されど戦神
ハントは【溟孔龍】の動きを見ながらも、倒される事は無いと、確信している。
だからこそ、隙無く周りに敏感な警戒網を広げていた。
倒せないからこそ、何かしらの手はうってくるのは予想できる。
それは主戦場ではなく外野の部分で確実に素早く進めているはずだ。
他の血族にもそれは伝えてあり、探すように指示している。
「……わかりました。すぐに向かいます」
小魚の深淵の怪物がハント周りを囲むように泳ぎ、ハントに指示された事について報告をしていた。
ハントは厳しく深刻な表情を浮かべる。
「何かありましたか?」
ハントが突如、真顔から鋭い表情に変わったため、雰囲気に尖りが生まれた。
「都市の守護神達が動いています」
サリアスは小さく目を見開く。
ドキリと心臓に悪い一拍が胸の中から発される。
罪悪感にも似た、己を否定しくる重しが頭の奥先に乗っかかる。
「場所は?」
「淵の町ラテマアです」
かの有名な世界で最も巨大な穴の一つであり、【溟孔龍】の出現した穴の淵にある町。
「すぐに何が起こっているのか行かなくては」
「えぇ、わかっています。ですが、レイム、サームが足手まといになってしまいますから、どこかに置いて来なくては」
「私が見張っておきますので、頼みます」
サリアスも足手まといになる事は自覚している。
「えぇ、わかりました」
ハントもそれを了承し、ハント達は海底に降り立ち、レイムとサームを置く。
「では、タリーア。行きますよ」
「あぁ」
魔術器官が周りの水流を生み出し、強く体を押し出す。
ハントとタリーアはラテマアの町に向かった。
暗闇が支配する深海を突き進むハントとタリーアの二つの影にもう一つの影が近づく。
「イメスですか」
「やぁ、ハント、タリーア」
人魚の女性の姿をした深淵の怪物イメスが二人の隣へとつく。
「何だ? お前もラテマアに行くのか?」
「まぁね。私も封印準備を止めにね」
都市国家の守護神達は大部分の力をセミナに貸し与え、残った力で、【溟孔龍】の封印準備をしていたのだ。
セミナの役割は、【溟孔龍】の足止めである。
「では、皆行きますよ」
ハントを先頭にタリーアは海草とサンゴの巨人へと体を変え、イメスはタコのような巨大な生物へと姿を変える。
そして、各自押さえつけていた力を解放する。
ラテマアの小さな明かりらしき物が見えてくると、ハントに続く深淵の怪物達は無数の群れの影を成していた。
「ラテマア……。かつて変わり者すぎて差別されていた人の名前でしたね。異端者ラテマアが最初にたどり着き、ラテマアに倣い数々の異端者がラテマアに続いて、村ができてしまった。そして、徐々に人口を増やしついには一つの町へと変貌した異端者の町」
ラテマアの町、略称してラテマアとも言われる名前はかつて実在していた人物の名前だ。
ラテマアという人物を一言でいうならば、不屈であった。
詳しく紹介すると、守護神達と互角の英雄級の実力を持っていながらも、何をするかわからない冒険心溢れ、どんな圧力にも屈しない人物であった。
故に人々は英雄と言うよりも化物としてラテマアを認識しており、政府上層部もどんな圧力にも従わない英雄の認識は変えようとしなかった。
これだけを知ると、結果が実らない可哀想な人物だが、ラテマアは物語の英雄のような弱きを守り強きを挫くというわけではない。
ラテマアは気まぐれかつ自由である。
性質的には魔族に近しい物だが、本質的には冒険家に近しい。
そんな人物が平和な都市に留まるはずが無く、都市から数人の仲間と共に出ていき海溝の奥深くに潜っていった。
「皮肉ですかね。所詮は彼らは私達を怖がっているだけの雑魚。理解し己の願いを叶えようと近づく彼女と比較すると滑稽だ」
ハントは強く、誇り高い態度と姿を常に纏わせていたサリアスを思い出す。
最初の不安に苛まれ、選択を詰まっていた弱々しいあの頃からほんの少しの時間で今の素晴らしい物を持つ人になれたのを。
巨大な力を持つ異端の深淵の怪物達。
神の器にしては狭い、力を持つ守護神達。
◆◆◆
