㊺綻び
期末試験が終わり、学園全体もどこかそわそわとした空気に変わっている。試験明けで、しかも1年で最も長い休暇が目前なのだから無理もない。
以前より頻度は減ったものの、手伝いのためサーシャが生徒会室に着くとシモンとミレーヌの姿があった。
「サーシャ様、ちょうど良いところにいらっしゃいましたわ」
シモンのために出来ることとして、ミレーヌは先月から生徒会の仕事を手伝っていた。サーシャが生徒会への出入りを控えたのは、こんな風に二人の時間を作ってあげたいという思いもあったからだ。
「夏休みはシモン様と一緒にダラス領に遊びにいらっしゃいませんか?湖畔の別荘にご招待いたしますわ」
きらきらとオレンジ色の瞳が輝き、ミレーヌは無邪気な笑みを浮かべている。その様子に微笑ましさと少しの申し訳なさを感じながらサーシャは答えた。
「素敵ですわね。でも私、お義母様のお手伝いがありますの。お義兄様、イリアも来年は社交界デビューですし、連れて行っても大丈夫ではないでしょうか?」
マノンの手伝いは嘘ではないが、将来的に貴族の身分を捨てる予定のサーシャが他領を訪問するのは控えたほうがいいだろう。ミレーヌとは親しくさせてもらっているが、ダラス家の方々と交流を図ることが良い方向に働くとは思えない。
一方で婚約者であるシモンだけが訪問するのは外聞が悪いので、妹であるイリアを同行者の候補に挙げた。サーシャにしてみればそこに何の他意もなかった。
「あ…、ごめんなさい。サーシャ様の都合も考えずに誘ってしまいました」
先ほどまでの興奮が嘘のように落ち込むミレーヌを見て、シモンが庇うように言った。
「サーシャ、ミレーヌ嬢はサーシャに遊びにきてほしいと誘ったんだ。イリアが代わりになるわけないだろう」
窘めるような口調にサーシャは何故か傷ついたような気持ちになった。間違ったことを言ったつもりではなかったし、シモンだってサーシャが将来平民になることを知っているのだ。
だがミレーヌを悲しませたことは事実だったため、そんな気持ちを抑えて謝罪の言葉を口にする。
「ミレーヌ様、せっかく誘っていただいたのに申し訳ございません」
何となく気まずい雰囲気になったが、アーサーとソフィーが姿を見せたことからその話題は立ち消えとなってしまった。
「サーシャは領地に戻るのでしょう?私ガルシア領に行ったことがないの。案内してくれないかしら?」
王子妃教育のため今年は領地に戻らず王都で過ごすというソフィーだが、5日ほどまとまった休みが取れるらしい。せっかくなので領地以外の場所に視察を兼ねて小旅行をしたい。そこで白羽の矢が立ったのがガルシア領だ。
よりによって微妙な雰囲気になった休暇の話題が再び上がるとは、サーシャは内心頭を抱えた。
「ええ…」
「サーシャ嬢は忙しいんじゃないか?」
気遣うようで僅かに口の端が上がっていることから、昨年の訪問を思い出しているに違いない。アーサーの前では貴族の装いをしていたが、恐らく侍女として過ごしていたことなどバレているのだろう。
「あら、随分とお詳しいのですね」
ソフィーの声が僅かに尖っているのに、アーサーは嬉しそうに微笑んでいる。
「すみません、ソフィー嬢。サーシャは先約があるのです」
にこやかな笑みでシモンが庇ってくれるが、サーシャはどうしてもその言葉の裏を読んでしまう。先に宣言することでダラス領に行くための外堀を埋めようとしているのではないか。
「あのシモン様、大丈夫ですから」
小声で呼び掛けるミレーヌに、ソフィーは得心したように頷いた。
「もしかしてダラス領に行くの?だったら邪魔しないからいいわよ」
なし崩し的にダラス領に行くことになるのも困るし、ソフィーに嘘を付いた形になるのも嫌だった。
サーシャは言うべきか迷ったものの正直に告げることにしたのだが、ソフィーからは予想外の質問を投げかけられる。
「サーシャ、貴女はどうしてそんなに貴族が嫌いなの?」
自分は平民だという自覚はあるものの、貴族が嫌いだと思ったことはない。ソフィーの質問を頭の中で繰り返しても、やはりピンとこなかった。
「知り合った頃に比べてそれなりに親しくなったつもりだけど、貴女はいつも線を引いて一定の距離を保っているでしょう」
静かな口調が逆に責められているようで居たたまれない。先ほどシモンに嗜められた時と同じような不安を感じる。何か言わなければと思うのに言葉が出てこない。
サーシャの返事を待つことなく、ソフィーは言葉を重ねていく。
「かと思えば自分を蔑ろにしてでも他人を守ろうとするわよね。サーシャ、貴女は――」
「ソフィー、そこまでだ」
聞きたいような聞きたくないようなソフィーの言葉を止めたのはアーサーだった。
「それ以上踏み込み過ぎるのは良くないね。サーシャ嬢も今日はもう帰った方がいい」
アーサーの言葉に背中を押されるようにして、サーシャは生徒会室から出て行った。どうやって自室に帰ったか覚えていない。ただソフィーの言葉だけがいつまでも耳に残っていた。




