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メイド

 マリアンはすぐにやって来た。小柄ながらしっかりした骨格である事が、メイド服の上からでも分かった。ブルネットの髪を後ろでシニヨンにまとめた、薄茶色の可愛らしい瞳の持ち主だった。淡いソバカスが鼻から頬にかけて散らばっている。

「マリアン。こちらは警察の方だ。お前に訊きたい事があるそうだよ」

「警察?」

「いいから座りなさい」

執事に言われて、マリアンはぎこちなくソファーに座った。

「ミス・ヤング。実は貴方の母上より訴えがあったんです。休暇になっても娘が帰って来ないとね。一週間前はどうしていましたか?」

ローラは出来るだけ優しい声色で訊ねた。

「はい。一週間前は、お屋敷で旦那様のお客様のお世話をする仕事に追われていました。忙しかったので実家へ帰れなかったんです」

「そうですか……では、何か犯罪に繋がるような事がこの屋敷でありましたか?」

「いいえ。特にありません」

「そう。グレイ伯はどんな方かしら?」

「それは……私共は宿舎も階下ですし、仕事以外でお顔を拝見する機会もありませんから詳しくは知りません。でも、優しくて良い方だと思います」

「他に何か……」

ローラがそう言いかけた時である。客室のドアが勢い良く開いた。


「何の騒ぎだね?」

長身の、ガッチリした体型の男が入って来た。ダークスーツに身を包んだその姿には威厳があった。柔らかい金髪を後ろに撫で付けた顔は青白く、落ち窪んだ目の中で明るいブルーの瞳が狼の目の様な鋭い光を放っている――グレイ伯その人である。二人とマリアンは立ち上がろうとしたが、グレイ伯がそのままで、とゼスチャーをした。

「旦那様。こちらは警察の方でございます。メイドのマリアンの件でお見えになったのです」

「そうか。メイドの件というのは?」

「はい。先日御一族の集会がございましたね? その時は忙しかった故、マリアンも仕事に就いておりましたが、本来であれば休暇日だったのです。それで、マリアンの母親が、娘が帰らない、と不審に思い、警察へ訴えたのでございます」

「ほう……そんな事か。何故私に黙っていた? ドナルド?」

「はい、旦那様。使用人の采配については私とメイド頭に任されております事ですし、母親には電話で答えておりましたし、休暇は後日与える事になっておりましたから、まさかこの様な事になるとは……」

「そうか」

グレイ伯はフッと鼻から息を吐いた。

「それで、捜査の進展はどうかね? お二方?」

からかうような視線でグレイ伯はマックスを見た。

「え、ええ。滞りなく終わりましたよ。ミス・ヤング、もう良いよ」

「はい。失礼します」

マリアンは小さく答えると伯爵に膝を折ってから部屋を出ていった。


「それにしても――」

言いかけて、グレイ伯はローラの顔を見て固まった。無言でローラを見つめ、何か言葉を探している様だった。穴が開くほど見つめるとはこの事である。伯爵の強烈な視線に曝されて、ローラは居心地悪そうに体を揺すった。

「あの、何か――」

そう言うのを遮って、伯爵はミラの前に歩み寄ると跪いた。

「お嬢さん、お名前をうかがっても?」

「え、ローラ・バーンズです」

「ミス・バーンズ、貴方は美しい……私と結婚して頂けませんか?」

「は?」

「何を寝ぼけた事言ってやがる!」

マックスが叫ぶ。

「私は本気です」

「は、はあ……でも、お会いしたばかりでいきなりそんな事言われても」

ミラは頬が高揚するのを感じた。今言った通り、会ったばかりの男に告白されたからと言って、何故こんなに赤面しなければならないのか。赤面すべきは向こうである。ローラは何だか馬鹿にされている様な気がして、腹が立った。だが伯爵は顔色一つ変えずに続けた。

「よろしい。確かに、いきなりこの様な申し出を受けても貴女も混乱するだろう。しばらく良く考えて欲しい。私は本心から申しているし、例え貴女が私を愛してくれなくとも、私と結婚すればこの屋敷と広大な所領から得られる利益の半分が、貴女の物になるのだ。悪い取引きでは無いと思うが? 良く考えてくれ。それと……お近付きの印に、これを受け取って頂きたい」

グレイ伯はポケットから銀の鎖に三日月型のムーンストーンの付いたネックレスを取り出した。ソファーの後ろに回り、ローラの首にネックレスを掛ける。

「でも……」

「心配には及ばんよ。それほど高価な物でも無いのだ。まあ、御守りだね。貴女が不幸から身を護れる様に。記念に着けていてもらえると嬉しい」

マックスは呆気にとられて見ていたが、イライラした口調で

「O.K.捜査はこれで終わりだ。ローラ、帰るぞ。見送りは結構! 仕事で来たんだ」

と告げると荒っぽくドアを開けた。


「マックス!」

ミラが慌てて後を追う。二人は停めてあった車に乗り込んだ。マックスはエンジンをかけると、大急ぎで屋敷を後にした。こんな得体の知れない所にもう一秒だってローラを置いておく訳にはいかない。屋敷はみるみる遠ざかり、夕日が辺りを金色に染めていた。麦畑が風に揺れて、まるで金色の海の様である。ローラは後ろを振り返った。屋敷の姿はもう見えなかった。








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