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魔女ルシエンヌの物語  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅲ「魔女の善き友(下)」
30/73

◆1

「うぅぅぅ……」


 ルシィは居候中の食堂〈カラスとオリーブの枝亭〉の厨房で唸っていた。

 それというのも、問題は秤だ。


 ここで女将のハンナが使っている計量器具は、重りを片方の天秤皿に載せて量るタイプの秤で、これを使って量れる最小の重さは1グリム(1グラム相当)である。


 しかし、ルシィが計りたいのは、0.78グリムである。

 乾してすり潰したジギタリスの粉末を0.78グリム計るという作業でへこたれそうになっていた。


 1グリムを半分に割って、また半分に割って、割って、割って――くしゃみをしたら粉末が飛んだ。やり直しである。現実は厳しい。


 ラウンデルの森にいた時、こういう細かい計量はすべて小人(レプラコーン)に任せていた。彼らは小さいから、細かい作業には向いているのだ。

 彼らは老人の姿をしており、正直に言って可愛くはなかったが、優秀だった。残念ながら、この町に小人(レプラコーン)はいないらしい。


「もう嫌ぁ……」


 机をバンバンと叩いていると、風呂上がりのトリスが何事かと厨房を覗いてきた。


「どうした、ルシィ?」


 ルシィは突っ伏していた机から顔を上げた。


「ねえ、これよりも細かく計量できる秤って、どこへ行けば手に入るの?」


 訊く相手を間違えたかもしれない。トリスはまったくもって詳しくなさそうだ。


「どこだろう? 母さんかセイディの方が詳しいかも」

「それもそうね」


 今日はもう疲れた。これ以上やって間違えたら二度手間でしかない。やめておこう。


 ルシィは摘んだ薬草を水を入れたジャムの瓶に挿し、萎れないように保存している。乾燥させたいものは窓辺に吊るしていた。トリスはルシィが広げていた薬草に視線を落とすと、少し考えてから言った。


「そういえば、明日には広場に市が立つんだよ」

「え? イチって何?」


 聞き慣れない言葉だ。ルシィが首をかしげていると、トリスは苦笑した。


「行商人が町に来て露店を出すんだ。珍しい商品もあるから、ルシィが好きそうな植物もあるかもしれない」


 それを聞き、ルシィは期待したくなったが、マンドレイクとかそういうものは扱っていない気がする。

 何か面白いものがあるだろうか。


「イチね。広場ってことは、門の近くの方?」

「うん。結構賑わうから楽しいと思うよ」


 ルシィにはたくさん買い物をするだけの軍資金はないのだが。


 ふと、行商人ならもしかするとルシィの手持ちの宝石を買い取ってくれるのではないかと思った。

 交換比率(レート)がどの程度なのかもわからないので、すべては換えないが、ひとつくらいは金に換えておきたい。


「連れていってくれる?」


 一人で行くと右も左もわからない。イチがどんなふうになっているのかもルシィには未知だ。


「そうだな、皆で行こう。三日間あるけど、初日は混むから母さんはつらいかな」


 それでも、初日の方がいいものもあるのではないだろうか。二日目には売り切れている可能性がある。


「ハンナの脚はいつから悪いの?」


 ふと、それを訊ねた。

 トリスの父親のこと、この町が打撃を受けたことを老猫のリリスに聞いたから、多分それと関りがあるのだと思えた。


「十年以上前なんだけど、このシェブロンの町が魔族の襲撃を受けて、町が瓦礫だらけになったんだ。崩れた瓦礫に脚を挟まれて、それから」

「そう……」


 やはり、すべてそこに繋がっている。

 オーアの召喚師は本当に罪深いことをしたものだ。

 トリスは、この話をどういう表情でしたらいいのかがわからないのか、笑っているような困っているような顔になった。


「今はクリフ様がこの町を護ってくださっているから、もうあんなことにはならないと思う。でも、全部クリフ様に頼りきりじゃいけないから、せめて町の中でのことは俺たちで解決できたらいいんだけど」


 その名は、今のルシィには受け止められない。

 クリフと大喧嘩してから三日。さすがにここにも顔を出さない。トリスたちはもしかすると、何か察しているだろうか。


「クリフ様といえば――」


 そのひと言に、ルシィはぎくりとして顔を強張らせたが、トリスは鈍かった。


「その弟のハミルトン様なんだけど」


 最初からハミルトンのことだと言えばいいものを、変な切り出し方をするなとほっぺたを引っ張ってやりたくなったが、堪えた。


「何よ?」

「うん、ルシィのことをすごく訊いてくるんだ。ルシィ、何かしたの?」


 何かしたの、ではない。男が妙齢の女のことを知りたがったら、それは恋心からだろうに。

 トリスにそれを言っても仕方ない気がしてやめた。


「何もしてないわよ」


 真顔で答えると、トリスはわざとやっているのではないかと思うようなことを言った。


「そっか。クリフ様に頼まれたのかな? クリフ様、最近忙しそうだから自分で来られないのかも」


 それは忙しいのではなく、ルシィと顔を会わせたくないだけである。

 今はまだ、例の薬も完成していないことだから、ルシィとしても顔を合わせては困るのだけれど。

ジギタリスは普通に使うと毒草ですので、良い子の皆さんは真似をしませんように(^-^;

ルシィが使うのはそんなのばっかりですけど。

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