暗き深海に黄昏有り
突如、自分の悲鳴と共に巨大何かに飲み込まれたサリアスは深海のように真っ暗な冷えた空間に暫く漂っていたら、光度の低い明かりの先に飛び出される。
レイムとサームもクラゲが漂うように傷一つ無くサリアスを追った。
そして、サリアスの目の前には人型へと変身途中の巨大なタコのような深淵の怪物がいた。
「……貴女は?」
変身が終わりサリアスと同じ人魚の姿をした女性が笑みを浮かべていた。
「わたしはイメス。ハントと同じ血族だよ。よろしくね。あとレイム、サームもね」
鱗を地面につけているサリアスの手を掴み引き上げる。
「今はどのような状況なのですか? 【溟孔龍】も突如消えてしまいましたし
……」
「そうだね~。結構、私達は追い詰められているかな。【溟孔龍】も封印されかけているけど、それは見た目だけ。実際はあっちも限界が見えているね」
深淵の怪物達は自分達の創造主である【溟孔龍】の力を疑わない。
深淵の一端を覗き込んだ彼女らはその深さを知っており、魅入られたからだ。
「そうですか……。そのような状況に」
自分が疲れを取るために寝ていた時間にそれほどの大きな変局が何度もあったと、知る。
「それにかなりの数の血族が亡くなっちゃってね。それが一番悲しいかな」
軽く笑うように言っているが、その笑いは喜色など一切なく、悲哀の刃が何本も刺さった悲痛による悲鳴のようであった。
「……戦う事を辞めないのですか?」
犠牲の数を積み上げ、積み上げた影が己の影を塗りつぶす程高くなったというのに積み上げる原因を解決しないのだろうか。
「戦いじゃないよ。救いだよ」
「ですが……」
言い方を変えても生まれる犠牲は変わらない、ピンチである今だからこそ、反省を促すべきであるかもしれない。
「言いたい事はわかる。でもね、私達は亡くなった血族の努力を無駄にはできないの」
犠牲は生まれたが、決して無駄ではない。
犠牲の丘ができて、影が伸びてもその影の分だけ進む。
「まぁ、さすがに数を減らしすぎたわね。増やさないと進めないから──」
進むにも推進力が必要だ。
推進力の源は自分達であるため、一定の数を下回ると、急激に進めなくなる。
「──あなたも血族になろうよ」
サリアスの肩を強く掴み圧倒するような支配的な雰囲気を醸し出す。
「なにを……!…?」
イメスの喉から特殊な波長が発される。
歌うように発された音は儚さと美を持ち合わせていたが、何よりも吸われるような引き潮を想像する音であった。
甲高く寂しげな絆が非常に強い深淵の怪物とは思えない声であった。
「ぐっ!!」
サリアスは心臓の脈動が精神を身体から弾き出す狂ったような衝撃に襲われる。
「あ、熱い……!!」
体が燃えるように熱くなるのを感じ異常な状態に強烈な焦りを覚える。
イメスに視線をやると、四肢を鎖に巻き付かれた状態で疲労感に満ちた雰囲気でサリアスを見つめていた。
「突然でごめんね。こんな不満足な形で。でも、これが私達が最後に残せる事」
朧げになりつつあるイメスの気配はサリアスに申し訳なさそうに眉を曲げていた。
「今耐えれば、必ず君の願いは叶うさ。でも、封印はいつ解放させるかはわからない。だから、長い時間を生きられる体にしないといけない」
イメスは確信している。
【溟孔龍】は必ず己の力を十全に操れるようになることを。
その時まで、待てる肉体が必要だ。
【溟孔龍】の封印の鎖は強い繋がりのある眷属にまで届く。
「う、ゔぅ、私は……!」
サリアスは頭を抱え、精神と肉体の改変をはっきりと感じていた。
自分が自分じゃなくなる感覚は死に近い恐怖が覚え、必死に抵抗をするが、改変を止められない。
深部から変化しているため、止めようにも止められない。
イメス、レイム、サームは鎖に引き込まれ【溟孔龍】共に異次元に引き込まれる。
「深淵の怪物になろうとしているのか!?」
サリアスが苦悩に悶える中、セミナが封印されたハントを抜けサリアスの元にまで到着した。
