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魔女ルシエンヌの物語  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅱ「乾いた骨の真実」

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20/73

◆8

 翌日、さっそく墓地へ出かけようとしたら、セイディに呼び止められた。


「ルシィ、ちょっと」


 手招きされ、何かと思って食堂のテーブルに近づくとセイディはポットから紅茶を注いでルシィに出してくれた。


「ありがとう」


 嬉しいような、そうでもないような。

 座って話そうということである。怒られるネタはどれかなと考えていると、セイディから切り出された。


「昨日、クリフ様と口論したそうね」


 それか。ルシィは内心でうんざりしながら首をかしげた。


「したかもね」


 すると、セイディはまるでルシィの姉のようにしてため息をついてみせた。クリフは対等に喧嘩をする相手ではないと言いたいのかもしれないが、ルシィの知ったことではない。


「クリフは自分が間違っていると認めたくなかったのね。もちろん、私もそう」


 ルシィがそれを言うと、セイディは悲しそうに目を(しばたた)いた。


「クリフ様はご自身がご苦労なさっているから、苦境に立たされた人に優しいだけなのよ」


 それなら、ルシィにももっと甘くなってくれてもいいのだが。

 苦労というのは、やはりあの外見と魔力が原因だろう。それは想像に難くない。


「ノックス家は伯爵位で、今はお父様がご健在だけど、いずれは爵位を継がれると思うの。でも、お父様との折り合いが悪くて、家は弟のハミルトン様が継げばいいっていつも仰っていて……」


 弟がいるらしい。多分、可愛げのない弟なのだろうなと想像できた。

 クリフは家の中で浮いていたのだろう。だから、町の中で浮いてしまうセシリアを憐れむのか。

 やはり、愚かだ。


「セイディもあの未亡人を疑ってはいないのね? クリフが信じているのだから、同じように信じるのでしょう?」


 それを言うと、セイディは困ってしまった。クリフの肩を持ちたいだけなのだ。

 人間は面倒くさい。チーズ欲しさに張りきっている野ネズミの方がよっぽど素直でいい。


 セイディは言葉に詰まったままでいる。彼女を苛めたいわけではないが。

 ルシィは紅茶を飲むと立ち上がった。


「ねえ、四度目に犠牲になるのが他人とは限らないわ」


 返答は待たずに外へ出た。

 クリフが正しいと見れば、シェルヴィー家の皆は異を唱えたくないのだ。自分の判断よりも彼を信じている。クリフが間違えば、一緒に反省するつもりだろう。生温くて、ルシィには受け入れがたい。


 セイディたちがクリフに肩入れするのはわかる。しかし、クリフがセシリアに肩入れするのは違う。憐れむところを間違えている。



 ルシィはそれから、何度もつまずきながら墓地へ辿り着いた。

 

 野ネズミは張りきってルシィを待っていた。小鳥は暇そうに歌っていた。

 人と接するよりもルシィは心安らぐ。


「こんにちは。その様子だと成果があったみたいね」


 野ネズミはうんうん、とうなずいている。


『そうだよ、あったんだよ。ねえ、チーズはいつ?』

「……もうちょっと待って。それで、何を見たの?」


 ルシィが労働に見合った報酬を本当にくれるのか、野ネズミは怪しんでいた。彼らの生は人間のそれと比べると――魔女と比べたらもっと――格段に短い。たった一日でさえ悠長に待てとは言えないのだから、早めに用意したいとは思っている。


 それでも野ネズミはルシィを信用してくれたらしい。ルシィが差し出した手の平に飛び乗ると、ぼしょぼしょと報告してくれた。


「なるほどね。ありがとう。あなた、優秀だわ」

『まあね』


 賞賛をまんざらでもなさそうに受け止め、野ネズミはピンクの鼻をヒクヒクさせていた。

 すると、この時、黒い影がルシィの視界に触れた。野ネズミは人の気配に驚いて逃げ出す。


 ゆっくりとそちらに首を向けると、白い花を手にしたセシリアがいた。セシリアが花を墓に手向ける横顔は悲しげに見えた。

 ルシィはひとつ息をつき、墓を拝むセシリアのもとへ近づいた。


「こんにちは。また会ったわね」


 微笑みかけると、彼女は暗い顔をゆっくりとルシィに向けた。敵だと認識しているのとは違う。敵かどうかを見極めようとしている目だ。


「私、薬草学を学んでいて」


 ルシィが何を切り出したのかわからずとも、不穏なものを感じたのだろう。セシリアは立ち上がった。

 無言のまま警戒している彼女に、ルシィは微笑みを絶やさず語りかける。


「とある毒草を長期間摂取すると、徐々に体が弱って死に至るの。でもね、傍目には自然死にしか見えないわ。効果が出るのは少なくとも半年から一年摂取した後だから、数回口にしたところで害はないように見えてしまうの。少しおなかを壊すくらいだから、毒草だって認識されづらくって」


