くいが弾けた
ルアザとセミナはある程度、方向性を擦り合わせたら早速ラテマアへと目指そうとしており、現在はその準備をしている。
「これは、泳ぐのが少し下手である者やもっと速く負担無く泳ぎたい者が使う補助道具だ。仕組みと効果としては、周囲の水圧の操作により、安定性などを得る」
セミナは魔術道具である指輪を何個かルアザの前に浮かせ、説明をしている。
「ありがとうございます。これは複数の装備をしたら効果は重複するのですか?」
「重複するが、一つずつ意識して使用する道具だ。そのため、複数同時に意識して使用しなくてはならないから、少しめんどうで疲れるかもな」
「わかりました」
ルアザは早速、装備しようと水圧操作の指輪を摘むが、自分が手袋をしていることに気づく。
「……指輪は所持していれば効果が発揮するのですか?」
「手を伸ばして届く範囲ならば大丈夫だ。あぁ、手袋をしているのか」
ルアザは適当な紐を妖精の鞄から取り出し、三つの水圧操作の指輪を紐に通し、首にかける。
ルアザが水圧操作の指輪を求めた理由は目的地の水深が深すぎるため、フォースで水圧などを軽減しきれなくなるかもしれないと考えたからだ。
フォースの操作を少しでも失敗すれば、悲鳴も上げながら潰される。
水圧だけは道具に頼りたい。
「では、行きましょうか」
首紐に括り付けられた指輪を向きにながら、指輪を軽く触れ転がした後、ルアザは遠い先にまでよく届きそうな声を発しながら首を上げる。
ルアザの声にセミナは頷き、ラテマアまで先導をする。
◆◆◆
金属音が響き渡り、激しい水流の流れにより海中は荒れていた。
「下!」
セミナの声にルアザは即座に反応し水を蹴り、その場から移動すると、押し流すような水流がすぐ側に流れる。
そして、流れが起きた原因である方向に魂力の弾丸を放つが、速度が足りずルアザの魂力操作圏内から離れる。
「速い……!」
剣の一振りで斬撃を無数に作りだし、暗黒の海中を舞い目標を牽制する。
セミナがルアザの牽制に呼応し目標の体に強烈な尾の一撃がシャチの突進の如く振り払われる。
斬性が生まれる程の鋭い一振りが何か硬い物を砕く音を生み出す。
ルアザもその瞬間を逃さぬように高密度の水流の渦を生み出す。
水中の中でも轟音を響き渡らせながら、ぶつけようとするが、突如術式が歪む。
ルアザは暴発の危険性を察し、即座に魔術の行使を止める。
敵はその隙を縫ってセミナとルアザから逃げて行く。
「……逃げましたか」
ルアザは逃げた方向に光を灯す。
光の進む方向に視線を乗せて、闇の中を伺う。
「サリアスだな」
ルアザの隣に来たセミナは二人を襲いかかってきた物の正体を確信する。
「明らかに強くなってましたよ」
二人が過去、相対した時よりも総合的に実力が上がっており、危機感を抱く。
「なぜ今来たのだ?」
唐突に現れたサリアスにセミナは何か狙いがあるのではないかと、疑う。
「時間稼ぎにもならない僅かな間でしたし、向こうも早々に戦線離脱をしたので、我々の何かを確かめに来たのでは?」
「我々の何か? 何かとは何だ?」
「それはわかりません」
ルアザも自分達がサリアスに何か仕込まれた憶えは無いため、特定は困難だ。
「まぁ、いい。進もう」
「えぇ」
二人とも特に損害や怪我を受けたわけでは無いため、自分の仕事を止めずに再開をする。
だが、二人はサリアスには何か狙いがあると想定しており、一層警戒網の密度と距離を広げ暗闇の深海の中を探る。
(ミラレア殿が言ったように確認を取るだけならば、殺す気では来ないはずだ)
今回のサリアス戦でセミナの手応えでは、遠慮の無い攻撃的なものであった。
(そういえば、静かであったな。狂気に侵された悲鳴のような物を一切あげていなかった)
ルアザからサリアスとの戦いを聞いた話では常に発狂している様子であり、自身の時も同じである。
(顔の造形状からサリアスだと思われるが、違うのか?)