【溟孔龍】の封印機構は力の打ち消しに強い。
力の波動を打ち消す、逆相の波動が常に発されている複数の高位存在製の特殊な人工鉱石がラテマアのそこら中に配置されている。
最後に力を弱まった、【溟孔龍】を押さえつけるための神々にも使われる巨大な鎖が空間から生えている。
青い蛍光を放つ鉱石がラテマアを包んでおり、幻想的とも言えるが、【溟孔龍】を封じ込めるための物だ。
なにせ青い蛍光を放つ鉱石、青蛍光石は主な素材が高位存在だからだ。
一つ一つが人類で言う宝具並の技術と素材によって築かれた青蛍光石は都市連合の守護神達の本気度が窺える。
そして、深淵の怪物達は【溟孔龍】の眷属であるため、近い周波帯と波長を持つ深淵の怪物達は青蛍光石の壁が塞がった。
「おい、ハント。力が出ないぞ!」
「くっ! 皆、一旦距離を取りますよ!」
ラテマアの一定範囲に踏み入れたら体に力が入らず、思うように属性を操作できずに、明らかな弱体化に焦りと共に距離を取る。
「来たぞ!」
都市の守護神の眷属達がハント達の撃退に回った。
深淵の怪物達は弱体化しない境界部分で遠距離攻撃を多用して、守護神の眷属達を撃ち落とす。
ハントは横に手を振るうと広範囲の爆発が引き起こされ、道を切り拓く。
弱体化は連携によって補い、魔術は複合させ大胆さは隠し繊細さを重視して動く。
彼らは血族。
それつまり、家族。
組織的な動きは最も得意とする。
力は下がったならば補い合い協力すれば良い。
正解など、わかっている。
噛み砕く咀嚼音が恐怖を伝播させ、踏み潰す獣脚に慄き、貫く鋭剣を舞い泳ぐ。
「なぜ、こんなにも強いんだ!?」
「私達は強いから」
イメスの触手が複数の守護神の眷属を握り潰し、飲み込み、恐怖を最後として終わりを与える。
「オラッ!」
タリーアの剛腕から繰り出される一撃は衝撃波をまき散らし、守護神の眷属達を吹き飛ばす。
そして、大きな隙が生まれたため、深淵の怪物達が止めを差す。
「後退だ! 後退!」
封印の要である青蛍光石が【溟孔龍】の封印地点になるほど集中しており、ハント達では弱体化しすぎて、消滅の危機に会ってしまう。
守護神の眷属はその地点まで下がり、有利な地形なもと戦おうとしていた。
「皆さん密集してください!」
ハントは広がっている血族達に危機感を顕にした声を出し、その場で止まる。
ハントが恐れたのは各個撃破であった。
組織力が若干だが、薄まり始めたのをハントは感知し、状況は僅かな油断もできないため、一度血族を集める。
血族達もハントの理由を理解して、戦線を一度下げ態勢を整える。
「隙有り」
一定の範囲に集まった深淵の怪物に向かって、電気が迸る水流の柱が一直線に向かい深淵の怪物達に岩石を破壊する時に破片を飛び散らせるように砕いた。
「くっ……! 戦神メラトリオですか……!」
深淵の怪物達の視線の先には先程の水流の柱を放った戦神メラトリオが佇んでいた。
女性の海人を姿をしたメラトリオは威風堂々とした様で深淵の怪物達を威圧する。
「消えなさい」
二つの剣がメラトリオの手の中に出現し、尾が水を叩き、疾走しながら剣が振るわれる。
ハントが血族達が傷つく前にメラトリオの前に出て、双剣を受け止める。
「遅い」
だが、筋肉の塊である強靭な足がハントの体を叩き、血を吹き出しながら青蛍光石に衝突してハントに多大な傷を負わせる。
「貴様ァああああ!!!」
イメスは常に平気な顔をしていたハントが激痛にのたうち回る程の一撃を喰らったハントを見て、血が頭に一瞬にして登る。
無数の足を切られても再生して、大きさと数の連打でメラトリオを仕留めようとしていた。
打ち込まれる触手の振動が地面に走るが、イメスはメラトリオが当たった感触は得られずにおり、焦燥感を募り始める。
もしかしたら、既に脱出して血族を襲いかかっているかもしれないと、冷静に頭を回し神経を広げる。
だが、守護神の眷属と戦う血族の群れな中にはメラトリオの姿を確認できずにいると、体に大きな斬撃が走り、一斉に感覚器官が傷ついた部分に向かう。
(しまっ……!!)
