愛
村の外れを鼻歌を歌いながらフィオナは歩いていた。
そして道中ユーハはやけに大きい荷物を側に置き幹に寄りかかっていた。
「おや、ユーハじゃない。どうしたのかな?」
フィオナは自分が見つかった事に目を見開き驚く。
「魔女め、お前達の目的はなんだ」
キッと狩人のように鋭い眼差しをフィオナに向け、問い質す。
「そんなこと聞いてどうするの?」
「それは聞いてから決めることだ」
「仕方ないなぁ。別にすごい理由じゃないからね。アクマリアはミラエルに恋して我が物とするためで、私はそのお手伝いだよ」
嘘偽りのないとわかる無垢な満面な笑みを浮かべながら言う。
「魔女が人間の恋? 人間が不幸になるじゃないか」
「だから、成功するように協力したのさ」
「あんな方法で?」
蔑むような得体の知れない物を見るような目でユーハはフィオナを見た。
あのような軽蔑で下品な方法で人と結ばれるなど、許されるべきことではない。
ミラエルは自分が望み出来ない事を平然とやってのける尊敬すべき人物だ。
それが、今まさに魔女の毒牙にかかっていた。
それも、彼の素晴らしい性格と行動を利用するという方法でだ。
「理由もなく、他人を助けようとする良心を私利私欲のために利用する邪悪など許してはならないだろう」
他人を救う良心が他人を傷つける武器になるなど、その良心の持ち主が哀れで悲しすぎる。
良心の持ち主達は救った他人の最大の幸福を願う。
だが、外側から見れば、その良心の持ち主こそが最大の幸福を得るべき人だ。
道徳的で称賛と見本になるべき人はこれから多くの人々を救うかもしれないから、報われる必要が絶対にある。
「あの子も悪い子じゃないのよ。アクマリアはまだ百年も生きてないけど初めての恋だから、やり方がわからないのよ。だから、彼女が考えた方法を手助けして時には助言をするの」
自主性を重んじるフィオナは方法はなんであれ、恋し行動に移す事に意味があると思っている。
「お前はミラエルの幸せよりもアクマリアの幸せを願うと?」
これは立ち位置の違いもあった。
ユーハは人間であるミラエルにフィオナは魔女であるアクマリアに味方するのは当然である。
「そうそう。ユーハ、君まだ小さいのに賢いね」
まだまだ背の低いユーハの頭を撫でるが、ユーハはそれを振り弾く。
「やめろ」
大人が子供扱いして嫌がる時と全く同じ光景であった。
「あはは、わかった、わかった。さぁ、良い子はもう帰る時間だ。ほら、村に帰るといい」
「あの村には帰らないよ」
村の方向に首を曲げ、視線をやりながらも何かを振り払うようにすぐにフィオナの方へと向き直る。
ユーハの黒い瞳には村を出ていくという一大決心をしたような強い覚悟が無く、当然のように自然な目付きをしていた。
「えっ! なんで?」
顔色一つも変えずに、そんなことを宣言するユーハに驚く。
「あそこは腐ってるからだ。どうせ、この魔女騒ぎも二日、三日たてばすぐに忘れる。そして、誰かを貶める。あそこはそういうところだ」
自分勝手、自己中心的で無責任な村人はいつまでたっても何も変わらない。
まともで正しい人達は村から躊躇いもなく出ていくのを何度も見てきた。
今回はそれが自分の番に回って来ただけのことだ。
「じゃあ、私の髪を一房あげるよ。そうすれば君は英雄だ。村では英雄扱いされ、きっと楽しく良い思いをするよ」
物理的な消えない証拠を持っていれば、相手は嘘をつけない。
ユーハには魔女を倒した功績と証拠があるため一定の人数はユーハ側に味方がついて必ずユーハを虐めない。
あれらは、数や強い力を持つ者には決して逆らわず、反抗せずに媚びる。
逆に弱く、孤独な者を標的にし嬉々して皆で叩く。
フィオナは無条件で人々を信じているように感じるが、あの村の性質というものがよくわかっている。
「いらないよ。あんな腐って栄養にもならない奴らのところなんて息が詰まる。決してあいつらは変わらない」
「いや、きっと変わるさ」
「なんで、そんなことわかるんだよ」
自信満々に断言するフィオナにユーハは疑問に思う。
優越感と相手を鑑みない安全圏に浸るために下を次から次へと作ってきた。
この邪悪な連鎖を絶ち切ることは不可能なのだと、すでに諦めている。
「それはね、悪い悪い魔女はもういなくなったからさ……!」
目を瞑り少しの溜めがあった後に手を横へ広げ太陽のように明るい満面の笑みでそう宣言する。
「それがきっかけになるとでも? 人間はそう簡単には変わらない」
