悪の根源
ルアザは村の外にある大岩の日陰の下で座っていた。
故郷から持ってきた本を静かに読みリャムラが来るまで暇を潰していた。
本を読みながらもルアザは魔術の練習をしており、周りには炎と氷が踊っている。
騒がしいと静かな動きが共存した不思議な空間になっていた。
本を読み終わり、不意に上に視線を向けるとナベロンが大岩の上に乗っていた。
「何用で?」
「お礼を渡しにきた」
精霊の報酬にルアザは目を輝かせる。
「そうでしたか。何をくれるのですか?」
「まぁ、待て。もうじきリャムラが来る」
ナベロンは大岩から降りると、横に首を曲げる。
ルアザもそれに倣って首を曲げた。
視線の先にはリャムラが一人で杖を持ちながらこちらに向かっていた。
そして、しばらく待ちリャムラはルアザとナベロンの元へとつく。
「老骨には剣は重いよ」
リャムラはクラウの剣を背中に背負いながら、長い距離を歩いてきたようで、息を切らしていた。
「お疲れ様です」
ルアザは渡される剣を片手で回収し、剣を鞘から抜き剣身に目線を当て、全て見終わった後に鞘にしまう。
「さて、早速話そうか。いきなりだけど、私はお主の母親と父親代わりの男の事を知っている」
「えっ!?」
何気なく出された言葉にルアザは前屈みになって思考が停止するような驚きが体を支配していた。
「母親の名前はエウレア、男の名前は……いや、名前というより、呼び名と言うべきかな? とりあえずクラウ・ソラス。合っているかい?」
「……えぇ、合っています。なぜ、知っていますか?」
睨み付けるようにリャムラを見つめ、嘘は絶対に許さないという文字が書いてある瞳をしていた。
「お主が産まれたのはこの村だよ。そして、その時の産婆が私だからね」
リャムラは村の魔術師と同時に医師だ。
魔術師は本当に様々な知識が必要な職業。
だから、必然的に人の体の知識も入ってしまう。
しかも、リャムラは老人だからナベロン村のルアザよりも下の年齢は全てリャムラに抱かれたことがあるだろう。
「少し待ってください。ちょっと整理するんで」
信じられない情報がたった二つでもルアザにとっては怒涛に押し寄せて来る津波のようだった。
「ここを親がここを離れたのはいつ頃ですか?」
「約十五年前、お主が産まれてすぐにここから離れたよ」
その返答は全ての感覚器官が情報を取得するのを止めてしまうほどの鋭利な言葉であった。
見えているのに、視界だと認識できない、意識はあるのに無意識である、そんな虚無感と混乱感に支配される。
「…………全て僕のせいだ」
思考だけが動いている状態で、動かない体を無理矢理動かすように小さいが、必死さのある力強い声が漏れ出た。
ルアザは悟っていた。
親は元々この村で暮らそうとしていたが、自分という追放原因により、この村から出ていかなくてならなくなったことを。
平和で喉かな雰囲気は故郷と似ており、安全性も故郷と比べ圧倒的に高いのは一目瞭然だ。
──自分という存在で全てが悪い方向へと流れていた。
辛く不便な生活も、異常な生活場所も、最悪の別れも、全てが自身が原因。
真っ直ぐ進めば良い道を崖へと向かう道へと曲げたのは自分。
──僕は悪の根源だ。
「……親はどうしているの?」
「……亡くなりました」
「なぜだい?」
「僕のせいですね」
「なかなか、酷い結果になってしまったようだね」
哀れむような視線をルアザに投げ掛ける。
「酷い……。──痛ェェェエェェェェェアァァアェェアェェアェェァァァァェァアェアエエェエェェェ!!!」
積み上がっていた心の壁が緩み皹が入り、その皹が四方八方へと広がり深い影を奥へとのばしていく。
倒壊決定していた傾いていた壁がついに崩れ落ちると、最悪のトラウマがルアザを燃やす。
「アァヅゥイ!!いたいいぃぃぃい!!」
意識を苦痛でコントロールされていたあの時のようになってしまった。
いや、実害が無いため、意識は失いはせずに、激痛の奔流が絶え間なく襲い続けていた。
ルアザは幻想の痛みで発狂と暴走の渦中の中、腕を振り上げ莫大な力がこめられ腕を大岩に向かい振り下ろされる。
