魔女の所業
ドルイドの里を覆う大結界に魔族の集団を感知した。
仮面を被る里の住人達はとうとう来たかと、覚悟を決めた表情が透けて見える程の強烈な様子を漂わせる。
だが、一部の者は少し怯える様子を見せていた。
「皆の衆は案ずる事はない。我々は常に準備をしておった。その通りやればいいのだ」
一人の腰を曲げた老人が何事も無かったように背筋を伸ばし持つ杖に握りしめながら励ます。
「手伝いましょうか?」
ユーハも戦おうと協力を申し出る。
「大丈夫です。これは我々が為すべき事ですから」
「そうですか、応援してますよ」
予想していかのようにユーハは戦場から離れ、邪魔にならぬように姿を消す。
里の結界が対魔の結界へと切り替わり、木々をなぎ倒す音が響き渡り、その音が近づいて来る。
誰もが鳴り響く音の方向に鋭い目つきで身を構える。
「罪無き倒木よ、憤激を身に宿し、報いと災いを」
誰かが詠唱をすると倒木が暴れ出すように四方八方へと弾け動く。
同時に葉は硬質化し天然の刃となり、舞い散る皮は呪いとなり、地面に縛りつける。
そして、突如止まると直立し、残った生命力を際立たせ一瞬だが煌めき、それが火花となり火だるまとなる。
魔族は葉の刃で切り裂かれ多くの傷を覆い、呪いで大地へと縛りつけられている時に暴れる倒木が大地の栄養へと変えていく。
雑魚魔族はこれで多少は一層したが、実力のある魔族は暴れる倒木を逆に折ったり、砕いたりして無効化しており、火だるまの倒木を掴み里へと投げてくる。
物理的な結界で阻まれるが、里の人々は投げつけて来た倒木を再利用して木製の壁を作り上げていた。
そして、あらゆる壁あらゆる罠や攻撃を抜けて里の内部まで魔族はやって来た。
「お前たち好きなように食い荒らせぇ!」
戦闘に立つ角の生えた魔族の軍勢の長が結界を髪のように容易く破ると欲望をそそらせる声を上げ、魔族達を指揮する。
「人間をなめるなよ!」
里の人々も魔族の軍勢に負けぬ強烈な気勢で激しい攻撃を行う。
里内部には人間を強化する術式が回っているため、身体能力では劣るはずの人間が魔族の身体能力を上回り正面から倒せていた。
だが、魔族は無尽蔵の雑兵がおり、死んだら補給を繰り返すだけで里の侵略領域を広げていた。
汚い敵が悠々と侵略する光景を見て、歯ぎしりするほど顎に力を入れた里の住人達は互いに視線を合わせ頷く。
「「「日輪の食物とは影。代謝と費税より生まれる裁き。輝きの贄となるがいい」」」
ドルイドの里という全員が凄腕魔術師である里の三人の協力が必要な戦術級魔術が発動した。
三人の中央に高速で回転する光の輪が出現し眩い光を放つと共に魔族は抵抗虚しく光の粒子と変わり光輪へと吸収され続ける。
そして三人の顔色が悪くなり始めると、幻想的にまで輝きを増した光輪は魔族の軍勢の奥深くに高速移動し弾ける。
大木のように成長し続ける光の柱が立ち、魔族は光に飲み込まれ姿を消して行く。
「夕迎の黒手とは我らの手。誘え、誘え、魔の世界へ。我らの手は我らの力。美しい黒手を魅せよう」
魔族の軍勢の指揮官が光の柱に向かい手首を誘うように上下させ、詠唱を唱える。
影が大きく伸び立ち上がると、光の柱が放つ光に飲み込まれることは無く逆に手を入れ横に振るうと弾けて消える。
影の手は三人の術者達にその手を向けると三人の影が粒子となって奪われ実体は砂のようになり、崩れていく。
角の生えた蜥蜴が直立したような魔族の指揮官は大きく息を吸い込むと、冷気の光線を口から放ち光線が通った場所は瞬時に冷凍される。
次に手に持つ剣を振り上げ、切っ先を向けると魔族の力が格段に上がる魔術を行使して更なる激しい突撃を命令する。
里の人々も負けじと戦術級魔術などの大魔術を使用するが、魔族の指揮官に無効化される。
そしてとうとう、里の隅まで追い込められる。
里の人々は決死の覚悟を決めようとした時にユーハが魔族の前に現れる。
「そろそろ助太刀を」
ユーハは剣を横一閃に振り抜くと魔族の体は上下半分に分かれる。
「う、ワァァァァァァア!!」
ドルイドの里の一人がユーハの御業に歓声を上げ立ち上がる。
