魔女
この時代の者は他人よりも秀でた物があると、その者を魔女と呼ぶ。
「彼女は魔女じゃない!」
金髪の十代前半程の意思が強そうな顔を持つ少年が、周りの子供に叫ぶ。
金髪の少年の後ろには将来かなりの美人になると確約されたような少女が怯えた表情でいた。
「そこの魔女は人を誑かしているのよ。ミラエルあなたもそこの魔女を誑かされているの!」
橙色の髪のリーダー各の少女がミラエルと呼ばれる金髪の少年に指を差し、周りの女子達も同じような瞳をミラエルの後ろの少女に向けていた。
「魔女じゃない、彼女にはアクマリアという名前がある」
「……っ」
ミラエルの決して動じない様子に赤髪の少女は痺れを切らし、後ろの少女を蔑みの嘲笑と共に睨み付けながら、その場から去る。
「ふぅ。ありがとうミラエル」
後ろの少女アクマリアはミラエルの横に進むと、安心するように詰まっていた息を吐いた。
そして、ミラエルに熱い瞳と感情が多く含んだ視線を向けていた。
「当然のことだよ。君は何もしていないのに、あのような理不尽にはあってはならない」
口の中を噛みしめ憂いと怒りが混ざった顔をしつつまアクマリアには微笑みを浮かべている。
「まだ仕事が残っているから、じゃあね。フィオナ達にまた虐められたボクの方に逃げてくるんだ。ボクは家にいるから」
「うん。ミラエル、行ってらっしゃい」
アクマリアの言葉を手を振ることを返答とする。
そして、ミラエルが曲がり角を曲がった瞬間アクマリアは穏やかな笑みを消し、今ある感情に染まった。
「全く雌猿どもめ、虐める対象がいなくなったら辞めずに続けるとは。でも、私を虐めれば虐める程、ミラエルが私を見てくれる……!」
そう言うと同時にどこか狂ったように瞳を落とし、手を頬に当て、先程のミラエルの雄姿の記憶に浸る。
「フィオナお姉さまの言う事がなんとなくわかってきたわ」
「うーん、それもあるけど、ちょっと違うかな」
どこからともなく、先程の橙髪の少女がアクマリアの隣にいて、先程とは真逆の様子で親しげに話しかけた。
「フィオナお姉さま、もっと上手くミラエルが私の事を向くようにしてください」
開口一番が要求であった。
「わかった、わかった」
鬼気迫るその姿にフィオナは苦笑いしながら、快く了承する。
「あと右見て」
了承した後、指を差しながら言うと、アクマリアは不思議に思いながらも、素直に首を回す。
向いた先にはこちらを見つめるミラエルと同じくらいの少年がいた。
「お前達、本当に魔女だったのか!?」
少年は叫ぶように、指を差し睨み付ける。
その厳しい勢いに対し、フィオナは意地悪そうな笑みを浮かべこう言う。
「そうだよ。で、ユーハは何ができるの? 一人ぼっちのユーハ君?」
この村では少し前までは、孤児であるユーハを嘲笑するような歌が歌われていた。
そして最近アクマリアに虐めの対象が移ったため、ユーハはアクマリアによって救われたとも言える状況だ。
「っ!」
だから、魔女だと皆に暴露しても、一時期には尊敬されるだろうが、この村の住民はすぐに嫉妬と罵倒へと変わる。
暴露しても、後戻りなだけで意味はない。
自分が動かぬ事に憤りを覚える。
「アハハ、これだから、人間は好きなんだよね。君はそれなりに正義感はあるけど、勇気が足りない」
図星であるため、ユーハは何も言えなかった。
フィオナはその様子にケタケタと愛しそうに笑う。
「優しいけど勇気が足りない卑怯で正しいユーハ君」
◆◆◆
「おい! またお前のせいか!」
大人に怒鳴り声を浴びせられる成長したアクマリアがそこにいた。
「ユーハ、お前もなんとか言ったらどうだ。お前が一生懸命作った金属細工が壊れているのだぞ!」
大人とアクマリアの間には割れた金属細工が散らばっていた。
「そうだ! そうだ! ユーハ言ってやんな。お前の怒りをぶつけてやるんだ」
周りにいる人々は口を揃えて言う。
「待ってください! 本当にアクマリアがやったという証拠があるのですか?」
アクマリアを責める事に染まっていた空間に一筆の真逆な色が塗られた。
ミラエルは本当にアクマリアが原因なのか疑っている。
これまで、フィオナ達によって罪を擦り付けられたり、被せられたりという事が多くあった。
その過去から鑑みると、この雰囲気に違和感を感じてしまう。
「ミラエル。それはないわ。だって私が見たもの」
横からフィオナが心底怒りに満ち、憂いのある顔をしてそう言う。
「フィオナ。君はアクマリアを虐めているじゃないか。そんな人としての正しさがない君を信用できない」
フィオナの証言はミラエルにとって信用など皆無であった。
行動と発言に大きな乖離があるものは信用できないのは当然だ。
薄く睨み付けるミラエルの近くに来て村の人々から見えない角度でこう言う。
「でも、皆は生贄を求めている。このままじゃ、領主様の怒りを買う事になっちゃうからね」
今浮かべている表情も精巧な演技であると信じたくなるほど、人とは思えない愕然とする表情をフィオナは浮かべそう言う。
「だからなんだ」
だが、ミラエルはそんな強烈な印象を抱く顔を向けられても、睨み付ける眼差しが強化されただけだった。
「その話も大事だが、今はお前について聞いている」
