あの日あの時の声
里長を含めた里の住人が数人とルアザがドルイドの里から少し離れた場所へと向かい歩いている。
これから、ルアザ達はダーナ家家長に就任するための儀式を行なう。
そのためか、ルアザは髪を下ろし真っ白でゆったりとした服装をしており、里の人々も祭事で使う服を着ていた。
そして、真っ黒な泉が存在する場所へとつく。
ルアザは里の人々と目を合わせて互いに頷き合う。
里の住人は泉を囲むように均等に配置され、ルアザは漆黒の泉へと足を入れ、波紋を靡かせながら泉の中心まで行く。
泉の水は黒いが手で救えば透明になり、白い服は黒く染まる事は無い。
「申す。新たなる長となる者が訪れました。我らの守護神よ、彼の者の祖よ、我らの声をお届きくださいませ」
里長は厳かな声と共に儀式の始まりを宣言した。
「我が祖よ。この時代に我らの血族の導師となる事を誓います」
ルアザも里長と同様に厳かな声で願う。
そして、ルアザ目を瞑り、周りの里人達は精霊魔術を行使する。
「「「真なる後継者【ルアザ】をお認めください」」」
周りの花々は悲鳴を上げたように、鋭く甲高い音を鳴らす。
漆黒の水が光を写し、左右反転したルアザを写す。
物理階層と虚理階層を繋げる。
◆◆◆
「起きろ」
その声は聞き覚えがあった。
あの日、母親がナイフを持って寝ている自分へと襲いかかろうとした日の目覚めのきっかけとなった朧げな声に。
だから、今回は反応し確実に抑え込み反撃する。
ルアザは赤い瞳孔を見せると同時に、腕を振り叩きのめそうとした。
ほとんど反射と言っても良いくらいに素早く流れるように動いた。
「うぉっ!」
相手は驚いたきながら避けたようだ。
ルアザは立ち上がり、相手の姿を改めてその目に捉える。
白い髪に赤い目。
ルアザにそっくりだが、微妙に違う。
ルアザの髪色は無機質なスノーホワイトに対して相手は有機質なパールホワイト。
瞳もルアザは紅色に対して相手は緋色という感じであった。
ルアザは周りへと視線を回すと、ルアザにどこか似た特徴を持つ一人の男しかいない。
周囲の環境は月が浮かぶ夜空の雲の中という感じの曖昧で常に流動している空間が広がっていた。
自分の服装は儀式を行った時と変わらず、白い服であった。
持ち物などは無い。
「そんな警戒をするな。大丈夫、ここは安全だし、お前の味方だ」
ルアザは警戒するように引き締まった空気を醸し出し、視線や姿勢もその空気に準じていつでも戦えるように鋭利な刃物のようになっていた。
「……ここは、ガルトの冥界ですか?」
ルアザは警戒網を緩めずに意を決して問う。
「そうだ。家長就任の儀式の際に訪れる場所だ」
「貴方達は誰で、何の存在なんですか?」
冥界という事は現在のルアザは虚理階層におり、幽体を動かしているということだ。
もしかしたら、物理階層にある実体が乗っ取られている可能性もある。
虚理階層へ行く方法は知っているが、物理階層へと戻る方法は知らないため、焦りが生まれている。
「自分は次期総督だった者だ。つまり、自分はお前の父親ファーレンだ。待っていたぞ我が娘よ」
現在のルアザは髪を下ろしているため、どちらかと言えば女性に見えるのだろう。
「息子です」
「え、男? …………本当に父親失格だ、自分の子供の性別さえもわからないとは」
ファーレンは嘆きうずくまる。
自分が嫌いになりそうだった。
万人がむせび泣く感動の出会いだというのに、明らかに失敗してしまった。
「……別にいいですよ。よく間違えられますし」
ルアザはファーレンの顔をまじまじと見る。
確かに自分に似ている部分がある。
父親と名乗っても違和感は無い。
「そうか、そうか。いやはや我が息子ながら、美人すぎるだろ。またそれも、喜ばしい事だ」
軽快に笑い、少しでもルアザの警戒心を緩めようとする。
ルアザはたぶん父親である人物に呆気を取られる。
「ん? ルアザ、お前右腕はどうした!?」
今更ながら、ファーレンはルアザの右腕が無い事に気づき、目を大きく見開き、虚空の右腕があった部分を凝視する。
「少し色々あって。切りました。ヌァザ神が義手をつけていると聞いた事があるので、接触して義手の製造方法を知ろうと思います」
「そうか、そうか。大変な事があったんだな。無事ではないが、生きて元気にいてくれて何よりだ。本当に。でも、次は絶対にやるなよ。約束だ」
「……」
「どうした? ルアザ」
