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神葬ヘレティック  作者: 藍染三月
エピローグ
29/30

祈祷

 教会の裏にある、白薔薇に囲まれた庭園。幻想的な斜陽が花弁を橙に染めている。葬儀と埋葬を終えた後の空虚さは簡単に遺却いきゃく出来ない。抱えた花束を掻き抱き、軽く息を零した。


 葬儀屋の墓は、エリーゼの墓の隣に建ててもらった。元々添えられていた百合の花束に、白いカーネーションを重ねる。百合は葬儀屋が用意したものなのだろう。彼が建ててくれたエリーゼの墓石も、綺麗だった。刻まれた名前は繊細な装飾で縁取られている。両手を重ねて黙祷を捧げていたら、背後で跫音きょうおんが鳴った。振り仰いだ目線の直線上で祭服が揺らいでいた。


「ヴォルフに墓を頼まれたのが、君の姉だったなんてな」

「あぁ。……コンラートさん、色々、悪いな。沢山助けてもらって」


 昨日、屋敷で憂愁に浸っていた時に彼が来た。血塗れで駆けていく俺を街路で見かけて、思わず追いかけたという。何があったのかと問う彼に、全てを明かした。魔法に関しては半信半疑のまま、それでも俺の話を最後まで聞いてくれた。語り終えた時、街の人間から通報を受けたらしい警察が戸を叩いた。


 コンラートは俺を被害者だと主張してくれた。犯罪者を殺している犯人、それが葬儀屋であることを知った俺が彼を問い詰めたところ、殺されそうになったため逃げ出した――ということになった。負傷が酷かったこと、走って逃げていたことから、警察は怪訝そうにしながらも葬儀屋の捜索を優先した。そんな葬儀屋の死体はコンラートが回収し、俺と彼だけで葬儀を終えて今に至る。


 葬儀屋の墓を建ててくれたのもコンラートだ。無一文の俺では良い墓など頼めなかった。俺の隣に並んで五指を絡め、目を伏せていた彼。徐に目を開けると、首を左右に振っていた。


「私に出来ることはこれくらいだからな。ヴォルフの友として、彼が残してしまったものは背負うよ」

「あんた、本当に良い人だよな」

「私は自分の正義を曲げたくないだけだ。ヴォルフだって、優しい人だった。人を殺していても、根の部分は変わっていなかった。……どうして人は、簡単に嘘を吐くんだろうな。それが人の人生を簡単に壊せるものだと、どうして分からないんだろうな」


 人を壊すのは人だと、そう紡いだ葬儀屋のことを思い起こす。魔法などなければ、彼は塗炭とたんに苛まれなかっただろうか。アドニスも、初めから人らしく生きられただろうか。思い描いてみたが、苦虫を噛むようだった。魔法という形を成さなくとも、他人に押し付けられるものは変わらない。偏見も、信仰も、願いでさえ時には当人を苦しめる。その人が壊れるまで――或いは壊れたとしても、己の言葉がその人を狂わせたことに思い至らない。魔法はまるで、そんな人間の愚かさを見兼ねた神が、罪と痛みを見せつけるように与えたみたいだった。尤も、呪いにも救いにもなる魔法を見る限り、神も人の心など分からないのかもしれない。


「ヴォルフは、ただ愛情を込めて人形を作っていただけで、あいつはちゃんと……人を想い遣ってくれる人だったよ」


 晴朗に微睡まどろんでいくような、コンラートの穏やかな目見まみ。広がる微かな笑みは彼の心中に包含されている暖かさを具象していた。俺は屈んで、風に転がされた花束を供え直す。無意識下で、彼につられて言笑していた。


「葬儀屋に、なにかしてもらったのか?」

「あぁ……子供の頃のことだ。妹にあげるつもりだった兎の人形を、道に落としてしまってな。ちょうど通りかかった馬車に人形が轢かれて、耳が破けてしまったんだ。それを直してくれたのがヴォルフだった」

「良い出会いだったんだな」


 諧謔かいぎゃくを交えるように笑声を交わした。それでも、ぎこちない笑みだったかもしれない。口端が引き攣っているような感覚に唇を閉ざす。啼泣ていきゅうで頬がべたついていた昨晩から、幽かな不快感がまだ拭えなかった。苦笑いを地面に向ける。白い花びらが石碑を点々と絵取っていた。