 これを言っても、セシリアの表情は変わらない。それが面白いとルシィは思った。

 わたしを疑っているのかと、憐れっぽく泣きまねをしないのがいい。


「でも、根気がいるわよね。毎日少しずつ、どんなことを考えながら食事に混ぜるものなのかしら」


 トイロープという薬草で、薄青い可憐な花を咲かせるから、一見毒があるとは覚られない。毒素の強い球根をすり潰して乾燥させ、粉末にしておけば手軽に与えられただろう。


 セシリアにはその知識があったのだ。しかし、それでは足りない。ルシィの知識には及ばないのだ。

 何も答えないセシリアに、ルシィは続ける。


「トイロープの毒は、死後すぐに発見するのは難しいかもしれないわ。でも、時間が経てばちゃんとわかるのよ」


 この時、セシリアの肩が僅かに揺れた。

 わかっている。ルシィはすでに答えを手に入れているのだから。


「骨に毒素が蓄積されるの。表面に浮き出たトイロープの毒によって、骨が光るそうよ」


 これは母からルシィへ受け継がれた知識で、人間がそこまでのことに気づいているわけではないのだろう。埋葬後の墓など何年も経ってから暴かない。


 セシリアは、キッとルシィを睨んだ。そこに見えるのはなんだろうか。

 自らの罪を暴こうとする相手を憎むのはお門違いだ。悪いのは、すべて自分だろうに。


「そんな話は聞いたこともないわ」


 かすれた声でセシリアは言った。ルシィはそれを鼻で笑う。


「いいのよ、あなたは信じなくても。罰することのできる人が信じれば、それで」


 ヒュッと息を吸う音がした。

 目の前にいるのは、三人以上の男を殺した毒婦だ。しかし、逆に言うのなら、毒を使わねば何もできない女でもある。ルシィが恐れる相手ではない。


「匿名で領主館へ手紙を送っておいたわ。今晩墓地へおいでくださいって。夜ならよく光るでしょうね」


 ――なんていうのはもちろん嘘だ。

 それでも、脛に傷持つというやつで、疚しさから平静を失う。


 幸薄くて、憐れで、少なくともそう感じる人がいたはずのセシリアは、まなじりをつり上げてルシィにつかみかかってきた。

 それを躱そうとしたルシィは――転んだ。起き上がる前に、セシリアはルシィの長い髪をつかみ、ギリギリと引っ張る。


「痛いっ」


 髪が抜けそうだ。頭皮がヒリヒリした。それでも、セシリアはルシィの髪をつかんで振り回した。


「アンタ、偉そうになんなのよ! アンタには関係ないでしょう!」


 こんな女、魔法が使えたら消し炭にしてやったのに。なんで魔法が使えなくなってしまったのだろう。魔法の使えないルシィには、セシリアの手を撥ね除けることすらできないのだ。


 人間はどうしてこう、そろいもそろって愚かなのだろう。やはり、こんな者たちに紛れていられない。

 森へ帰りたい。ルシィは人とは違うのだから。


 この時、野ネズミがセシリアの足首に噛みついた。まだ報酬のチーズをもらっていないから、ルシィに何かあっては困るのだろう。

 それでセシリアの手が緩み、結果としてルシィは助かった。


 けれど、ここで逃げ帰って、セシリアは殺人犯だとルシィが言ったとして、誰が信じてくれるのだろう。

 クリフはルシィよりもセシリアを信じる。目の前で憐れに泣かれたら、それで信じたくなるのだ。


 ルシィは信じてもらうために泣いたりしない。そんなのはまっぴらだ。魔女の涙はそれほど安っぽいものではないのだから。


「この……っ」


 足首の痛みを振り払い、セシリアは再びルシィに迫る。

 しかし――。

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