人魚、海人の魔術器官と感覚器官には暗闇の中でも前方にある物の形状がわかるようになっている。
色まではわからないが、髪の毛一本一本まで識別可能な優れた器官を持っている。
(いや、それは早計か)
「ミラレア殿。先程のサリアスをどう思う?」
「…………直線的でしたね。前は直情的でしたが、今回は洗練された動きかと」
全方位にエネルギーを振りまいていたサリアスから一方向のみにエネルギーが振り分けられたような様子を感じた。
「同感だ……。それ以外に何か感じなかったか? 落ちたような何かを」
「そうですね。魔術が狂う際に術式全体ごと傾いた感覚はありましたね。危ないので術式を安全に分解させましたが、厄介な能力です」
「そうか。私はサリアスとの接触の際に落下感に似た感覚を覚えたぞ」
「おもしろいですね。どこかでサリアスは対処しておく必要があるかもしれないですね。……………………謎の大群が近づいて来ました」
憂いがまた一つ増えると同時に直近の大きな憂鬱感を生むものが近づくのを感知する。
「逃げるぞ! 捕まってくれ!」
セミナもルアザと同様な表情を浮かべ、ルアザの腕が自分の首に回るの待つ。
「失礼」
ルアザが水流を操作して泳ぐよりも、セミナを補助しながら泳いだ方が速い。
セミナの首が締まらないように腕を回した後、急加速して現在の居場所から素早く離れる。
大群を二人で対応するには分が悪い。
完全に捕捉され追いかけ回されるのは御免被る。
「……上に向かいましたか……。アレは……魔物ですかね」
ルアザは顔を見上げ、大群の行く先を見つめる。
〈世界録〉を一瞬開き、大群の正体を調べると、魔族の一部であると確認できた。
「……ということは、魔族も動いているのか」
「目的は何なのか知りませんが、下から来たということは、既に魔族勢力は【溟孔龍】や深淵の怪物との接触を済ませているかもしれませんね」
「そうなると、厄介だな。深淵の怪物が魔族勢力につくとしたら完全な敵になる。負担が大きすぎる」
「まぁ、上手くやりますよ」
ルアザは責任重大な仕事だと改めて自覚し、一層心を引き締める。
ルアザは魔族が向かった方向に目を向け、防衛戦となる都市を心配する。
「都市達は大丈夫でしょうか?」
「あの程度の数なら、大丈夫だろう。海溝から一番近いのは、都市ミシャレだが、左右後ろには他の都市が構えている。いつでも救援可能だ」
都市ミシャレが周りの三都市の壁となり、他の都市も都市ミシャレを支援し防衛の壁を強化する。
「……あの魔族もどこから来たのでしょうかね? 何か別に封印でもしてました?」
「……たぶん無いはずだ。聞いてないしな」
考える素振りをして目線を上に向けながら、記憶の中をあさるが、特に魔族に関しての情報は少なく。
関係無さそうな物ばかりであった。
「じゃあ、新手ですか」
「そういうことになるな」
セミナは額を抑え、魔族の出現暗く陰鬱な表情を浮かべる。
「……後で言おうと思ったのですが、実は大半の魔族が表の世界に出てきます」
「魔族。なぜあいつらは、面倒事を持ち出して来る」
「魔の族ですから」
「嫌な流れだ」
不幸が連鎖しそうな時に新たな不幸が重なるのは悲しむよりも怒りが湧く。
「されど魔族、しょせんは魔族。このような言葉がありますよ」
魔族は愚かだが、才能と能力だけはあるため、油断はできない。
「今だけは何も無い、休みながら進むとしよう」
移動中は暇になる。
セミナもルアザを背負い泳いでいるが、負担にならず、下へと向かっているため、良い重しとなっている。
「えぇ」
互いに無言となり、僅かな光も無い漆黒の深海はルアザは誰にも邪魔されないようで心地良さを感じていた。
◆◆◆
目を開くと同時に視界の中に妖精が優雅に軌跡を残しながら舞っている。
静寂な空間を撫でるように意識を向ける。
青く冷たい光が私を縛ろうとしているけど、この程度の冷たさで私を縛れるはずが無い。
鎖の音が指揮の合図をするかのように妖精達は私の動きに沿って、動き始める。
そして、妖精達は私が起こした合図とは違う強烈な指揮に同調し、爆ぜるように私から散らばる。
懐かしく、不思議と親近感の湧く波が安らぐ私の心情とは対照的に己を纏わりつく鎖が鋭い音を響かせながら割れた。
波が私の深く底から広がる感覚を覚えた。
これは解放感? 驚き? 今まで動かなく、久しぶりに動いたから、生まれる大きな差を感じたからかしら?
……何だっていい。
杭が砕ける。
私を真に封じ込める杭が楔が砕けた。
私は思わず意識を上へと向ける。
そう……、彼女も解放されるのね。
彼女は私を封じ込めると同時に激情とも言える鮮烈な感情を渦巻かせていたけれど、この封印は彼女の行動も封印している。
激情と抑圧の狭間に揺れる彼女が目覚めた。
ずっと伝わっていた現実に対する怒りや願いが叶わない圧力感の感情が目覚めの洗礼により一瞬だけ黎明の無色になる。
黎明の無色は炭色と変わり暴れる感情を着火剤にして燃える。
真紅の炭火は激情の慟哭を轟かせ、闇に包まれた棺の蓋を吹き飛ばす。
「アァァァァァァァァァ!!!!!」
青白い光とは別に紫色の光が私を封じた神殿の上部などを倒壊させる。
倒壊する壁がサリアスに衝突すると、サリアスは頭を抑え、噴火する支配できない感情を支配しようと必死になっていた。
私はずっとサリアスの精神状態が伝わっていた。
眠る無音の貴女は心の奥底では煮え滾っており、時間の経過と共に温度を上げ、沸騰を激しくしていた。
冷たい深海でもよく伝わる熱がね。
この熱は私にも伝わり、心の震えのような物が生まれる。
不思議。意外とおもしろい感覚ね
誰かが手を加えようとしていても、こうなるのも必然的であったから、驚きはしない。
さぁ、来なさい。
私が貴女を陥れた原因である根源的な悪なのだから。
紫の光は私と彼女が相対すると、凝縮し光度は増大せずにエネルギーは個体となる。
見るも美しい紫の水晶が天秤を傾けた。




