幸せの根源
ひとしきり笑った後リャムラは懐から木材でできた小さな箱二つを取り出す。
「こっちがお主の親の忘れ物、こっちがお主のへその緒だよ」
「へその緒! それはありがたい!」
へその緒は繋がっていた所有者限定だが、貴重で研究があまり進んでいない、治癒魔術の触媒となる物だ。
指くらいなら時間をかけて再生でき、対外的な傷も治し、病気などにも強い耐性を得られるなど、様々な効果がある。
人生に一回しか使えないが、へその緒は寿命以外ならだいたいの物は治せるため、万能薬として重宝されている。
「へー、これが僕のへその緒か」
早速、蓋を開けたルアザは自分のへその緒を手に持ちじっと眺める。
既に干からびて、茶色に染まった枯れ葉のような物だが、自分のお腹に繋がっていたと思うと嫌いにはならなく、親近感が湧く。
「何を忘れたのだろうか?」
一通り眺めたルアザはへその緒を箱の中にしまい、次に親の形見と識別できるへその緒が入っていた箱と比べ、一回り小さい箱の蓋を外す。
「イヤリングかな?」
満月のような黄色の明るく澄んだ宝石が付いた耳飾りが一つ入っていた。
「それも、月玉と呼ばれる石だ 」
ユーハも箱の中を覗き込み、装飾されている宝石の名前を言い当てる。
「月玉ってなんですか?」
「見た目通り月の色をした石で、昼間に太陽の光を吸収して夜になり、魂力を加えると淡く光る」
「すいません。魂力ってなんですか?」
月玉の性質は理解したが、また初耳の言葉に疑問が向く。
「魔術使う時、自分と対象の【魂】を共鳴させるだろう? その時の共鳴する力とその後属性を操る時の力を魂力と言うんだよ」
属性を操作する力を魂力と呼ぶ。
「これ名前ないから、不便とは思っていましたよ」
イヤリングを魂力で包み宙に浮かしながら、そう言う。
「だいたい五年前くらいに新しく作られた言葉だからな。たぶん長く作られなかった理由は呼び名が多すぎるから、決まらなかっただろうな。どこぞの天才が新しく作ろうみたいな事を言って今至るみたいな感じかな」
本当に魂力の呼び名は百以上はあった。
その中の有力候補はたくさんあったが、魂力の定義問題もあったため、人類が魔術を発見と開発をして何年もたつが、やっと正式な名前が付いた。
「ちなみに、どんな名前があったんですか?」
「そうだな。魔力とかあった。魔術で使う力だから魔力だ。みたいな感じの名前があったけど、魔力はそれ以外にも意味あるじゃん?」
「人を唆し、惑わす忌まわしい力みたいな意味でしたっけ」
「そうそう、そんな意味。やっぱりいるんだよ誤解する奴が。正義でも悪でもない公平性を持った言葉を選ぶのに長引いたのだろう」
情報の発信者が伝えたい事を受けて側が間違えて認識するということはルアザは経験が少ない。
だから、ルアザにとってはそれほど重要性が理解できない事でもあった。
こういった事は一度経験すれば、認識の差というものが、嫌でも理解できることだ。
「ん? そういえば誰が決めたんですか?」
ルアザは名前を決めるに当たってそれを決定した人は誰なのかと気になった。
地域別、人別によって呼び名が違う物を一つに統一する存在が気になった。
「誰がというより、その組織が決めた感じ。この大陸の南半分を支配するロゼリア帝国の魔術会という組織が決めたんだよ」
「僕はロゼリア帝国にいたのか」
親から聞いていたルアザの認識ではほとんど伝説扱いになっていた国の名前が実在していると聞き目を見開く。
「まぁ、人の何割かは自分が所属している国の名前を知らないという場合があるから、驚きはしないさ」
そんなルアザを内心哀れみ、フォローするような形で言う。
そしてルアザは月玉の耳飾りを自身の耳に付け、薄い水膜を顔の前に作り、似合っているか、確かめるように首を左右に軽く振る。
「似合ってます?」
自分の認識では普通に良いと判断しているが、他人の価値観、目線という物を知るために聞く。
「大丈夫、似合っているよ」
リャムラは微笑みながら言う。
「君に似合わない物は少ないと思う」