「またそれも、一つの結果だよ。それに、君は知らないかもしれないけれど、人間は変わりやすい物なんだから」
人間の性質を愛し、見ているだけでおもしろく保護したくなる存在がフィオナとっての人間だった。
あの村でのアクマリアやユーハへの手の平返しは見事で爆笑必然の光景であった。
灰になり、土の中に埋められても、笑いが止まらなくやはり人間は好きだと、再確認した。
ユーハの重く動かない頑固な意思もフィオナも愉快で幸悦的なものである。
「まぁ、いずれわかるさ。じゃあ、私はもう行くね。じゃあねー」
そう言い終わり歩き出すフィオナに、荷物を持ってユーハはついていく。
「おや、なんでついくるのかな?」
「特に行くあてもないからな。それにお前が他で悪さをしないようにするための監視だ」
「いやはや、真面目なユーハだ」
◆◆◆
「いい? ここで別れるんだよ」
とある村で。
「今度こそは、ここでね」
屋台が並ぶ港町にて。
「魔女なんだぞ! とっても怖いんだぞ!」
「あっ、虫」
「キャアア!!」
「……」
ユーハは今更見間違いとは言えなかった。
「いい? 今度の今度こそ、ここで別れるんだ」
「はー」
ある町でフィオナとユーハはそのような会話をしていた。
だが、ユーハは真面目に聞かずにいた。
なぜなら、一年近くこの話をしてきたからだ。
答えはわかりきっているのに、何度もこの話をする根性には呆れ果てる。
「故郷からもう十分離れたでしょ。ここで定住してね」
「はいはい」
適当な相づちを打つだけで、行動はしない。
「親もきっと心配しているだろうし」
「忘れたの? 僕は孤児だから親はいないよ」
「……」
「親がいれば、あんな目にあわずにすんだのかな」
青天の下を浮かんでいる雲を見ながら、ユーハは少し悲しそうに目を瞑る。
「……ごめん」
フィオナはユーハが見つめていた雲を見て、一言謝る。
「あら、奥さん。もう少し安くしてもらえませんか?」
とある、宿屋でフィオナは値引き交渉をしていた。
「仕方ないね。子供もいるようだし」
「そうなんです。この子には少しでもいいから楽をさせてあげたいんですよ」
ユーハの肩を掴み、自身の方へと引き寄せ、仲睦しい親子のような関係を見せる。
「……!?」
いきなり、親子設定が出てきたユーハは空気を読みつつも驚きの表情を隠しきれなかった。
「これで、その子を楽させなさいよ」
「ありがとうございます」
「いやー、あのおばさん、とっても良い人だね」
ベッドで寝っ転がるフィオナは上機嫌でそう言う。
実際は腐る程の金となりえる物を持っているのだが。
「魔女なのに、倹約するんだ」
「別に錬金術で石を金に変えることも可能だけど、あまりやりたくないよ」
「全く、そうやって人を騙して何が良いのか」
倫理的に問題がある行為に対してユーハは呆れと怒りが溢れ出してくる。
可能な力があるなら、それを実行するべきだと考える。
「苦労して利を勝ち取る。そこに、何とも言えない達成感と充実感を得られる。それが良いの」
だが、フィオナは魔法を使える魔女だ。
大抵のことは魔法でなんとかなり、極めて万能なのだ。
フィオナは魔法を使う事に躊躇いはないが、好みはしない。
何でもかんでも魔法に頼るのはつまらなく感情の揺さぶりもない。
それは長い時を生きる魔女にとって退屈という天敵に飲み込まれてしまうからだ。
「あっそ、僕は騙して手に入った部屋なんかで、泊まりたくないよ!」
ユーハにとって魔女の都合なんて、知った事ではない。
罪のない相手を騙すのが悪い。
善悪で物事を判断している。
「ちょっと、どこにいくの?」
「野宿だよ!」
「え、なんで? ここにいてよ」
「……は?」
フィオナの言葉を疑うように振り返り、確かめる。
ベッドの上にいるフィオナはひどく寂しそうだった。
愛しく、かけがえないのない物が失くなることを恐れているように、ユーハをその大きな瞳でじっと見つめていた。
◆◆◆
町中で多くの人々が集まり同じ方向を向いている。
その向いている演劇が行われていた。
「クリスティーナ。私はあなたを愛している。だから、共に私と行こう」
「はい。ヨシュア様。あなたの行く場所が私が行く場所ですよ。さぁ、共に……」
「あぁ、共に……」
この言葉を最後に二人の俳優が互いの手を繋ぎ合い、ニコリと笑みを浮かべ互いの顔を見つめ合い、観客に背中を見せ歩き出すと同時に幕が閉じ始める。
