ザレト森林
風を切り裂き、嵐が灰色の空を彩るように舞う。
迸る稲妻を自身の体とする、雷鳥が鳴き声を轟かせる。
地上は攻撃的な捻れた大きな角と家一つの高さを持つ巨大な動物が凶悪な牙を見せている。
咲く花は根っこを足にして地面から自力で抜き出る。
そして、花の上に大きな影が伸びるとパクリと食べられる。
先程の角の獣よりも更に巨大な動物が我が物顔で辺りを揺らしながら歩んでいく。
その動物の上にユーハとルアザが居座っていた。
「意外と気づかれないものですね」
「血を蚊に吸われても小さすぎて気づかないアレだ。刺激を与えるような激しい事をしなければ良い」
周りは災害級の異常事態が起こっているのに、厚く若干の熱を含む皮膚の上で二人は呑気に横になっていた。
「しかし、言ってはアレですが、ガルトは魔境と言っても良いですね。時折見る都市とか町も村も廃墟ですし」
「ここはもう、人類の生存圏では無いな」
豊かなガルトは消えた。
ロゼリア帝国もそれがわかっているからこそ、行動に迷いが生まれているのだろう。
ガルトを奪還してまた繁栄を一から建て直すという莫大なコストを支払うか、そのコストを別の方へと投資して、発展をするか。
問題は国の頭が頭痛で苦しむ費用を出せる程、ロゼリア帝国には余裕は無い。
広がりすぎた国土を管理するのは創意工夫を為しても困難であったため、現在の国土の広さの方が国としての力は強いであろう。
ある意味ロゼリア帝国から見れば、悪い事は起きたが、長年悩ませていたものが解決したため、良い事も起きたという感じだろう。
でも、悪い事も放っといていたら更に悪い事が起きるため、軍を駐留させて監視しているのだろう。
ロゼリア帝国政府も疲れていたのだ。
「少し哀れですね」
繁栄をそれなりに誇っていたガルト地方にここまで廃された状態になってしまった事にルアザはそう思う。
「助けたいと思うかい?」
ルアザの一言にユーハは反応する。
「思いますよ。哀れな物は救いたいですから」
口調も変わらず当然のように言う。
「人類なんて残ってもいなそうなのに?」
「未来の復活の足がかりにでもなれればそれで良いと思います。基本的にこの世には無駄は無いので」
現在救う対象がいなくとも、未来救うべき対象が来る。
過去の栄光を取り戻す未来のためだ。
過去も未来も取り戻せるのだ。
「簡単そうな感じで言うなぁ」
理路整然とした理由を悩む事無く、ルアザは語る。
「少しでも可能性を残して力になりたいだけですよ。もちろんできることなら、全てを救いたいですけど」
「君は優しいな」
誰かを思うとは優しさと言わずとしてなんと呼ぶ。
「良い事でしょう?」
ルアザは微笑を浮かばせる。
こんなふうにのんびりと休憩をしていると、乗っている動物が大きく揺れる。
二人は驚きながらも、即座に警戒態勢に入りどんな災難が起きても逃れられるようにする。
「沈んでいる。飛んで逃げるぞ!」
ユーハは下を覗き込むと、目に入ったのは巨大動物は自身の影に食べられるように落ちている事であった。
ユーハ達は巻き込まれる前に空へと難を逃れようとする。
二人は飛行魔術を使い、空へと逃げ地面には着地しないで上空で距離を取り、周辺を観察している。
「ここの影が濃すぎます」
草木に垂れる影が他の場所と比べてそこだけ夜だと思う程、明らかに黒すぎる。
かなり広範囲から影が徐々に濃くなっていくため、気づきづらかった。
「影の妖精か……。念のため排除しておこう」
太陽を直接見ていると同等な眩しさを持つ、光がユーハから発される。
地上を白一面へと塗り直し、輝きが薄れる時には影の妖精は消えており、普段通りの影を周りの木々は落としていた。
影に潜む妖精。
潜伏能力と気配遮断能力の高さが危険視されている存在だ。
夜では最強、一日の半分は最強ということだ。
夜行性の頂点に立つのが影の生き物達というわけである。
旅人は影の妖精を天敵のように嫌い、恐れる。