警戒網を狭めてしまったため、メラトリオの動きについてこれずに隙を晒してしまった。
「これで終わりよ」
予想だにしなかった方向からメラトリオの死刑の宣告が聞こえる。
「!!」
しかし、メラトリオが剣閃を放つ瞬間にメラトリオの体全体が強く引っ張られ、そのまま地面に強く打ち付けられる。
「こちらもこの程度で終わりませんよ」
復活したハントは彼らしくない不敵な笑みを浮かべ反撃をメラトリオに返したのだ。
(あちらも弱体化してるとはいえ、剣技だけでここまで追い詰めてくるとは)
結界性の針が魚群の如く、メラトリオに向かいダツが船を穴を開けるように堅い針先を泳がせる。
すぐに身に纏う拘束の魔術を解き、眼前にまで迫った針がメラトリオに襲いかかる。
メラトリオは体全体を使い弾ける針は弾き、弾く動作で水を蹴り回避をしようとするが、包み込むように囲む針に避けるような空間は無い。
「この程度で戦神を止められると思わなで欲しいわ!!」
縮小する針の檻の中を最小限の結界を纏い傷つきながら、ハントへ向かい突っ込んできた。
戦いというのは無傷で終わる物ではない、傷がつくのは当然である。
大事なのは如何に傷の数を少なくするかだ。
メラトリオは多少の痛みを許容して、血を滲ませながらハントに手をかけようとしている。
「さすがは戦神です。ですが、それはこちらの言い分です」
戦いの高揚で生まれる狂気のような物を見てハントは威圧されるが、この展開は予想していた物だ。
故に次の手を振り落とし、地面ごと両断する一撃がメラトリオに向かった。
向かい来る断刀を双剣で防いだが、大きく弾かれ壁を何枚も突き破り、見るからに相当なダメージを喰らわせたとわかる。
「当分は出てこないでしょう」
一分にも満たない僅かな時間だが、次の行動へと移す時間には十分な量だ。
「■○○▲」
深淵の怪物の言語で戦術を伝えると、一つの群れとなろうと集まる。
深淵の怪物は中心部から離れ、周囲の破壊を行う。
「待ちなさい!!」
腕部に大きな傷跡を残しながらも痛みを感じさせない、強烈な気迫を纏い、ただ泳ぐだけで渦ができる速度で深淵の怪物の固まりに向かってくる。
深淵の怪物達は小さな【溟孔龍】のような形を群れで型どり、メラトリオとから逃走しながら周りを破壊して行く。
障害物があるなら、分離して再集合し、メラトリオの必殺の一撃も同様に躱す。
メラトリオの冷静さが徐々に失われていく。
このまま周囲を蹂躙され続ければ、封印の基盤が弱まる。
つまり、封印が不完全になってしまい意思ある災厄である【溟孔龍】を封じ込めない。
──今までの犠牲と苦労が水の泡となってしまう。
「そんな事が会ってはならない! 貴方達は死すべき存在!」
自身の肉体を分解させ、莫大なエネルギーを得る。
怒号と共に放たれた光が深海の暗黒を切り裂く。
仮にも高位存在の肉体。
中身の力は減少しているが、元々莫大な量の力を溢れさせずにいた器は当然、中身同様に莫大な力で構成されている。
それを無理矢理分解して直接的にエネルギーを得たのだ。
光が輝いた先には深淵の怪物の姿は無く、大部分が消し飛ばされた。
確実に殲滅するために薄く広い攻撃ではなく狭く濃い攻撃にしたのは正解であったようだ。
メラトリオは皮膚が剥がされた後、神経に直接溶岩を当てられるような灼熱感に襲われ激痛を噴出させる。
◆◆◆
「ぐぅあ………!」
「……タリーア、申し訳ありません……」
タリーアの第二形態の体の三分の一がメラトリオの光線により消滅していた。
加えてハントも満身創痍の状態であり、魔術器官が十全に働かず深海の大水圧に押しつぶされていた。
「……あぁ、みんな……、みんな。いなくなっちまった」
ハントの謝罪に反応もせず、荒げた悲痛な声しかでなかった。
ハントもタリーアと同じように多く血族が亡くなってしまったのは絶望に値する物だが、ハントには罪悪感も加わる。
自分が先頭になってラテマアへ向かい、自分で考えた案で指示して結果はほぼ全滅。
現在と未来に殺意が湧く後悔と頭をかち割りたくなる程の罪悪感に身を蝕む。
「イメスは……」
だが、全員が死亡したわけではない。
タリーア以外にも生存の可能性が最もありそうな血族を探す。
「あぁ、私は何てことを……!」
光の届かない環境であるため、視界には映らないが、深淵の怪物の優れた感覚器官がイメスの現状を伝える。
タコのような太く筋肉質でありながら柔らかかった足は千切れ飛んでおり、白い肉片が散らばっていた。
──貴方達は死すべき存在!
イメスの肉片が他の血族に見え、メラトリオの叫んだ最後の言葉を思い出す。
「……そんなはずが無い。我々は異常だろうが、崇高なる存在です」
血族を何よりの第一優先にし、創造主がどんなに化物じみてても崇める。
来る者は恐れず、去る物を時に思い出す。
それに比べてあいつらは、自らの安全を守るためだけに我々を滅ぼそうとする臆病で愚か者。
「そう、特別なのです。そして、この特別は配れる物です」
優れた一族。
特別な集団。
それが深淵の怪物だ。
ハントは傷ついた体を起こし、水圧に屈せずに立ち上がる。
「全世界を我々の血族に変え、潮に浸す」
大地の人々も海中の人々も全て同じにし、全てが統一化させる。
「そこに変な躊躇いはいりません。まずは彼女を血族に変えましょう。時間はありません。タリーア、貴方は今は治癒に専念してください。貴方の力は血族を守るための物です。私はサリアスさんの元へ向かいます」
「ハント。お前は強いな」
無明の中でも眩しい程の輝きがハントにはあった。
「みんなのおかげです。ありがとう」
自分の行いが血族を殺し、血族の存在が自分を支え、奮い上がらせる。
こんな自分を愛してくれてありがとう。




