◆7
ルシィは苛立ちながら墓地へと向かった。セシリアとやらに会おうとしているわけではない。薬草はまだ使ってもいないので要らない。
真実がどこにあるのか、それをはっきりさせてやろうと思ったのだ。
クリフが可哀想な人に弱いのはいい。そんなのは個人の勝手だ。ただし、それが領主となると話は違ってくる。
人の上に立ち、領地を治めるのならば冷静でなくてはならない。可哀想だから許す、では殺された方はどうなのだ。可哀想ではないのか。
法は正しく布かれなくては意味がない。クリフは個人の感情に左右されすぎている。
もし、セシリアの夫たちの死が彼女の手によるものだとしたら、使われたのはまず毒だろう。見るからに細身で力のない女性だった。男を殺そうと思えば毒を使うしかない。
毒というのは便利なようでいて厄介だ。それを知らずに使うものが、自らが掘った墓穴に落ちていく。
ルシィは墓地へ行くと、枝に停まっている小鳥に話しかけた。
「こんにちは。この間の話なんだけど、夫を三回亡くした未亡人の話」
すると、小鳥はまた首をかしげている。
『うん、それが?』
「三人の夫の墓、どれかわかるかしら?」
ルシィの言葉が終わるよりも先に、小鳥は枝から飛び立った。軽やかに黒い脚を載せたのは、長方形の墓石である。意外と近いところにあった。
――カラム・キャニング。
『二人目』
また、小鳥は飛び立つ。キャニングの墓石から三列前の端の方だ。
『一人目』
――アーネスト・ドレイパー。
確か、三人目はコナー・アスカムだった。
「ありがとう」
小鳥に礼を言うと、今度は地面に向けて声をかけた。
「ちょっとそこのあなた」
野ネズミである。茶色の毛皮が土と同じ色だが、草の上にいたらわかりやすい。野ネズミは二本足を草の上につけたまま上体を起こす。
『ボクのこと?』
「そうよ。あなた」
『へぇ。ニンゲンに呼び止められたのは初めてだなぁ』
などと感心されたが、人間呼ばわりされたルシィは密かにショックだった。まあいい。
「私は普通の人間とは違うの。……それはいいんだけど、あなたにお願いがあるの」
『ボクに?』
「ええ。ちょっと墓石の下に潜って骨を見てきてほしいのよ」
嫌な頼み事である。野ネズミは三歩下がった。
『……なんて?』
「墓の下の骨を見てきて?」
ルシィは可愛らしく言い直したが、そういう問題ではなかったらしい。
『ヤーダー!』
清々しいくらいキッパリと断られた。そうだ、ここではルシィは敬われる魔女ではない。ただの通りすがりだ。仕方がないと思いつつも、尻尾をつかんで逆さづりにしたい気分にもなった。
「お願い、大事なことなのよ。そうね、もし私が知りたいことをちゃんと伝えてくれたら、大きいチーズを持ってくるわ」
『ちーず……』
野ネズミの目つきが変わった。トロン、と蕩けそうだ。よし、行ける。
「見てほしい墓は三か所。全部回ったら、あなたの体よりも大きなチーズを約束するわ」
この時、野ネズミの耳はピコピコと落ち着きなく動いていて、その耳と同じように彼の心が動いたことをルシィも確信していた。
『し、仕方ないなぁ。本当は嫌だけど、そこまで言うなら手伝ってあげるよ。困っているみたいだし』
「ありがとう」
『言っとくけど、穴だらけのチーズは駄目だからね』
「ええ。ギッシリ詰まったやつね」
『うん!』
交渉成立だ。ルシィは野ネズミに指示を出す。字は読めないだろうから、目印にちぎったイチイの葉を墓に撒いて、ひとつずつ場所を教える。
「まずはここ」
目の前のドレイパーの墓だ。
『土を掘って潜っても、棺桶に入ってるよね?』
「棺桶を齧って穴を空ければいいのよ」
冒涜にもほどがあると、誰かが聞いていたら叱られただろう。しかし、他には誰もいない。聞いているのは小鳥くらいだ。
『まあ、いいけど。齧って中を覗けばいいんだね?』
「そうよ。骨がどんな状態か教えて」
『チーズはいつくれるの?』
「全部片づいてからね」
『あんまり待たせないでおくれよ』
「わかっているわ」
そして、キャニングとアスカムの墓も教えた。
「もしどの墓かわからなくなったら、あの小鳥に聞いて?」
青い小鳥は枝の上で楽しげに飛び跳ねていた。噂や醜聞が好きなのは主婦ばかりではないらしい。
『何してるの? 何してるの? なんか楽しそう!』
「そうね、楽しいことよ。じゃあ、明日また来るから、教えてね」
ルシィは適当なことを言って墓地を後にした。
墓地から帰る途中、路地の片隅でトリスを見かけた。
自警団の仕事なのか、昼間から酔っぱらいの女に腕をつかまれている。自分でどうにか切り抜けるかなと思って眺めていると、どう見ても押されていた。
「ねぇったらぁ」
「いや、だから落ち着いて……」
女は、トリスよりも十歳ほど年上に見えた。多分、からかわれているのだろう。心底嫌なのか、よく見るとトリスは涙目になっている。
仕方ないなとばかりにルシィは近づいて、トリスの空いている方の腕を組んでみせた。
「どうしたの、トリス?」
こんな美女と腕を組んでいるのに、トリスは意識するどころか安堵していた。腹の立つことに。
すると、香水と酒の入り混じった匂いをさせた女は、ルシィを見てトリスから手を引いた。
「何よ、この女?」
「私たち一緒に暮らしているの」
嘘ではない。事実、トリスとは一緒の家で暮らしている。その他に二人いるけれど。
どこをとっても、この女がルシィに敵うところはない。すぐにそれを覚って女は不機嫌になり、ガニ股で路地に消えた。
トリスはほっと溜息をついてその背中を見送っていた。
「何やってるんだか」
腕を組んだままルシィが言うと、トリスはルシィの腕から逃れるでもなく立ち尽くしたままでいた。
「酔っぱらって危ないから家まで送っていくところだったんだ。そしたら、家に寄っていけって」
「へぇ。それは楽しそうねぇ」
セイディが知ったら卒倒しそうだが。
トリス自身も泣くほど嫌だったらしい。情けないなと思ったら、少し違った。
「俺、香水とかのキツい匂いが苦手で。ちょっと息が詰まりそうになってた。助かったよ」
あ、そう、とルシィは素っ気なく答えた。
「トリスって、女に興味ないの?」
思わず言ってしまった。さっきの女はともかく、こんなに美女が密着しているのに、少しも嬉しそうに見えない。非常にプライドが傷つく。
しかし、トリスはかぶりを振った。
「そんなことないけど」
「説得力がないわね」
それでも、トリスはにこりと笑った。その笑顔を初めて、胡散臭いと思った。