英雄と魔女
多くの重い死体を担ぎ二つの大穴に放り込む。
人と魔族で分け、同じように死体を丁重に扱う。
敵と味方を分けていた魂は消え去ったから平等に扱える。
ルアザは少し嬉しく思った。
理不尽な扱いの差が無い状態に。
だが、ルアザは虚しさを感じざるおえなかった。
平等など当たり前だ、全て自然へと還ったのだから。
魂の安置所である冥界は役目を果たし消え去った。
僅かな喜色と感覚を塗りつぶす灰色感がを支配していた。
そして、全ての遺体を穴に入れ終わるとルアザは白い髪を短く切り、穴へと放り投げる。
小さく短く詠唱をする。
「──」
耳飾りが煌めき小さな炎が死体の上に着火する。
里長も自分を案内してくれた里人も自分が呑気に悩んでいる間に命を散らしている。
今飛び交う火花のように。
だが、感傷に浸るのは一瞬だけだ。
ルアザには使命を成し遂げる義務がある。
すべき事を全て終わらせたルアザは服装を戻しドルイドの里から去る。
もう、自分を崇めてくれる人達は十中八九存在しなくなったのだと感じる。
それでも闇の世界が広がる場所に進み、道を作り、災いを退け、後ろに残すのは暖かい光に満ちた世界だ。
◆◆◆
余裕で音速を超えているユーハの眼前にユーハの速度についていく魔物が進行方向に回り込む。
「邪魔だどけ。塵芥ども」
魔物はユーハの悪口と共に一瞬で蹴り殺された。
(適当に遊ばせている魔族でこの数か。リーペは魔族の都と言っても良い程の状況だろうな)
そして予想通りガルト州の州都リーペは人の代わりに魔族が拠点として利用していた。
ユーハが熾烈で鋭い攻撃を撒き散らしながら走って来るのを見ると避けるように道を開ける者からユーハの手によって肉塊となる物から様々な物であった。
龍、巨身、精霊という高位存在が襲って来るがユーハは拳一撃、剣一振りで討ち倒す。
どの攻撃も派手というわけでは無く、翻弄するように小さく最適な一撃で討ち倒していた。
進行方向に現れる敵は遠慮なくあの世へと送っている。
「来たな。魂の夫よ。この【葬命の魔神】ランリューグが相手となろう」
圧倒的な威圧感を持つ美しい体と顔を持った女型の魔神ランリューグが現れた。
「神と名乗るならもっと実力をつけろ」
ランリューグを顔から八つ裂きにしてユーハは進む。
再生ができそうであったため呪いの黒炎で追い打ちにして焼滅させる。
ユーハから見ればこの世界の神々はあまりにも矮小なのだろう。
力だけはあるから人間よりも質が悪い。
そして城の中に入ると一切、生命の気配を感じない先程までの魔神殺し無双は嘘のようであった。
喧騒に包まれた魔都リーペとは思えない静かで落ち着く場所へと変わっていた。
ただ平和とは違う虚無感で虚構的な空間であった。
埃で薄汚れた床は長らく掃除はしていないとわかり、散らばる城の破片や倒れる城の柱には悲しみが強く残る。
ユーハはフィオナがここにいると確信し、魔術でも魔法でも無い今までの勘に体を従わせる歩んで行く。
足取りはようやくフィオナと出会えるだけとあって軽かったが不安が募る迷いが僅かにあった。
◆◆◆
神龍ウロボロス、巨神パンゲア、神霊オゾンを除く生ける者が辿り着ける最高次元にして最深の階層である魂階層の少し下の階層にて。
「ついに父上がお望みの物が訪れました。魂の夫。創世の位階に到れる最後のピースが」
麗しい女の顔で渋い男の声を持つ【胎鳴の魔神】魔王の伝えるものが自身を生み出した存在に報告を告げる。
その声は感涙とは正にこの声と言える打ち震える情の籠もった声であった。
「来たか。ここは我自ら取りに行こうか」
黒い何が動く。
【魂】属性が動き出し黒い何かに形を与える。
魂階層の扉にが開き黒い雫がポトリと物理階層へ向かい落ちて行く。
「ご武運を」
魔王の伝えるものが短い祈りの言葉をかける。
本来なら祈りの言葉など不敬に値するが、今回は特別だ。
◆◆◆
ユーハは木材でできた大きな門を開ける。
門は赤い塗装をしてあるが、大きな爪などでその塗装は剥がれ穴が空いていた。
片方の扉も今はもう立てかけてあるだけであった。
門の中の部屋は謁見の間らしく奥部に玉座が置かれ日光が入るように計算されて設計されているようであった。
玉座にはフィオナが目を瞑り肘をかけ座っていた。
「おはよう」
ユーハは歩きながら周りを一瞥する。
フィオナはユーハの声で起き、瞳を開きユーハを力無く見つめる。
「こんな汚いところで待っていたのか? もっと良いところがあっただろう」
ユーハの一歩毎に埃は舞い、日光に煌めく埃が目立つ。
「アナタと出会えるのだからどこにでもいいわよ」
横一線に引かれた口が僅かな笑みを見せて愛に満ちた声で言う。
「それは嬉しいな。しかし、今回は待たせたな。すまない。何百年待った? いや、何千年か」
時間の地獄とも言える無限の時間量をフィオナに経験させてしまったことにユーハは胸を締め付けられる思いであった。
死の運命を何度も次こそは次こそは乗り越える、と魂に刻まれる程思い叶わない願いの費用がフィオナへと払われる。
運命を呪い、運命によって生かされている事実に対して殺意が飽きるほど湧いてくる。
