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初代勇者~表裏一体  作者: ヘリコプター
零章 ルティーア編
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家族は化物

 最終兵器を起動しても【溟孔龍(バハムート)】は討伐できず、都市ガレテは【溟孔龍(バハムート)】の鳴き声一つで恐怖に染まった市民は深淵の怪物へと変化し、大部分は他の都市にも向かっている。

 守護神ガレテは【溟孔龍(バハムート)】と肉薄したが、高位存在としての格は【溟孔龍(バハムート)】の方が上であるため、自然に還るという結果で敗北を決した。


 大多数は深淵の怪物へと変身して、少数は避難できたり、深淵の怪物にならなかったりとしていた。

 そして、現在の滅んだ都市ガレテにも僅かながらも無事な市民が暮らしている。


 しかし、暮らしているとはいえ、ガレテにも深淵の怪物はうろついており、決して安全とは言い難い環境である。

 悲惨な環境の中でも住むにはそれなりの理由がある者が多かった。


「ただいま。アナタ、サーム、今日のご飯よ」


 つい最近母親になった彼女も家族がここにいるから残っているのだ。


「◆■▲●」「●◇△▷」


 だが、新母親の家族である夫と子は既に人の姿を無くしていた。

 このような膝を折り、顔に暗き影を落す出来事の中でも唯一の喜びは精神まで深淵の怪物になっていないことだ。


 お皿の上に渦巻状の貝が多く並べられる。


「どうぞ」


 巨大なウミウシのような姿となった二人の家族が床の上に置かれた皿を押しつぶすように、貝を食べ始める。


 貝殻を噛み砕く、ガリボリバリとした音が響く。

 響く音は明らかに人の口では生まれない音であった。


 新母親は表には出さないが、この音を聞く度にどんどん離れていく家族の現状に心を痛める。


「ゆっくり食べてね」


 そして、耳塞ぎたくなる逃避感を逃すように、その場から去る。

 家族が見えない外にまで尾を運ぶ。


 彼女は座り込み、力無く上を向く。


 細長い体の横幅だけで亡都ガレテを覆う程の大きさを持つ深淵の怪物の主である【溟孔龍(バハムート)】が周囲に海の妖精を漂わせながらうねっている。


 比喩抜きで世界を一周しそうな圧倒的な巨大さを持つ【溟孔龍(バハムート)】を見つめても恐怖や恨みなどの感情の色は見せない。

 雲を見つめるような、遠い先にある何かを覗くように。


(あの日から全てが変わってしまった)


 脳裏に流れるのは激変の景色だ。


(今でさえも理解不能)


 人は怪物に成り代わったり、市長は石に変化したり、町は一瞬にして滅ぼされ人々は消え去った。

 残ったのは生活の残骸と変化によって生まれた産物だけ。


(周りはこうだと、特に害のない我が家はまだマシなのかもしれない)


(でも、あの頃へと戻りたいと、思う。叶わぬ夢かもしれないけれど)


 地上の人々が同じ高さまで行っても性質上、雲を掴めないように過去に戻れぬ事であった。


 栄えに満ちた展開が突如終了の帳が落ちてしまい新たな展開が始まるというのは一つ前の展開が名残惜しい感覚と似ているのかもしれない。


「奥さ〜ん、いる?」


 家の敷地の一歩手前から呼び声が聞こえる。


「あ、は〜い。今行きますから、そこで待っていてください」


 新母親の呆けていた表情に意識が入り、呼び声の元へとすぐに泳ぎつける。


「奥さん。久しぶりね」


 何時しかアドバイスを告げた壮年の彼女が微笑みを浮かべて、ここにいた。


「お久しぶりです。前の話はとても為になりました。ありがとうございます。ところで今日は何用で参りましたのでしょうか?」


 確かにあの日アドバイスを貰った時から我が子は夜中でもひっきりなしに叫んだ。

 それが連日続き、精神の摩耗を感じ始めて、やっと目の前の彼女の言った事を理解し実感をし始めた。


 だが、今思うと我が子は現在の悲惨な未来を予測していたからあんなにも泣き叫んだのかもしれない。


(今考えても無駄だけど)