そして、横から身なりの良い、品のある男性がやってくると、被っていた帽子を脱ぎ一つお辞儀をする。
「さて観客の皆さん。この度はご来場下さりありがとうございます。これにて『共に』の終わりを宣言いたします。素晴らしい劇だと思った方は大きな拍手を下さい」
そう言い終わると一斉に手を叩く音が響き渡り、観客の誰もが晴れやかな満足感のある笑顔で拍手をしていた。
少ないが中には泣いている者までいる。
その泣いている者の一人にフィオナがおり、その隣にユーハがいた。
「うっうぅう。なんて感動的なの」
「涙出す程か? あと、本来の趣旨忘れているだろ」
ユーハはハンカチを濡らす程、涙を流すフィオナに呆れた視線をやる。
「二人の出会いからこの結末。感動せずにいられない。感動は愛できているわ」
『共に』という題名の劇は恋物語だ。
二人の愛がどんな障害も乗り越え、最終的には自由の空へと飛び羽ばたくように二人の新天地へと向かった。
その力の源でもある愛にフィオナは感涙ものであった。
「これが、人間の勉強か?」
本来の趣旨とは人間についてである。
「そうよ。感動もできて、勉強もできる一石二鳥でしょ」
「というか、なんで魔女が人間の事を学ぶんだよ」
魔女は人間よりも美しく、賢く、強い。
時には国を丸ごと支配していた魔女もいた。
そんな人間よりも上位存在である魔女が矮小な人間について学ぶ必要性を感じない。
「人間と共存するためだよ。ほとんどの魔女はそうしている。私の場合は人間が好きだからさ」
「人間はどこまでも強欲で保身のためなら、罪を見逃すんだよ」
少し強めの口調で言う。
過去の自分がそうであったから、自分に対しての怒りを覚えているからだろう。
「でも、自分のことを顧みずに何か他の事に対して夢中となる。他の事とはいうのは、自身の趣味だったり、家族だったり、恋人だったり……。そこに大きな力が生まれる。時に魔女を殺せる程ね」
クツクツと喉で小さく笑いユーハを見ながら言う。
「私はその人間の可能性を愛しいと思うの。人間の矛盾点がね」
卑劣なのに正当を好む。
そして、どんな手を使ってでもそれを目指す。
正義という大義名分をもって、悪を滅する。
その悪とやらは少し見方を帰ればまた、別の正義だが。
「人間は自分達を賢いと思っているけど、バカであることは自明の理なんだよ」
フィオナは人間は賢く愚かと矛盾の象徴のような存在だと思っているが、ユーハはそうではない。
ユーハにとって人間は成長しない子供のように愚物な存在であると考えていた。
賢さなんてなにもない、一番大事な場所を人類全体は学びはするが、適当な理由を作りやらない。
「そんなことないよ。きっと人類は良くなっていく」
「なんでわかるんだよ」
「長い間見てきたからさ。たまに衰退することはあっても、必ず復活して成長するんだから」
何百年も生きる大魔女であるフィオナは古代から中世、そして近世までとあらゆる時代の人類を眺めてきた。
人の醜い部分も美麗な部分も飽きる程見てきた。
だからこそ、この言葉を吐けるのだろう。
「じゃあ、今は衰退の時期だな」
「難しい年頃だねぇ」
ユーハは現在十代前半。
自分とは、世界とは、正義とは何と、人類の命題を考える時期でもあり、情緒不安定な時期だ。
◆◆◆
太陽が空を青く染める時の街中には屋台や露店が多く広がっていた。
「これ一つ下さい」
「はい、どうぞ。二百五十レムね」
きらびやかな品のある装飾がなされた金属細工が並ぶ屋台には多くの人々が集まり、並んでいた。
「ありがとうございました」
そして、まだ空が赤く染まる前に品物が無くなり、売り切れとなったため、店を畳んでいると少し小太りの男性がやっきてきて、屋台の店主の肩を陽気に叩く。
「どうも、こんにちは。貴方の友達ライトス不動産のアレックスです」
「貴方と友達になった憶えはありませんが、またですかアレックスさん」
陽気に笑みを浮かべるアレックスとは真逆に複雑そうな表情をしたユーハが振り向く。
「そうです。またです。この時間に店畳むということはバカ売れしたのでしょう?」
店の中を覗きこみ、何も無いことをわかっていながらそう問う。
「貴方には関係ないことです」
「関係ありますよ。娘が貴方のアクセサリーを買いましてね。とても喜んでいました。だから、喜びの元であるユーハさんとは関係あります」
「娘ではなく息子でしょう」
