理解をしろ
ルアザの一言でセミナとメラトリオの無言の衝突が静まり返る。
「ダメだ。ミラレア殿。貴殿が──「詳しく聞かせてもらえるかしら?」」
セミナは即刻拒否をしてくるが、メラトリオはセミナが喋っている途中で割り込み、興味深げに問う。
「【溟孔龍】と貴女達、都市勢力に第三者として仲介することを提案します」
「第三者……中立ね……。封印の楔となるのだから、私達の勢力じゃないの?」
明らかに都市勢力の作戦を実行するのだから、中立と言うのは矛盾が生じる。
「仲介なのでメッセンジャー、代行人という形ですね」
結局は中立であるが、都市勢力側に寄っていると示している。
セミナなと共に深淵の怪物の動向は探るから、敵対よりかは友好的である。
ルアザが明確にここで都市勢力側につかないのは、中立という立場がいつでも逃げれるため非常に便利である。
初対面なため、中立の立場を否定できない。
「そうね。お願いするわ。少し私も焦っていたわ。ここは慎重にいきましょう」
メラトリオは【溟孔龍】の復活を知覚し、サリアスも壊れてしまったとわかった時は滅びの気配を強く感じた。
今すぐこの危機を脱せねばならないという焦燥感に支配されていた時にルアザの提案は、頭を冷やす物であった。
最初は強硬手段は取らず、探りと同時に柔らかく対処する。
だが、最初の接触は何が起きるかわからないから、危険だが、嬉しい事に立候補してくれる中立者がいるため、任せる。
それに、完全に都市勢力に入らないため、丁度いい距離感だ。
完全に都市勢力に入ってしまえば、我々は支援をしなければならない。
そして、相手は【溟孔龍】だ。多くの支援をして、敵対関係である相手と接触するといのは、非常に億劫である。
政治的にもコスト的にもルアザの提案はありがたいのである。
「ミラレア殿、本当によろしいのか? 本来なら関係無い身分であったのだぞ」
セミナは自身の勢力にとっても都合の良い状態になっため強く否定できず、ルアザに確認を取る。
「大丈夫です。サリアスや深淵の怪物と関わった時点で関係有りですから」
「そうだが、彼女らは正気と思えない存在。私も深淵の怪物と討論をした事はあるが、最後は決裂した」
「ありがたい情報です。不躾ですが、彼女らの情報を教えてくれませんか? 交渉も何も相手を知ってから始まりますから」
ルアザはセミナとメラトリオの両方を見て、そう言う。
「わかったわ。セミナ、深淵の怪物及び【溟孔龍】について教えてあげなさい」
メラトリオはルアザの望みに頷き、セミナに指示をする。
だが、セミナはメラトリオの方へと真っ直ぐと向き、メラトリオは不思議に思っていると、こう提案される。
「メラトリオ様。私もミラレア殿と共に深淵の怪物との対話についていってもよろしいでしょうか?」
セミナはせめてでも手伝いはしたかった。
関係が深い自分が関係の薄いルアザの後ろにいるというのは間違いだからだ。
少しでも前に、隣に、行こうとする事が大事だと理解をしている。
「……いいわ。手伝ってあげなさい。でも、彼といる間は私達の勢力では無くなることを憶えておくように」
ルアザの中立性が失せるため、ルアザが主体となって協力関係を築くなら都市勢力が外れなくてはならない。
「……! ありがとうございます!」
「改めて、よろしくお願いしますね。ユーンベクルさん」
◆◆◆
神殿の一部屋の中にルアザは〈世界録〉を手に持ち、情報を一つでも多く取得している。
興味深い内容が数多く揃っているが、情報の優先順位はあり、まずは、ユーハにとって基礎的な部分憶えなくてはならない。
〈世界録〉の記され方はしっかりと基礎や応用前の理論を理解しなければならないようにできている。
教科書にも似た作りの構成で、ユーハが作った専門用語などあるため、その言葉の意味を憶え理解する必要がある。
ルアザはそれらを高速で理解しようとしていた。
学んでいる専門用語が出てくる応用場所が扱われる場面が自分の理解した認識と差異はあるか、確認を取りながらしているため、かなりページを捲る手が忙しい。
