◆6
破れたブラウスは薬草の入ったバスケットの底に押し込んだ。
断ってもついてくるハミルトンを連れ、ルシィは帰る。確かに外は暗くて、夕食の時間になっている。帰ったら皆に遅いと言われるだろう。
ブラウスも違うし、色々と言い訳をしなくてはいけないなと考えたら面倒だった。
ハミルトンは、ルシィに向けて躊躇いがちに声をかける。
「あなたに対して、兄はいつもああなのですか?」
どう答えるのが正解かはわからないし、どうでもよかった。
「そうかも」
雑に答えると、ハミルトンが気まずげに身じろぎしたのが伝わる。
「驚きました。あんなに感情的な兄を見たことがなかったので」
冷静沈着を絵に描いたようなクリフを感情的にさせる、ルシィの人の神経を逆撫でする言動を褒めているのではない。ちなみに褒めているのだとしたら蹴飛ばしたい。
「立場上、出さないようにしているのでしょうね」
実際、そのはずだ。見た目や魔力は人並み外れていても、中身はただの人間なのだから。
ハミルトンは屈強な肩を少し丸めた。
「正直に言って、俺は兄が苦手です。いつも、兄は周りと距離を取っていました。どんな時でも本音は語らない、言い訳はしない、でも、そういうところが嫌なんです」
そういえば、セイディが前に、クリフは父親と折り合いが悪いというようなことを言っていたような気がする。ハミルトンも用がある時だけ渋々やってくるのであって、兄の顔を見に来たのではないのかもしれない。
あの外見が疎外される理由ではあるとして、少なくとも悪人ではない。それはルシィもわかっている。
ハミルトンが何を言いたいのか、ルシィは考えた。ルシィもクリフが嫌いのようだから、気が合うと言いたいのだとしたら面倒くさい。
「俺は魔力がまったくなくて、優秀な兄には敵いません。お互いによそよそしくて、兄弟なのに世間話すらした覚えがないほどです。だから、その兄とあんなふうに対等に言い合うあなたを見ていて……感動しました」
「…………」
どう感じようと勝手だが、なんとなく複雑である。
弟の方も悪人ではなく、むしろ正義感の強い男なのだが、違った意味で面倒くさい。そんなことをルシィが思っていると、手を握られた。ちょっと汗ばんでいる。
「あなたに一目惚れしたと言ったら、信じてくれますか?」
「ええ、まぁ」
熱っぽく見つめられた。ルシィの美貌なら一目惚れもあるだろう。
しかし、トリスの血縁なのにな、とそこに感心してしまった。ハミルトンだけ感覚がマトモだ。
「好きです」
顔を真っ赤にして言われた。
「ありがとう」
サラリと返した。
「誰か決まった相手がいるわけではないのでしょう?」
過去にはいたこともあるけれど、今のところはいない。
しかし、ハミルトンのような暑苦しいタイプはちょっと違う。ルシィはもう少し才気溢れ、卒のない男が好ましいと思っている。
「簡単に落ちる女だと思わないでね」
それだけ言って、ルシィはハミルトンの手をすり抜けた。ハミルトンはクリフとは違い、辛辣なことを言われても頬を赤らめるので始末が悪いなと思った。
のらりくらりと躱しつついれば、そのうちに町から引き上げるだろう。そういう戦法で行こう。
「じゃあ、おやすみなさい」
軽く手を振って、ルシィは〈カラスとオリーブの枝亭〉に帰った。
「ああっ! ルシィ、遅かったわね!」
さっそく、セイディに言われた。
「ええ、ごめんなさい」
「もう少し待っても帰ってこなかったら捜しに行こうかと思ってた」
トリスが苦笑している。
「さあ、とにかく座って。ご飯にしましょう」
ハンナが優しく迎え入れてくれる。
――この一家は、縁もゆかりもないルシィを、どうして家族の一員のように受け入れることができるのだろう。
ルシィは普通の人間とは違って、人間ほどに恩を感じず、心に報いず、好き勝手に振る舞う。
なのに、この一家はそれでもあたたかいのだという気がしてしまう。
理解できない。意味がわからない。
それでも、彼らの笑顔は好きだ。
「おなかが空いたわ」
ルシィも気づけば笑っている。
そんな彼らに、クリフとまたしても――今までにないほど、こっぴどい喧嘩を繰り広げてきたことは内緒である。
笑顔が間違いなく曇るから。