だが、到着した時には深淵の怪物化が進行しており、サリアスの体は透明でクラゲのように華やかに柔らかく変化しかけていた。
「いや、まだだ。遅くない」
手遅れだと判断する前に必死になって深淵の怪物化の進行を止める方法を考え出し、一つの方法が可能性に浮かんだ。
それはサリアスを【溟孔龍】の楔にすることであった。
楔は曲がったり欠けたりしないようにするために不変の処理をする。
一種の固定状態をサリアスに付与し、深淵の怪物化を一時的に停止させるのだ。
「すまない。貴女の不屈さと覚悟を利用して」
罪悪感を振り切るように発された謝罪の言葉であった。
そしてセミナは罪を背負う事を覚悟する。
目を瞑り視線を決して逸らす事無く槍をサリアスの胸に突き刺す。
鮮やかな紅の色をした血が噴出するが、明らかに少なく人を半分辞めているとわかる。
そして、セミナは素早く詠唱をすると、槍が日の出のように白く輝き、影のみならず二人の姿を白く塗り潰す光が発される。
「必ず何時の日か解放しよう」
セミナは【溟孔龍】の封印の楔にされたサリアスの解放を誓う。
そして、解放の時は自身が深淵の怪物を許せる時が来るまでだ。
己の戒めと誓い。
セミナは決して深淵の怪物達の言い分を否定しているわけではなかった。
本心は何事も無ければ彼らと手を繋ぎ合い共に更なる発展をしたかった。
◆◆◆
深淵の封印所ラテマアに、メラトリオが向かっていた。
【溟孔龍】を封印して暫く経つが、定期的に封印状態を直接確認している。
戦神であるメラトリオがこの役目を携わっており、今日もラテマアに向かい【溟孔龍】の姿を確認しに行っている。
メラトリオはラテマアに降り立ち、まずは青蛍光石を一つずつ破損や故障が無いか調べる。
外縁部が内部へと、同時に封印の機構を調べる。
最後にラテマアの中心に建てられた冥界のような雰囲気神殿のような建物に入る。
神殿風の建物の周り海流が完全に停止しており、その空間に入ると体が重くなったように感じる。
これは実際にこの神殿部分だけ階層が違うからだ。
今見えている神殿風の建物も幻影のような物であり、本体は虚理階層に置かれている。
冥界の気配が幻影に滲み出しているのだろう。
黄金色のくすんだ鎖が宙から多く建物の中にまで伸び、主に一階の部分に伸びている。
そしてその一階部分は次元の壁からも透過する冥界の雰囲気を塗りつぶす異様で圧倒的な気配を放っていた。
メラトリオは神殿の扉を開けると、鋭い目付きとなり、多くの強力な青蛍光石の光が目に入る。
細くなった目は現在の【溟孔龍】の姿を視認すると大きく目が開かれ、強い警戒を顕にする。
様々な魔術的な刻印と回路がなされた広い空間の中心に四肢を鎖に繋がれた一人の裸の女性が目を閉じ眠っていた。
「形態が変わっている!?」
外見が小さくなっても発せられる形状のし難い波動は紛れもなく【溟孔龍】の気配である。
先日確認した時は空間的に縮小された【溟孔龍】の龍の姿だったため、まるっきり変わっていることに驚きを隠せない。
「……………」
そんなメラトリオの声に驚いたのか、【溟孔龍】は瞳を見せる。
メラトリオもその気配に気づき、形状の変わった【溟孔龍】の体を観察する。
肌は気品のある真珠で構成されたような煌めきのある白い肌であり、長く床にまで伸びている髪は光を魅力し飲み込んでしまうような麗らかな漆黒をしていた。
身長は少し高く、手足や胴体は細いが健康的で比喩抜きで理想を体現した魅力的な躯体をしている。
顔は自身の意識がそこに貼り付いてしまう程の儚い絶世の美貌で形作られており、美の基盤の上に一撫での可憐さが載っており、艷やかさと明るさを見事に調和させていた。
「あぁ、貴女……ね」
海の広さと深さを象徴するような蒼孔眼がメラトリオに向く。
「【溟孔龍】、その姿は何かしら?」
「貴女に近い姿の方が接しやすいと思って変えただけよ」
「別に姿、形が変わっても【溟孔龍】である事に変わりは無いから、今まで通りの扱いよ」
メラトリオは内心焦る。
