どこか変わっていた
海人である仲間が別の何かに変わりそうになっているのを黙って見過ごすわけにはいかなかった。
「おい、大丈夫か!」
足を訴えるような叩いて戻った事を必死になって伝える。
ザラリとした鮫肌のような硬殻質な物質が纏われていた。
人肌の暖かさはまだ残っている事にアマンは希望を掴むような安心感を得る。
『今、そっちに行く。待っていてくれ』
素早く書かれた文字で返答を返される。
「良かった」
アマンは少し懸念を胸の中に抱かせていた。
仲間が人から離れている姿へと変わっていたため、正気を失っているのではないかと懸想していた。
故に支離滅裂な理解不可能な返答が来ずに懸念が一つ減る。
「……それにしても、なんでこんな変わり果てているんだ」
座り込む仲間の下半身に視線をやり、異形と化している肌を改めて確認する。
服で大部分は隠れているが、足首から垣間見える肌には貝殻のような白い突起物が生えており、まるで何らかの病気で骨が肥大化してしまったのではないかと思わせる。
服を脱がしてどの程度までこの体調大異常が進行しているのを確認をしたかったが、相手の名誉的な物を鑑みてやめることにした。
「例の高位存在か? それともここの環境は人を変容させる性質があるのか?」
調査隊を派遣した原因である圧倒的な力を持つ高位存在とまだ人の痕跡を残さない未知の領域による変化なのか、とアマンは深い考察をし始める。
「うーむ、まだ自分には変化は無いが、いずれ何か身体異常が出始めるのかなぁ……?」
柔らかい地面の上に背を付けてアマンは自身の手を視界の中央に入れる。
何一つ変わらない若干青白い健康な手が謎の突起物やら何かが生えて来ると思うと、なぜか表情筋が上がる。
「まぁ、普通に嫌だけどな」
少し面白そうだと、思ったが、長年この姿この体で生きてきたのだから了承も無しで変化を受け取る愛着はある。
「まぁ、この問題はいいや。考えても無駄だし」
原因も解決方法もどう考えても自分が対応できる幅と深さを超えているいるため、何もできない。
それに今は来るであろう仲間の上半身を待つ時であるため、ただ待っていれば状況は十中八九良い方向へと変わって行く。
まだ、焦るべきではなく、来るべき時に備えて座して待つべきだ。
「……そういえば、上半身だけどうやって移動するのだろうか」
アマンの脳内に三つの仲間の上半身の姿が映し出される。
現実的に一番有り得そうな匍匐前進をして地面を文字通り這いながら進む姿。
次に有り得そうなのが魔術や魔術器官を使い水中をクラゲが浮くように進む姿。
最後に上半身だけで独立して移動しているこの世の者ではなさそうな姿。
「どれも頑張れ」
無責任な言葉による応援だが、何もできぬ身としてはこの言葉をかける以外見つからない。
「……何もしてないと眠たくなってくるな」
極度の緊張が緩んだ今のアマンは目蓋の筋力が眠気が引き込むような重りが重なり、目を細めていた。
(かなり疲労が溜まっているな)
この思考の中の言葉も実体の無い浮いたような感覚で紡ぎ出した言葉であり、アマンは危機感を思考に及ぼさせる。
色と形を失い、霧のように淡い透明となるくすんだ頭に警告の赤色のライトを回し染色すると、細めた目は再び開く。
睡眠欲と理性の戦いが始まり、果敢に睡眠欲がアマンの意識という理性の原点とも言える最重要拠点に攻撃を行うが、理性の壁は鉄壁堅固であり難攻不落を体現していた。
緊張を緩ましたとはいえ、この場がラテマアの町と同じ安全は決して存在せず、未知と奇怪に満ちた場であると認識している。
超絶危険であることはわかってはいるが、どのような危険が襲いかかってくるかがわからないため、対処の方向性が定まらない。
無理難題だからと対処しないのは論外であり、どんなに困難な事でも対処しなければ、最悪自分の命は暗闇の底で散らす事になる。
