クラウの残滓
ロゼリア郊外にて、ルアザは剣を振り、突きと止まることなく剣を操っていた。
一振り、一突き毎に空気を切り裂き、日光を汗
で煌めかせる。
そして、最後に大きく振り抜くと、動きを止め険しい赤い目を穏やかにする。
「ふぅ。勝った」
現在ルアザは己の想像上の仮想の相手と戦っていた。
常に二人分の動きを考えなくてはいけないため、多少一つ一つの動きの精度が鈍るが、戦いの巧さを上達させやすい鍛練方法だ。
想像上の相手のため、困難無理な動きも好きなように動かせ、その動きの対処法を考えるのもおもしろい。
息を吐き、精神を統一させる。
「……薬を飲もう」
温まった体がヒリヒリと焼けるような痛みが肌を撫で、ルアザは異常な疲労感を感じた。
体に力が入らず、感覚も鈍くなり、反応も一拍遅くなり始める。
しかし、ルアザは顔色を一つも変えず木の幹に立て掛けてある鞄から薬が入った器を取り出す。
中には粒型の薬が入っており、その中から一つ取り出し魔術で水を生み出し飲み込む。
木の日陰で熱くなった体を冷まし休める。
現在ルアザは正体不明の病気を患っている。
外部的な原因なのか内部的の原因か未だにわからない。
症状は一日に一回程の頻度で体全体のあらゆる器官が鈍くなり、それに繋がってあらゆる欲が薄くなり無気力となる。
兆候としては火が体全体を這い回るような熱さを持つ熱が体に含み始める。
超強力な熱のような症状を持つ病気である。
それが約半年程続いており、ユーハも原因はわからず、ルアザの体に起きている状態はユーハはわかったため、中和するような特効薬を生み出した。
しかし、根本的な解決にはならず、治し、弱り治してを繰り返すだけであった。
ルアザがオリンピックに出場する理由は名誉を勝ち取るためでもあるが、また色々な理由もある。
その一つとしては、自身の異常を治す方法に関する情報を知ることだ。
「負けられない。絶対に」
チャンスは今しかない。
あらゆる不安や憂慮、焦燥をできる限り整理し、心の奥底へ押し込む。
それを何度も決意し、反復したルアザは真剣な表情で虚空を見つめる。
◆◆◆
「ルアザ=ミラレアです」
「二十五番ね。君は向こうの第六練兵所で待機していてくれ」
受付の人が指示した通りの場所へと足を運ぶ。
練兵所と言う通り、かなりの広さを持つ広場があり、その中には屈強な老若男女がこれから始まる試合の準備をしている。
誰もが油断のない目付きをしており、ルアザも含めて互いに監視し合い、情報をかき集めている。
歩き方、視線が会ったときの反応まで考慮し、これからの熱く煮えたぎる戦いの準備をする。
「……」
練兵所に入った瞬間の広場にいる人達のほとんどの視線をそよ風のように受け止めて入ったルアザは練兵所の奥の方にある、この練兵所と大差はない広さの大部屋へと向かう。
広場の真ん中を突っ切る中、とても感情の籠った熱い視線にルアザは苦笑をする。
その中を堂々と恐れることなく歩いていく。
そして、大部屋の中には多くの石像や銅像がある。
これらの像は歴代の優勝者達を象った像だ。
あらゆる種目の優勝者が名前を残し、全てではないが、その名前と面影を歴史に刻み込んできた。
ルアザはその像達を見ていく。
名前の隣や上下にはその時の記録が乗っており、時代が上がるにつれて、徐々に記録が伸びている。
「は? なにこれ?」
ルアザが驚きを示している記録は明らかに異常をきたした記録であった。
長距離競争の48.195キロメートルを約十秒でゴールした化物の記録である。
ルアザはこの記録の持ち主を人ではないと、断言できる。
人であったら、畏敬の極みだ。
「こいつは、メロスという名前の選手だ。その災害級の速さから【走るなメロス】と呼ばれている」
突如、後ろにいる人物から解説が行われた。
【走るなメロス】。
その走る速度は音速を余裕で越えて約マッハ14。
当然マッハの世界に入る瞬間は衝撃波を生み出す。
そして、マッハ14のレベルになると、常に衝撃波と同等な物が放たれる。
故に災害と同じだ。
「はぁ?」
後方に人がいることは気づいており、自分と同じように歴史の足跡を眺めていると、思っていた。
そのため、特に気もとめず他人として認識していたのだが、突如喋り始めたため、驚きはしないが、怪訝な声が出る。
(独り言か?)
