希望の王子様
「里長! 自分がダーナ家の生き残りとは本当か!?」
息を荒くさせながらルアザは険しい形相で里長に聞き出す。
「一足早く知りましたか。ルアザ様がダーナ家の生き残りというのは事実でございます」
「自分は一体、何なんだ。母さんもクラウも何も教えてくれないまま、殺されてしまった。教えてくれ、母さんとクラウは自分に何を求めているんだ」
あんな辺境を越えて秘境とも言える場所にまで自分を育てた理由と母さんもクラウもどこか狂いが生じた理由を知りたい。
何を隠していたのか、何を自分に期待されていたのか。
なぜ、そんな重要な事を自分に隠していたのか。
まるで、裏切られた気分だった。
信用していた愛に異物が混ざり、それが本当に愛なのかがわからない。
親は本当にルアザとして愛していたのかと、無意識に確かめたかった。
「……まずはルアザ様の出生から話しましょうか」
荒い威圧を放つルアザだが、里長はルアザをどこか弱々しく、安堵と納得を求めるような雰囲気が見えた。
「ルアザ様の父親はファーレン様と言う次期ガルト州の総督であり、次期ダーナ家の家長です。そして、エウレアはファーレン様の専属の奴隷であります」
「ファーレン……」
ルアザは始めて聞いた父親の名前を小さく呟く。
自分の半分はファーレンという父親で構成されていると思うと、ルアザは自分の体に違和感を覚えるが新鮮な感覚であった。
「ファーレン様はエウレアと子作りをしてしまい、エウレアはルアザ様を妊娠しました」
「……。(なんか嫌な生まれ方……。ありがとうだけど)」
自分を作ってくれたのは感謝の極みだが、その過程に若干の不満を感じる。
間違いで生まれた子供とか、自己嫌悪に陥る。
エウレアはかなり美人だと言う事が、わかっているため、いっそうその可能性である事に滑車をかける。
だが、主人が奴隷と性行為してその間に子供ができるというとは珍しいことではない。
というか専属の奴隷には暗黙のルールという形くらいでそういった事をやる可能性は大なのだ。
だから、ルアザも衝撃は受けずに僅かな不満だけ覚えるのだ。
まぁ、一応魔術で手軽に避妊のする方法はあるため、それを使用しなかった事から常識的に考えてエウレアとファーレンは悪い関係は無かったであろう。
「そして、妊娠してすぐにガルトの悲劇。数多の魔神とその眷属達によるガルト崩壊です。ファーレン様は【王の光剣】をエウレアとルアザ様の護衛につけて、ガルトからの脱出を命令しました」
ファーレンは自分の子供とそれを宿すエウレアを守るために最大戦力でもあった【王の光剣】をつけてまで残したかった。
そして、必ず帰ってくると信じて。
「ガルト地方の人々は我々、ドルイドの里の民を残し全滅してしまいました。ですがファーレン様はルアザ様の事を我々にお伝えになり我々は決して諦めず耐え忍んで来ました」
里長は言葉を切り、その後仮面の裏側から水滴を垂らした後、音はしないが、大きく息をしたとわかる濃密な呼吸をする。
「改めて、お待ちしておりました……! ルアザ様!」
仮面が半分外れ、深い皺が入った顔が見える。
その皺の凹凸は涙で埋まっていた。
「……」
「我々を救い、導いてください……!」
万感の思いを込めた切実な声でルアザに仰ぎ縋る。
何十年と生きてきた老人が青二才の青年に縋る様は滑稽であったが、当人達の二人はそんな卑しい意評をしていない。
里長にとっては正に一筋の光が射したのだろう。
「まずは、何をやれば良い? なんか、ダーナ家家長に就くための儀式とかあるんだろう?」
「おぉ……。救いになさってくれるのですね。もちろん儀式はあります。少し準備がいりますので後日、儀式を行いましょう」
神とはルアザだと信じるかのように、里長は安心感に満ちていた。
進める希望が理由が訪れたのだ。
このまま死んでも後悔が無い程正の思いを久方ぶりに歓喜へと形へ変えている。
「心の準備でもしているよ」