「まずい!」
リャムラはルアザが纏う魔術的な力に圧倒的か危機感を抱き身を反らす。
振り下ろされた腕は大岩を砕き指に沿って五つに割れる。
「っ!」
割れた先に見える景色は緑豊かな自然ではなく、ユーハが目を見開いてルアザの強烈な一撃を一つ足を動かし避ける。
「落ち着け」
ナベロンはすかさず、ルアザの動きを封じ込める。
そして、後ろからユーハがルアザの頭に指を当て眠らせる。
ルアザは狂相に満ちた顔から力が抜け、安らかに意識を落とし、地面の上に倒れる。
「フゥ。……あぁ、どうも。彼に用がありましてね」
「まぁ、いいよ」
リャムラとナベロンはユーハを怪訝な目線をむけるが、危害を加える存在ではないと、見抜いているため、この場の存在を認める。
「しかし、ルアザ君の過去は相当な事件があったのでしょうね。トラウマが呼び起こされたのか?」
ルアザの乱れた髪の隙間から見える垂れる汗を見ながらそう推測する。
「親が亡くなったのは、予想できるけど、本当に何があったんだろうかね」
「私を負かしたクラウ・ソラス《王の光剣》がいたのに、相当な事があったのだろう。病魔の類いであったら、このようなトラウマは生まれまい」
一人と一柱はルアザの計り知れない過去に哀れむ。
「んぅ。 …………見苦しい姿を、すみませんでした」
皆がルアザの様子を見る中、ルアザは目を覚まし自分が行ってしまった事に深い罪悪感しかなく、言い訳の言葉を吐かず、謝罪の言葉だけを吐く。
「いや、いいよ。大丈夫かい?」
「はい、今は大丈夫です」
彼らは許してくれるが、胸中に渦巻く感情は消えなかった。
「続きを話してもいいかい?」
「大丈夫です。続けてください」
とりあえず脳内に散らばっていた物を整理して、理性と意識を更に強化する。
「原因はお主かもしれぬが、エウレアとクラウ・ソラスはお主の事を思ってこの村から出ていったのだよ。お主の事を愛していただろう?」
リャムラの言葉にルアザは気づき、顔を赤くすると同時に安堵する。
「はい、間違いなく愛されて育ちました」
その愛に応えない時期も多くあったが、失った今だからこそ、自分は親から莫大な愛を与えられていた。
掠れに掠れた記憶が僅かなながらも明瞭な記憶として蘇る。
親二人がシャナと共にどこかへ行った後に、帰ってきた日の夜の事を。
母親が自分の名前を珍しくフルネームで言っていたため、意識が少し目覚めながら聞いた声は疑う事などなく愛に満ちた声だった。
「だろう。クラウ・ソラスはあまり喋らない人だったけど、お主のためにナベロン様と戦い勝ったんだからね」
「さすがクラウだよ。精霊相手に勝つなんて」
正直ルアザもクラウの全貌を知らない。
ただ、一度も全力を出していないことは知っている。
あの時の殺し合いも全力は出していないと、わかっていた。
性格も寡黙であまり多くの事は語らないが、長年の経験からでもあまり理解しきれていない。
そして、今新たな情報が増え、父親の謎が良い意味で深まり、尊敬のレベルが上がる。
「いや、ちょっと待て。なんで精霊と戦ったの!?」
何か夢のような雰囲気をユーハの現実の一言で晴れる。
「そう言えばそうだった。なんでですか?」
「というか、なんで部外者のお主まで一緒に聞いているのか? まぁ、いい。ナベロン様どうぞ」
「私か。一言で言えば君が忌み子だからだ」
「どういった形で忌みなんですか?」
既にルアザは自分がだいたいの原因だと、覚悟していたため、ナベロンの言葉に悲しむ様子は見せずに、肝要な部分を聞き出す。
「私は精霊としての格は高いわけではない。その証拠に人間にも普通に負けるからな。言い訳がましいが、私は戦いの方法など知らないし、願えばその通りになる程、力があるわけでもない。だからこそ不確定要素の君を排除したかった」
ナベロンは効率の良い戦いの方法は知らないし、戦うのなら、外部から腕利きの人物を雇う方があらゆる面において楽だ。
豊穣と繁栄を与える存在であって、戦いと武器を与える存在ではないのだ。