魚が一匹漂ってくるのに気づくと〈世界録〉を閉じる。
同時にセミナが部屋にやってくる。
「待たせたな」
「いえ、大丈夫です」
魚は扉の隙間から出て行き、セミナは扉を閉める。
「慣れない場所と肝に負担がかかる対話に少し疲れただろう? 休むと良い」
「そうかもしれませんね」
精神的な疲労感を覚えたルアザはセミナの言葉に甘え、近くにあるクラゲのように柔らかい拾いイスに座る。
微かな乱れがあるオーラを整え、生命活動で生まれる灰をオーラとフォースを利用し体外に出す。
無味無臭の自然界には無害な属性のため、安全だ。
「貴殿は凄いな。神を相手に対等に話し合えるなんて」
隣に尾を曲げ広く座るセミナはルアザを感心した様子で尾先のヒレを揺らす。
「緊張はしましたけど、メラトリオ神は話が通じる相手だとわかっていますし、立場的にも自分は低くないと判断しました。一種の勝算有りきでしたから、怖いというわけではなかったでしたね」
自分の血筋が神の末裔であるという理由と己の師が神々を圧倒する実力を持っているため、ルアザにとって神は昔よりは小さくなった。
「それでもだ。もし、私がほとんど初対面の神と対話する場合は緊張で上手くいかないだろう。思い描いていた計画はこの緊張の前では無意味になりやすい」
大きく巨大な相手と小さく矮小な自分。
この差を自覚した瞬間、小さく矮小な自分の方は更なる差を作る。
「そんな事は無いですよ。目的さえ確かに定めていれば、緊張しても目的に向かって進めます」
迷いは闇へと誘うため、常に明確な目標を持っていれば自ずとその目標に向かえる。
「目的か。……私は都市のみんなが平和で幸せになって欲しいのだ。ただ、その過程の優先順位が困るのだ。どれも最重要であり、目的達成を構成するものだ」
「確かにそれは、わかります。時と状況によって優先順位は乱高下しますからね」
過程は谷有り山有りの険しい道のりだが、頑張ればいずれ辿り着く。
実際はそこに地震と土砂崩れなどの地形変動が起きるため、道のりを変えなくてならない。
そして、目標に向かいたいのに遠回りしたり、崖ができていて、進めず今更後戻りは大変というのが現実であった。
「……申し訳ない、愚痴のようになっし
「きっと、貴女も疲れているのですよ」
「貴殿もフードを脱ぐと良い。堅苦しいだろう? 暫しのこの時は緩んでくれても良い」
「脱いだら、たぶん嫌われると思うので辞めときます」
自分は世間的には災いをもたらす忌み子だと認知されているため、ここで己の弱点を晒すわけにはいかなかった。
差別には慣れているとはいえ、気分が良い物ではないのは絶対なので、自ら気分を悪くしたくない。
「そんな事はないのだがな」
「その優しさを、どんな人でも持っていてくださいね。その優しさがあるから、諦めないのですから」
セミナの澄み、親近感を与える様子にルアザは喜色の笑みを浮かべる。
「優しい? 当然の事だ」
「万人がそうでありたい物ですよ」
哀愁のある物言いにセミナはルアザに一種の孤独感のような物を感じる。
孤独から生まれる強さの気配はあるが、警戒心もその分備わっているため、壁も感じる。
「大丈夫だ。貴殿も優しいのだから」
一緒であり仲間だと示す。
「ありがとう。さて、そろそろ話しますか」
ルアザの口調が真面目な物に変わったのを理解すると、セミナも柔らかな表情を通常の引き締まった目つきに切り替わる。
「そうだな。まず、【溟孔龍】とは何かだな。【溟孔龍】は龍型の巨身だ。全長は都市メラトリオでも全く足りない。山脈のような存在だ」
ルアザは内心に【溟孔龍】の規格外さを驚く。
一般的な巨身でさえ、山一つぶんである。
「【溟孔龍】は単純に強いというのもあったが、一番厄介だったのが強制的にあらゆる物を眷属へと変えてしまう事だ。それが深淵の怪物と呼ばれる」
こちらの兵達は減り、向こうの兵達は増える。