「でも、私の事は信用がないのでしょう?」
嘲笑うように、口元を隠してクスクスと喉を鳴らす。
「少なくとも今の反応でアクマリアは無実だということはわかった」
「じゃあ、誰を生贄にするの?」
「──お前だよ。魔女め」
突如、その言葉の後にフィオナの背中に包丁が刺さっていた。
だが、そこからユーハが期待していた滝のように落ちる紅の生命の水が流れなかった。
フィオナの顔は口が裂ける程の深く鮮烈な笑みが現れる。
「ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケケタケタケタ!!」
この笑い声のような声は声帯を無意識に反射的に震わす声ではなく、意識をもって発している声だった。
つまり、この狂った笑い声をわざと出しているのだ。
そして、フィオナの体は大きくなり、少女から華やかな赤薔薇のような深紅の髪色に変わり、蛇のように得ないの知れない艶やかな女性へと変わる。
「おめでとう。私こそ魔女だ!」
フワリと青白い三日月を背後に狂喜に満ちた口調で言い放つ。
村人の誰もが超然とした存在に対して恐怖を覚え後退る。
「じゃあ、これまでアクマリアを虐めていたのはお前か!?」
しかし、ミラエルは逆に足を前にだし、決して魔女の威圧と恐怖感には屈しない不屈の思いが全身に込められていた。
「あはは、楽しかったよ。ね?」
アクマリアを自分と共に虐めていた者達に首を傾ける。
その者達の表情は様々に浮かべおり、恐怖、怒り、罪悪感、目を反らす、逃げるとピエロのようにこの空間を彩る。
「喰らえ、魔女め!」
液体の入ったビンが怒声と共にフィオナの元へと投げ込められ、そのままフィオナにぶつかりビンは割れる。
中の液体がフィオナにかかると、力を失うように翼を失い、地に落ちる。
「皆、武器を持て! 今の様子から聖水は聞いたぞ! 今がチャンスだ!」
そう言うと何人かの人がフィオナを押さえ込み、次に男も女も関係なく、自宅から武器になりそうな物を持ってくる。
そして、皆の猿のような雄叫びとともに八つ裂きにされ、その血肉は聖なる炎と証される焚き火によって完全な灰になるまで燃やされる。
有機物が完全に消え去った灰のフィオナを穴を掘り埋めると、皆安心しきったように大きく息を吐き、互いの顔を見合わせる。
「すごいねユーハ。なんで、フィオナが魔女だとわかったのかい?」
「アクマリアは魔女の手でこんなにも可哀想な目に。今度何かあったら助けてあげるね」
「ミラエルもこれまでのようにアクマリアを助けてあげるんだぞ」
「うむ、魔女がいたとは、村長の私が領主様と話してみよう。今の領主様は慈悲深いお方だ。きっと今回も許してくれるさ」
「もしかしたら、魔女を倒した村として褒章がもらえるかもしれませんね」
「それは名誉な事だ」
誰もがユーハとアクマリア、ミラエルを称賛し、美辞麗句を述べ褒め称える。
だが、称賛の嵐の中心にいる三人は不機嫌、真顔、苦笑いと、この称賛を喜ぶような様子を見せなかった。
だが、人々はそんなことを気にせず自分が思った事を笑みを浮かべながら、次々と述べる。
(こいつら正気か? お前達は嬉々となって、魔女と同じ事をしていたじゃないか)
ユーハは人々の邪悪性に怒りと軽蔑を。
(やっぱり、猿ね。お姉さまはそこがかわいいと言うけれど、ただイラつかせるだけだわ)
アクマリアは人々の邪悪性に諦観と確信を。
(恐ろしい。でも、きっかけとなるものは無くなった。きっとこれからよくなるはずだと願おう)
ミラエルは人々の邪悪性に恐怖と期待を。
◆◆◆
「フィオナお姉さま魔法を使ってください」
土の地面から一本の腕と手が竹のように生気に満ちた様子で真っ直ぐと生えていた。
アクマリアはその腕を掴み力一杯込めながら引き抜いていた。
「仕方ないなぁ」
アクマリアの要求と共に、生えた手の指はクルクルと回すと、生えていた場所に大人の姿のフィオナが片方の腕が埋まった形で現れた。
そして、腕を地面から抜き、魔法で身を清める。
「たまには土の中に埋まるのも悪くないね」
愉快そうに軽快に小さく笑う。
「しかし、いいのかな? 虐めが無くなったらミラエル君に見てもらえないよ」
「でも、私、お姉さまが悪役になるのは辛いです。ですから、後悔はしていません。お世話になりました」
「フフフ、本当に丸くなったね」
「お姉さまの好きな愛が私ようやくわかりました」
「だろう?」
互いに小さく笑い会うと、闇のカーテンを払っていた明るい方向から一際大きい笑い声がこの場に届く。
「行かなくてもいいのかい?」
「冗談と認識しておきましょうか」
吹雪のように冷たく冷徹な声で目だけ笑いそう言う。
「まぁ、君は強い子だし、まだ若いけど魔女だ。なんとでもなるさ。一人でも頑張ってね」
それとは対極に太陽のような明るい笑みを浮かべ、アクマリアの頭を撫でる。
「えぇ、お姉さまも」
「神の加護があらんことを」
悪戯っ気に満ちた表情浮かべながらも、騒ぎ、踊る村人達の元へ向かい、人混みの中に消えていく。
「神の加護(愛)なんていりませんよ」
ミラエルがいる家に向けて透視の魔法を使用し己の最愛の恋人をまばたきせずに視線を投げつける。
「欲しいのはミラエルの愛だけ」