 理由が欲しいのだ。

 こんな目に合う対価となる理由が。


「民議会からお話があるみたいだから残っている人達は全員集合して欲しい、と言われたから一緒に行きましょう。ここはまだ安全とは言えないから、互いに警戒しあいましょう」


 民議会。

 亡都ガレテに残った人達も統治機構のような物だ。人々のまとめ役のような物は必要だと考えた。

 ここで生活するなら、助け合いは必須であり、復興を目指せればなお良い。

 それが民会である。


「そうでしたか。では、一緒に行きましょう。あと、少し準備するので待っていてください」


 家の中は深淵の怪物になった家族がいるため、あまり中が見えぬようにドアを小さく開け、忍び込むように静かに入り、すぐに扉を閉める。


 そして、物音建てずに家の奥にいる家族に告げる。


「民会からお話があるそうだから、でかけてくるね」


 家族は了承するようにウミウシの先頭部分にある二本の角のような触覚が手を振るように柔らかく揺れていた。


 新母親は水に溶けそうな程柔らかくなってしまった家族に優しく抱きつき、心拍音を伝える。


 子供である小さなウミウシは派手な色を無くし穏やかな暗さのある色へと変わる。


「そうだった。もうご飯食べ終わった?」


「▽○○」


 人には理解できない波長が飛ぶが、新母親はなぜか理解をして奥にある皿を取り、しまう。

 落ちた汚れを軽く魔術で集め、処理をする。


「すぐに帰ってくるから。その間サームを頼むわ」


 大きい元父親と見られるウミウシが体色を明るく変えて、警戒態勢へと移行する。


「サームもお父さんの言う事を聞いておいてね」


 父親の体によじ登る小さなウミウシが母親の方へと触覚を向けてユラユラ揺らす。


「じゃ」


 そして、家の鍵を閉めて壮年の彼女と共に民会の元へと向かう。




 ◆◆◆




(私はどうすれば良いのだ)


 ウミウシの体を持つ父親の表情をわからぬが、雰囲気に困惑と悲観が渦巻いており、深い悩みを持っていた。


(あの日、私は漆黒の体を持つ巨身の鳴き声を聞いた途端に、心が壊されるような衝撃が走り、心の形を表すように異形の姿へと変えられていた)


 そして、触覚を天井や壁を這い回る我が子サームに向ける。


(でも不幸中の幸いで、まだ精神は残っている。これもあの時サームが泣き叫んだ事による物だ。きっと)


 心が再構築される時に聞こえた強烈な衝撃がサームの泣き声であった。

 泣き声がまだ残る精神を起点になんとか再構築を阻止し、無事な精神を取り戻したが、体は巨大なウミウシに変わっていた。


 それはショックだったが、隣にいた家族の安否が気になった。

 瞳は失ったため視覚は消えたが、鋭敏な触手が視覚の代わりに家族の居場所を教えてくれた。


 絶望に伏し、自分と息子を探す妻と自分と同じ姿へと変えられてしまった息子。


『どこなの? どこに……!』


 今にも深淵の怪物へと変わりそうな狂気が妻の瞳にはあった。


 眼球が休む事なく動き続け、素早く動くため白目と黒目の部分が入り交ざるような瞳に直ぐ様にここにいると声を出そうとした。


『●◆★○◇!!』


(なっ!! そうか、もう私は人ではないのか……)


 残念ながら人の声帯器官を持たぬ彼には人の言葉を生み出せない。


(でも、せめて近くに……!)


 ヒレのような足のようなヒラヒラした部分を必死に動かし近くで彷徨う妻の元へと牛歩の速度で走る。


(遅っ)


 とてつもなく、遅かった。

 海人(シーマン)の五、六歩を一時間かけるくらいの速度であった。


 しかし、彼には止まるという選択肢は無い。

 体の色素を色鮮やかに変えて、存在をアピールする。


 光は放たないが、反射度によって鮮烈な眩しさと派手な色が彼の妻の視界に入ったようだった。


 それから、運良く新母親は二匹のウミウシを自分の家族だと理解した。


(あの時は、本当にわかってもらえて良かった。今でも強く思う)


