終わらぬ生
黒い喪服を来た赤髪の女性が町を歩いていた。
浮かべる顔も暗く、無表情で何もかもがどうでもよさそうであった。
フィオナがあの時幸せの絶頂であった時に馬車に積まれた荷物が突然横へと落ちユーハはその下敷きとなって死んでしまった。
それから、百年程の時間がたってもこの傷は癒える事はなかった。
これが魔女として生きた報いなのだろうか。
全く笑えない。
「号外! 号がーい! 革命の成功! 革命の成功だ!」
元気なその声と共に新聞が配られ人々はその情報を得るために人溜まりができる。
そして、一枚の新聞がフィオナの足元にひっかかる。
フィオナは新聞を拾い、気まぐれに中身を読んで見る。
『差別のない国』
見出しにはこう書かれていた。
「魔女の差別も無いという意味かしら?」
今まで変えようが無い理不尽に虐げられた人々が立ち上がり、悲しい事にそれが多数派となって革命が起きた。
人権宣言と呼ばれる、知恵を持つ人であるならば誰だって持てる権利を宣言したらしい。
そして、載っている写真を見るとフィオナは息が止まった。
革命の主なメンバーの写真の中に写っていた、一人の男性に視線が釘付けになる。
どこか、皮肉げな雰囲気を持った写真に写る彼が纏う何かをきっかけに鮮明に百年前の記憶を思い出す。
彼が纏う雰囲気はユーハそっくりだった。
フィオナはユーハがいる場所へと跳ぶ。
そして、人混みの中にユーハらしき人物を見つけると人の波をかき分けて向かう。
ついに肩へと手を伸ばし触れようとした時に、彼もフィオナに気づいたようで首だけ振り向くと不思議そうな顔をする。
「何かご用でしょうか?」
他人事のような声にフィオナは顔を固まらせる。
「いえ、人違いでした。申し訳ございません」
人前なため、残念そうな声は出さずに謝り、その場から去る。
そして、何時間か探しても見つからず、疲れてベンチに座っていると一人の男性が近づく。
「やぁ、僕の魔女」
皮肉が籠もった声と共に出された言葉にフィオナは驚く。
「ユーハ?」
「そうだよ。荷物に潰されて死んだユーハだ」
「……バカ」
「ごめん」
いつも、責める側だったユーハが謝る光景にフィオナは明るく笑う。
「なんでアナタがいるの?」
「気づいたら、新たな生を得ていた。そして、今至るだな。苦労したんだぞ。革命を使って自分の注目を浴びさせて君に気づいてもらうのは」
姿形こそ違うがユーハは苦労した時の諦観のある遠い目をしていた。
だが、フィオナは嬉しくてたまらない。
私に会いたいから、革命までして探していたのだから。
やっと見つけたにしては歓喜より、疲労感の強い様子を浮かべる事に思うところがあるが。
「フフフ、少し神様に感謝しちゃうかも」
神の敵対勢力である魔女が神に感謝する。
それほど、素晴らしいことであり、神の御業としか言えないユーハの転生についてもだ。
「やめとけ。神は何もしない。だから革命を起こしたんだよ」
「じゃあ、革命家はみんな、私と一緒ね」
「皆に迷惑だ。やめてくれ」
懐かしい会話が続き、二人は楽しい間を過ごした。
もちろん、夜になれば情熱的でとろける夜を過ごす。
そして、ユーハは死んだ。
フィオナをまた残して。
原因は革命が派閥ごとに割れ、その時の乱戦がとどめを刺したのだ。
だが、ユーハは別の世界、別の時代、別の……へと無限に転生し続けた。
◆◆◆
「待たせた。今回は遅すぎた」
時には老齢の年齢で。
◆◆◆
「待たせた? 今回は早すぎたかもしれないけど」
時には子供の姿で。
◆◆◆
「待たせた。女性だけど、ユーハだから。名前が中性的で良かった」
時には女性で。
◆◆◆
「いつも、待たせているな」
「フフフ、大丈夫さ。魔女は長い時間を生きる。待つのは慣れているさ」
白い布団が敷かれたベッドの上でフィオナはユーハの耳元で囁く。
ユーハは顔を赤らめ、フィオナはそれを愛しく思う。
「でも、すぐに俺は死んでしまう。この転生も何十回目だ」
このくらいの時からユーハは自分の事を僕ではなく俺と言い始めた。
「たしかに、別れる時はちょっと悲しいけど、大抵は災害とか事故とかの突発的な事ばかりじゃないか、防ぐのは無理だよ」
フィオナの言った通り、今廻はユーハは竜巻で飛ばされた石で頭をぶつけ死亡した。
◆◆◆
今廻はコンクリートとビルの林が広がる世界であった。
「今廻は寿命まで生きられた。不思議だ」
もうすでに老齢になったユーハは隣にいる若々しいフィオナに語りかける。
