだバーク親子の店には客がいた。


「ルシィ、秤は?」


 セイディが訊ねてくるが、ルシィは苦笑した。


「どうも忙しいみたい。後で出直すわ」


 一度荷物を置いてきた方がよさそうだ。

 ルシィはそう決めると、二人と共に食堂に戻った。


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