爺さんは空気
「さて、改めて自己紹介といこうかの」
別室に移動して、腰を落ち着けた後に爺さんは話し始めた。男の子は難しい話が始まりそうな雰囲気を察したのか部屋の中にあるものを見ている。
あれ?いつの間にか爺さんも無害認定された?
「いや、改めても何も名前聞いてないんですが?」
「あぁ、そうじゃったかの。お主がボケかましてくれたせいじゃの」
「いや、まぁ、すいません…」
話の腰を折ったのは俺だけども、爺さんいきなり馴れ馴れしくなったな。俺も馴れ馴れしかったけど。
「わしはルードヴィッヒ。この王国の筆頭魔術師という職についておる」
やっぱり筆頭魔術師だった!
「あぁ、彼も呼ばないといけないですね。おーい、おいで」
そうやって男の子を呼び戻す。どうやら甲冑に夢中だったようだ。
「な、何?」
夢中だった間は大丈夫だったけどいざ話すとなると緊張するのか。人見知りなのかな?
「自己紹介して欲しいんだって。彼はルードヴィッヒさん」
「あ…ぼ、僕は伊藤宗玄と言います」
「ふむ…ソウゲンが名前でいいのかの?」
「あぁ、そうですね。私たちの国では名前が後に来ますので」
「よろしくの、ソウゲン」
「はっはい!」
ソウゲン君というのか、見た目華奢で臆病な感じだから何とも合ってないな。
そんな失礼な感想を抱きつつ自分も自己紹介をした。
「では、本題に入ろう」
「よろしくお願いします」
「…その他人行儀な話し方はなんじゃ?」
「私だって目上の方への礼儀くらいは存じておりますよ」
「しょっぱなタメ口で爺さん呼ばわりしたのは?」
「舐められたら負けだと思いまして」
「何に負けるんじゃ!さっきのままでええわい、鳥肌が立つわ」
「あんたも大概失礼だな!」
「それでええわい」
ほっほっほ、と年上の余裕をかます爺さん。
「はぁ…もう分かったから話を続けてくれ」
「うむ」
そうして突如爺さんの顔は真剣なものとなった。これは気を引き締めねば…
「実はの…」
口内に溜まった唾を飲み込む。俺達はどうしてー
「この国の王子が、『異世界人と遊びたい!』と駄々こねおってのぅ…」
「…は?」
この爺さん何て言った?
「いやぁ、流石のわし等もそんなことで異世界人を呼ぶのは気が引けたんじゃが、滅多に我儘を言わない賢い王子がどうしてもと言うものじゃから、これは何かあると思って…」
「いやいやいや!」
えっ!?俺達、我儘に付き合うために呼ばれたの?!実際に呼ばれたのはソウゲン…ソウちゃんだけども!
「それで、まぁせめて異世界人の中でもあちらに未練の無い者をと思って術式に組み込んでおいて呼ばれたのがお主等じゃ」
「未練…?つまり帰れないのか?」
「一応帰ることは出来る」
「それじゃぁ…」
「じゃが、召喚に使った物と同等の魔石を用意せにゃならん」
「それは一体…」
「そうじゃな…分かりやすく言うと、お主等を呼ぶのに使ったのは過去に『魔王』と呼ばれた、史上最強と言える魔物の魔石じゃ」
「つまり…」
「実質不可能じゃな」
「えぇぇ…」
マジかぁ…流石にこれは想定外だわぁ。勇者として魔王を倒すとか、なんか適当な理由があれば俺だって多分やる気になるけど、理由がしょぼすぎて速攻帰りたくなった。
まぁ、来てしまったものはしょうがない。今のところは危険がなさそうな世界だ。楽しまないのは損だな。
「あ…でも未練が無いってことは…」
ソウちゃんをちらりと見る。中学生になるくらいと言ったところだろうか。こんな歳の子が未練が無いって一体…
「…」
帰れないことに落胆したのか、ソウちゃんの顔は暗い。そうだよな、何かの間違いだろう。こんな子が召喚されたのは。
「ソウちゃん…大丈夫か?」
「…」
「ソウちゃん?」
「…えっ?」
「大丈夫か?」
「ソウちゃんって…僕のこと?」
「ん?あぁ。ちゃん付けは嫌だったか」
「あ、だ、大丈夫だよ」
「本当に?嫌なら止めるよ。ごめんな」
そりゃ、思春期真っ盛りの厨2病発症仕掛けの子なら格好良くなりたいだろうしちゃん付けは流石にダメだよなぁ。俺減点かぁ。
「うぅん、本当に大丈夫!…お兄さんにはそう呼んで欲しいな?」
少年の上目遣いお強請りビーム!俺は魅了された!