その一人の呼び声に周りの人々も立ち上がり前を向け下げた武器を前へ向ける。
魔族の指揮官へと向かう斬撃を指揮官は握るだけで打ち砕く。
「ぐぅっ!」
だが、手の中は赤く染まり、垂れる鮮血に魔族の指揮官は少し声を出してしまう。
「貴様、何者だ」
自分の硬い鱗を破る斬撃をやすやすと放ったユーハに対して警戒するように問う。
「運命の御子ルアザ・ミラレアの師、ユーハ・オムニバスだ。お前は?」
ユーハは剣先を魔族の指揮官の額へと向け堂々と言い放つ。
「ユーハ・オムニバスか、憶えたぞ。その強さ名乗るに値する。我が名はヴァルガ・ゲイザ。我ら魔族の頂点に立つ魔王様の兵だ!」
見事な堂々とした名乗りの後に雄叫びを上げ指揮官自ら進撃を始め、周りの魔族もヴァルガについていく。
ユーハは振り返り里の人々の目を合わせると里の人々はコクリの頷く。
ユーハは飛び上がり飛ぶ斬撃を無数に繰り出す。
ヴァルガはユーハの細かい剣撃ではなく、一振り必殺の大振りな素早い斬撃を繰り出して道を切り開く。
里の人々は三人一組の陣形を組み、劣勢ながらも集団の強みを作り出し僅かながらも押し返す事に成功する。
「里の人々よ! 俺はあくまでも補助だ! 己らの力で解決してみせよ! 耐えれば希望のルアザが来るぞ!」
「「「おぉぉ!!」」」
ルアザよ速く来い。
滅びの危機である状況は何も変わらないのだから。
お前の救いを必要としているのだから。
◆◆◆
輪郭は朧げになり向こうの景色が見えてしまっているガルトの冥界の都市。
ルアザは最初に冥界に訪れた場所にいた。
そこには透けたファーレン、ヌァザ、ルーがルアザを見送っていた。
「お世話になりました。そして、妖精としてもお世話になります」
優しい笑みを浮かべ背筋を伸ばして立派な佇まいだが、瞳の奥に潜む僅かな不安をルアザは持っていた。
「案ずることはないよルアザ君。この大精霊であるルーが君の事をしっかりと認めたんだからね」
ルーは透けていても煌めく雰囲気は消えずにルアザを励ます。
「そうだぞ、お前は王だ。民を導く義務がある。不安を消すんだ。自分も楽になる」
ヌァザは王者らしくルアザに強烈な眼光を託すように励ます。
「まぁ、ルアザ。自信というのはいつの間に出来ている物だ。お前は優秀なのだから、必ず自信がつくさ」
ファーレンが一番ルアザに寄り添った励ましの言葉をかける。
「そういえば、そうでしたね」
ルアザは高位存在倒すより大変な大きな責務を行っている。
今までの自信はその責務により、矮小で儚い物だと知らさめられたため、今までの自信を忘れていた。
だからこそ、今までの自信がどういった経緯で身についたか思い出すと、ファーレンが言っていたようにいつの間についているものだと思い出す。
「さて、我々は一度死に妖精となる。物理階層でまた会おう。エウレアの耳飾りに宿ると思う」
ルアザは虚理階層から煉獄階層から物理階層へと戻ろうとしている。
ヌァザ達は既に死亡しているため物理階層には行けない、そのため存在を変える事で転生をしようとしていた。
だが、己という存在を無くすには記憶を消す必要がある。
残るのは弱体化した自身だ。
だが、それだけでもルアザにとっては十分な力となる。
「また会おう」
薄れる景色の中ルアザは最後に言葉を崩す。
「ルアザ! 諦めるなよ! 諦めなければ勝てる!」
最後にファーレンがルアザに駆け寄り大声でルアザに先導者としてのアドバイスを託す。
ルアザはニコリと笑いかけ頷くと同時に意識は掠れ、ファーレンはまだアドバイスを言う。
「だがな、頑張って、頑張って、頑張って、本当に動けないくらい疲れたら! 諦め、て、も良────いんだ!」
ファーレンは最後まで伝えられずにルアザは虚理階層から消える。
◆◆◆
「亜天の稲妻、泥地の鯨波」
里長の詠唱により放たれる落雷と常に波を打つ地面が魔族達を襲う。
「真空の堕落、蛍光の儚さ」
ヴァルガの隣にいる魔術師が里長に匹敵する魔術を行使する。
暴風が吹き荒れ、複数の光が明滅すると爆発を起きる。
