子供見守り論
ソウちゃんの体調も完全回復したということで、もう一度王子に会うことになった。
ソウちゃんは扉の前で緊張している。
「大丈夫だよ、ソウちゃん。自己紹介だけすれば、あとは俺が話すからね」
「うん…。でも、僕も話すよ」
「そう?なら一緒に話そうか」
「うんっ」
子供特有の純粋な笑顔が眩しい。うーん天使か。
家の子自慢をしたい衝動に駆られながらもノックする。
「入ってくれ」
帰ってきた言葉はやはり偉そうだが、どこか嬉しそうで、それでいて緊張もしているようだ。先ほどの失態をどうするか考えているのかもしれない。
部屋を守護している兵士に開けてもらい、爺さんを先頭にソウちゃん、俺の順で部屋に入る。
「よく来てくれた。さぁ、そちらに座ってくれ」
待ちきれないと言った様子の王子に勧められてソファに腰を下ろす。
「改めて、私がこの国の第一王子であるアークライトだ」
「あっ、あの…さっきはごめんなさい、伊藤宗玄です」
心の準備をしておいたソウちゃんは、しっかりと自己紹介が出来た。頭を撫でたい。褒めたい。
「こちらこそ、君達が寛いでるところに乱入して失礼した」
そういって王子は頭を下げる。
「まぁ、今か今かと待っていた相手なら子供だったらそうなるだろ。お互い謝ったんだ。この件は終わり」
子供が未熟なのはしょうがない。それを怒るか、嗜めるか。自分でごめんなさいが出来れば、それはもう咎めるべきことじゃない。
「お主はまた…。申し訳ありませぬ、王子」
「構わない。こちらの事情で右も左もわからぬ所に放り込まれたのだ。警戒もあるだろう」
おや、これはまた素直に自分の考えを語るものだ。将来の王としてはもう少し腹の内に留めることをしたほうがいいと思うがね。まぁ、子供の内はこれくらいでいいだろう。
「それで、俺達はアークライト君の我儘で連れてこられたと爺さんが言ってたが」
「さっきから黙って聞いていれば、貴様!」
おっ、我慢の限界か。
王子の後ろに立っていた護衛兼執事だろう男が声を張り上げた。ソウちゃんは怯えるので即座に抱きしめて背中をポンポンする。頭も撫でる。おお、中々いい香りがするな…。
この護衛、先ほどの朝食にも王子と一緒に居たが、俺が王子にタメ口を利くたびに顔がひくっとしていたのだ。所謂賢い王子様のシンパと言ったところだろう。そんな奴すぐに顔を真っ赤にして雰囲気悪くすると思ってたから、煽ってみたらこの通りだ。
「よしよし。怖いおじさんだねぇ」
取り合えず無視してソウちゃんを落ち着かせる。シンパが居ると絶対すぐに話にならなくなるから、早めに黙らせるかどこかへ行って欲しいものだ。
「貴様っ…!」
「やめろ!」
王子が間に入る。
「ですがアークライト様!この者は貴方様を侮辱しているのですよ!」
「私がまだ子供なのも、我儘を言ったのも事実だが?」
「貴方様ほど賢ければ子供とは言えません!しかもあれは必要で…」
「黙れ」
おお!王子様の威厳が!
