ユーハは無敵
ルアザが部屋から出て行ったのを確認すると、メラトリオはセミナに本性を見せるように困ったような表情を向ける。
「あの状態のサリアスは既に封印の楔としては扱えないわ」
頭を悩ませるのは過去に都市達を脅かした深淵の怪物達の復活である。
今までは封印をしていたが、封印の要となるものが再利用できなくなってしまった。
「薄々わかっていましたが、どうしますか?」
セミナもその問題の重大さを理解しており、メラトリオ同様に眉間に皺を作る。
現在に深淵の怪物達の進行が再び訪れたら、防ぎきれるかは、怪しいところだ。
「一応、緊急用の仕組みはあるけど、所詮は緊急用だから本当の意味では頼りにはならないわ」
頼りになる緊急手段があるとしても、緊急という切羽詰まった状況では信じきれない手段だ。
そもそも、重要な物ほど緊急事態が起きないようしている。
「本来なら封印は解けないはずでした。やはりあの波動でしょうか?」
短い周期で封印のメンテナンスをしており、保全に努めていたはずの封印が突如解放されるなど、別の要素を疑わざる負えない。
「えぇ、あの波動は高次元から伝わった物よ。少なくとも【溟孔龍】の封印は物理階層、虚理階層共に隙は無いわ。でも波動は生命階層や精神階層よりも高い可能性がある波動だったわ」
「あれほどの器を有する魂はそれ相応はあるはずでしたから、器だけ完全縛っておけば大丈夫だと思ったのですが……言い訳ですね」
セミナは起きた後から後悔の言葉をつらつらと並べるが、意味の無い事だと自覚する。
「いや、これ以上の封印を強固するには指数関数的に設備が増えるわ。器さえ縛れば、大きな影響を生む事は無いと判断してラテマア一つ分で済んだの」
物理階層と虚理階層は器の階層とも呼ばれる。
器の階層とは人の体で例えると電気信号や記憶など明確な形が無い物だけを抜いた体全体のような物だ。
当然、電気信号も信号を出す思考が無ければ体は動かない。
物事に影響を与えるには何かをしなければならない。
思いや願いがいくら強力になっても超能力は目覚めないように、実際に影響を与えるには手段が必要だ。
その手段として有力な物が物理階層と虚理階層の物質だ。
その分、法則に縛られるが。
だから物理階層、虚理階層と呼ばれる。
普段は外側の器の階層と中身の魂の階層は繋がっている。
高次元的には物理階層、虚理階層の干渉は可能だ。
今回は封印の仕組みに干渉されたのだろうと、セミナとメラトリオは予想する。
「では、解決方法としましては新しい楔を用意しますか?」
無くなったのだから、新しく用意すれば良いという発想だ。
「別の方法だと封印自体を一新させなくちゃいけないから、…………そうしましょう」
「では、楔となる者としては私が立候補させていただきます」
新しい封印の楔を用意すると決定して、僅かな間も無くセミナは己を名乗り上げる。
「貴女はダメよ」
自己犠牲を伴う封印の楔は誰でも良いというわけでは無いが、セミナは楔の器に値する。
しかし、メラトリオは即座に否認した。
「しかし……!」
「貴女のように高潔で清らかな人物はここで終わるべきではないわ」
メラトリオは叫び出しそうなセミナを抑えつけるように諭す。
メラトリオの落ち着きつつも決して動かない岩のような重厚を宿す姿勢と雰囲気でセミナを見つめる。
「メラトリオ様、それは違います。私は大罪を犯しています」
セミナは揺れ動く瞳を持ちながらもメラトリオの雰囲気を押しのけて近づく。
「私はサリアスをこの手で犠牲にしたのです」
あの時の感触を思い出す。
苦しむサリアスに止めを刺すかのように槍を突いた感触を。
時間が無く焦っていたとはいえ、自分が立候補するべきだった状況だったが、立候補しなかった。
敵である深淵の怪物の勢力についたサリアスを裁くためと、極めて独断的な行動と判断をしてしまった。
若い頃だったとはいえ、やらかしてしまった。
