⑱領地での生活
数日後、サーシャは別荘で羽を伸ばしていた。真っ白なシーツが風ではためいている風景に心が癒されていく。
「よし、次はお父様に紅茶をお持ちして、それから客間のお掃除ね」
「……サーシャ様、働き過ぎです」
やる気十分なサーシャに対して、侍女頭のエミリーが苦言を呈するように言った。
「様付けは止めてください。今の私はあくまで侍女なんですから」
屋敷に到着するとサーシャは当然のように使用人部屋に向かおうとした。
「サーシャ、どこに行くんだい?」
そんなサーシャを呼び止めたのはジュールだ。馬車の音が聞こえたため、外に出てきたようだが、当主である子爵にあるまじき行動である。
「お父様、この格好のままではご挨拶もできませんので着替えてまいります」
「旅装を解くならいいけど、侍女の恰好をするつもりじゃないよね?」
「サーシャ、学園に通う間は貴族令嬢として振舞うのではなかったかな?」
ジュールの言葉を補足するかのようにシモンも加わった。
「学園ではそうですが、ここでは侍女の立場で――」
「「却下」」
二人の声が見事に揃って、血の繋がりがなくとも親子なんだなと見当違いの感想を抱いた。だけどサーシャも譲る気などない。
「奥様とご相談させていただきます」
「屋敷内で貴女が侍女として働くことは、適切ではありませんね」
急いで着替えたサーシャは奥様の元に向かい、許可を得ようとしたのだが、返ってきたのは期待どおりの回答ではなかった。
ほっとした表情を浮かべる父と義兄を恨めしく思っていると、マノンが付け加えた。
「ただし、ここでない場所だったら構いませんよ。――例えば領地の境にある別荘などは少し手入れをしたいと思っていたところです」
「ありがとうございます、奥様。早速明日から向かってもよろしいでしょうか?」
「……せめて2、3日は屋敷で過ごしなさい。貴女が帰ってきたことを喜んでいる人たちもいるのですよ」
義妹のイリアから睨まれながらもサーシャは言われたとおり3日間、家族の一員として夕食を囲んだり、侍女に世話をされたりして過ごした。
(でもやっぱり落ち着かないのよね)
根っからの平民だからか、働いていないことと他人に世話をされるという状況は落ち着かなく、別荘に着いてからは楽しく仕事に勤しんでいた。
マノンは仕事の関係上、屋敷を離れるわけにはいかず、ここにいるのは父と義兄と義妹、それから僅かな使用人のみだ。
イリアは当初屋敷に残る予定だったが、シモンが別荘に行くと分かると文句を言いながらも付いてきた。兄に甘えたいというのもあるが、実はサーシャの淹れる紅茶と手作りの焼き菓子がお気に入りなのだ。
事あるごとに反抗的な態度をとるものの、イリアのそういうところが可愛くて嫌いになれない。
屋敷にいる間にユーゴには手紙を送っていた。気にする必要がないことを再三言葉を重ねた後に、別荘に滞在する期間を伝えて都合が合うのなら訪問しても構わない旨を記した。
過去の後悔にきっちりと区切りを付ける手助けぐらいならしてあげてもよいだろう、そう思ったのだ。
物置を片付けていると、バタバタと廊下を走る音が聞こえてサーシャは不思議に思った。貴族である父たちはもちろん、使用人の教育も行き届いているはずのガルシア家でそんな音を立てて走る者などいないはずだ。
足音はまっすぐこちらに向かってきて、ノックもなしにドアが開いた。顔を向けると侍女歴3年のダリアが顔を真っ赤にして、叫んだ。
「大変です、サーシャ様!着替えてください、今すぐに!!」
「大声を出してはいけませんよ。来客ですか?」
落ち着かせようとわざとゆっくりと言葉を発したサーシャを、ダリアはじれったそうに身体を揺らしながら言った。
「殿下が、アーサー殿下がお忍びでお越しになりました!」
(何で殿下が……っていうかお越しになるなら先触れを出してくれないと困るのよね。これだから特権階級は…)
中途半端に手を付けた状態の物置を名残惜しそうに見つめたサーシャはため息をついて、着替えるためにダリアのあとをついていった。