ボーッとしてこちらを見つめるルアザにファーレンは不思議がる。
「あ、いや。母さんになんか似ているなと、思いまして。その少し軽くて若干大げさなところが」
ルアザはファーレンと話して、感じた事は母親の面影であった。
そして、ルアザの心の中では既に彼が父親である事がわかっているし、納得もしていた。
でも、父親に会ってもどうすれば良いのかわからなかった。
「エウレアの事か。……一つ聞きたい事がある。ちゃんと母に愛されたか?」
厳かな声で静かに聞く。
「はい。亡くなる瞬間まで、僕に愛を与えてくれました」
微笑みを少し浮かべながら、ルアザは自信を持って答える。
「そうか、お前が母親に殺されかけている瞬間を見た時は焦った。ちなみになんであんな事になったのだ?」
あの日あの時の声はファーレンである。
「わかりません。それを知るために、ここに来たのですから。魔神に操られていたので、何か知っていますか? 一応推測はしていますが」
「魔神か……。どういった魔神だ?」
「別の姿へ化ける事が可能です。本来の姿は知りませんが、知り合いの姿に化けていました」
ルアザは顔を復讐者のように険しくさせて、今の表情に気づくと、手で目を覆う。
煮えたぎるような怒りと絶望の上限さえも突き破り結果的に進みつづけれらた悲しみを思い出し、感情が平静にならず涙が出てきた。
父親であるファーレンは歯を食いしばりながら泣くルアザを見て、優しく背に腕を回す。
「……殺されたんだな」
「人の心を弄び、つまらなくなったら捨てるように母さんとクラウは殺されました」
殺人方法も最低な物であるため、一層拳に力が入る。
ファーレンもルアザの顔の横で殺気を滲み出た怒りに染まった表情をしていた。
「だが、お前が生きていてくれた。一番重要な存在であるルアザが生きていることは自分が払った犠牲の全てが報われる。生きてこそ、始められるのだから」
ファーレンはルアザを離し、両手をルアザの両肩に体重をかけて乗せる。
顔も決死の思いを果たした経験のある、偉大で気高く、不滅の意志を体現した表情を浮かべていた。
「きっと、ガルトの悲劇はロゼリア帝国全体並び、世界全体に広がると思う。既に戦う覚悟はできている……!」
ルアザにも決死という物を経験した事があるため、父親の覚悟の果てに至った顔を見て、期待を裏切るなどできない。
それに加えて勘ではあるが、ガルトの悲劇はまだ続く悲劇の序章にすぎないと予想する。
「よし! 頼んだぞ!。…………だが、すまないな。なんか『お前に託した!』みたいな事を言っているが、一番大変なところを押し付けてしまうとは。嘆かわしいものだ」
憂いのあるため息を吐く。
大人で力があった自分達が攻略できなかった物をまだ大人になりきれていない年齢で攻略するために重要な組織的な力を持たない子供に全てを任せるというのは実に嘆かわしいのだ。
魔族が諸悪の根源だとしても、ルアザに大きな荷物を背負わせる要因の一つになってしまうのだから申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「頑張るよ」
それ以外言う事は無い。
辞めるとは言えないし、これは使命なのだから一生懸命やるのだ。
「まぁ、今はそんな事は忘れろ。お前も父に言いたい事があるのだろう? 遠慮なく言って良いから」
ファーレンは何も世話をしなかった父親として、我が子であるルアザに叱咤されることを覚悟していた。
「会いたかったよ。父さん」
万感の思いが込められている声ではなく、春風のように安堵する声だった。
ルアザはファーレンに近づき、先程からずっと考えていた言葉を出した。
ファーレンが血が繋がった父親であると胸中のどこかで納得した時から、どういった言葉を口から出すべきか迷っていた。
なぜなら、様々な思いを胸中に渦巻かせていたからだ。
渦巻く思いの中でも一番強かったのは吐いた言葉であった。
「父さんも会いたかった。長かった、長かった……! お前の姿を確認できた時は実の母親に殺される一歩手前だったから、心配で心配で……!」
若干むせび泣くファーレンは改めて自分の子がここにいると確認する。
互いに高揚した感情を落ち着かせる。
「正直、最初本当の父親の事に興味を持った時は父親は自分の事を愛してはいない、と思っていました」
懐かしい記憶が蘇って来る。
「ハハハッ。大丈夫、ちゃんと愛しているさ」
