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魔女ルシエンヌの物語  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅱ「乾いた骨の真実」
19/73

◆7

 ルシィは苛立ちながら墓地へと向かった。セシリアとやらに会おうとしているわけではない。薬草はまだ使ってもいないので要らない。

 真実がどこにあるのか、それをはっきりさせてやろうと思ったのだ。


 クリフが可哀想な人に弱いのはいい。そんなのは個人の勝手だ。ただし、それが領主となると話は違ってくる。


 人の上に立ち、領地を治めるのならば冷静でなくてはならない。可哀想だから許す、では殺された方はどうなのだ。可哀想ではないのか。

 法は正しく布かれなくては意味がない。クリフは個人の感情に左右されすぎている。


 もし、セシリアの夫たちの死が彼女の手によるものだとしたら、使われたのはまず毒だろう。見るからに細身で力のない女性だった。男を殺そうと思えば毒を使うしかない。


 毒というのは便利なようでいて厄介だ。それを知らずに使うものが、自らが掘った墓穴に落ちていく。


 ルシィは墓地へ行くと、枝に停まっている小鳥に話しかけた。


「こんにちは。この間の話なんだけど、夫を三回亡くした未亡人の話」


 すると、小鳥はまた首をかしげている。


『うん、それが?』

「三人の夫の墓、どれかわかるかしら?」


 ルシィの言葉が終わるよりも先に、小鳥は枝から飛び立った。軽やかに黒い脚を載せたのは、長方形の墓石である。意外と近いところにあった。


 ――カラム・キャニング。


『二人目』


 また、小鳥は飛び立つ。キャニングの墓石から三列前の端の方だ。


『一人目』


 ――アーネスト・ドレイパー。


 確か、三人目はコナー・アスカムだった。


「ありがとう」


 小鳥に礼を言うと、今度は地面に向けて声をかけた。


「ちょっとそこのあなた」


 野ネズミである。茶色の毛皮が土と同じ色だが、草の上にいたらわかりやすい。野ネズミは二本足を草の上につけたまま上体を起こす。


『ボクのこと?』

「そうよ。あなた」

『へぇ。ニンゲンに呼び止められたのは初めてだなぁ』


 などと感心されたが、人間呼ばわりされたルシィは密かにショックだった。まあいい。


「私は普通の人間とは違うの。……それはいいんだけど、あなたにお願いがあるの」

『ボクに?』

「ええ。ちょっと墓石の下に潜って骨を見てきてほしいのよ」


 嫌な頼み事である。野ネズミは三歩下がった。


『……なんて?』

「墓の下の骨を見てきて?」


 ルシィは可愛らしく言い直したが、そういう問題ではなかったらしい。


『ヤーダー!』


 清々しいくらいキッパリと断られた。そうだ、ここではルシィは敬われる魔女ではない。ただの通りすがりだ。仕方がないと思いつつも、尻尾をつかんで逆さづりにしたい気分にもなった。


「お願い、大事なことなのよ。そうね、もし私が知りたいことをちゃんと伝えてくれたら、大きいチーズを持ってくるわ」

『ちーず……』


 野ネズミの目つきが変わった。トロン、と蕩けそうだ。よし、行ける。


「見てほしい墓は三か所。全部回ったら、あなたの体よりも大きなチーズを約束するわ」


 この時、野ネズミの耳はピコピコと落ち着きなく動いていて、その耳と同じように彼の心が動いたことをルシィも確信していた。


『し、仕方ないなぁ。本当は嫌だけど、そこまで言うなら手伝ってあげるよ。困っているみたいだし』

「ありがとう」

『言っとくけど、穴だらけのチーズは駄目だからね』

「ええ。ギッシリ詰まったやつね」

『うん!』


 交渉成立だ。ルシィは野ネズミに指示を出す。字は読めないだろうから、目印にちぎったイチイの葉を墓に撒いて、ひとつずつ場所を教える。


「まずはここ」


 目の前のドレイパーの墓だ。


『土を掘って潜っても、棺桶に入ってるよね?』

「棺桶を齧って穴を空ければいいのよ」


 冒涜にもほどがあると、誰かが聞いていたら叱られただろう。しかし、他には誰もいない。聞いているのは小鳥くらいだ。


『まあ、いいけど。齧って中を覗けばいいんだね?』

「そうよ。骨がどんな状態か教えて」

『チーズはいつくれるの?』

「全部片づいてからね」

『あんまり待たせないでおくれよ』

「わかっているわ」


 そして、キャニングとアスカムの墓も教えた。


「もしどの墓かわからなくなったら、あの小鳥に聞いて?」


 青い小鳥は枝の上で楽しげに飛び跳ねていた。噂や醜聞が好きなのは主婦ばかりではないらしい。


『何してるの? 何してるの? なんか楽しそう!』

「そうね、楽しいことよ。じゃあ、明日また来るから、教えてね」


 ルシィは適当なことを言って墓地を後にした。




 墓地から帰る途中、路地の片隅でトリスを見かけた。

 自警団の仕事なのか、昼間から酔っぱらいの女に腕をつかまれている。自分でどうにか切り抜けるかなと思って眺めていると、どう見ても押されていた。


「ねぇったらぁ」

「いや、だから落ち着いて……」


 女は、トリスよりも十歳ほど年上に見えた。多分、からかわれているのだろう。心底嫌なのか、よく見るとトリスは涙目になっている。

 仕方ないなとばかりにルシィは近づいて、トリスの空いている方の腕を組んでみせた。


「どうしたの、トリス?」


 こんな美女と腕を組んでいるのに、トリスは意識するどころか安堵していた。腹の立つことに。

 すると、香水と酒の入り混じった匂いをさせた女は、ルシィを見てトリスから手を引いた。


「何よ、この女?」

「私たち一緒に暮らしているの」


 嘘ではない。事実、トリスとは一緒の家で暮らしている。その他に二人いるけれど。

 どこをとっても、この女がルシィに敵うところはない。すぐにそれを覚って女は不機嫌になり、ガニ股で路地に消えた。

 トリスはほっと溜息をついてその背中を見送っていた。


「何やってるんだか」


 腕を組んだままルシィが言うと、トリスはルシィの腕から逃れるでもなく立ち尽くしたままでいた。


「酔っぱらって危ないから家まで送っていくところだったんだ。そしたら、家に寄っていけって」

「へぇ。それは楽しそうねぇ」


 セイディが知ったら卒倒しそうだが。

 トリス自身も泣くほど嫌だったらしい。情けないなと思ったら、少し違った。


「俺、香水とかのキツい匂いが苦手で。ちょっと息が詰まりそうになってた。助かったよ」


 あ、そう、とルシィは素っ気なく答えた。


「トリスって、女に興味ないの?」


 思わず言ってしまった。さっきの女はともかく、こんなに美女が密着しているのに、少しも嬉しそうに見えない。非常にプライドが傷つく。

 しかし、トリスはかぶりを振った。


「そんなことないけど」

「説得力がないわね」


 それでも、トリスはにこりと笑った。その笑顔を初めて、胡散臭いと思った。

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