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乗馬

「馬に乗ってみるかね?」

朝食を済ませたローラに伯爵が訊ねた。

「馬?」

飲んでいたコーヒーカップをテーブルに置いて、ローラは驚いた声を上げる。

「乗馬はしたことないだろう」

「ええ、無いわ」

「家には乗馬用の馬が居る。せっかくだから挑戦してみたらどうだ?」

ローラは少し考え込んだ。乗馬など初めてだが、せっかくの機会である、覚えておいて損はないかも知れない。

「そうね。やってみようかしら?」

「休んだら、馬小屋の前まで来てくれ。準備させておく」

「分かったわ」

「クローゼットの中に君の乗馬服とブーツが入っているから、それを着てな」

乗馬服にブーツまで? 全く、昨晩のドレスと言い、用意周到な事である。一週間前に出会った時から、こんな日を予想して準備していたのだろうか? ローラは正直恐れ入った。


 クローゼットを開けると、水色のストレッチシャツに、白いキュロット、黒のジャケットが掛けてあった。他にも幾つか、ローラ用と思われるワンピースや、婦人服が収まっている。下に目を遣ると、茶色の乗馬ブーツが揃えてあった。ローラは早速服を取り出すと、着替え始めた。


 着替え終わったローラは屋敷を出て、裏庭から少し離れた脇にある馬小屋へ向かった。今日は薄曇りで肌寒く、心なしか辺りの景色も沈んで見える。だが、良い香りのする落ち葉を踏みながら馬小屋までの小道を歩くのは悪くなかった。木の立ち並ぶ小道をしばらく歩くと、馬小屋と柵で囲われた馬場が見えてきた。



 馬小屋に入ると伯爵が待っていた。馬子が鞍を着けている。

「早かったな。もっと休んでいても良かったんだぞ」

「ありがとう。でも、今日の天気の様子だと、いつ崩れるか分からなそうだから、晴れているうちにやった方が良いかと思って」

「そうだな。先ずは馬に挨拶したまえ。これが私の乗るナイトメアだ」

「悪夢? 何故そんな名前を?」

「全身真っ黒だろう。それに、こいつは今でこそ大人しいが、昔は負けん気の強いお転婆でね」

「フフ。そうなのね。今日は、ナイトメア。私はローラよ」

ローラは優しくナイトメアの頸を撫でた。黒光りする程の艶やかな漆黒の毛並みが美しい。引き締まった筋肉が、より一層黒い彫刻の様な体を際立たせている。ナイトメアはブルル、と鼻から息を吹き出して首を軽く振ったが、暴れるという事は無かった。

「マイ・ロード、馬具の装着完了しました」

馬子が灰色の馬の脇から出てきて告げた。

「ありがとう。こっちが君の乗るシルバースノウだ。大人しい奴だから、安心して良い」

「よろしくね、シルバースノウ」

ローラはシルバースノウの頬を撫でる。シルバースノウは大人しく頭をローラに擦り寄せた。シルバースノウは名前の通り、全身美しい灰色の毛皮に被われている。白い小さな斑が散らばっている様は、まるで雪が降っているかの様だった。


「よし、では馬を出すぞ」

伯爵はそう言うと、ナイトメアの手綱を持ってゆっくり小屋を出た。ローラも同じ様にシルバースノウの手綱を取る。馬場に出ると伯爵は馬を止めた。

「常歩から始めよう。鞍に乗って」

ローラは左足を鐙に掛けた。右足で地面を蹴って鞍の上へ立ち上がり、右足を反対側の鐙に置くと、馬を驚かさないように、ゆっくり鞍に座った。

「上出来だ。本当に初めてか?」

「ええ。脚力には自信があるのよ」

「そうか」

伯爵は笑いながら馬に跨がった。

「進めの合図は踵で軽く馬の腹を蹴るんだ。止まるときは手綱を後ろに引けば良い。それと、乗馬は姿勢が重要だ。常に背筋を伸ばして、尻ではなく、座骨でバランスを取りながら鞍に乗るんだ」

「分かったわ」

ローラはシルバースノウの腹を軽く蹴って合図を送る。シルバースノウはゆっくり歩き始めた。馬が脚を前に出す度に振動が鞍に伝わる。ローラは言われた通りに背筋を伸ばしてバランスを取った。

「中々上手いじゃないか」

伯爵は後ろからそう声をかけると、ナイトメアの腹を蹴る。ナイトメアはローラ達の後ろを歩き始めた。

「良し良し、良い子ね」

ローラは手を伸ばしてシルバースノウの頸を撫でた。


 一時間程歩いた頃である。馬場の脇の森から、兎が走り込んでシルバースノウの前を横切った。すぐ後から、猛烈な勢いでセッターが兎を追い掛けて馬場に侵入する。突然現れた犬に驚いたシルバースノウは、いなないて、猛スピードで馬場を駈け始めた。ローラは鞍に乗っているのが精一杯だった。少しでも油断したら、振り落とされそうである。

「手綱を引け!」

ナイトメアを走らせる伯爵の声が後ろから聞こえた。ローラは下から突き上げる振動に揺られて生きた心地がしなかったが、馬場を二周した所で何とか強く手綱を引いた。シルバースノウはその場に後脚で立ち上がり、前脚を中で掻く。鐙から足が浮き、ローラの体は後ろに放り出された。

「ローラ!」

ローラは思い切り中へ浮かんだ。地面へ激突する恐怖で体を丸める。次の瞬間、ローラは空中で伯爵に抱き止められた。伯爵はローラを抱いたまま、地面へ着地する。ローラには何が起こったのか分からなかった。

 

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