「若返りと不老の魔法をかけられるけど、どうする?」
「それ四つ前の生で不老不死の秘薬飲んだけど、すぐに死んだから無駄だと思う。でも一応やってみてくれ」
無駄だとわかりつつも、今廻は早めにフィオナと出会え、色々と波乱万丈であったが、ここまで生きられた。
今まではフィオナと出会った瞬間一年足らずで亡くなったため、今廻は期待してしまう。
「力が漲るな」
若い体に戻ると、電話の音が鳴り響く。
フィオナが電話に出る。
「フィオナさん? 相変わらず変わりませんね」
フィオナの声を聞いた、相手は苦笑しつつもどこか悲しげで覚悟していたような声質を含んでいた。
「どうかしたの?」
「今日はご報告があります。前日夫の亡くなった事をご報告しました。後日、葬式のご案内の手紙を送り致します」
彼女が言う夫とはユーハとフィオナが波乱万丈な人生にして巻き込んだ人物の事である。
これだけ聞くと悪人だが、彼も好きで巻き込んだわけではない、環境、状況により不可抗力に巻き込む事になってしまったのだ。
ユーハとフィオナも一年以上、そこそこ危険な状態なのに別れの時は来なかったため、状況をそのままにした。
「どうした?」
「あの人が亡くなったって」
「そうか、不幸なのか幸運なのかよくわからない奴だったが、ついにか」
後日届いた葬式の案内状が家に届き、その葬式に参加した後ユーハは数日後に交通事故で亡くなった。
また、数百回程転生してわかった事だが、たまに長く生きられる廻がある。
この時共通していることはユーハとフィオナの近くに運命が荒れている人物がいる。
物語で言えば主人公のような何かしら事件の渦中にいる人だ。
そういった人物をユーハとフィオナは特異点と呼んだ。
千回程転生したら見ただけで特異点とわかるようになっていた。
そして、なるべく生かし、そう簡単に死なないように鍛え、運命の中心から出さぬように導いていった。
◆◆◆
幾万のものの回数を転生し続けた。
一年以内にやってくる、死神に抗うために古今東西、未来異界と、あらゆる知識、あらゆる技術をユーハは取り込んだ。
今廻は会社を建てていた。
何度転生しても変わらない事は差別への嫌悪であった。
「人種、宗教、民族の違いで決して差別しない会社。その名もオムニバス社だ」
「この時代には早いと思うけどね」
この世界の文明レベルは汽車、自動車、プロペラ飛行機、潜水艦、といったレベルの物を作れる文明度だ。
そして、数十年前に第一次世界大戦と呼ばれる世界を巻き込んだわけではないが、歴史上世界で最も冷酷で大きな戦争が起きた。
「速くないさ。というか今がチャンスだ。平和な今が」
「そう? 今不景気よ?」
今は大恐慌と呼ばれる世界的な経済不振が続いていおり、各国政府はその対応に追われておりユーハとフィオナがいる国は先の大戦で賠償金支払いなどと結構大変な状態だ。
「情報が入った。政府主導のプロジェクトがあるらしい。我が社はそれに出資と人材の派遣をする」
ユーハは安心させるように、自分の会社の方針を話す。
「そんな場所に人を送っても差別されて従業員は不評だと思うけどね」
政府が主導する事業なのだから、当然巨大な事業だ。
あらゆる会社が参加し、自慢の人材を派遣するであろう。
不特定多数の人々が集まれば、オムニバス社のように社会的に弱い人がおり、あまり良い思いはしないであろう。
「結構重要な地位にうちの会社はつけた。そこに能力がある奴に権力を持たせて送り込めば基本的には逆らう者は少ないだろう」
「それなら安心ね」
お茶を注いで一口、口に付け、柔らかな息を吐く。
「あぁ、それも実力主義の総統閣下が国の指導者になったおかげだ。感謝しなくてはな」
ユーハは窓の外を見ると卍マークを逆にしたマークが外にある政府の広告に載っていた。
「あらあら、妬けちゃうわね」
流し目を送りながら悪戯心溢れた笑みでお茶を飲み、蠱惑的な息を吐く。
「君を幸せにするためさ。君は魔女だ。差別されている。西の大陸国は多様性を謳っているが、差別は消えていないし、大陸一つ支配するものだから秩序が広まりきれていない」
「大丈夫よ。いつもみたいに魔女だと言わなきゃわからない。何も問題は無いよ」
「それは、真の自由とは言えない。だが、その夢を叶える程の時間は無い。だから、種を蒔いておく」