自信に満ちた笑顔を浮かべながら言う。
「いや、その時は別に愛が無くとも別に構いませんでした。ほぼ他人みたいな認識でしたね。クラウが僕の父親代わりでしたし」
まだ、幼い年齢でありエウレアとクラウから惜しみない愛情をもらっていた時であるため現状に満足していた。
だから、真の父親は遠い親戚のような認識であった。
「そうか、護衛の役割と一緒に自分の代わりに世話をしたのか。見事育て上げたのか……。ルアザ、クラウ・ソラスに感謝しておけ」
ファーレンはクラウ・ソラスの姿を思い出す。
若き頃の自分は若いユゥグトゥスから買った奴隷から竜殺しの英雄となり、四人の人材の宝である四宝の一人【王の光剣】にまでなった姿を。
ファーレンとルアザの二代の王族に忠誠を表した。
それほどの忠義を貫けるほどの主君であったことに感謝をする。
「えぇ、もちろん」
「ん? その月玉の耳飾りはエウレアに贈ったものだな。今はお前が継いでいるのか。似合っているぞ」
ルアザの耳に揺れている耳飾りを見て、懐かしそうに見る。
この耳飾りはまだ自分が若く、成人になってばかりの頃、エウレアになにかを贈りたいと思い、こっそり城を抜け出し、露店で買った物だ。
母から子へと受け継がれる様は愉快な物だ。
「母さんを愛していたのですね」
「あぁ、いわゆる幼馴染という関係だからな」
「……いつか僕にも愛すべき人がくるのでしょうか?」
少しルアザは父と母の関係を羨ましく思う。
幸せに満ちた声質にルアザは恋愛という物に興味を持つ。
自分に結婚やお付き合いの告白をされた事は数多くあれど、そもそも恋愛に興味無かったので全て断ってきた。
彼ら、彼女らの思いとはどういった物だろうかと、気になる。
「いつか来るさ。若いうちなら、愛は尽きないから」
若さとは常に活性している。
緑の葉を覆い茂らせる樹木が光合成をするかのように。
葉を覆い茂らせるまでに至った植物は栄養を十分に貰っている。
人であれば、親からの愛を。
「そうですか。……いや、待てよ。恋に恋している状態だ」
恋に興味とは、愛すべき人に恋しているわけではないということにルアザはここで気づく。
愛すべき人は家族であるし、そこに恋など無く、もっと崇高な絆のもとで繋がっているから違う。
そう思うと、一瞬にして先程の憧れが冷めて行く。
「お前に恋の意思は無くとも、多くの人々を魅力してきただろうな。懐かしいな、自分もあったな。気をつけろよ、女には」
ファーレンは切実な声でルアザに警告する。
顔の良い人は基本的に惚れられやすい、罪深き顔とは面白い表現である。
「善処します」
「ルアザにはなるべく我々の血を残して欲しい」
期待していなそうにファーレンはルアザに子孫を残せと言う。
「……義務じゃないんですか?」
基本的に高位存在の子孫達である貴い血族は子孫を残す義務があるとよく聞く。
そのため、義務と言わない事に少し疑問を持つ。
「残しても構わないけれど、ダーナ神族の恩恵は無い。既に一族の血も相当薄くなっているから、超人が生まれる事もほぼ無いだろう。普通の一般人と認識した方が良い」
細かいところまで調査してそれでも何も見つからなかった時のように諦観に包まれた口調で言う。
「そういった実利的な面じゃなくて、ダーナ家の誇り的は物は継がなくても大丈夫なんですか?」
「その誇り的な物ははガルト地方の発展だから、さっき伝えた通りガルト地方を救ってくれればそれで良い」
「そんな物ですか? なんかこう、『ダーナ家たるもの名誉を重んじろ』みたいな事はないんですか?」
「うーん、我が家は長年ガルト地方を統治していた一族だから、偏った考えはあまり持たないんだ。やっぱり統治というのはバランスが大事だからな」
名誉を重んじれば肝心な報酬が寂しくなり、不満が溜まる。
利益を重んじれば大切な正義が軽くなり、重要で真面目な者が損をしてしまう。
飴と鞭を上手く使いこなし、義と利をバランス良く扱える者が統治者に相応しいのだ。
明確な目的があるなら別だが、目的があっても最低限のバランス感覚は備わっている必要もある。
「さて、そろそろガルトの神々に会い行くか。家長就任の儀式は向こうでやるから、ついてきなさい」
ファーレンは後ろを向き指を刺しながら言う。
ルアザもファーレンの隣に行き、父親を見上げ子供に向かい笑みを見せる。
頭一つ分程の身長差のある二人の親子は景色の向こうへと歩いていく。