「だが、一つ聞きたい事がある。お前の今までの所業はなんだ」
ユーハは少し厳しい口調で問いただす。
十中八九ガルトの悲劇にも関わっているからだ。
「……うるさかったから、気持ち悪かったから、見ているのも辛い」
ゆっくりと開かれた口からは怒涛の勢いで卑しい言葉が流れ出てくる。
「アナタ以外の人は全て嫌い」
憎しみに満ちた砂利を磨り潰したような哀れで無様で純粋で潔癖な声であった。
「そうか。じゃあ、二人で静かな場所で暮らそう。あと、そうだな……。あ、そうだ! 子供を作ろう。子供という神秘の秘宝を」
ユーハは玉座に座るフィオナの手を取り明るい未来を信じられる爽やかな声でそう提案をする。
「アナタは人を嫌いにならないの……!?」
フィオナはユーハの軽い反応に驚愕と怒りのような熱い感情が立ち上る。
被害者である張本人がなぜ一番恨みを持たない。
「さぁ、僕はそんな物よりも君の事が大事だからね」
「アナタはあんなにも頑張って人々を救っていたのに! あんなにも正しい行いをしていたのに! あいつらは! あいつらはァ!」
激情に身を燃やす。
感情が魔法に作用して謁見の間に一陣の風を吹かす。
「あいつらが元々醜い事を知っているから、そもそもあまり期待はしていない。君が僕のために怒りを燃やすのは嬉しいがね」
風で髪が舞う中ユーハは変わらずフィオナだけを見る。
「フィオナ」
ユーハが最愛の名を呼ぶ。
「私はあの時始めてアナタが人が死因となってしまったときから人を憎んでしまった。もう、あの頃へ戻れない」
フィオナが人を嫌いになった理由はユーハが人に殺さたからだ。
今までのユーハ死因は事故など災害などなため、直接人が関わる事は無かった。
想定もしないあり得ぬ事であった。
──最愛の人が最愛の人を殺す。
──それはもう最愛では無くなる。
──人々の醜さが悍ましい、人々の輝きが虚ろとなる。
……………苦しい。
──お前達のせいだ。
「ユーハ、ユーハ、ユーハ、ユーハ、ユーハ……」
フィオナはユーハの手を握りしめながら最愛の名を連呼する。
大切にしていた道具が壊れたように哀れでどんな手を使ってでも直してやりたい気持ちが溢れる。
罪悪感にもにた己を責める何かがいた。
ユーハは握られた手にフィオナの涙が染み込むのを感じる。
怒りの炎から生まれる苦痛、長年の孤独から生まれる悲痛。
痛みが涙となってユーハに染み込む。
ユーハはフィオナの頭を優しく撫でる、フィオナの世界で唯一無二の理解者としてフィオナを癒やす。
「フィオナ、何が欲しい?」
ユーハの問いにフィオナは起き上がる。
「無様な姿を見せたわね。ふぅ。……もう、終わりにしましょう」
「は?」
「アナタが終わらせて」
日を背後に花が咲いたような口から紡がれる言葉がユーハを愕然とさせる。
「お前バカか。お前はまだ何も望んでいないだろう。宝石が欲しいなら買ってあげるし、月が欲しいなら今すぐ行って『フィオナの物』と書かれた旗を立ててやる。星でもなんでも願え、全てを叶えられるんだから」
気狂ったフィオナにユーハは両肩を掴み、どこかへ行く前に抱きしめて止める。
望みを望む声もフィオナの心に少しでも届くように喉を張り裂ける程の大声で述べる。
「もう良いのユーハ。私が欲しかった愛をアナタから沢山貰ったから。もう私疲れちゃった」
フィオナはユーハを離し狂気に侵された声とは思えない澄んだ声でユーハに告げる。
「楽しかったなぁ」
フィオナは思い出す。
鼻がもげる程の甘く、目が焼かれる程の眩しく、火口に落ちたかのような愛に満ちた素晴らしい生活を。
最初の頃のアナタは手を繋ぐだけで少し気恥ずかしそうに顔を赤らめ強く手を握った事を。
それをからかうように自分が笑い花畑の中を共に歩いた時を。
晴天で雲一つない美しい花々で囲まれた生活は栄華に満ちていた。
「アナタが私達を終わらせなきゃ、私はこの世界を滅ぼすわ」
幸せそうな表情で鬼畜な事を宣言する。
「待て!」
「もう何個ものの世界を滅ぼしてきたわ。この世界も私が指を動かすだけで一瞬よ」
アハハと笑い衝撃的な事を告げる。
「アナタは英雄、わたしは魔女。これも運命だったのよ」
かつて魔女がとある村を惑わし一人の美しい少女を陥れた、幸いにも惑わしに迷わない少女を守る少年がおり魔女に立ち向かった。
そして、もう一人の少年も魔女の悪なる魔法に惑わされる事は無く真実を見抜いていた。
勇気あるもう一人の少年が魔女に刃を突き刺した。
皆を惑わした魔女はいなくなり、めでたし、めでたし。
「っ! それは違う!」
その後魔女に刃を刺した少年は村を出ていった。
それは村と魔女の真実を知っていたからだ。
醜い本性を。
「ほら」
フィオナは手を広げいつかのように刃を突き立てやすいようにする。
どちらも地獄の選択肢、最愛を自分の手で殺めるか雄大なる世界を壊すかのどちらを選んでも地獄。
ユーハは理性も感情も魂も選びたくない、と叫び訴えるが、選ばなくてはならない。
「──迷うことは無い。我が滅ぼすのだから」
終わりの見えない混沌の迷いの中どす黒い悪意に満ちて支配された声が響く。
上から雫のような無明の点が雪のように雨のように降って来る。