当然、敵が増えれば防衛力を上げるために、兵士達を増やすが、それは、深淵の怪物側からすれば、新たな仲間を増やせるということになってしまう。
まるで菌やウイルスのような存在だ。
「深淵の怪物化も進行には個人差はあるがな。だが、ほとんどの誰もが一刻を待たずにして、変わってしまう。【溟孔龍】が近くにいる場合は神々から強力な保護してもらはない限り、瞬間的だ」
「よく、全てを封印できましたね」
ルアザは本心でそう思う。
「役割分担がしっかりしていた。誰もが一生懸命やろうとしていたからだ」
【溟孔龍】は神々と英雄セミナが対応し、深淵の怪物達は多くの兵達が対応した。
誰もが後ろに家族と故郷を置いて戦っていたため、命を顧みずに必死になって戦っていた。
「もう少し【溟孔龍】についての情報が欲しいですね。そもそもの話、なぜこのような行為を行ったのか知りたいです」
【溟孔龍】の目的がわかれば、その目的を満たせる提案をすれば良い。
「その答えは、わからないだ」
「……わかりました。今回の接触で聞きましょう。しかし、【溟孔龍】に直接聞こうという提案をした人はいなかったのですか?」
その問いにセミナは苦虫を噛み潰したような表情を必死に食い止めるような張り詰めた表情をする。
「…………いたが、あの時は完全に【溟孔龍】は絶対悪とされていた。だから、私も含めて皆、一刻も速くあやつらを撃退しなくてはならないと、思っていた。交渉の余地も無かったのだ」
誰もが殺意を深淵の怪物達に持っていた。
都市勢力全体が物々しい雰囲気に包まれており、臨戦態勢に入っていた。
過去の光景を思い出すと同時にセミナの目つきは鋭くなっていく。
「そうでした……か…………」
セミナの過去の話は現在のルアザにとって青天の霹靂であり、盲点であった。
──話が通じる魔族とは交渉はできるのではないか?
ルアザは今まで魔族をセミナ達と同様に完全に滅すべき敵であると認識していたが、魔族は王を座して、ただでさえ強力であったのに、強化された。
冷静になって考えてみると、殲滅は現実的ではない。
話が通じず、存在すること自体が悪の魔族だけは確実に討伐しなくてはならない。
「ミラレア殿?」
「あ、すみません。次は深淵の怪物について、教えてもらいませんか?」
「深淵の怪物は知能がある者と無い物に別れる。知能がある者は少数派だ。そして、進化が速く、適応力が強い。かつての私にも並ぶような実力者が何体もいる」
「今は?」
「もちろん、今の方が強い」
「良かったです」
セミナも数十年前よりも技は洗練され、巧みな戦闘を可能にしていた。
「そして、奴らは明確な目的がある。自分達以外の存在を自分達と同じ深淵の怪物に変える事だ」
セミナは自分の仲間が次々と敵へと変わる瞬間の光景が記憶の表層部に浮かび上がり、同時にその時に抱いた感情が湧き上がる。
「同じ深淵の怪物にして何がしたいのか、わかります?」
「一体の深淵の怪物曰く、世界平和らしい。そもそも、深淵の怪物に変える事が目的かもしれない」
セミナが話した相手は気は合わなかったが、比較的に常識を持っているのを感じた。
【溟孔龍】との戦いの後、セミナは冷静に考え?と、彼は常識を持っているからこそ、かなりの暴論に強い違和感を持った。
「みんな一緒になれば、争いは生まれないという理論ですか。……賛同しますけど、方法がなかなか無理矢理ですね。それもまた、一つの方法ですが、少し早々かと」
ルアザも平等パラダイス世界には理解と納得は示すが、過程が激しすぎると感想を語る。
「私もそう思う。だから私は全力で止めたのだ」
「ですが、今回は互いに分かり合う必要があります。彼らの真意を理解しましょう」
「そうだな。私も昔よりかは柔軟性を得た。基本的にミラレア殿が主体となって話し合うから、貴殿に合わせるつもりだ」
「助言をお願いしますね」
「あぁ」
頼りがいのある心強い笑みをセミナは浮かべ。
影で隠れつつも、輪郭だけはわかるルアザの口元も安心するかのように孤を描いている。




