⑥攻略対象(候補)
部屋に戻ると、サーシャは今日の出来事について考えるため机に向かった。
サーシャが予想した攻略対象候補は4人だ。
ランドール国第二王子であるアーサー・ドゥ・ランバート殿下、伯父を宰相に持つユーゴ・デュラン侯爵令息、騎士団長の次男、ジョルジュ・セーブル伯爵令息、そして義兄であるシモン・ガルシアだ。
今日一日で全員と何らかの接触を図ったことになる。随分と偏りのある出会いが多かったが、乙女ゲームの強制力というやつだろうか。
「まあユーゴ様は勘違いかもしれないけど。…それにしても一番厄介なのはお義兄様なのよね」
実はサーシャとシモンの間に血の繋がりはない。なぜならイリアは知らないことだが、シモンの父親はジュールではないからだ。
といってもマノンが浮気したわけではなく、元々マノンはジュールの兄であるマシューの婚約者だった。結婚直前に事故で亡くなり代わりに白羽の矢が立ったのは弟のジュールだ。その時マノンは既にマシューの子を身ごもっていたため断ろうとしたのだが、「兄の子なら僕が育てるのが適任だよ」というジュールの言葉と周囲の説得もあって結婚したそうだ。
(それだけ聞くといい人なのに、お父様は考えが足りないのよね)
母のことにしても「既婚者だと伝えれば、会ってもらえなくなると思った」という理由でその結果何が起こるのか考えが至らず、母を失うことになったのだ。
ちなみに何故サーシャがそれを知っているかというと、マノンが教えてくれたからだ。
使用人として働き始めた当初はクズ認定した父を認めず、子爵または旦那様と呼び続けていた。ジュールはそれに大層ショックを受けて、引きこもってしまった。
見かねたマノンが父の優しい一面を伝えるために、シモンの出自を打ち明けた。わざわざサーシャに話してくれたマノンの信頼を裏切りたくない思いもあって、クズから残念男にシフトしたことでサーシャは再びジュールをお父様と呼ぶようになった。
「血の繋がりのない兄妹なんて王道パターンだけど、自分の身に降りかかるとなればちょっとどうかと思うわ」
シモンが自分を女性として見ているかどうかは分からない。ただの妄想であれば土下座して謝罪したいぐらい失礼なことだとも思っている。
「でも何で急に手なんて繋ごうと思ったのかしら」
義兄が攻略対象候補であることに思い至ってからは一定の距離を取っていたし、好感度が上がる要素はないはずだ。そもそも直前まで普通に会話をしていただけだし、特に変わった行動をしたつもりもない。
いくら考えても答えは出ず、サーシャは諦めて休むことにした。
論文の続きに取り掛かろうとしたが、一向に集中できずシモンはペンを置いた。今日は気づけばサーシャのことばかり考えている。
半年ぶりにあった義妹は随分と綺麗になったように思う。屋敷にいる頃は侍女の服装で仕事がしやすいように髪も束ねていたが、艶やかな黒髪をおろし堂々と歩く姿に一瞬見惚れてしまったほどだ。
「ちょっとどうかしているのかもしれないな。サーシャは義妹なのに…」
昔からサーシャに関してはつい過保護になってしまう。初対面で侍女になりたい、という彼女は周囲に迷惑をかけないようにひたすら気を遣っていた。母親を亡くしたばかりなのに、泣き言一つこぼさずに、ただ与えられた仕事を懸命にこなす姿に彼女の支えになりたいと思ったのだ。
花冠や菓子をあげても丁重に礼を言うだけだったが、勉強を教えてあげるときらきらと輝く目で取り組む変わった少女だった。それが嬉しくてシモン自身も勉学にさらに力を入れるようになり、研究にのめり込むようになったのだから今の自分があるのはサーシャのおかげなのかもしれない。
「あの子はいつも我慢しているし、学園にいる間ぐらい甘やかしてやっても罰は当たらないだろう」
自分はあの子の義兄なのだから。
そう結論づけるとだいぶ気持ちが落ち着いた。何故帰りにサーシャの手を取ったのか、無意識のうちに考えることを避けたシモンは、サーシャのために何をしてあげられるかを考えていた。