見つけたら即座に光を当てて殺せと言われている。
「意外と脆いものですね」
「影と光を比べたら光の方が強いからね」
光を呑み込むような性質も無いため、ただ光が通る道を開けるのみ。
影は常に光に左右される存在なのだ。
「そんなことより、妖精がいるということは高位存在が近くにいるかもしれないから、離れるよ」
空気を大きく揺らさぬように空を静かだが、迅速に飛び去って行く。
◆◆◆
ザレト森林と思われる広大に広がる原生林が遠くに見える程二人はガルトの中心部まで進んでいた。
ルアザは懐かしげに最初の数ヶ月の森の中での生活を思い出す。
一ヶ月程で、意思などない揺らめく炎に話しかけていたが、今回はユーハがいるため、多少は精神が磨り減るのも少なくなるだろう。
「感慨深いかい?」
「そうですね。とても感慨深いです。最初ユーハさんと出会ったところから、一年半程かけてここまできましたから」
故郷にいた頃では形などない、夢にもならない、感情的で曖昧な想像しかできなかった。
それが今ここまで来れた。
道のりは決して幸せで楽というわけではなく、ロゼリア周辺以外は差別され艱難辛苦の方が多かった。
でも、故郷である天空の台地から降りて後悔はしない。
「州都リーペについたら、大陸横断だ。我々は偉業を為すのだよ」
自信に満ちた不敵な笑みを浮かべユーハはザレト森林の更に向こうを指をさし、よく通る声で言う。
「大陸横断……! 僕まだ、十六歳なので最年少かもしれませんね!」
「あり得る!」
ルアザは拳を握り、ユーハは腰を掴み、大きく、明朗な声で笑い合う。
ルアザはこの高ぶった感情を冒険の書へ書き込む。
「日記帳だっけ?」
「そうですけど、正式には冒険の書ですよ」
ユーハはルアザの冒険の書を見て、少し考えた後、告げる。
「そうか。……君の冒険譚は後世に伝えるべき価値がある物だ。どうだい? 君も自分の体験談を誰かに伝えたいと思わないか?」
「思います。自分か歩いた道を誰かが憧れて歩いてくれるのは嬉しい事ですから」
「だろう? だから、その冒険の書に不滅性を付与してあげよう。不滅と言っても絶対に壊れないわけではないがね」
「じゃあ、せっかくなのでお願いします」
冒険の書ををユーハに渡し、本の耐久性を極限にまで上げる。
これで、千年の風化などでは一切朽ちず、太陽の中に入れても焼却されなくなった。
「はい、できたよ」
「ありがとうございます」
そして、二人はザレト森林の奥部へと足を踏み入れる。
クラウから受け取った手紙についていた石を握り秘密を暴く高揚感と災厄の蓋を開けているような不安感を胸に抱いてルアザは進む。
「かなり精霊の気配が強くなったな。神殿が森が形になったかのようだ」
自然の音色が涼やかな風と共に舞う。
だが、普通の森とは違う物があった。
混じり気なしの純粋な自然界特有の弱肉強食の関係が支配するどこか張り詰め、常に変化し続ける空気が若干薄い。
ザレト森林の奥部は一定の秩序を感じられる洗練され清い雰囲気を感じられる。
「はい、妖精もそこら中にいます」
(ファンタジー世界の精霊の森を体現したかのようだ)
妖精と思われる光芒が宙を飛んでいる。
ルアザに多くの妖精が寄ってきており、ルアザは手で払い迷惑そうにため息を吐く。
光芒の中身は普通の虫という場合もあるため、ルアザにとっては妖精は虫とたいして変わらない扱いなのだろう。
「…………もうちょっと妖精に優しくしてあげようか」
幻想的な光景で幽幻的な容姿を持つルアザが不愉快そうに妖精を払う様子を見てユーハは思うところがある。
「わかりました」
ルアザはで髪を切り、後方へばら撒く。
妖精は二人の間を飛び、ルアザの髪に引き寄せられる。
「……。(違う、そうじゃない)」
目の前に妖精が消えて、ただの森へと変わった。
「綺麗になりました」
爽快感のある晴れやかな笑みを浮かべるが、ユーハは表情を固まらせ、若干残念そうに背を落とす。