「今夜はルアザ様の帰還を祝い、宴にしましょう。少しでもリラックスをしていただいきたいですから」
ルアザは信頼感のある自信に満ち溢れた安心感を抱かせる笑みを浮かべる。
そして、夜になり里の中心の広場に大きな篝火が燃え盛り明かりをもたらし着々と宴の準備をされている。
ルアザは最初準備を手伝おうとしたが、主役なのだから何もしなくては良いと、言われたため広場には姿を見せなかった。
どこにルアザがいるのかと言うと、里から少し外れた場所にある沢の岸にある大岩の上に座っている。
ルアザは淡い光芒を周囲に漂わせながら、竪琴を弾いている。
沢のせせらぎと水面に映る揺れる月の緑豊か中ルアザは目を瞑り竪琴の音色を柔らかな音色を響かせていた。
目蓋の裏に映る光景は母親と義父と想像上の父親の姿であった。
母親は自分を希望だと言った。
義父は何か自分に期待をしていた。
父親は数多の被害を許容してでも自分を逃した。
里長から助けてくれと、泣きつかれた時はついに故郷から出て行く時に誓った『何かを救ってみせる』という事が実現できると思った。
それも、高確率で親達が望んでいる救済対象を。
「なぜ、喜ばない?」
だが、感情が波を打つ程の嬉しさは感じ無かった。
自分にも理解できなかった。
救うという行為に疑問を持っている事態に感情も理性も警報を鳴らしていた。
自分のために莫大な犠牲を払って貰って今ここに生きていられるのに恩を仇で返すような思考に嫌悪感を抱く。
「わからない」
一度気になったら迷いが生まれる。
だが、この悩みの種を放置しておけば、いつか自分を縛る蔦になりそうなため放置はできない。
迷いという霧は払っても払っても消える事はなく前の道を惑わせている時に後ろから足跡が聞こえ体を横に向け視線を向ける。
「こんなところで何をしているんだ?」
ユーハが穏やかな笑みを浮かべながら、林の闇から浮き上がるように姿を見せる。
木の影が伸びる幹に寄りかかり、問う。
「少し悩み事ですね」
「今日は嬉しい日なのに、悩みとはよろしくないな。話してみなさい。悩み事とやらを」
ゆったりと僅かに緩急をつけた口調であった。
ルアザは横に向けた体を元の沢の方向へと直し星々を見つめながら語る。
「……僕の過去について、話しましょうか」
寂しげげだが、それ以上もそれ以下も無い波紋を一つも出さない声で言う。
「僕は二人の親に育てられました。一人は僕を産んだ母親と二人目は血が繋がってはいませんが、僕にとっては父親そのものである義父がいました」
懐かしそうに竪琴を軽やかに弾く。
「育てられた場所も人の足跡が一つもない、僻地を越えて秘境とも言うべき場所なんですよ。どんな場所かと言うと、雲の上にある高地で崖のように水平な土地と豊かな自然で満ち溢れた場所です。
三人で平和に暮らしていました。刺激は無かったですけれど、今思うと穏やかで良かった」
天上の楽園とは言い難いが、楽園を語るに最も重要な要素である争いは無く誰もが愛しあう平和があった。
「ですが、その平和も壊されてしまいました。親はどこか狂い、推測ですが魔神と思われる存在に日常は木っ端微塵にされました」
「僕は魔神に挑みましたが、遊ばれ、親と殺し合いをさせられ、親はその魔神に殺されました。
僕はその後、背骨を折ってしまい動けなくなりました。戦いで周辺に広がってしまった炎に身を焼かれ意識さえも炭へと変わりそうでしたが、妖精の助けがありなんとか五体満足で生き延びられました」
顔は見えないが、涙を流していることが頬に垂れる月光による煌めきでわかる。
後悔で歯を食いしばり、妙な線が口の周りの肌にできている。
「僕はその日、故郷も親も何もかも失いました。絶望をしましたが、何とか這い上がり親の墓の前で『何かを救ってみせる』と誓いをたて、故郷から出ていきました」
下界は刺激的で楽しかったですと、続きルアザは少し息を落ち着かせる。
「なのに、彼らを救う事に意欲的ではないんですよね。頭の中では救うべき対象であり、喜ばしいという事はわかっているのですが、自分の何かが決意を妨げるんですよ」