「何度も言うけれど、あの時は生贄が必要だった。潜在的な敵となったサリアスと明確とした味方である貴女。どちらを優先すべきかはわかるでしょ」
「そういう問題ではありません。私は罪を犯した事は変わらない」
理由があろうとも罪をその理由で正当化してはならない。
罪を犯した理由はわかるが、完全に許されるわけではないのだ。
「……これはメラトリオ様に初めて言いますが、いずれ私はサリアスを解放する予定でした。償いとして」
盛る烈火のような雰囲気を一拍置いてから静かに消したセミナは僅かな鋭さのある瞳をメラトリオに合わせ過去を回想する。
「それは貴女の自己満足よ。罪は貴女の務めによって償われたわ」
メラトリオはセミナから一種の敵視とも言うべき目線を受けても、冷静な評価をセミナに告げる。
「自己満足、確かに私は許されたいという自己満足で動いているのかもしれません。ですが、一番の被害者であるサリアスには謝れていないです」
罪悪感から解放されたいという自分だけの感情もあるが、不甲斐ない自負の背中を押す感覚もある。
「とにかく、貴女はダメよ。これは決定事項なの。貴女がいなくなったら、みんなは悲しみ大いなる力をまた一つ失うわ。それが自己満足で起こされるのなら、全力で止めさせてもらうわよ」
「……遺憾ながら、承知致しました」
不本意だが、自分を頼りとするみんなを自分勝手な思いで姿を消すとなると、それは裏切り行為に値する。
今日、共にサリアスの探索に向かった慕ってくれる仲間達の顔を思い出す。
メラトリオの言葉は基本的には正しい、逆らう必要は無い。
セミナは自身をそう納得させ割り切る。
「わかってくれたようで嬉しいわ」
余裕な態度を崩していないメラトリオだが、内心安堵をしていた。
セミナの犠牲は各都市、将来的に発展を妨げる。
英雄であるセミナはみんなの心の拠り所だ。
それは我々守護神も例外ではない。
「では、新しい楔はどうするのですか? 守護神様達では本末転倒ですよ」
楔になり得るのは強靭な肉体と精神が必要だ。
候補が自分と守護神しかいないのだ。
メラトリオは目を閉じ、何かを考え込み葛藤するように腕を組む。
「…………落ち着いて聞いてくれる?」
「はい…………」
「封印の楔になるのはルアザ・ミラレアよ」
満を持して告げられた事にセミナは驚きのあまり、呆然としてしまう。
告げられた事は本当に崇めるメラトリオの口から発された物だと疑ってしまう。
「……非常に心苦しいけど、私達は生きなければ──「そんな事! 許されるはずがないでょう!!!」…………」
罪悪感を持ちながらも、決断した事をセミナに言うと怒声と共に割り込まれる。
「絶対に!! 関係の無い人を巻き込むなど、最低な行為ですよ!! そんな事なら! 私が楔になります!!!」
常に堂々としたセミナの態度は苛烈な怒り一色へと変貌しメラトリオを責める。
「私達必要な存在なの」
「必要悪ですか?」
「……違うわ。これは悪い事ではないの」
メラトリオは何とかしてセミナを説得しようとするが、苦しい物だと自覚する。
「いえ、これは悪事です。陸の人種であるミラレア殿が深海にあるラテマアに味方も一人もいなく、囚われるなど、苦しいに決まっている。その苦しみが今の私やサリアスのように怒りや憎しみに変わったらどうするのですか?」
更なる悪に繋がる悪はいわゆる諸悪の根源とも言われる。
数ある悪の中でも地獄に落とされる事が確定する程の業だ。
「もちろん、その辺りメンタルケアなどはしっかりするわ」
「私なら、そのようなケアは必要ありません。みんなが頼れる英雄ならば新しい者を育てれば良いです」
「信じてくれないかしら?」
「信じるか、信じないか、という話の以前にやってはならないです」
「……」
「……」
互いに衝突し合い、話が平行線になろうとしている。
だが、その時部屋の門が開く音が響きながらルアザが現れる。
セミナとメラトリオはルアザの方に向き、なぜ入ってきたのか疑問に思いながらも口から問う声は出さなかった。