「今回は殺さないですね」
「殺す必要が無いからな。あの時は色々と環境が悪かったから、私も焦りがあったのだろう。だが、選択自体は間違いではないと思っている。結果的には負けたがな。正直私も人間に負けるなんて思いもしなかった」
人間相手に敗北したのはナベロンにとって凄まじい衝撃だった。
あの時は様々な要因が組合わさり本調子では無かったものも、庇護する存在であった格下の人間に負けるというのは複雑でありながら、衝撃的であった。
だから、クラウ・ソラスの名前をしっかりと憶えている。
「必要性があったら動くのか」
その村を中心にした圧倒的な合理性にルアザは、一種の明るい正しさを垣間見る。
しかし、自分にはその明るさがあまり照らされなかったため、合理性は絶対的な正しさではないと、再確認する。
「屈辱的だとは思わないのか?」
ユーハはナベロンに常識的な事を聞く。
普通は格下だと思っていたものが、自分よりも上だと実感されたら、劣等感に襲われるはずだと言う。
「まぁ、多少は屈辱を感じたが、あの時は驚きの方が勝っていたからな。今でもそうは感じない」
過去の自分は別の自分だと認識するように少し苦笑しながら、ナベロンは思い出す
「なるほど」
ユーハはナベロンの感情を共感する様子を見せた。
「そろそろ報酬を渡すとしようか」
「もう十分ですよ」
報酬を与える気のナベロンにルアザはもう満足していたため、止める。
知りたい情報の一つが、ここで多く手に入っていた。
それだけでルアザは十分なのだ。
「いや、これは重要な事だ。受け取りなさい」
それだけ対してナベロンはやや厳しさ声で言う。
ナベロンは己の翼の羽を嘴で挟み痛みを感じるような姿を見せずに躊躇いなく抜く。
「これは?」
精霊の羽という時点で、かなり価値あるものだが、ルアザは価値の詳細を知りたかった。
「一回だけだが、私の羽は特定の術式を込めると、自分が詳細にその光景を思い出せる場所なら飛んで行けるようになるものだ。勿論あとでその術式を教えよう」
瞬間とまではいかないが、短時間移動を可能にするアイテムをルアザは手に入れた。
「それはありがとうございます。有効に使わせていただきますね」
ナベロンの羽をルアザは鞄の中にしまいこむ。
「あと、私からだよ。あんな事をお主に言ったが痛みを感じないわけではないからね。私の臨時試験も合格したようだし」
「何の試験ですか?」
試験というのはルアザに押し付けられた呪い事件の事である。
「十中八九お主は運命に翻弄されることであろう。その運命を乗り越えられるかの試験だよ。だから、理不尽かつ厳しい試験を行った」
リャムラはこの日ルアザと最初に出会った時は驚愕しつつも冷静に疑っていた。
しかし、どう思い出してもあの時抱いた子供だと鮮明に思い出せる。
本当に彼女らの子でありこれから生きていくのであらば、この程度の試練は難なく乗り越えてもらう必要があった。
当然それをルアザに悟られずにするためには多少はそっけない形になってしまう。
「ここはありがとうですかね?」
ルアザの反応を見るとリャムラは大きく笑いだす。
「アハハハッ! そこは怒るところだよ。でも器の大きい子に育ったもんだね!」
リャムラにとってはルアザの反応は愉快であった。
自分が予想以上に成長しており、今は常識など足りない物が多いが、それらを吸収したらどんな人物になるか楽しみであった。
「そうですか? でも、怒るって疲れるから嫌ですよ」
「「「フッ、アハハハッ」」」
「素晴らしい!」
ナベロンは時折見る称賛に値する人間に賛美を。
「やはり、思い違いではなかった」
ユーハはこれまでのルアザ話し、言動を聞き探し物だと確信した。
「ゴホッゴホッ」
リャムラは笑いすぎて喉と肺が限界を迎える。
(どこに笑える要素があるのか、わからない)
突如笑いだす彼らにこんなにも笑える要素があるのかと、ルアザは不思議で仕方ない。
そのため、ルアザの若干冷めた目と大きく笑う彼らとの間に温度差が生まれる。