「始めて見る人は必ずそこで止まり、驚く。物理的にも科学的にもあり得ない記録だからな」
「えー。あなたは?」
「フッ。ただの観客だ! よろしく!」
自身満々で言うため、彼の姿が大きく輝いて見える。
初印象は元気のある明るい人で決まった。
だが、すでに広大な青空が見えている時間で、こんなところで仕事もせずにふらついているところを不思議に思う。
職場がコロッセオであったら、ここにいても何もおかしくないため、納得できる。
ただ、本人が観客と宣言しているため、職場がここではないとわかる。
この時代の仕事に決まった休日は無く、年がら年中働いているのも珍しいわけではない。
そして、今日はオリンピックが始まる日だ。
コロッセオは多くの種目が使われるため、準備から運営までとあらゆる施設が使われる。
当然コロッセオの職員は休む暇無く動き回っているだろう。
仮にここで働いていたら、試合を眺めている時間も余裕も無いはずだ。
そこから、導き出される答えは、今日職場から休みをとったこと。
もう一つは暇な時間が多い上流階級から来た人物だ。
着ている服の質も良さげなことから、上流階級出身の人物だと予想される。
「それはよろしくお願いします。私もこれから出場しますので、応援していただけると嬉しいです」
「きっと、この出会いは運命だ! トーナメント戦まで上がったら、君に金を賭けよう!」
根拠のない事を言い張るが、褒められているのはわかるため、ルアザは苦笑しつつも、微妙な表情をしている。
「アハハ、負けられませんね」
ルアザはここで他人の財布の中身の運命を託された。
「ムム! 君はトーナメント戦に出れる自信があるのか!」
トーナメント戦に出る事を否定もせずに、期待に応えるような発言をしたため、そこから察した彼は感激したかのように目を輝かせる。
「それは出場者全員が思っている事ですよ。自分ば負けない勝てると」
今回の出場者は何か目的があって、出場を決めたのだろう。
だが、誰もが出場の前提として、自分への自信と相手への警戒がある。
「いいな! 戦士の中の戦士が今このコロッセオに集っているのか! やはり、無理してでも来て良かった!」
強く興奮した様子で声をあげ、気分良く笑う。
「そうですか。まぁ、ですから私だけではなく皆も応援してあげてください。きっと喜びますから」
出場者全員が今日までにできる事をした。
彼ら彼女らは、こう思っている。
『自分には才能がある。証拠として出場ができる』
ロゼリア帝国から集まった希有な才能が自分達だと、知っているからだ。
強さの自覚は自信の源だ。
『自分は勝てる。なぜなら努力と工夫に熱意を費やしてきたからだ』
敗北経験は人生のどこかで必ずある。
センスだけでは届かない到達地点があることを知った才能溢れる者はそこに憧れ、手を伸ばし、足を前に出す。
願望がある者は自分から自ずと動き出すのだ。
『しかし、油断はしない。相手が自分と同じ事をしてきたはずだからだ』
これに関してはどの事に対しても言える。
選手達は優勝という一つしかない無形であり絶対的な目標を奪い合う。
そういうルールだからだ。
故に栄光の冠を我が手中にするためにライバルを退けなければならない。
何も考えない、想像しないという余裕は必然的に無くなる。
しかし、これらの心意気な前提条件であり基礎基本に位置する物だ。
基本が無ければ応用という大会出場の可能性は無いため、誰もが一定水準の基本を固めてここに来た。
「その通りだな! 出来る限り皆を応援しよう! だが、自分は観客だ! 好む選手がいればそちらを優先的に応援するぞ!」
「邪魔さえしなければ、私個人としては何も言いませんよ」
「そんな不粋な事はしない!」
ルアザは他の歴代の優勝者達の資料を見て行く。
そして、歩く先には像は無く名前が刻まれた物しかない空いた場所があった。
その場所に目を付くと名前と記録を見る。
「……!!」
あまりにも、ここでは想定していなく予想外な情報に心臓が止まるような、感覚に襲われる。
なぜか焦燥感にも似た感覚にも襲われる。
ルアザの狭い視界を支配していたのはその名前、『クラウ・ソラス』である。
(待て、本当に同一人物か? 偶然という可能性がある)
クラウの欠片がここで見つける現実を疑いの選択肢が出てくる。
「これは、五回前のオリンピックの闘技大会の優勝者だ。ロゼリア帝国西端に位置する州の総督の推薦選手だな」
「推薦選手とは?」
「そうだな……。ロゼリア帝国の上層部レベルの人が推薦した選手のことだ。当然、推薦されたのだから、誰もが例外無く強者だ」
「この選手について何か知っている事あります? あったら教えてください」
興奮する声を抑えて冷静で動じていない声で聞く。
「クラウ・ソラスという名前は名前というよりは、異名とか印とかに近い名前だ」
クラウ・ソラスという言葉の意味は光の剣だ。
ルアザはそれを知っているから、驚きはしないが、逆に本名が気になる。
産まれた時からクラウと呼んでいたため、クラウ・ソラスが完全に本名だと頭の中に刻み込まれている。
逆に異名と呼ばれると脳内で否定と認証を繰り返す複雑な気分になる。
「ガルト地方の神が使った剣が原点だろう。そして、クラウ・ソラスというのはガルト地方で四つの至高の宝、【四宝】と呼ばれる一人らしい」
「その四宝はクラウ・ソラス以外何があるんですか?」
「四宝は人であったり物であったりと、色々変わるから、よくわからん。ただ、呼び名だけは統一されている」
「その名前は?」
「知らん。ガルトに詳しいわけではないからな」
「そうですか。……あ、そろそろ時間ですから、ここで」
始まりの合図を示す音が鳴らされる。
それと同時にクラウの事に関しては忘れ、これから始まる熾烈な戦いに備え思考を切り替える。
「うむ、頑張れ!」
大きな声援に対して手をヒラヒラと振る。
(やはり、クラウはわざと教えてくれなかったのか)
少し悲しそうに表情を薄く曇らせる。
「──様。そろそろ始まります」
元気な彼に対してやけに丁寧でへりくだった人物が隣にやって来る。
「よし、行くか」
彼は当然のように来た人物を伴い部屋から出ていく。
(彼は、伝えられた者か? 結果を見ればわかるだろう)
まるで、楽しみが増えたように、クツクツと笑う。