「私がその封印の楔になっても良いですよ」
◆◆◆
ルアザは二人がいる部屋から出ていった時に一冊の本が一切の気配無くルアザの腰部にあるのに気づいた。
重厚な雰囲気を漂わつつも洒落た飾りとデザインである本をルアザは手に取る。
念のため、結界で何重にも包み込み〈念動力〉で本を開くと同時に突如一斉に周りが静かになる。
海流も人々のざわめきも全ての音が消失した。
「!!」
ルアザは左右を振り向き、何が起こったのかを探る。
無音とも言える空間に一つの声が響く。
『安心しろ。俺がやった』
「ユーハさん!?」
本がひとりでに浮き、笑みを浮かべつつも申し訳なさそうなユーハの姿と声が現れる。
『周りの時間は止めただけだ』
何気なしに言い放つ内容はルアザは呆れるしかない。
時間をこんなにも長時間止めるなど、極めて困難だ。
『単刀直入に言うが、自分はもう死んでいる。正確には自殺した』
「はっ!?」
またもや何気無く現実を疑うような事を告げるユーハにルアザは今回は思考を停止させる呆然を越えて思考がまとまらない混乱に染まる。
『だから、この声は録音のような物だ。話しかけても無駄だぞ』
「そんな……!! ユーハさんが死ぬなんて……!」
僅かな想像さえもしなかった事態である。
完全無敵なユーハがなんの理由があって亡くなるのは天外な驚きを隠せない。
この衝撃は胸に穴が空く程の強烈な物であった。
『別に悲しんで死んだわけではない。やっと満足して終われたんだ。君が悲しむ事ではないさ。本当に俺達から言わせてもらうと、やっとこの時が来ただから、できれば、おめでとうという言葉が欲しいな』
「死さえも敵じゃないんですね」
それはもう嬉しそうに己の死を誇るユーハにルアザは苦笑しながらも、まるでそこにユーハがいるかのような感覚を覚える。
『さて、君には伝えたい事がある』
快活とした声から一転、場面が変わるような声に切り替わる。
『まずは、この本についてだ』
ユーハの幻影は本から離れ、本を持つような外見に変化する。
『俺はあらゆる事をこの本に記した。様々な時間軸の出来事を、世界を飛び交う法則を、どんな時にも対応できる用法などを記している。この世界での俺の知識と言っても良いかもな』
三千世界、森羅万象、全術万用と世の真理を全て記されたているらしい。
ルアザは若干、本から距離を取る。
『そして、この本は君の物だ。クックックック。俺が死んで抜き打ちテストは終わりと思っただろうが、これからは永遠テストだ』
抜き打ちテストとはユーハが予告無しで抜き打ちで行う、呪いや毒に加えて奇襲対策などを鍛える試験である。
ユーハも遠慮なく致死的な物も行ってきており、何度死んだかわからない。
そして、そのぶん蘇生させられた。
ルアザは常にこの抜き打ちテストを警戒しており、非常に精神的にも肉体的にも苦労をしていた。
「……」
ルアザは言葉の代わりに苦悶の表情を浮かべる。
ユーハの死亡後も修行させらるのだ。
『絶対に悪意のある存在に奪われるなよ。ただでさえ、ルアザ君の冒険の書と同じように不滅性を付与してあるからな』
「そこはせめて壊せるようにして欲しかった」
そんな物は無かったとも言う死人に口無しとも言う永遠テストから逃げれる最後の手段を使えない事に更にハードルを上げる。
『まぁ、一部を分けたり、写したりできるから上手く使うと良い』
「もし、多くの情報を伝える時は正しい人を見極めなければ」
今までユーハという絶対に信頼できる人がいたから、本気で人を見る事は少なかったが、これからはユーハ並に人を見極める力を鍛えなければならない。
「あと、間違えた時の対策も」
ルアザは自分は何年経ってもユーハに比べれば完璧にはなれないと自覚している。
当然、失敗が無いように全力で努力はするが、失敗した時を想定しておく。
『ということだ。しっかり管理し、正しく使用してくれ』
「はい!」
『あと、これからの世界についてだ』