一層激しさを増したドルイドの里防衛戦は互いに拮抗しており、里側は死傷者は少なく抑え他人にかける専用の治癒魔術で戦線復帰を可能にしていた。
魔族は変わらず圧倒的な兵力で補充を繰り返していた。
ユーハはところどころでサポートに周り向こうから襲わない限り直接敵を殺める事は無く、専守防衛をしていた。
ヴァルガは戦場で戦いながら指揮をして、魔族を軍として適切な動きをさせていた。
そんな熾烈で血と肉片が飛び合う地獄のような空間に一人の女がいた。
ユーハはその女性を見た瞬間、息を止め目を大きく見開いた。
彼女はこの戦場で汚れ一つない綺麗な服装をしており戦場には不似合いの姿をしている。
ユーハは立ち止まり女性と目を合わせる。
「やっと会えたな、フィオナ」
そして動き出す終着駅まで進む特急列車。
だが、今回の終着駅は遥か先だ。
フィオナは常に浮かべていた笑みは一欠片も存在せず、紅色の唇を曲げる事をなく自然体の表情を浮かべている様は人形のように虚無的であった。
「どうした? フィオナ」
戦場の喧騒に満ちた中を煩わしそうにフィオナは顔を歪めると指を鳴らす。
すると、ユーハ以外の全ての人間、魔族が倒れる。
それは、もう一斉に潮が満ちるように
フィオナは歪めた顔を機械のように元の無表情に直す。
ユーハは唖然とする。
先程まで命をかけて熱い思いをせめぎ合っていた彼ら、彼女らが風に攫われる枯れ葉のように命を散らした事に。
フィオナの瞳を改めて奥深くまで見る。
ここまで深く見たのは千年ぶりだろう。
「フィオナ、お前……何があった?」
フィオナの瞳孔には光も無い、闇も無い、全てが灰色に見えるのではないかと思える程の虚無で満ちていた。
死んだ宝石がその相貌の二つの穴に埋め込まれている。
「リーペの城で待っているわ」
残景を作り上げた魔女は唇をとうとう動かし喉を震わせる。
だが、録音音声のように感情の込められる欠片が微塵も無い。
短い言葉だけをユーハに伝えるとフィオナは姿を消す。
ユーハは立ち尽くすしか無かった。
疑問が尽きない、それにあのフィオナがあり得ぬ事を行った。
「お前は人が好きじゃなかったのか? なぜ殺した」
フィオナは長い間生きている魔女だが、殺人だけは起こさなかった。
それには色々と理由はあるが、第一としてフィオナは人間、人間のように感情がありそこそこ賢い存在を愛していた。
ユーハは頭を抱える。
フィオナが本当の魔の女になってしまったのではないかと。
◆◆◆
「…………最後父さんは何を言っていたのやら?」
ルアザは黒い泉から上がる。
己の父が何か最後に必死になって伝えようとしたが、時間切れとなって伝わらなかった。
エウレアの耳飾りを外し改めてよく見る。
自身によく似合う燦然と煌めく真っ赤な宝石となっていた。
中には弱々しいが心強い三つの存在を確認できる。
「守ってくれ」
ギュッと握り額を握りしめた拳に当てる。
煌めきが太陽のように照り輝く。
不穏な空気を感じたルアザは里の方へと体を向き耳飾りをつけ直しながら走る。
視界内に映る光景にルアザの不安が呼び起きる。
遠くにあった立派に太陽へと伸びていた目立つ大木が存在しなかったからだ。
何かがあったと確信できるが、異様な程静かな森と鼻を通る明確な異臭がルアザを更に加速させる。
「そんな……!?」
里にたどり着いたルアザは瞳孔を小さく縮小させ震わせる。
里の人々から襲ってきたであろう魔族まで例外無く息絶えていた。
驚愕の風景の中心にユーハが頭を抱えて立ち尽くしているのを見かけるとルアザは早速駆け寄る。
「何が、何がおきたのですか?」
「それを確かめるためにリーペへ行く」
いつものように何でもわかったような余裕のある声では無く意味不明だと言わんばかりの声であった。
「それは良いですが、まずはこの惨状を何とかしましょう」
「それは君がやっておいてくれ。俺は先に行く」
このセリフを言いながら既にユーハは州都リーペへ向かい歩いていた。
「えっ! …………わかりました。先へどうぞ」
ルアザのこのセリフを言った時にはユーハは里から消えていた。