救済という崇高な行いを邪魔する障害物を乗り越えようとするが、本気にはなれない。
(やはり確信した。ルアザ・ミラレアは特異点だと。滅んだ国の王族の生き残りで、長い時を経て親の意思と願いを引き継ぎ、成し遂げようとする亡国の王子。見た目も才能も設定以上の価値がある。これを運命と言わずなんと呼ぶのだ。)
ユーハは腹黒い笑みを思わず浮かべてしまうが、ルアザは後ろを向いているため何も問題は無い。
(一応、ルアザ君の五次元や六次元も見たが、少なすぎる。これだけで強烈な運命を持っているのがわかる。だが、運命は絶対ではない。確実に運命の糸と連結させなければならない)
運命とはある者にはある。
それを何万回という人生から、それはわかっている。
運命は気まぐれな妖精のように曖昧で不自然的な存在だ。
いくら次元を超越しようが、最終的な結果はわからない。
だが、理由なき運命を根拠のある因果に変える方法はある。
運命の穴へとルアザを落とすためにユーハは言葉を取捨選択をする。
選択を間違えても適当に現実改変をして、無理矢理にでも運命の穴へと突き落とせば良い。
この方法は完璧ではないが、最低限は果たすことができるため問題は無い。
「なるほど、なかなか珍しく境遇で生きてきたようだな。君の親御さんは、たぶん差別と敵から遠ざけるために離したのだろう」
まずは、自分の感想を言う。
いきなり、問題解決方法を言ってしまうと運命の穴に落ちはするが、浅くなる。
上がってくるのは困難な深い場所にまで落としたいのだ。
「前に救うのは良い事だと言っていたから、救う事に忌避感や嫌悪感を持っていないのだろう?」
「それはもちろんです」
「じゃあ、どちらかと言えば善性の感情が君の判断を妨げるているな。君は正義感で動いているから、正義感を邪魔するなにかが原因だ。なんだと思う?」
原因を知りたいから質問したのだが、今の問答でルアザが既に答えを出している可能性もある。
運命の穴の深部に落とすにはルアザ自ら考えた答えで進まなくてはならない。
自ら出した答えに余計な案は入らないのだ。
「正義感を邪魔する物ですか。……少しわかりませんね」
ルアザの様子を見たところ頭の中は整理はできているが、進んだわけでもない、というところだった。
「じゃあ、めんどうくさいな、と思ってる?」
「いや、やらねばならないことなので、めんどうだとは、思っていません。自分自身をめんどうだとは思ってはいますけどね」
ルアザは自分を卑下するように小さく嘲笑する。
(一年数ヶ月程と一緒に旅してきた仲だからわかった事だが、ルアザ君は完璧主義者の色が強い。妥協もできるが本意ではないという感じだ。完璧主義者は自分にとっての完璧な姿を明確に思い描かれている)
「君は何になりたい?」
「なりたい?」
「将来の夢みたいなものだ。何をしたいとも言える」
ルアザに自分自身を自己分析させる。
「…………素晴らしい人間になりたいです」
(素晴らしい人間か。良い人とは良くも悪くも人々から尊敬される。尊敬される行為とは誰にもできなさそうな事をやる事。ルアザ君の場合は……)
「どういった行為で素晴らしい人間になりたいのかい? 誇り高い貴徳な心を持つのか、英雄的な行動をするのか、困難に立ち向かうのか、人々を導くのか、君にいつかできる普通家族、家庭を守るのか、他にも色々あるけど、素晴らしい行いの何をやりたい?」
これのどれを選ぶかで、ルアザという人物が明確にわかる。
何かに冒険するタイプ──栄光。
多くの人々に高評価されるタイプ──名誉。
個人的だが、尊い幸せを守るタイプ──利益。
何を重きにして求めているのか。
「うーん、そうですね。僕が思うに真の素晴らしい人間とはユーハさんがあげた例の全てを行うことだと思います。なので、全てです。素晴らしい行いの全てを僕は行いたいです。強いて言うなら英雄になりたいですね」
