④入学式
ランドール王立学園は由緒正しき貴族子女のための学園だ。平民であっても入学することは可能だが、入学試験のハードルはかなり高いと。あくまでも貴族として必要な教養や将来国に仕えることを前提とした知識が中心となるため、突出した才能がある優秀な人材でなければ学園で学ぶ意味がないからだ。
(だから正直入学はどうかなと思ったんだけどね)
父から伝えられた時に一度断ったのだが、意外なことにマノンが譲らなかった。
「貴族の身分は望んで手に入れられるものではありません。学園を卒業したかどうかで同じ仕事でも待遇に差が付きますし、どうせなら給与や条件が良いところで働く方がいいでしょう。子爵令嬢という身分を使えるうちに使いなさい」
そう主張するマノンにサーシャは素直に頷いたのだった。
馬車を下りて校門に向かうと、同じ制服を着た生徒たちが受付前に並んでいる。数か所ある受付のうち、一番近い場所に並ぼうとしたが視線を感じてついそちらに顔を向けてしまった。
そこには優しく微笑む義兄、シモンの姿があった。
内心しまったと思うが、ここで無視するわけにもいかない。義兄が対応している受付の列に並び、順番を待つことにした。
「サーシャ、入学おめでとう」
「ありがとうございます」
必要最低限の言葉のみ口にするサーシャだったが、シモンは気にする様子がない。
「何か困ったことがあったらいつでも言うんだよ。――右に進めば講堂で他の上級生が席を教えてくれるから」
サーシャは軽く会釈をしてその場を離れた。義兄とは仲が悪いわけではないが、一定の距離を保っている。優しい義兄は家にいる頃から何かにつけ、サーシャを気遣ってくれた。母を亡くし父を頼ることなく侍女として働く姿が健気に見えたようで、よく優しい言葉を掛けたり、菓子をくれたりしたものだ。
(それがイリアは面白くなかったのよね)
大好きな兄を盗られたと思い込んだ義妹との関係は、今でも良いとは言えない。それに気づいたサーシャはシモンと距離を置くことにしたのだが、遠慮していると思ったシモンは余計にサーシャに構うようになった。一旦思い込んだシモンに何を言っても効果はなく、冷たくあしらうのがデフォルトになってしまった。少々心が痛むが、仕方ない。それに成長するにつれてその可能性に気づいてからはどうしても――。
「なあ、そこ俺の席なんだけど」
不意に聞こえた近距離からの声に顔を上げると、鮮やかな赤毛が視界に広がる。勝気そうな顔をした少年を一瞥し、手渡されたカードの番号と再度見比べるが間違いない。
「貴方のカードを拝見してよろしいでしょうか?」
サーシャの言葉に少年は一瞬むっとした表情を浮かべたものの、無言でカードを差し出す。
「隣の列のようですよ」
カードを一瞥して告げると少年はきょとんとした顔を浮かべ、見取り図とカードを何度も見比べた。
「あっ、本当だ!疑って悪かったな。――俺はジョルジュ・セーブルだ」
「……サーシャ・ガルシアと申します」
「サーシャか、よろしくな」
手を振って笑顔で去っていくジョルジュだったが、サーシャといえば内心冷や汗をかいていた。
(何で到着したばかりで攻略対象候補に会うの?!)
入学するにあたりサーシャは攻略対象を密かに予測していた。事前に貴族名録でサーシャと同時期に学園に通う子息で、かつその親族が現在国の重要な役職についていることを条件にすればかなり限定される。
そのうちの一人が騎士団長を務めるセーブル伯爵の次男、ジョルジュだった。
サーシャが予想外の出来事に戸惑っている頃、シモンは友人から声を掛けられた。
「さっきの黒髪の娘がお前の妹か?随分とよそよそしかったようだが」
「あの子は控えめな性格ですので。それよりこんなところにいて良いのですか?」
いつも穏やかなシモンが少し焦ったように話題を変えたような気がした。
「特にすることがないから構わない。シモンの妹なら一度挨拶しておこうかな」
「アーサー様、あの子は社交界デビューも果たしていないのです。どうかそっとしておいてください」
随分と過保護なことだ、とアーサーは思った。シモンの妹は2人いて、今年入学する妹は半分しか血の繋がりがなく、母親が平民だったと聞く。
面倒見がよく穏やかな性格のシモンは一緒にいても気疲れしない大切な友人だ。それ以上踏み込まずに別の話題を振ると、シモンは安心したような表情を浮かべた。
ランドール国王子アーサー・ドゥ・ランバートがサーシャに興味を抱いたのは、それがきっかけだった。