封印していても【溟孔龍】自身には力が働く事を。
封印の仕様では力さえも縛るはずなのに仕様通りになっていない。
(外側には力は届いていないようね。不幸中の幸いという所かしら)
自分以外にまで【溟孔龍】の穴を開けるような干渉力までは無いようだ。
「そう」
感情を感じない乏しい反応でメラトリオを見透かすように見つめる。
「何時、私を解放するのかしら?」
鎖が繋がった腕輪に顔を向け鎖を持ち上げながら横目で問う。
「永遠によ」
メラトリオ側は【溟孔龍】の現在の認識はほとんど魔神扱いである。
つまり、みんなの敵の中でも最も危険で力のある存在と見なしている。
過去の所業から鑑みて、いくら反省して心を入れ換えても決して封印を解こうとはしない。
「……残念ね」
常に儚く陰のある声質であるため、悲しげな感情は見えづらいが、表情が僅かに曇ったためメラトリオは【溟孔龍】の感情を読み取る。
「おこがましいわよ。本来なら死刑にしているところなのだから」
自分が守ってきていた地の繁栄は彼女のせいで、大きく削られた。
戦神としても【溟孔龍】には勝利を勝ち取る事ができず、プライドは砕けた。
大切な物が奪われた悲しみは【溟孔龍】に怒りに転じて向かう。
メラトリオはこれ以上【溟孔龍】と話していると滾る怒りに身を任せて殴ってしまいそうになるから、封印の状態だけを確認して二階へと移動する。
「いつかは、元通りになるわ」
静寂に包まれた広い一階にて【溟孔龍】は孤独にそう呟く。
◆◆◆
封印神殿の二階には【溟孔龍】を縫い留めるための杭であり楔であるサリアスが部屋の中心部にいる。
胸にはセミナの槍が深々と突き刺さっており、サリアスは苦悶の表情で安らかに眠りについていた。
メラトリオはサリアスの状態を確認した後、ラテマアを去っていった。
その後すぐに【深究の魔神】魔王如きものがサリアスの前に現れた。
「「「哀れなり」」」
嬉しそうにサリアスの慘状の感想を漏らす。
「「「ただ、ただ、元の生活に戻りたいという健気な願いを利用するあの子の眷属と神々達」」」
深淵の怪物はサリアスの目標地点を自身の利益になるようにし、神々は決して願いが叶わないような状態へとしてしまった。
「「「汝はこう思うはずだ。──憎たらしいと!」」」
「「「『私が何をしたというのか! 十分願っても良い願いをしただけなのに、なぜこのような仕打ちをさせられるのか! お前達はのうのうと暮らせてズルいぞ!』ってな」」」
魔王如きものの左右の頭は憎悪や怒り、妬みに歪ませた強烈な迫力のある表情をしているが、中央の顔は満面な笑みを浮かべている。
「「「悔しいよなぁ!! あんな悪い奴ら抹消したいよな!」」」
客観的にも演技しているとわかる程、大袈裟に声を出して、サリアスの内心を悔しそうに共感する。
口角が軽く上がっているため、本当に共感しているかは不明だが。
「「「力を求めているよな! ちょうどいい実験があるんだ、じゃなくて。ふぅ、そう正義の力をモルモットじゃなく、汝にあたえよう!」」」
満足した様子でサリアスに封印の解放をきっかけに発動する魔神製の指輪を嵌める。
サリアスが欲しいのは家族と暮らす事だが、叶わなかった。
「「「また一つ楽しみができた。しかし、あの子の誕生は神話語りがどうするのか気になるな。特に海のリヴァイアサン」」」
サリアスは何も言わぬままであり、魔王如きものも自己満足で、ラテマアから去る。
闇の中には青色の光が輝く。
これで【零章 ルティーヤ編】は終了です。
「どこにルティーヤが出てんだよ、」と思うかもしれませんが、ちゃんと登場してますからご安心を。
零章は数話で終わらせる予定でしたが、執筆していたら長くなってしまいました。
中途半端なところで切るのは、個人的に嫌なので長く続けました。
今まで読んで頂いた読書の皆様はありがとうございます。
これからも読んでいただけると作者の執筆活動の励みになります
次は五章ですから、お楽しみに。