(予想以上に完璧主義で理想主義も混ざっていた……)
栄光、名誉、利益の三つを得られる英雄の中でも最高位の英雄を目指しているのだった。
普通の人間がそんな事を言っても、夢だけにしとけ、と現実的では無いと言われるが、ルアザは最高位の英雄の素質を持っている。
絶世の美しい華はあり、心技体共に現在進行系で更に伸びる実力もあり、世界に数える程しかなさそうな王道の背景もあり、挑むべき超巨大な敵もいる。
最高の条件が全てが揃った大英雄の素質を持っている。
困難だが、上手く行けばルアザが目指すべき場所へと到達できる。
「たしかに素晴らしい、とってもね。そして、わかったぞ、君の悩みが」
ユーハは呆気に取られつつも夢は大きければ運命の穴も深くなっていくため好都合だ。
ルアザはユーハの自信のある表情で解決したと宣言するため、少し目を見開く。
「悩みの正体は義務感だと思う。君が故郷から出ていく誓約を理由にやらなければならないという自分の行動を縛る支配感に対して君は微かな不自由感を抱いているのだと思う。どう?」
理由があるから務めを果たさなければならないという、仕方なくやるとも言える物にルアザは邪魔な異物だと感じていた。
「義務感ですか……。義務という事に別に嫌悪を抱いてはいませんけれど、不自由というのは気に入りませんね。最悪でもないですけれど」
嫌だけど、耐えられるし、いずれ慣れる事が予想できる。
大事件に関わるからこそ、この微かな違和感が気になってしまう。
「ですが、あの時誓った事は無意味だと思うと悲しくなりますね」
自分自身で悩みの種を生み出してしまい、誓った時は最適な判断と行動をしたと思ったが、結果的にはただの邪魔になっている。
「いや、無意味じゃない。行動の中心が君の誓約だったのだろう。今回は少し大きい事に挑むからそう感じるだけだ。今の君に必要なのは覚悟だ」
──退くな、肯定しろ、進む意思を出せ。
──覚悟という極めて短期的な効果しか生まない割には根拠の無い自身をもたらす、細かい定義の無い、曖昧だが崇高な物に頼れ。
──理由と感情を嫌うのだから、理性をもって自分を突き飛ばせ。
「覚悟……」
「覚悟とは闇を切り裂く光の剣だ」
常に覚悟するとき人は己を惑わし生まれる不安が進むべき道に疑問を抱かせる。
これはまだ良い、大抵重要な事を行う時に覚悟を行うのだから事前にしっかりと考えることは大事だ。
何が闇かと言うと、必要以上の不安と恐れが正しいはずの選択を誤らせる事だ。
そして、失敗して後悔する。
自分の愚かな過去を呪いながら『なんで、あの時あっちを選ばなかった』と。
ルアザは幸いにも前者の覚悟だ。
後者の覚悟になりかけているが、ユーハにとっては好都合。
本来は強い決断程度の覚悟で十分だか、ユーハがルアザに求めるのは必要以上の覚悟で己を縫い付けて欲しいのだ。
だが、軽さや柔らかさを失わないことを織り込む。
「覚悟が強ければ強い程、闇も容易く払える」
まずここで釘を深く刺す。
「難しいことじゃない。寒い日に外出する時の家のドアを開けるくらいの少しの勇気さ」
自らの意思によって進ませる程の浅さは持たせる。
自分は後ろから少し押してあげれば、永久機関が完成するかのように勝手に進んでいく。
高い厚い壁など無い、それは全て幻だ。
(さぁ! 飛び込め! 運命の穴へ!)
ユーハは自分の熱い視線を隠しながらもルアザを見つめる。
「そうですね。難しい事ではないですよね。…………自分の使命をやり遂げてみせます……!」
力強い声が響くのを確認するとユーハは微笑みを浮かべる。
決して諦めぬ強い意志と背中を押す風が両立した理想的な覚悟の完成だ
(あと蓋が欲しいな。彼は運命に愛されているから黙っていれば勝手にできるだろう。既に分岐点は越えたし)
この話でのルアザの心情は例えると、勉強は好きだが、宿題は嫌い。
でも、宿題は勉強でもある。
好きと嫌いが矛盾してしまった心情です。