「そうか…じゃぁソウちゃんって呼ぶな」
「うん!」
ようやく見せてくれた笑顔に俺は死んだ。
ソウちゃんは俺が守る!
「それでな、ソウちゃんは日本に帰りたいよな?」
「…」
しまった、またしてもソウちゃんが俯いてしまった。現実を突きつけてしまった。保護者失格だ…。
「…ない」
「え?」
「帰りたく…ない」
「…!?」
帰りたくない?つまりソウちゃんはやはり何か辛い目にあったのだろうか。いや、多感な時期だから、召喚される直前に嫌なことがあっただけかもしれない。
「…どうして?」
出来るだけ優しく声をかける。本当に未練が無いならそれも仕方がないが、一時的な感情で決めるのは良くない。可愛い子には旅をさせよ…違うか?まぁ、とにかく今は俺が保護者だ。意思確認は大事。
「…帰っても、お父さんもお母さんもいないもん。叔父さんと叔母さんは怖いし、従弟はいじめてくるし…」
「…」
なんてことだ。ソウちゃんは両親を亡くしていたのか。それで、引き取った親戚は彼に辛く当たり、ソウちゃんを未練がないと思うほど追いつめていた…。
「友達とかは?」
「いないよ…皆、僕のことを男女って言ってのけ者にしたり、物を隠したりするんだよ」
話しながら思い出しているのだろう、ソウちゃんは今にも泣いてしまいそうなほど悲しげだった。
だから、俺は消えてしまいそうなソウちゃんを手元に引き寄せて抱きしめた。その体は確かに華奢で、力を少しでも込めたら壊れそうな気がした。
「お、お兄さん…?」
「辛かったな」
「えっ?」
抱きしめられたのが恥ずかしいのか、ソウちゃんは逃げようとするが、声を掛けて離さないようにする。
「周りからは虐められて、でも頼れる父さん母さんもいない…分かるよ、俺もそうだった」
「お兄さん…?」
俺も同じだった。
小学生に両親が死んで、引き取られた所では邪魔者扱い。毎日通う学校すら俺を不細工だからと虐めるクラスの屑共。
「独りは寂しいもんな…」
「…」
ソウちゃんには味方がいなかった。それこそ、傷口に塩を塗るように日々を過ごしていただろう。
俺は違った。俺には、近所に住んでいた兄ちゃんがいた。どこか飄々としていて、だけど頼れる兄貴分で。俺は自分の事情は彼に話さなかったが、きっと何か察していたに違いない。毎日家の前を通って暗い顔をしていた俺を元気づけてくれた。休日も休みたかっただろうに俺の相手を態々してくれていた。
俺は彼に救われたんだ。そして、彼のようになりたいと願った。中学に上がったころ、彼は結婚してどこか別のところへ引っ越していったけど、その頃には俺ももう大丈夫だった。
「俺が、君の味方になるからな」
「…!」
そう、ソウちゃんに必要なのは味方。何をしてもこの人は大丈夫という信頼できる相手。
「だから、もう大丈夫だ。俺も一緒に居るから」
ソウちゃんが立派になるその日まで。俺の元を自分から発っていく時まで。
「だから、今は泣いていいんだよ」
少しの間しか関わってないが、きっと心はずっと泣いていただろう。
「う…うあぁぁぁぁぁ…」
俺の服を離すまいとしがみついて、心を洗い流す。きっともう平気。
雨が降った次の日の大地は輝いているから。
兄ちゃん。俺、ちゃんとアンタみたいに出来てるかな?