命を散らしても良いというなら、別の話だが、アマンは少なくとも死にたくなく、生きてラテマアの町に帰りたいのだ。
しかし、対処法とは言ってもせいぜい気をつけるくらいしかなく、先程のようにアマンが眠気に意識を沈めることなど致命的だ。
「歌でも歌おうか。そうすれば気が紛れるだろう」
閃いた案をさっそく喉を鳴らし実行する。
「〜♪〜♪〜♪」
粗雑な行動が多いアマンの口先から女性のような高音質な美麗な音が奏でられる。
海人である彼が物語で語られる美しい歌声を奏でる人魚の声と同等な歌声であった。
歌詞とリズムは現在のアマンの胸中をさらけ出すような基本的に落ち着いたリズムだが、時折更に音程を上げたりしていた。
歌っていれば、体内時間が加速するような昂揚感が身を包み眠りの衰退感を吹き飛ばす。
同時に歌のリズムが上がって行くと、突如歌うのを止める。
アマン勢い良く立ち上がり、弾けるように踊りだす。
その踊りは若者らしく勢いそのままで行ったかのような見ていて、俺も、私も、と入っていきたくなる輝きを持っており、簡単な身振りとアドリブが多いため誰もが夢中になれ自由な踊りであった。
一見無音の空間の中で踊る変人だと認識するかもしれないが、音楽がアマンの脳内に熱く流れているため実際は音楽に合わせて踊っている。
「フゥーーッ! イェア!」
静寂に支配された中、超ハイテンションの声が上がる。
「あー、疲れた!」
疲労しているのに、更に疲労が重なる事をしたが、アマンは眠気や孤独感などのアマンにのしかかる物が取れたような明るい表情をしていた。
これは精神的な疲労が消え去った証拠だ。
沈むくらい柔らかく冷えた地面が火照った血を冷まし、一種のリラックスができていた。
アマンは和らいだ目尻を鋭く眼光強めに切り替わる。
徐々に緩み異物が混ざった警戒心を締め直し、純正の警戒心を抽出していく。
無駄の少ない静かな動作で起き上がり仲間の下半身に視線を向け、突如訪れた異形化の進行に懸念と不安を強くさせる。
(周りを見る限り変化は無いしな……)
視線を周囲に一周させて異物を探し出すが、僅かな欠片や違和感も発見されることはない。
唯一の変化は仲間の下半身は更に突起物を増やし、有機物よりも無機物が目立つようになってしまったくらいだ。
進行する脅威への恐怖もあるが、脅威への警戒心の方が大きい。
仲間の下半身を軽く叩き安否の確認をするが、返答は帰ってこず、アマンは歯を擦り合わせる。
下半身の中身を見ると、生きているのは血液の流れと内蔵の活動でわかるが、僅かにほんの一部を灰色が混ざるように変色している部分があり、赤身の魚肉が時間経過で腐る時と同じ様色である。
ほんの僅かなため、取り除きたくなる衝動に駆られるが、少し触った程度で絶叫を上げるというのに取るなど、想像の埒外な激痛を経験させることになるため、躊躇してしまう。
(これが内部までこの異形化が進行する起点であれば、今すぐにでも取り払った方が良いが、どうするか)
アマンの推察通り異形化の起点であれば様子見はただ侵食を進ませるための時間を与えるだけになり、治療の難易度も上がる。
(……取るか。死にやしないだろう)
最悪の結果は死亡だが、砂粒程度の血肉が無くなったくらいで人が死ぬはずがない。
仲間の下半身は異常だらけだが、中身を見れば元気に生きているということは一目瞭然だ。
何も問題は無い。
(いや、待て。つーか、そもそも海水で激痛が出ない)
アマンは目を見開き、前提として非常に辻褄が合わない現実に気づき驚愕し、下半身の中身に伸ばす手を急遽止める。
自分が下半身に触れられるのに、環境そのものである海水が下半身に触れていない間など、存在しないはずである。
指先が少し触れただけで絶叫を上げる絶対的な刺激が仲間に走るというのに、常に全身触れている海水によって絶痛が生まれるはずであるのに、生まれない。
逆にアマンは警報を鳴り響かせる強力な違和感が生まれ走る状況であった。