「ところで、アドニスくんの葬儀と埋葬は……本当に、まだ行わなくていいのか?」


 指先が跳ねる。震えを誤魔化すように下唇を噛んだ。膝に手を突いて立ち上がる。コンラートの方を瞥見する勇気さえなかった。自覚できるくらい、自身の面貌が憮然ぶぜんと、情けないほど歪んでいく。愁心しゅうしんを噛み潰して碧天を眺めた。


「願いが叶うことがあるのなら……魔法という奇跡が起きる世界なら、期待してはいけないか。もう一度目を開けてくれ、もう一度笑ってくれって。祈り続けたらアドニスが目覚めるんじゃないかって、期待しちゃいけないか」


 この空のどこかに、神はいるのだろうか。神なんて信じたくはない。それでも、縋る先がそれ以外になかった。頬を撫ぜる横髪が鬱陶しい。それを払うついでに、微かに濡れた表皮を手の甲で拭った。


 もしかしたら、と、今になって思う。葬儀屋も、俺と同じ気持ちでエリーゼと向き合い続けたのかもしれない。終わりのない懇願の日々。そうして彼は、疲れていったのかもしれない。


 俺を生かした神の恵み。奇跡とも言える魔法。そんなものがあるのなら、彼女に脈動を返して欲しかった。彼女にもっと、幸せな日々を与えたかった。痛みが走るほど拳を握りしめていたら、肩に手を置かれる。コンラートの憂いに満ちた両目が、細められていた。


「……死体が腐敗するのは早い。君の心が壊れてしまうぞ」

「その時は、コンラートさんが止めてくれ。諦めた方がいい、埋葬した方がいいってなったら、言ってくれ。あんたは真っ直ぐだから、そうしてくれる人だろ」

「……わかった。スヴェンくん、私にも祈らせてほしい。彼女がもう一度目覚めることを。ヴォルフやグレーテくんだって、きっと彼女の幸せを願っているはずだ」


 真摯な様相に薄く笑んだ。祭服の首に下げた十字架を、彼が握る。清風が人肌に似た温度で肌を撫ぜていた。舞い上がった花片。零落する樹葉。虚空を彩る情景に、相好を崩した。


「ありがとう」


 孤独というものを、昔からずっと衷心ちゅうしんに押し込んでいたのだと思う。エリーゼを失って、アドニスを失って、沈めていた寂寥感せきりょうかんが蓋をこじ開けた。


 何を失っても踏み出さなければいけないことは、分かっている。けれど今はまだ、この場所に留まっていたかった。彼女が朽ちてしまうまででいい。たった数日の、夢を見ていたかった。


 瞑色めいしょくで満ちた屋敷の中、ベッドに横たわるアドニスの手を握りしめた。彼女に熱が宿るよう、両手で包み込む。希求を注ぐように、指を絡める。


 生きてほしい。目を覚まして欲しい。幸せになって欲しい。微笑んで欲しい。どれほどの感情を言葉にしても足りない。願いを幾重に重ねれば、死という現実を歪曲わいきょく出来るのだろう。どれほど叫んだなら、この声は雑踏を掻き消せるのだろう。


 彼女を、助けてほしい。


 秒針の音が時の経過を告げる中、祈り続ける。どうかこの声が、神に届くように。何度も胸の奥で反芻した。生きてくれと、あめき続けた。


 夜が明ける。白日に照らされた白磁の肌に、朝露が零れ落ちる。誰かの拍動が、幽寂を揺らしたような気がした。


神葬ヘレティック、最後までお読みいただきありがとうございました。楽しんで頂けたら幸いです。

また、この作品はカクヨムにも掲載しており、結末がなろう版と異なります。なろうはバッドエンド、カクヨムはハッピーエンドになっているので、興味のある方はカクヨム版も覗いてみて頂けると嬉しいです。


元々好みを詰めたキャラデザをしたいなぁとアドニスを描き、設定も作ったら本編を書きたくなったため、せっかくだし公募用に〜と書いた作品です。文字数を考えてこの構成になりましたが、彼らの日常などももう少し書いてみたかったです。


読んでくださった皆様、ブックマークや評価をつけて下さった方々、Twitterで感想を下さった方々、とても励みになっていました。ありがとうございました。



↓以下、おまけです。神葬絵まとめ((たまにこそっと新規絵置いていくかもしれない…


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 濃厚な空気感 [一言] 最後まで拝見させて頂きました。 私はハッピーエンドの方を選ばせて頂きましたが。 これからも続く3人の未来に幸あれ!!
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