ロゼリア
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第三章どうぞお読みください。
ロゼリア帝国。
世界最大級の大陸、ボルーラ大陸の南と両端を支配する人類史上世界最大の帝国だ。
だが、最大とは言ってもこの時代の人類生存圏は狭い。
ボルーラ大陸は中央に大陸を横断する世界最大級のオストライト山脈にその周りを囲むアイリズ大樹海で構成されている。
人が住めるのは気候上、樹海が広がっていない沿岸部のみなため、ロゼリア帝国の管理国土は上から見れば、弧を描いた細長い形をしている。
そして、現在ルアザとユーハは一年かけてロゼリア帝国首都ロゼリアに到着した。
「栄光あるロゼリアへようこそ」
城壁の門番が手をロゼリアに向け、促す。
狭い門から見える眩しい光に目を細め、ロゼリアに足を入れる。
「へい、ヘーイ! そこの二人! 俺の飯を食わないか!? 旅の間の粗末な飯とは全くちがうよ!」
一人は深めにフードを被った怪しい二人組でも恐れる事なく元気に明快に声をかける。
「バカ野郎! こっちの方が旨いに決まってんだろ! 二人とも俺の料理はロゼリアの中でも上位に達しているぜ!」
その声に対抗するように大声だが、自信に満ち溢れた声を出す。
互いに売っている物は肉などの串焼きである。
「では、いただきましょう」
フードを被っているのはルアザの事である。
フードを被る目的は己の姿を見せないようにするためだ。
屋台の元へと赴きコンロの下を覗くと魔術でコントロールされた火と木炭で焼かれていた。
わざわざ木炭で焼いていることから、こだわりが強いとわかる。
「どうぞ」
懐から財布を取り出し、二つの屋台の店主に価格ぶんの硬貨を渡す。
「味わってな」
「またこいよ」
店主の二人はルアザに二本ずつ渡し、笑顔で見送っていく。
「ユーハさん。どうぞ」
「ん? ありがとう」
「美味しいですね」
「世界一の都と言われるロゼリアだから、この味も納得だ」
周りを見渡せば常に喧騒に包まれ、しかしただ騒がしいわけでもなく、どの声も興味を引かせる言葉と文章がとびかっていた。
声を出す人々も様々な民族、種族と多種多様な人々に溢れかえっている。
地面も綺麗に均等に石畳で構成されており、文明の圧倒的な高度さが理解させられる。
「さぁ、コロッセオに向かいましょう。二ヶ月後にはオリンピックの始まりますし」
オリンピック。
ロゼリア帝国の守護神を崇める祭りである。
内容は簡単に言えばロゼリア帝国内の身体能力面での国内一を決めることだ。
一番になった者は公式では花冠しかもらえないが、数多いる守護神から気に入られ、何か加護や褒美をもらえるかもしれない。
だが、それよりも絶対的で最高級の輝かしい名誉を得ることができる。
ロゼリア帝国の民達の気質は名誉を重んじており、特に戦いに関する事に対しては称賛の極みだ。
それを知ったルアザ、オリンピックに出場することを決めた。
ルアザの世間的に名誉は地に堕ちている。
常に人の目を気にする暮らしにくい毎日に辟易していた。
薄く、陰湿、理不尽なため慣れないストレスが貯まっていくのは辛く、瞳が涙で形を歪ませるが見え隠れしてくる。
だから、ここで堂々と忌み子という不名誉極まりない呪いを消し去るのが目的である。
オリンピックという高位存在が見ている前で不正できるやつなど、いるはずがなく。
結果を残した者に公衆の目前で罵倒を浴びせるような事も起きない。
とある種目で、誰でも参加可能な物があるため、そこに出場する予定だ。
そしてルアザは出場のエントリーを終わらせ、ロゼリアに滞在する間の宿屋に入り、一休憩する。
◆◆◆
部屋に入り荷物を適当な場所に置くと、ルアザは魂感に神経を集中させ、周囲の気配を識別する。
周りに人が居ないと確認できたら、マントを外し、隠していた己の姿をこの場に見せる。
「フゥ」
小さいため息だったが、静寂な部屋の中ではその息声は静かに響く物があった。
外からは喧騒とした声、音が聞こえ、木窓を軽く開け自分の姿を見えぬようにそっと、外を覗く。
昼時の明るい太陽が喧騒の声を照らし、陽気な声へ染め変えている。
その光景を小さく寂しそうにルアザは見つめると、クツクツと喉で声の出ない笑い声を外へ向ける。
「いつ見て聞いても羨ましい」
窓の隙間から見える口元は実に愉快そうに象っている。
だが、窓の裏から見える全貌は儚い夢だと既に納得してわかりきっている事を表している。
そして、視線を遠くに見える巨大な建造物コロッセオに向けると、淡く広がっていた視線が明瞭に変わり、視界を鮮やかに火をつける。
「怖い。だけど、吸い込まれる。都合の良い未来しか想像できなくさせる」
どこか捻くれた発言がルアザを成長させしつつも、多少は曲がったとわかる。
「それが、楽しいな」