「どういう意味ですか?」
ルアザの見た目は端的に言って上澄みの上澄みレベルの面の良さを持っている。
美しい人がどんな物を身に付けても、その人を更に美しくさせる要素の一つに変わるという、得しかない才能がある。
「君は美人だと言う意味だ」
ユーハのような常識的な人から見れば、美人は何を身に付けても似合うのだ。
ユーハは嫉妬をするような人物ではないため、真っ直ぐな称賛を伝えた。
「いやー、なんか照れますね」
軽く笑いながら、評価に満足する。
「渡せて良かったよ」
「……なぜ、忌み子である僕に優しくしてくれるのですか?」
達成感に満ちた満足気な笑みを浮かべるリャムラにルアザは疑念を宿す。
悪たる自分を助けるメリットがないはずなのになぜ?と。
「……優しくするのは当然と言いたいところだが、…………自己満足だね」
その質問にリャムラは苦笑しながら、悪気もなくそう話す。
「自己満足?」
「私がそうしたいから、そうする。結果的に関わった人が幸せになってくれれば良い。そんな心情だよ」
「…………それは私欲という事ですか?」
「……難しい」
「ルアザ君。その質問は、はい、いいえの二つの選択肢では答えにくいと思う」
困ったリャムラにユーハは自身の意見とフォローの二つの意味がある事をルアザに話す。
「……どういうことで?」
どこかルアザは不安気で僅かな焦燥感のある声を発する。
「たぶんだが、自己満足したい欲望もあるけど、君を思った気持ちも含んでいると思う。だけど、若干、自己満足の方が思いが強い。人によっては誤解しやすい心情だから、言葉を選ばないと、伝えたたい事を伝えられないという事なんだと思う」
ユーハはリャムラの心情を詳しく説明し、リャムラもそれを頷きながら、聞き否定はしない。
「たしかに、難しいですね。酷な事を言ってすみません」
どこか安堵したかのように、ルアザは張りつめた声を緩ませる。
「心というのは何十の思いが複雑に絡みあってできているからな。心は複雑なんだ、と憶えておくと良い」
「憶えておきます。(あの時の誓いは、十割私欲ではない。それがわかっただけでも安心の極みだ)」
自己満足の説明をされた時、ルアザはあの時誓った事は自己満足に近しい物があると、理解した。
だが、自己満足をルアザは私欲などの自分の欲望を満たす物だと判断をした。
この解釈も間違いではないが、悲観的な解釈である。
この解釈で誓いを表すと私欲に塗られた、親の事など本当はどうでも良い、という意味合いになってしまう。
ルアザはそこで自分に絶望しかけた。
だから、あのような答えにくい質問をしてしまった。
最終的に返ってきた答えは、その時抱いた全ての思いが答えという、決して単純な物ではないと知った。
あの時、故郷から出ていく時は罪悪感から期待感まで様々な思いがあった。
それが無駄にならず、自分が堕ちない事に安堵したのだ。
「しかし、忌み子としての対応がずっと続くとなると、未来が暗いですよ」
今は良い人に囲まれているが、本来のルアザの対応は村人達であるため、期待していた未来という太陽が地平線の彼方に沈んでいっている思いがルアザに顔に陰を差し、ため息を吐かせる。
「理由はあるから、理不尽だけど、理不尽とは言えないし」
「私達の生活を守るためだから、肯定はしないね」
リャムラは後悔が一つもない。
自分の全てである我が村を守れたのだから。
ルアザの事よりも共に育ち見守ってきた村人達の方が大事なのは火を見るよりも明らかだ。
「そんな悲しんでいるルアザ君に、一つ希望を与えよう」
ユーハはルアザとは対照的な表情を浮かべ、下を向いていたルアザの顔を上げらせる魅力的な声で言う。
「希望?」
「最終的には君の受け止め方で決まるがな」
「構わないです。どうぞ言ってください」
「忌み子と呼ばれる原因として君の体質の事だ。この体質をアルビノと言い。端的に言えば先天的にほとんどの人々が持っている色がない。君の体は無色の体だ」
アルビノ。
