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魔女ルシエンヌの物語  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅲ「魔女の善き友(上)」
26/73

◆4

 ルシィは、ただでさえ手持ちの服が少ないのに台無しにされた怒りでいっぱいだった。呪ってやる勢いで睨んだ。


「悲鳴ひとつ上げねぇ、気の強い女だな」


 にやけた口元でそんなことを言う。

 本来であれば、こんな男たちが指一本触れられる相手ではないはずなのに。腹立たしくてルシィは男を蹴飛ばしてやろうとした。

 しかし、その途端に別の男に足首をつかんで引っ張られた。


 地面へ倒れ込んだルシィに影が落ちる。

 ――さて、どうしようかと考えた。


 けれどこの時、ルシィに覆い被さらんとしていた男の体が浮いた。

 ルシィは一瞬、自分が何かしたのかと思ったが、相変わらず魔力はない。すっからかんである。


 男はギャッと叫んだ。首根っこをつかんで放り投げられたようだ。誰にかというと、これまたルシィが知らない第四の男に。


 第四の男は恵まれた体格をしていた。長身で筋肉質。鍛えられた肉体だ。

 それでも、この男たちのような荒くれとは違う。身なりはよい。

 荒くれたちを蹴り上げているブーツは上等だし、短く整えられた茶色の頭髪にも清潔感がある。黒い上着も艶やかで質がいい。安物の黒は白っぽく浮いているからわかる。あの黒生地は高価だ。


 ルシィが彼の品定めをしてるうちに彼は荒くれをのしていた。身分が高いか金持ちのようだが、それにしては体もちゃんと鍛えている。

 横顔は精悍だった。まだ若く、二十三、四くらいだろう。


 彼は荒くれが全員気を失うほど痛めつけた。ちなみにルシィは少しも同情していない。いい気味だ。

 ぼうっと彼の戦いぶりを眺めていると、彼は手の甲で滲んだ汗を拭いながらルシィの方を見て、薄暗くなった中でもわかるくらいに顔を赤らめた。


 ルシィは自分の胸元を見た。ブラウスが破れているのだった。

 お気に入りの下着なので見苦しくはないはずだ。しかし、多分そういうことではない。


「す、すまない」


 謝られたが、助けてもらったことだし、見るくらいなら許す。


「助かったわ。ありがとう」


 素直に礼を言うと、彼は高そうな黒の上着を脱ぎ、ルシィの方へ投げて寄越した。その間、ルシィの方を見ないようにしていたので、少し違う方向に飛んだ。


「それを羽織るといい」


 でかいし、重たそう。別にいいのにと思ったが、断るとこの男はルシィとまともに会話ができないようなので、仕方なくその上着を羽織った。やはり、重たくてでかかった。

 立ち上がると、尻の下まで丈がある。


 ルシィが上着を着たのを横目で確認すると、彼はほっとした様子で、それでもまだ顔を赤らめていた。どんな純情だ、と突っ込みたくなったが、やめた。

 男は、緊張した様子でボソボソと言う。


「ひどい目に遭ったようだが、その……」

「ええ、おかげで無事よ。服が破れたけれど」


 また、チラッとルシィの方を見て、それから地面に目を向ける。

 女慣れしていないのか、いちいち面倒くさい。ルシィは恩人にひどいことを思った。


「そこにうちの馬車があるから、乗るといい。君はシェブロンの町の住人だろう?」

「ええ、そうよ」

「送っていくから」

「ありがとう」


 まあいいか、送ってもらえば。

 ルシィは軽い気持ちで転がっているバスケットを拾いに行き、零れた薬草をバスケットに戻した。けれど、最初よりも減ってしまった気がする。やはり腹立たしい。


 彼はルシィを馬車まで案内すると、馬車に乗り込むのを手伝ってくれた。御者に二言三言説明し、彼は馬車に積んであったロープを取って男たちをそばの木にくくりつけていた。もっとやれとしか思わない。


 彼は戻ってくると、馬車の車内でルシィの向かいに座った。馬車はゆっくりと進む。

 その間、彼は何度かルシィの方に目を向けようとして躊躇っていた。直視できないらしい。


 襲われかけた気の毒な女性だからと思うからか、ルシィが美人過ぎるからか。多分、後者だなとルシィは思う。思うだけなら自由だ。


 馬車が検問を抜けたのがわかった。ここで長く止められなかったのは、信用があるからなのだろう。シェブロンにはよく訪れるのかもしれない。


 車窓にはカーテンがかかっていて、外がよく見えなかった。モーティマー通りを進んでいるようだが、〈カラスとオリーブの枝亭〉を通り過ぎてしまう前に止めてもらおう。


 ルシィが口を開きかけると、彼はやっとルシィを見た。


「家に送っていく前に、嫌なことかもしれないが、ちゃんと被害を訴えておいた方がいい。あいつらのことは捕らえてもらうけれど、被害者が口を噤んだら罪にも問われないから」


 確かに。もっとひどい目に遭えばいい。

 口を噤むどころかいくらでも喋ってやりたい。


「ええ、わかったわ。どこに訴えたらいいの?」


 すると、彼は嫌なことを言った。


「領主に。今、領主館へ向かっているから」


 ――最悪だ。やっぱり、降ろしてもらいたい。


「あの、家の者が遅くなる前に帰ってこいと言うので、今日はこの辺で……」

「家の者? 配偶者とか?」

「居候している家の者」


 ルシィがそれを言うと、男はほっとしていた。ほっとされるのも納得いかないが。

 そこでようやく、彼は自分がまだ名乗っていないことに気づいたらしい。気を取り直して告げる。


「俺はハミルトン・ノックスといって、この町の領主代理の弟なんだ。だから、話を――」

「ええと、馬車を止めてほしいのだけど」


 最悪の上塗りだ。

 少しも似ていないから油断していた。顔には出していないつもりだが、内心ではこの場をどう切り抜けようかともがいている。


 クリフにこの失態を知られたら、きっとひどい小言を食らう。そして、ルシィは言い返す。

 いつものパターンなのだが、今回は本気でひどい喧嘩に発展しそうな予感がした。


「大丈夫、俺もついているから」


 いや、ついていても多分変わらない。


「やっぱり、大事(おおごと)にするのはよくないわ」


 彼らには今度、目に染みる薬でも吹きつけてやろう。悶絶するほど痛いから、それで勘弁してあげたい。


 ルシィの言葉にハミルトンが苦しそうに表情を歪め、ルシィの手を握った。

 ――魔力がない。

 クリフの弟なのに、トリスと同じくらいだ。


 この弟には魔族の血は受け継がれなかったらしい。クリフにのみ極端に強く出ただけで、本来はこんなものなのだろうけれど、ルシィは魔力が吸い取れなくてガッカリした。


 ただ、魔力はない代わりに、その大きな手にはたこがあった。剣を握るとできるやつだ。親指のつけ根には鍔でできる痕があるから、間違いない。

 魔術師になれないから剣の腕を磨いたのだろう。


「もう怖いことは何もない」


 慰められたが、そうじゃない。

 ルシィとハミルトンの考えは交わるところがなかった。平行線だが、そこにハミルトンが気づくことはないらしい。

 結局、逃げ遅れたルシィを乗せた馬車は領主館へ到着してしまうのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 天然なのか常識が違うだけなのか、ルシィの言動や思考にいつも笑わせてもらっています。 いえまぁ、ずっと一人だったら、群れて暮らしている人間達の常識なんて知らないですものね。 明日、クリフと遭…
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