「まさか、自分も変わっている?」
アマンは開いた目で己の手の平から腕全体まで研ぎ澄ました眼光で己の変化を探る。
何も変わらない、変わらず青気の混じった肌であった。
しかし、何かが変わっているはずだ、論理的に考えて環境か自分のどちらかが変わっている。
願わくは環境の方が変わっていることを願う。
(布とかで触ってみるか)
アマンは鞄の中から適当な衣類を取り出し手に包む。
そして包んだ手で仲間の内部に手を伸ばし、なるべく皮膚側の痛みが鈍そうな部分を触る。
暴れる事を覚悟しながら、そっと触れたが、暴れる事も無く、静かに座している。
「……」
アマンは口を固く閉じ、何かを飲み込むと同時に次の行動へと移す。
今回は痛覚が少そうな皮膚側であったため、反応が無かったかもしれなく、十中八九激痛が走るであろう中心部に触れることにした。
仲間を実験体のようにしていることに心が深く傷つくが、今回の異常事態は自分にとって看過できる事では無かった。
自分が知らないところで仲間のように化物へと化けているというのはとてもじゃないが、恐ろしさに苛まれる。
海水の存在がしっかりと仲間の内部の周りに有るのを間違いなく感じられる。
違和感と不安から生まれる有り得る予想光景が頭中に描かれるが、中心部に触れる手を止めはしない。
「やっぱ、おかしいのは自分か」
結果は何も無かった、何一つ皮膚側を触った時と変わらない反応であった。
布を取った手はアマンの認識上、普段の手では無く異形の手に見えた。
外観は変わらない、でも自分のどこかが変容を
来たしている。
なぜ? という疑問よりも、やっぱりか、という納得の感情の方が大きい事にアマンは不思議に思いフフフと小さく笑う。
「毒でも出しているのやら」
アマンは何か腑に落ち、微かに陰のあった表情は明るさを取り戻す。
そして、再び眠気が襲う。
アマンはその眠気に抗う事は無く、眠気に身を委ねる。
鯨のような鳴き声が響く。
◆◆◆
彼女が漆黒の穴に光を灯すと、巨大な瞳と目が合う。
「ヒッ!」
紺碧色の艶美さがある深淵のように誘い込まれる非常に魅力的な蒼眼と彼女の目が合った。
瑠璃や蒼玉のような至高の宝石のように青い瞳がランプの光で艶めき、更に強烈な雰囲気を放つ。
青黒い恒星が膨張するように穴は拡大していく。
彼女はその恒星から放たれるコロナに当てられ、意識を落す。
蒼孔眼の持ち主は巨大な力を持っている、矮小な人である彼女にとっては少し睨まれるだけショックで気絶してしまう程の威圧があるのだ。
そして、彼女の体は黒く染まり始め、魚類へと体を近づけると、大きさは巨大となり怪物のような姿へと変身をする。
彼女はもうかの存在へと侵食された。
伝承で語られる船を喰らい、陸を侵食する海の怪物の一体へと変わった。
◆◆◆
「ふむ、あんな者が生まれているとは」
怪物となった彼女と繋げていた視界が途切れ、情報が遮断される。
【深究の魔神】魔王如きものが己の固有空間にて、かの存在を発見した。
そして、彼女を安全な空間へと隔離したあと、己の視界と繋げて観察をしようとした。
ゆっくりのんびりと空間を作っていたため、魔魚が空間内に入ってしまったのは仕方ない。
「まさか、生まれたばかりの赤子同然の存在にバレるとはなぁ」
魔王如きものの反応は正に赤子の予想だにしない行動で驚く大人という様子であった。
「興味深い」
可能性に満ちた赤子というのは研究しごたえがある。
貴重な貴重な実験体であり玩具、見ていておもしろい。
「あの異形化、……意根階層まで侵食しているじゃないか? それにあの干渉力……」
先程までは興味に満ちた声であったが、今回の声は脅威を感じて僅かに警戒心を含んだ声であった。
「厄介な能力を持っているが、どうにでもなる」
魔王如きものは己の中でそう納得し結論を出す。
「楽しませてくれよ」
愉快に己の三十六枚もののある巨大な翼を笑いと共に揺らす。