(だけど、やっぱりこの姿と周りの環境はあまり良くない物。妻は少しずつ削れている。いっそ我々はいない方が楽なのかもしれない)


 重い先が見えない苦労を与えているのはウミウシの身になっても胸が痛む。

 解決方法は今のところ見つからなく、妻を助けようとしても手も足も無い体だから、無能同然だ。

 魔術はあまり詳しくないため、せいぜい日常生活に使う程度だ。

 魔術器官もこの体になったら失っており、自由に泳ぐ事もできない。

 頑張って、少し浮いて進むくらいしかできない。


(申し訳ない)


 せめてでも頼まれた息子のサームをを見なくてはと、サームの方に触覚を向けると驚愕すべき光景に唖然とする。


 視覚的に表すと、サームのウミウシの体が巨大化していた。

 まだ、新父親程の大きさではないが、二倍近くにまで膨れ上がっている。


 急いでサームの元まで向かい、触れて状態を確認した。

 体温は周りの温度に自身の温度を左右される変温動物になったはずなのにサームの体は熱を持っていた。


(と、とりあえず安静な場所まで)


 一生懸命、暴れるサームを自分の体に乗せて柔らかく安全な場所まで運ぶ。


 サームが痙攣するように震えているのを知覚するのと同時に、体が膨れ上がる速度が上昇している事に気づく。


(どうすれば!?)


 記憶に無い症状との対面に戸惑いが極みに達する。


「これはこれは我が血族よ。お困りのようだな」


 自分の家族以外の声が突如現れ、驚愕する。


 呼ぶ声も聞こえずに我が家の敷地内にいつの間にか入ってきた不審者に敵愾心を持つ。

 体色を派手な色へと変え、なるべく体が大きく見えるようにした。


『■○◆☆ (何者だ!)』


 叫ぶように波長のような物を出して、後ろにいるサームを庇う。


「お前と同じ者だ」


 不審者は海人(シーマン)のように見えるが、生えている髪が硬質状な海草のような物に変わり、新父親はその変化に更に驚く。


「警戒しないでおくれや。兄弟よ」


 向こうもどこか戸惑った様子で優しげな声をかけ新父親の警戒心を柔らげようとしていた。


「○◇◆■ (まさか、お前は深淵の怪物か!)」


「怪物とは心外な、貴方の家族ですよ。なぜ貴方は私の事を同じ血族と思わないのですかね」


 理性ある深淵の怪物は自身と新父親との認識の差に心底不思議な気持ちで見つめていた。


「●○★☆ (同じ血族だと!? 私の家族はお前達ではない!)」


「いや、我々は家族だ。貴方に愛を示し信じているからな」


 汚れ一つ無い澄み切った目を新父親に向ける。

 声質も深い愛情を感じ、思わず新父親も信じたくなってしまうところであった。


「その子も今、真の家族になろうとしている」


 新父親は振り返り、形態を変化しているサームに近づきどうもできない現状に血が吹き出そうな悔しさを覚える。


「兄弟よ。さぁ、耳を傾けると良い。これで完全な血族になれる」


 その時だった、深淵の怪物の主である【溟孔龍(バハムート)】の声が頭の中に響いた。

 理解ができない、圧倒的な巨大さを持つ【溟孔龍(バハムート)】の体から不思議な波動が降り注ぎ二人の体に入り込む。


 再び身体と精神の改変が始まる。


 決して止める事はできない蝕む感覚が記憶の中から引き出される。

 そして、最後はせめてでも優しい存在になれるように家族を思う気持ちを記憶と精神の全てをかける。


 父親と母親、兄弟、姉妹の姿。

 妻との誓い。

 自分達が新たな父と母になった瞬間。

 そして、家族を守るという誓い。


(!! ……すまない、お前達を幸せにできなくて……!)


 存在意義が成し遂げられないまま後悔する感情を残しながら意識を明滅させた後には二人は深淵の怪物へと変わり果ててしまった。


「そうか、妻がいるのか。じゃあ、彼女も家族にしなくては」


 極めて善意に満ちた声で動き出す。

 そして、ウミウシから骨のように白く固い花のような体を持った二人の深淵の怪物は、思い出あった家に根を張る。


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