㉙意外な味方
「ユーゴ様、お手数をおかけいたしました。もう大丈夫です」
医務室に向かう途中でサーシャはユーゴに告げる。体調不良というよりも精神的なものだと分かっていたから医務室よりも自室に戻りたかった。
「それなら生徒会室に寄ってシモンに送ってもらいなさい。今なら生徒会室にいるはずだ。そんな酷い顔色のまま一人で帰すわけにはいかない」
シモンを煩わせるのも嫌だったが反論するのも億劫な気分で、サーシャは渋々頷いた。勘の鋭いシモンに何と言い訳をしたものか、考えるだけで気分が沈む。
「サーシャさん?」
生徒会室の手前で遭遇したのはアヴリルだった。その瞬間、サーシャは自分の迂闊さに気づき舌打ちしたくなった。何とも思っていないと告げたばかりなのに、二人で連れ立って歩いている光景を見たアヴリルがどう思うか。
(アヴリル様にまで誤解されてしまう。そうすればきっとソフィー様だって……)
サーシャを気に入って親しくしてくれたのに、彼女たちにも嫌われればもうどうしていいか分からない。顔が熱くなり視界が滲みそうになるのを必死に堪えていると、耳にしたのは信じられない言葉だった。
「サーシャさん、大丈夫ですか?――ユーゴ様、サーシャさんに何をなさったのですか?」
おっとりしたアヴリルの口調が責めるような響きを帯びている。
「ちょっと待て、俺は何もしていないぞ。サーシャ嬢は体調が優れないようで―。いやそれよりも何でそんな親しげな呼び方を?もともと知り合いだったのか?」
焦ったようなユーゴの口調は普段よりも口数が多い。
「先日お知り合いになりましたの。サーシャさん、一緒に寮に戻りましょうか?」
(アヴリル様、心配してくれている…)
疑うことなくサーシャの身を案じるアヴリルの言動に、気づけば涙が一筋こぼれた。
「サーシャ?!ユーゴ様、その娘に何かしたのですか?」
顔を上げずとも分かるソフィーの言葉もまたサーシャを庇うものだった。二人の優しさが沁みて堪えようとするのに涙が止まらない。
「っく、すみません。……ユーゴ様、のせいじゃ、ないです」
「ユーゴ様、サーシャのことは私たちに任せて仕事に戻りなさい」
「しかし…」
「男性には話しにくいことだってありますわ。サーシャ、行くわよ」
ユーゴの迷いを断ち切るようにソフィーはすぐさまサーシャを促す。その行動力に感謝をしながらサーシャたちはその場を離れた。
「それで、どうしたのよ」
ソフィーの部屋に連れてこられたサーシャにソフィーは早速質問をする。涙は止まったものの、まだ頭はぼんやりしていて何から説明してよいか迷ってしまう。
「ソフィー、少し時間をあげて。サーシャさん、お茶をどうぞ」
甘い香りが鼻腔をくすぐり、落ち着こうと紅茶に口を付ける。
果実のような甘い香りと柔らかい味わいにほっと息をついた。冷たい指先がじわりと温まり縮こまった心がほどけていくようだ。
「ソフィー様、アヴリル様、みっともない姿をお見せして申し訳ございません」
人前で感情的な振る舞いをするのは貴族としても侍女としても恥ずべき行為である。だがソフィーもアヴリルも気にするなというように軽く受け流してくれた。
「もしご迷惑でなかったら、相談に乗っていただけないでしょうか?」
そうしてサーシャは名前を伏せた状態で婚約者のいる男性から好意を寄せられていること、婚約者の女性を応援しようとしたが拒絶されたことなどを簡潔に伝えた。
「ユーゴ様にお声掛けいただいたので、はっきりと告白などはされていないのですが……」
ともすれば自慢と取られそうな話だったが、ソフィーもアヴリルも嫌悪感など見せず真剣に話を聞いてくれた。
「ねえ、その男性って騎士団長のご令息ではなくて?」
第二王子の婚約者であるソフィーに名前を告げることが何となく憚られ、実名を告げなかったのにあっさりバレてしまった。
「色々な噂を届けてくれる方々がいるの」
種明かしをするようにアヴリルが教えてくれたが、通常よりもその笑みが何となく黒く見えるのはサーシャの気のせいだろうか。
「女性に乱暴な振る舞いをして騎士失格だと噂になっているわ。それに加えて婚約者以外の女性に言い寄るだなんて、さらに評判を落としたいのかしらね」
「サーシャさんは同年代の女性と比べて落ち着いていますから、甘えていらっしゃるのでしょう」
見かけによらず辛辣なアヴリルの評価にサーシャは唖然とした。
「あの、私の貴族らしからぬ言動が興味を引いてしまう原因となってしまったようです。お義母様に淑女としての在り方を教えてもらったはずなのに、上手くできなかった私にも責があります」
「サーシャ、何を言っているの?そんなのサーシャの個性じゃない。悪いのは配慮もなく勝手な振る舞いをするセーブル伯爵令息ではなくて?」
「サーシャさんが誤解されるような言動をしたとは思いません」
お互いに面識ができたのは昨日のことである。にもかかわらず二人はサーシャに非はないと疑っていない。
「……どうしてソフィー様とアヴリル様は私の味方をしてくださいますの?」
サーシャの言葉にソフィーとアヴリルは顔を見合わせて答えた。
「サーシャはそんなに器用な性格ではないわ」
「サーシャさんの性格からして男性を弄ぶような方ではありませんし」
それに、とソフィーは言葉を続ける。
「私たちのことを見くびらないでちょうだい。幼少のころから貴族や王族と接してきたのだもの。信じていいこととそうでないことの区別はついているわ。特にアヴリルは大人しいけれど人の本性を見抜く力は私よりも優れているのよ」
「うふふ。サーシャさんは誤解されやすいけれど、とても優しい方だと思っています。先ほども私に配慮してくださったでしょう?そういうところはちゃんと理解しているつもりです」
ユーゴといた時のことを指摘され、サーシャは言葉に詰まる。いつもの表情を取り繕えていたはずなのにアヴリルは正確にサーシャの心情を見抜いていたのだ。
二人が信頼してくれていることに再び涙が込み上げそうになって、サーシャは慌てて紅茶を口に運び、湧きあがる温もりを噛みしめた。