これは面白くなってまいりました。子供にたしなめられる大人の構図。情けなさ過ぎて笑いそう。
「お主は右も左もわからぬ所へ突然放り込まれたことがあるか?そのうえでそこで出会った人物を即座に信用するのか?」
「いえ、それは…。それに、それとこれとは話が!」
「違わないだろう。出会った人物が突然自分のことを王だの王子だのと言い始めたら?それを信じると言う事は相手を信じるということだ」
王子は正論しか言ってないな、うん。思わず笑ってしまった。
「…貴様っ!何を笑っている!」
「いやぁ、だって自分がどれだけ恥ずかしいことしているのか分かってないからな。ブフッ」
「恥ずかしいだと!?王子のことを思って警告していることがか!?」
「ほら、すぐに子供を言い訳に使う。お前のために、お前のことを思って、なんて陳腐すぎるし、子供の横にすぐ怒るような大人が居ればそれは子供を孤独にさせる結果になるぞ」
「…」
王子には思い至ることがあるのか、俺の言葉に頷いている。
「どうせあんたのことだ。王子と仲良くなりそうな子供が居たらすぐに飛び出して『この者をどなたと心得ているのだ!』とか『貴様の親に言いつけるぞ!』とか子供を委縮させるようなことしかしてないだろ」
「だからどうしたというのだ!その子供が王子にふさわしくなかっただけのことだ!」
ほら見ろ、こんな奴がいてよくもまぁ王子はここまで正しく育ってくれたものだ。きっと別の良い教育係が居たのだろう。
「子供って言うのは案外侮れなくてな?自分に合わないと思ったら自分で距離を取ったりするもんだ。大人が口出ししていいことじゃない」
「アークライト様は子供ではない!」
「おい、矛盾してるぞ」
だめだこいつ。子供とセットにしちゃいけないタイプの大人だ。
「お前が本当に王子のことを思うなら、その座を辞退することだな」
「貴様ぁ!」
堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりに腰の剣を抜刀する護衛。王子が無能ならそのまま俺を殺せただろうが…
「やめろ」
この王子は護衛が言っていた通り、とても賢い。経験が少なくても、悪いことは悪いことだと識っている。
「お前には追って沙汰を下す。今は自室にて謹慎していろ」
「王子…!」
「二度言わせるな」
「は、ハッ!」
護衛(笑)は部屋を出て行く。王子は扉に待機していた兵士の片割れを部屋に呼び、後ろに立っているよう命じる。命じられた兵士は困惑しているが、まぁ我慢してくれ。
それにしても王子様ってのは気苦労しかしないだろうなぁ。本当育ての親に会ってみたい。是非とも王子を真っ当に育て上げた手腕をお教え願いたいね。
「…すまなかったな」
そして王子はすぐに頭を下げる。兵士はぎょっとしているが、何も見なかったことにして役割をこなすことに全力を注ぐことにしたようだ。うん、お仕事ご苦労様です。
「いえ、こちらも言葉が過ぎました」
「…お、終わった?」
抱きしめていたソウちゃんが顔を上げる。目をつぶって耳をふさいでいたようで、被害は最小限だったようだ。落ち着いている。
「あぁ、ごめんな怖い思いさせて」
「んーん。大丈夫」
そうやって相変わらずの笑顔を見せる。天使か。
ソウちゃんを元の位置に座らせて、話し合いは再開する。
「全く、あ奴が抜刀までした時は流石にキモが冷えましたわい」
「筆頭魔術師の爺さんも居たし、まぁ大丈夫かなって」
「儂がお主の味方をすると思っていたのか?」
「まぁ、大事な異世界人をこんなことで危ない目には合わせないんじゃないかな?ってな」
「…まぁ、守るくらいはしてやったろうがのう」
そういってそっぽを向く爺さん。可愛くないぞ。嬉しいけども。
「アークライト様にもご迷惑をお掛けしました」
そういって頭を下げると、今度は王子がぎょっとした。
「い、いえっ!?頭を上げてください!あとその言葉遣いは…」
「流石にもうあのような失礼な言葉遣いは致しませんよ。あれは王子を試していたのと、先ほどの方をあのように怒らせるためのものでしたので」
「いえ…それは問題ありませんが…そうですか…」
王子は何とも寂しそうな顔をした。えぇー。
「…なぁ爺さん。俺今正しい敬語使ってるよな?」
「…まぁ、そうだの」
小声で爺さんに相談する。
「なら、何であんな寂しそうなんだよ」
「大人だろうと子供だろうと我が国の王子となれば皆敬語を使って然るべきじゃ。敬うべき上の者じゃからの。だからこそ、王子は自分を子供と見てくれる大人が欲しいんじゃないかの?」
「…はぁ。俺は今後敬語を使わないほうがいいのか?」
「流石に王に対して崩れた言葉を使うのはやめて欲しいの」
「それ以外ならいいのか…」
「ほっほ」
爺さんは頼りになるなぁ。
「…分かったから、そんな寂しそうにするなって」
「えっ…?」
「ん?やっぱり敬語のほうがいいか?」
「い、いえ!そのままでお願いします!」
焦っている姿は間違いなく子供で。
そんな子供の嬉しそうな顔を見るのはいいよな。