息を吐くように軽い嘘を並べるアレックスに小さくため息を吐き呆れる。
「これから、娘となるのですから。変わりませんよ」
アレックスの息子には婚約者がおり、近いうちに結婚式をあげるため、半分程は真実だ。
「まぁ、どちらでも良いですよ。例のあの話ですか?」
「はい。新しいお店の件です」
「前も言いましたが、必要ないですから、結構です」
「いえいえ、必ず必要です。見てください町の人々は皆、貴方の金属細工を買い、身に付けています」
皆というのは誇張表現だが、十人に三人程はユーハの品物を己に身に付け、飾っていた。
「もっと稼ぎたいと思いませんか? そう思うのらなら、小さな屋台じゃだめです。しっかりとしたお店を作らないといけません」
アレックスは不動産屋だ。
つまり、土地や建物を売買するのが仕事であり、ユーハに土地と建物を買わせたいのだ。
金があるのは、見ればわかり、性格的にも真面目でしっかりとお金を払ってくれる優良客だとアレックスは確信しているから、粘り強く交渉を重ねているのだ。
「これで、満足しているので大丈夫です」
しかし、ユーハはなぜか求めないし欲しがらない。
動かぬ岩を押し続けているような感覚を覚えたアレックスは別の方向から押すことにした。
「貴方は満足していても、奥様は満足していないかもしれません。貴方も愛する奥様を満足させたいでしょう?」
「奥様? 自分には妻はいませんよ」
「おや? よく、赤い髪の美しい女性と歩いているじゃないですか」
「あれは、違いますよ。そういうのではありません」
どこか不機嫌となり、この話をすぐに切りたそうに否定をする。
「まぁ、そういうことにしておきましょう。とりあえず、ここで私は退散しましょう」
アレックスはユーハがぶっきらぼうな小さな反応から確実に違う反応に変わったことを読み取り、ここで様子見として引き際を見定め、去って行く。
そして、お店を畳み終わりいつもの宿屋に帰ると驚くべき光景が広がっていた。
「どういう状況だ」
広がっていた光景は割れたワインの瓶とその赤い中身の真ん中にいる四人の成人男性であった。
赤い液体と倒れた人の組み合わせから、フィオナがついに殺人を犯したのかと、一瞬思ったのだが、ワインの発酵した匂いで違うと判断した。
「うーん。さっき私を襲おうとして正当防衛で少し、気を失わせたの」
何事もなかったように話すフィオナは襲われたにもかかわらず少し笑っていた。
「そうか殺してないんだな」
「そうよ。そんなことしたら、君に嫌われるでしょ」
ユーハは落ちていたガラス瓶の欠片を拾い、男達に近づくと、無表情でガラス瓶の欠片で男の首を刺し切り裂く。
この時のユーハの顔は無感情で虚無的な表情であった。
そして、その顔らしく機械的に次々と素早く正確に同じ事をしていく。
フィオナは驚きで目を見開き固め、ユーハを止めることはできなかった。
「えっ? ちょっと待って。何してるの?」
「これで、僕の事が嫌いになっただろ」
フィオナの髪のように深紅の血で手を染め、白いシャツに赤い玉を作っていた。
そんな姿で薄暗い影なのに深淵のような深みのある影がかかった顔をフィオナに向けていた。
「そう。…………そろそろお別れの時期ね」
背を向けフィオナの顔を見なくなったユーハの背を見つめ、名残惜しそうに血臭の漂う部屋を見渡す。
「……最後に願いを叶えてあげるよ。私が指を振れば、空を飛べるし、異国にも行けて、次元さえも飛び越え、異世界にも渡れる。何でも叶えてあげる」
「それは僕を──」「たとえ、あなたを──」
酒の匂いと血の臭いが混ざりあった空間にユーハとフィオナの声が同時に重なり──。
「「愛することも」?」
──同調して響く。
「なんで、僕なんだよ……!」
「アナタ、だからこそよ……!」
フィオナは紅の液の中を走り、ユーハの背中に抱きつき手を回す。
ユーハはその手を握ると、黄昏の赤い日光が部屋を照らす。
そして、二人は物語の王子様とお姫様のように愛を誓い、結婚をした。
誰もが新たな夫婦を祝福し、笑顔を見せる。
「アレックスさん。もうちょっと安くできません?」
「なかなか、急所を突いてきますね奥様。しかし、硬い旦那様よりも話がわかりますから助かりよ」
「オホホ」
「誰が硬いだって?」
しかし、物語のように不幸は突然やってくる。
「──危ない!!」
ユーハの隣を走る馬車の巨大な荷物が横に転がり落ちる。
ユーハは真っ赤に。
フィオナは真っ青に。