できる事なら魔女だという事を隠さず、一定の倫理と法さえ守っていれば、誰もが自由に暮らせる世界、環境を作ってやりたいが、残された寿命を鑑みれば不可能だ。
また、いつかこの世界に転生した場合、蒔いた種が芽吹き地盤を固めているかもしれない。
「嬉しいわ。でも、無理しちゃダメよ」
「わかってる。じゃあ、そろそろ時間だから、行ってくる」
玄関の前で互いの頬にキスして、ユーハはドアを開け出勤する。
◆◆◆
「おい! どういうことだ! うちの会社の出資を止めるなんて! なに? お前の会社にはユ○○人がいるじゃないかって? この国に何万人いると思ってるんだ! いるに決まってだろ! そんな時代遅れの価値観を持ってるようでは総統閣下はお前を見放すぞ!」
怒鳴り声が受話器に向かっていた。
そして、通信を切り電話相手の行動に怒りを覚える。
「チッ! あっちもオムニバス社は必要なはずだ。何を血迷ったことを」
「大丈夫、ユーハ?」
怒りの炎を周りにまき散らすなか、その炎をものともせずにユーハの隣に近づくフィオナは目尻を少し下げ、不安気な声でユーハを心配する。
「大丈夫だ。この程度の問題、何度も乗り越えてきた。とりあえず、副社長に連絡しておく。こっちは総統閣下と話してくる」
フィオナの声で荒ぶった気を落ち着かせ、これから取るべき行動を決めた。
「そろそろ貴方と出会って一年がたつから気をつけてね」
「わかってる。気分変えに久しぶりに帰ったらどこか美味しい物を食べに行こうか。あと欲しい物があるだろう? それを手に入れてみせよう」
緩めていたネクタイを締め直し、スーツを着直す。
黒いスーツに黒に近い色をしたネクタイを携えて出ていく。
「行ってらっしゃい」
「行ってくる」
そして、一週間が流れる。
「帰ってこないわ」
ユーハが出かけて既に一週間がたつ。
その一週間の間、ユーハは家に帰ってこず、一人寂しくフィオナは待っていた。
流石に心配になって、家の近くにあるオムニバス社に足を運び様子を見る予定だ。
外用の服に着替え、ドアを開け鍵を閉める。
そして、町の大通りを歩きオムニバス社へと向かう途中にある広場で恐ろしく憎たらしい物がフィオナの視界に飛び込む。
ユーハは首を吊り、周りの人々は石などを投げつけていたからだ。
人々の流れをかき分けてユーハの近くまで近づく。
青く生気の無い顔と何も見つめこちらに反応しない瞳がフィオナの心を鋭利な刃物で突き刺す。
呆然としていたフィオナは周りの声を聞くと、ユーハは国を立て直した偉大で敬愛すべき総統閣下を裏切った罪で死刑されたらしかった。
──そんなバカな。
ユーハは総統の事を皆と同じく敬愛していた。
何度も素晴らしい人だ、と語った。
解答が出ない疑問にフィオナは激しく頭を困惑させる。
知るために魔法を使う。
昔、悪魔から奪った大いなる魔法を行使する。
「オムニバス社ね。悪も内包していたことかしら」
皮肉げに一言を呟く。
集まった情報から得たのはオムニバス社の副社長含めて、総統、他の会社などの裏切りであった。
「おい、アレって。オムニバス社の元社長の妻じゃないか?」
その一言が場を支配し、皆同じ表情でフィオナに視線を集める。
一般女性と変わらぬ身長のフィオナを見下ろすように見つめる。
フィオナの視界内に映る人々は自分をこの世の敵なように真っ黒に見えた。
そして、誰かがフィオナに向かって石を投げた。
それが頭に当たっても顔色一つ変えぬフィオナに人々は顔を顰める。
(……なんでかしら? いつもだったら人間らしい行動に笑みを浮かべるはずが、なにも変わらない。それどころか……。はぁ、もういいや)
フィオナは指を一振りすると、フィオナの視界に映る人々は苦しみに悶えるように首を掴み、大きく息を吸うが、口に空気が入らない。
皆、陸に上がった魚みたいに必死に細い命を繋げようとするが、魚程の生命力は無く動けなかった。
一部の人達は自分の行動を後悔し謝ろうとするが、既に時遅しであった。
そして、フィオナがまた指を一振りすると、一人一人のすぐ横に中華包丁のように大きい刃が出現し、一人ずつ回転する刃によって喉を裂かれ血管を切る。
そして、最前列でユーハを嬲っていた者が恐怖で狂ったような顔で首が飛ぶ。
「ぁあ、ぁああ、あぁぁぁ」
魔女は決して終わらぬ悲しみの大雨を心の中と瞳から降らし、どこかへ去っていく。
──愛している。
──本当に愛している。
──でも、彼ら彼女らも愛していた。
──痛いよ、なんで終わらないの?