この世界の物事は様々な物がカラフルで白い髪を持っている人もいる。
だが、アルビノは視覚的には白に見えるのであって本来の色は無色だ。
属性を感知する感覚である魂感で詳しく見ればアルビノの体には色素を司る属性が欠如しているがわかる。
「で、何が問題かと言うと。妖精は基本的に珍しい物が大好きだから、本能的に君の事に興味を抱き、妖精は自然と同化しているから、興味が湧くという事は多少は興奮している状態であるため、その妖精の興奮状態が、現実に現れてしまう」
すでにルアザがわかっていることを詳しくルアザに教える。
ルアザも正直、ユーハが知っている知識より詳しく知らない。
「たまに落ち着かせるために、髪とか爪とか分けてますね」
「妖精の欲望を満たした結果大人しくなった状態だな」
妖精は子供だと考えた方が良い。
子供は自分が欲しい物が手に入らない物があると、何かしらのアクションを起こし、手に入ると大人しくなり、気分も良くなる。
まとめると、アルビノと妖精の関係はこんな形だ。
「今まで語った事は、対外的な部分が多いが、これから話すのは自身が原因の部分がほとんどだ」
「……」
不安感と期待感が入り交じったゴクリと唾を飲み込みルアザは心臓の音が聞こえる程、集中をする。
「アルビノというのは体が弱い。そもそも何で人には色が必要なのかというと、日光から自分の身を守るためだ。その色がないアルビノは日光で体力が削られ、体力が無くては体全体に影響を及ぼす。日光の耐性も体の弱さも個人によって差はあるけど」
「心当たりしかないですね。嫌いな物は日光ですから。太陽は嫌いじゃないですけど。常に日光は煩わしいと思っていました」
「体が弱いとあらゆる仕事ができない。農業なんて力仕事の代表だ。だから、家族の役には立たないし、一部の地域によっては弱者は悪だから殺すみたいな考えをする所もある」
この時代の主産業は農業が大半を占める。
それ以外の仕事のほとんどは体を道具と資本とする者ばかりだ。
「小さい頃は体力があまりありませんでしたから、毎日走らされていましたね」
今のところ希望となりえる物は一切ないことにルアザは不安がる。
「アルビノは弱いから厳しい世界を生き抜くのは辛い。だから、産まれたら殺して楽にしてあげようという考えもある。これも一種の救済だな」
「勝手に辛いと決めるな、と言いたいところですが、普通に辛いので間違いではないですね」
全てを終わらせて、辛い事、傷付く事から解放してあげようという考えはルアザも持っている。
実際、操られ悲痛に満ちていた親を殺す事でしか解放できない状況では最終的には実行がでになかったが、その選択肢を選んだ。
だから、否定もしないし、納得もする。
それと同時にその考えを実行した人の思いが気になる。
「まとめると、忌み子としての性質は二つある。まず危険性の高さによる物と脆弱性の高さだ」
「なんか僕って魔物みたいですね」
何をしても、マイナス方面の特徴にルアザは自身を危険で近づかない方が良い存在、魔物だと、評価する。
「『魔』の本質は力だから仕方ない」
ルアザにエネルギー的な燃料としての力を持っていない。
ルアザが持つ力とはそのエネルギーの方向を左右する力だ。
例えば、道具自体に力はないが、燃料を与えれば動くみたいな力であろう。
「希望与えられたというよりは、希望が無くなりましたね」
自分が行った評価にルアザは希望がまだあるかもしれないという希望が完全に潰れたため、目を瞑り何も感じたくなくなる。
「じゃあ、周り変えれば」
「え?」
「周りの全てに自分は幸せの根源だと評価を改めさせるんだ」
ユーハのその言葉にルアザは胸に刻み込まれるような強烈な衝撃が貫かれる。
この衝撃は薄暗く重い鉛のような暗雲を光の剣で切り裂く稲妻のような衝撃だった。
「そうだ。そうしよう。幸せの根源となれば、皆と気分よく話せるし、自分と同じ人々を助ける事ができる」
「俺の一言で元気になってくれて良かった」
ユーハの一言はルアザにとって光明であり目標と定められた。