希望に近づいたから栄光に満ちた鮮明な未来を夢見てしまう。
思考が良い方向へと傾いているが、微かな不安が未来を想像時必ず現れる。
光が強くなれば影が濃くなるように、不安という思考のバランスシステムが働く。
ルアザは自身の思いが練磨しあっていることに確かな成長の証を感じ楽しげにその迷いに浸る。
「しかし、すごいな。あんな巨身にも匹敵する巨大な建造物を作れるとは。あれを人類だけの力で作り上げたのだから、本当に凄い」
ルアザ達が泊まっている宿屋はコロッセオから離れているが、真っ直ぐな地平線をできなくさせていた。
コロッセオは間違いなく、ロゼリア帝国最大の建造物の一つだ。
「これを見ただけでも、故郷から旅立ったかいがあったものだ」
そう呟くと、後ろのドアからノックが響き。
ドアを開けるとユーハがおり、少し散策してくると告げる。
ルアザも部屋でのんびりした後、荷物を持ち部屋から出ていく。
◆◆◆
現在ルアザはロゼリアにある数ある神殿の一つに足を入れていた。
常に何らかの音が支配している街中ではなく少し郊外にあるため、ロゼリアの中でも緑豊かな場所であり静かで落ち着いた場所であった。
その神殿のベンチの一つにルアザは座り懐から表紙に『冒険の書』と書かれた一冊の書を、鞄からペンとインクを取り出し書を開く。
そして、ルアザはサラサラと白紙の本に書き始める。
ルアザが書いているのは日記帳だ。
過去の事や書くまでの間の事に対して自分が思った事を書いている。
ルアザはこれまでの一年の旅で様々な物に対して記憶に刻む感銘と心に染み渡る感動を多くしてきた。
ルアザはその時の感銘と感動を自分が忘れる前に何か形にして、いつでも思い出せる状態にしたかったから、日記帳に思い出を記している。
神殿は神の寝床という役目があるため、常識的神聖な物と考えられており、神の眠りを邪魔してはならないため基本的に静かで心地よい空間だ。
そのため、ルアザはその落ち着いた雰囲気を気に入り、市民にも開かれている神殿で冒険の書を書いている。
「ふぅ」
書き終わり、ペラペラとこれまで記した数々の思い出を読み思い出し、これまでの旅の辛さも和らぐ。
「?」
読書中に視線を感じたルアザは顔を上げ、視線の主と目が合う。
向こうはルアザの目は見えないが、自分を見つめられている事に気づくと、ルアザの元へと歩いてきた。
「こんにちは」
神官の服装をした皺が刻まれている優しげな女性がルアザに近づき、印象通りの穏やかな挨拶をしてくる。
「こんにちは。先程からこちらを見つめてどうしまたか?」
ルアザも挨拶を返し、ただでさえ怪しさ極まりない見た目をしているため、声だけは明るく朗らかに返す。
「いや、それは失礼。少し妖精がざわついたもので。少し奥から様子見しに来たら。あなたがいたもので」
「そうでしたか」
この時ルアザの内心では動揺の波が走り回っていた。
妖精が反応しないように、あらゆる処置を自身に付与し、できる限り反応を抑えているはずなのに反応してしまった。
さすが、精霊魔術の専門家である神官だと、称賛の思いも混同しており、比較的に冷静に対応する。
「まぁ、妖精がざわついてもここでは影響がありませんから。さほど問題はありませんよ」
相手が追及しないことに心の中で小さく安堵する。
神殿は祭られている精霊の縄張りのため、一種の力の流れが存在している。
故に、新たな力が生まれようとも、本流に飲まれる支流にすぎないのだ。
「えぇ、ここは神のご加護が多く、妖精もすごしやすく大人しいでしょう。もちろん、私もとても心地よい場所だと思っています」
「それは光栄ですね。私も職場として素晴らしい所だと思っていますよ」
「ちなみに、この神殿はどのような神を祭っておりますか?」
「ここは狩猟と貞潔の神アルテミスの神殿です」
「アルテミス神ですか。前に森妖精人が信仰しているのを見ましたね」
「それは同胞の一人ですね。私も森妖精人ですから。どの辺りで見ました?」
そう言うと長い髪に隠された森妖精人特有の長い耳が現れた。
ちなみに耳が伸びている向きは森妖精人によって違い、大きく分けて横に伸びるか後方へ伸びるかである。
彼女は後方へ伸びるタイプであった。
「マリシャで見ましたね」
「マリシャですか。あそこはロゼリアの元の文化や学問が多く存在しているとは聞いてますが、実際どうでしたか?」
「そうですね。民も街並みも歴史深く、思慮に溢れた都市でしたよ。自分もマリシャで様々な書本を読み、賢者に教えを乞いました」
「自分で言うのもあれですが、森妖精人は他の種族よりも、寿命が長いですから、同胞の賢者が多くいたでしょう?」
どこか自慢気に話す彼女だった。
「えぇ、多く森妖精人の賢者達がいました。ただ、少々厳しい人が多いのが印象でした」
ルアザは隠された顔は苦笑いをしており、言葉を濁しているが、マリシャで話した森妖精人は誰もがプライドが高くこちらを完全に下に見ている様子が目立っていた。
