㉘掛け違い
放課後、サーシャはレイチェルのクラスに向かった。幸いジョルジュの姿はなく、帰り支度をしていたレイチェルに声を掛ける。
「あ、サーシャ様…」
どこかよそよそしいレイチェルの態度にサーシャは戸惑った。夏休み前までは普通に会話を交わしていたのに、まるで初めて会ったところに戻ったかのように目を合わせてくれない。
「少しお話ができればと思ったのですが、お時間いただけないでしょうか?」
胸に芽生えた寂しさを押し隠すように平然とした口調で告げると、ぎこちない表情のままレイチェルは頷いた。
そうして向かったのは以前レイチェルと二人で話をした図書館だ。本が好きなレイチェルのお気に入りの場所で気分が落ち着くのだと話していたことを覚えていた。
「レイチェル様とお昼をご一緒できないのは寂しいですわ」
「……私なんていなくても変わらないです」
「そんなことありません。レイチェル様のお話や考え方にはいつも感銘を受けておりますの」
レイチェルは大人しいが頭の回転が速く、サーシャたちが知らないことも教えてくれるほど博識だ。本来長所であるべき部分だが、レイチェルは何故かそれを引け目に感じているように思う。ジョルジュを立てようとして顔色を窺っていることが逆にジョルジュを苛立たせる一因だとサーシャは推測している。
固い表情のまま無言のレイチェルに困惑しながらも、サーシャは言葉を重ねた。
「ジョルジュ様と仲違いをしたと伺いました。余計なことかもしれませんが、レイチェル様は我慢をし過ぎているように思うのです。もう少し思ったことを伝えても良いのではないですか?」
「そんなこと、できません」
レイチェルの表情は硬く弱々しい口調で返された。
「頭が良くても私はちゃんと出来ない。ただ知識があるだけで大切な人の役に立つこともないし、そんなの何の意味もありません」
「いいえ、レイチェル様の才能は素晴らしいものです。もっと自信を持って――」
「サーシャ様には簡単なことでも私には出来ないんです!――私はサーシャ様じゃない!」
突然こらえきれなくなったかのようにレイチェルが叫んだ。
「っ、本当は分かってるんです。ジョルジュ様が好きなのは私みたいな人間じゃなくて、サーシャ様みたいに堂々と意見を言える方だって。あの方に相応しくないのは分かっているけれど、それでも私は……」
涙を浮かべながらいつになく言葉数の多いレイチェルは苦しそうに告げる。
「もう関わらないでください。貴女といるのがつらいのです」
レイチェルがいなくなってもサーシャはその場から動くことができなかった。衝撃のあまり停止していた思考が戻ってくると、激しい後悔が押し寄せてくる。
(私はレイチェル様のことを応援するつもりが追い詰めていた……。そもそもジョルジュ様のバッドエンドルートを避けるために、私はレイチェル様を利用していたのかもしれない)
自分の行動は身勝手で傲慢なことだったのだろうか。親切めかしてやっていたことがただの偽善行為だった、そう思うと足元がぐらつくような心許なさを覚えた。
そんな中、今一番聞きたくない声が背後から聞こえた。
「サーシャ嬢、さっきレイチェルを見かけた。あいつと何かあったのか?」
「……いいえ」
動揺を抑え短い言葉で返すが、ジョルジュはどこか悟ったような表情で続ける。
「俺、あいつにひどいことを言った。だからレイチェルが何を言ったとしてもそれは俺のせいだ」
「酷いことを言ったという自覚があるのなら、レイチェル様に謝罪してはいかがでしょうか?きっと分かってくれますわ」
ジョルジュはひどく苦しそうな表情でサーシャを見つめる。
「そう、だな。でも気づいてしまったから、俺はもう自分の気持ちを偽ることができない」
その言葉に心臓が嫌な音を立てた。その瞳にこもった熱の意味を、これから告げられる内容を知ってしまったらもう元には戻れない。
「失礼する」
その涼やかな声に今は戸惑いよりも安堵を覚えた。
「言い争うような声が聞こえたようだが、何か問題が?」
「会長……。いえ、ただ話をしていただけです」
「そうか。だが彼女の顔色が良くないようだ。医務室に案内しよう」
この場に留まれば先ほどの話の続きを聞いてしまうことになる。サーシャは無言で頷いてユーゴの言葉に従った。