「……幻想的だと思わなかったかい?」
「思いましたけど、妖精は危険な物も混ざっているので、たかが妖精だと思わない方が良いですよ」
小さくとも、強力な力や最悪即死の猛毒を持つ虫類と同じ認識をルアザは持っている。
妖精を引き寄せる性質を持つルアザは、妖精関係で苦労することが多いから油断しないのだ。
自分が幼い頃は〈迷林妖精〉に襲われた経験があるため、一層油断はしないのだ。
「うん、……そうだね」
ユーハは自分が違うのだと、自覚する。
「自然とは見て楽しむ物ではありません。六感を全て使い楽しむ物ですよ」
視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚、魂感。
木漏れ日によって生まれる絶妙な光の濃淡に心を落ち着かせる清涼な空気と属性。
静寂ではなく静観とした空間に通る僅かな音色を聞き分ける。
自然に彩られた美しく、奥深い世界、それがルアザの故郷である世界観であった。
と、言うと聞こえは良いが、故郷には自然しかない。
なので、自然の楽しみ方をルアザは多く知っているのだ。
「それに、妖精なら奥にたくさんいますよ。しばらく歩いていればまた会えます。妖精はたしかに見てておもしろいですからね」
まるで、この森は我が家の敷地内のようにルアザはユーハの一歩先へと歩きユーハを先導する。
「期待しよう」
大多数の世界で語られるファンタジー世界に久しぶりにユーハは転生したのだ、ルアザの言う通り楽しむとする。
夜が訪れる。
自然に安全は無いが、ザレト森林は多少は安全である。
「久しぶりに夜で眠れますよ。でも、逆に興奮して少し寝付けないかもしれませんね」
ルアザは自分の発言に苦笑する。
ユーハもルアザと同じように苦笑する。
ザレト森林深部の夜月明かりは無いが、妖精明かりはあるため、二人の顔が見える程の明度がある。
「本当に昼夜逆転生活は健康に悪いから、本来の生活習慣に戻れる機会が今だから、すぐに眠れるだろう」
「でも、大きく寝返りしないでくださいね。滑って落ちるかもしれないので」
「大丈夫さ。寝る時は大人しいから」
二人は現在、巨大な樹木の巨大な枝の上を臨時拠点として休憩をしていた。
その巨大な枝を削り、小さな穴を作り焚き火の炎を上げていた。
唐突に宙に漂う、とある妖精へとルアザは視線を集中させ、目の前までに近づいてくると、素早く掴み手の中に入れる。
「ユーハさん! 見てください! 〈食用妖精〉です! 珍味ですよ! 日頃の感謝の思いとして、召し上がってください」
宝物を手に入れたかのように手の中で暴れる妖精を掲げ、ユーハの目の前に突きだす。
「いや、いい。〈食用妖精〉はあんま好きじゃないから」
引きつった苦笑をしてユーハは断る。
〈食用妖精〉とは文字通り食用の妖精だ。
ほとんどの妖精は食べる事はできないが、ほんの一部に食用の妖精が存在する。
妖精は気まぐれで予想がつかない存在なため〈食用妖精〉滅多に見かけることが無い。
そのため、珍味として名高い食べ物なのだ。
味は食べる妖精によって違うため、まずい場合もあり、美味しい場合もある。
「そうですか? 貴重ですよ」
念のため再度、確認しておく。
「それにさっき食事をとっただろう。お腹一杯だ」
「じゃあ、僕がいただきます」
口の中に虫と光を合体させたような〈食用妖精〉を放り込む。
どうやら、味は当たりだったようで噛む速度が上がる。
口内と喉元の血管が光で透けて見え、ユーハは視線をそらす。
ユーハの思考は妖精を食べるのは無理だ。
「甘く、豊潤な香りでしたよ」
「美味しく食べてくれてなによりだ。さぁ、もう寝る時間だ。もう寝なさい。二時間後に起こすから」
「わかりました」
ルアザは素直に従い、歯を磨き体を少し清めた後、妖精の鞄を枕代わりにして、マントを少しきつく羽織り目蓋を閉じる。
食べれる妖精とかあってもいいですよね~。