「甘い話かもしれませんが、若輩者である自分はそれが少し、耐えられなく別の賢者の元へ参り教えを乞いました」
本来の事を言えば、なんとか了承を得ても、目的の話は聞けなかったから、妥協して他の人の元へ向かったである。
ルアザももう少し口舌が上手ければなんとか、目的の内容を聞き出せたかもしれない。
まだまだ、ルアザも人の機敏や感情というものを理解しきれているわけではない。
それに、ルアザの判断基準は合理性のある善悪なため、正論を多く言い放ち他人を不快にさせるということも多くあった。
今は言葉を濁す、飾るという方法で他人を不快にさせないよう注意を払っている。
「…………たぶんその厳しい森妖精人達は年を取っているのがわかるくらいの年齢でしょう?」
「たぶん、そうでしたね。我々、人間で言う、四十代辺りの見た目の人が多かったかもしれません」
「はぁ。……その森妖精人は百二十歳くらいの年齢でしょう。昔のライバルも亡くなり、教えを乞われる立場となって驕ってしまいやすい人が多いですから、嘆かわしい事に傲慢な態度になってしまうのでしょう」
エルフは人間の約三倍近い寿命を持っている。
そのため、老化スピードが遅く、老若どちらの年代も長い。
たまに、永遠に若いと勘違いしている人がいるが、そんな都合の良い物があるわけがない。
「いや、別に大丈夫ですよ。長い間生きていますから、必然的に高い地位を持ち、権力者になりますし、仕事が忙しくどの人も一生懸命勤めていましたから。そこまで、嘆く事はありませんよ」
重い息を吐く彼女にルアザ軽快に笑い、気にしてないことを伝える。
ルアザが喋った通り偉そうな森妖精人は実際に偉い立場なのだ。
だから、ルアザも仕事を邪魔して罪悪感が多少はあったのだ。
基本的に森妖精人というのは真面目な気質でたるため、どんなに立場が上になろうとも、自分がやるべきことはしっかりとやり遂げ、やり遂げられなかったら自分のプライドが許せないだろう。
「そうでしたか。大事な部分はしっかりと根幹に残っていましたのですね。良かったですよ」
親のように、少し考えてみれば、わかりきった事でも大きく反応してしまい、落ち着く時は小さく安堵する様子を彼女はしていた。
「そういえば、ロゼリアに何の用があっておとずれたのですか?」
「単純に憧れを理由とする観光目的とオリンピックに出場ですね」
「オリンピックですか! 実は私も出場するんですよ」
口元に手を添え、驚く。
「何の種目に出る予定なんですか?」
「無条件に出場できる闘技大会です」
正確に説明すれば、無条件ではなく犯罪者などの危険人物は出場のお断りをしてもらっているが。
「同じですよ! いやはや、こんな偶然があるとは」
驚きと歓喜の声を大きく上げて、気持ちよく競え合えそうなライバルの存在を知る。
「ちなみに私は優勝経験者ですから、覚悟しておいてくださいね」
歓喜の声は更なる驚愕と悲鳴に変わり、唖然とする。
奥にある瞳を大きく見開き薄暗い視界が圧倒的な眩しさに襲われる幻覚を覚える。
「え!!」
顔は隠されているのに、手に取るようにわかる様子にクスリと小さく彼女は笑う。
「ロゼリア最強はこの私だと、もう一度轟かせてあげましょう」
彼女は立ち上がり、穏やかな表情をしているのによく似合う不敵な笑みを張り付ける。
「……。ぶつかったら、やっぱり貴方が最強だと言わせて見せましょう」
ルアザも立ち上がり、彼女から発する威圧感はそよ風の如くと落ち着いた声でありながら、深い力が込められた声で挑戦の一言を言い放つ。
「期待しますよ。貴方の名前は?」
「ルアザ・ミラレア。あなたは?」
「セレン・ルホラです」
互いに名前だけを聞き、背を向け合う。
強者となりえる存在に出会い、体の熱を今は冷やし、いつでも使用できる炉にしておくように種火を残して。
だが、もう一つ違う色をした種火がその炉の中に揺らめいていた。
(妖精が反応したのは確実ですね。たまにそういう体質の方がいますが、一応候補としてあげときましょう。そろそろ、影一つ見えても良い時期ですし)
セレンは瞳の奥に隠されたナイフのように鋭く、針のように細い疑念を含ませていた。
(この人、神殿の奥にいたというけど、いなかったよね。自分の間違いだと、ここは対処しておこう)
ルアザはそうは思いつつも、自分が正しい場合の可能性を模索しており、僅かの油断を無意識に消されていた。
ルアザは外套を被っているため、視界は狭く、暗く、と視覚としての機能を弱体化している。
だから、基本的に魔術や他の感覚器官で周囲の状況を識別している。
視覚は障害物があれば、その向こうの情報は決して取得できないが、他の方法ならば、ある程度取得が可能だ。
だから、小さな神殿一つ、物の有無くらいはわかる。




