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俺と悪夢

 現実と夢の境界は、実のところ曖昧であやふやなものだと俺は思う。

 

 リアリティのある夢は現実と変わりないし、夢のような現実は文字通り現実感のない夢見心地のように思える。


 まあ俺が言いたいことは、化け物が襲ってくるような非常事態は夢、もっと言ってしまえば悪夢のような現実だし。


 現実との境界のない悪夢は、それこそ最悪としか言い様のないのだ。


 あの化け物と悪夢に関連性があるのか、俺には分からないが、見てしまったものはしょうがないだろう。


 内容からして、絶対に関係あると思うのだけど。


 前置きはこれまでにして、悪夢について話そう。


 こんな悪夢を見た。


 場所は、俺が住んでいる裏野ハイツだ。


 詳しく言うならば、203号室。


 俺は玄関のほうにいた。


 服は着ていなかった。


 それで思い出す。裸のままで寝てしまったことを。


 その時点で、これは夢だと思った。


 明晰夢と言うべきだろうか。


 初めての経験だった。


 とりあえず、裸のままは恥ずかしいので、洋室に置いてあるタンスから、服を持ってこようと向かう。


 部屋の中は真っ暗だったけど、不思議とどこへ行けばいいのか分かった。


 住み慣れた家でもないのに、なんだか不可思議な感覚だった。


 一歩一歩、部屋の中を歩く。


 夢の中とはいえ、宙に浮いたりとかできないみたいだ。


 そこらへんは俺の想像力の限界とも言えるな。


 LDKから洋室への扉を開けようとする。


 しかし、開かない。


 鍵がかかっているわけではない。


 立て付けが悪いというわけでもない。


 なのに、開かない。


「ああん? なんで開かないんだ?」


 明晰夢だから自分でコントロールできるはずなのに、いまいちそれができない。


 これもまた想像力の欠如、常識に凝り固まった先入観が原因だろうか。


 俺はどうしても開けたかった。


 服を着たかったこともある。


 でも中に入りたい気持ちが何故かあった。


 好奇心だろうか。


 それとも――


 俺は扉を開ける力を強めた。


 しかしびくともしない。


 俺は力の強いほうではないけど、非力というわけでもない。


 だけど、開かない。


「おっかしいなあ」


 夢の中で呟くのは自分でもどうかと思う。


 俺は押しても引いても開かない扉の前で、悪戦苦闘した。


 そして気づいた。


「そうだ。風呂場に俺が着ていた服があるじゃないか。それを着るか。仕方ない」


 俺は身体を反転させて、風呂場に向かう。


 まったく、面倒くさい。


 ちょっと苛立ちを感じながら、俺は風呂場に行こうとした、そのとき――


 ぎぃいいっと後ろで音がした。


 振り返ると、ほんの少しだけ、扉が開いていた。


 それを見た瞬間、嫌な予感と感覚が俺の身体に広がった。


 だけど――開けたい。


 悪寒がするのに、開けてみたい。


 頭では開けてはならないと考えているのに。


 心では開けてみたいと思ってしまう。


 開けたい。


 開けたい開けたい。


 開けたい開けたい開けたい。


 開けたい開けたい開けたい開けたい開けたい開けたい開けたい開けたい――


 開けたくて――仕方がない。


 我慢できない。


 俺は、扉の前に来て、ドアノブに手をかけた。


 開けちゃ駄目だ。


 そう思う間もなく――


 俺は扉を開けた。


 扉を開けた先は、地獄だった。


 床一面に、肘から先を切り取られた、腕があった。


 それが所狭しに、無造作に捨てられている。


 血の匂いが鼻孔をくすぐり、吐き気を催す。


 いや、夢でなければ実際吐いていただろう。


 その衝撃的な光景に、俺の思考はショート寸前だった。


 口元を手で押さえる。


 この場から逃げないといけない。


 そう思った瞬間、気づいてしまった。


 俺がベッドを設置している場所。


 そこに大きなテーブルが置いてあって。


 その上に女性が寝そべっていた。


 女性は死んでいた。


 どうして死んでいるのが分かるのかというと、胸に包丁と思われる刃物が深々と突き刺さっていたからだ。


 女性の表情が痛みと恐怖と苦しみで彩られているからだ。


 まるで昆虫標本のように、テーブルに貼り付けられているみたいな印象を受けた。


「なんだこの夢……気持ち悪りぃ……」


 俺は一歩下がろうとして――


 何かに、ぶつかった。


 驚いて振り向くと、そこには男が居た。


 まるで画家が着ているような作業用のエプロンをかけた、背の高い男。


 手には無骨な肉斬り包丁。


「……あ、ああああ――」


 俺はあまりの衝撃に、その場に尻餅をついた。運が良いのか、座った先には、腕が無かった。


 俺は驚愕のあまり、声も出なかった。


 何故なら、男の顔がまるでインクで塗り潰されたように黒くくすんでいたからだ。


 写真をマジックで書き加えたと言えば正しい。


 それが――なんだか酷く怖かった。


 正体を知らないものを恐れる感覚。


 それが俺の全身を包み込んだ。


「――、――」


 男が、何かを言って、俺の横を通った。


 そして、殺された女に近づいていく。


 無数の腕を踏みつけながら、無数の腕をぞんざいに扱いながら、女に近づく。


 俺は何をするのか、分かってしまった。


 目を反らしたい。でも、目を離せない。


 男の呟きが、どんどん距離を開けているのに、反比例するようにクリアに聞こえた。


「ミロ、ミロ、ミロ」


 ミロ? 見ろってことか?


「ミロ、ミロ、ミロ、ミロミロミロ――」


 男が、女の腕を掴んだ。


 そして、振るわれる肉斬り包丁。


 肉が切られて骨が砕ける音が部屋中に響く。


 手馴れているのか、然程時間をかけずに、腕は切断された。


「う、ぐ、ううう――」


 夢の中なのに、吐き気が止まらない。


 男はそんな俺に構うことなく、反対の腕を切断する。


 鈍い音。そして血飛沫。


 俺はやばいと思った。


 ここで目を覚まさないと、殺されてしまう。


 あんな死に方は嫌だ。


 死にたくない。

 

 生きたい。


 覚めろ。


 男がこちらを向いた。

 

 覚めろ覚めろ。


 こっちに近づいてくる。

 

 覚めろ覚めろ覚めろ――


 男が、俺を、狙っている。


 覚めろ!!


「はっ…………」


 唐突に目が覚めた。


 気がつくと、俺はベッドの上に居た。


 いつ降ってきたのか分からないけど、雨がざあざあと音を立てている。


「今のは、夢なのか……?」


 それにしてはリアルな夢だった。


 夢で感じた吐き気と恐怖は、今も心に刻まれている。


「ははっ。化け物の次は悪夢かよ……」


 最近ツイていない。不幸続きだ。


 いや、不幸が憑いていると言い換えるべきか?


「寒いな……着替えないと――」


 そう思って、ベッドから降りようと何気なく床を見た。


 無数の腕が、床に蠢いていた。


「ひっ!」


 ああ、出来る事なら想像してほしい。無数に腕が生えている地面を。さながら地獄に垂らした蜘蛛の糸を奪い合う亡者のようだった。


 この場合の蜘蛛の糸は俺だった。


 腕の一本に脚を捕られた。


「あ、熱い! や、やめろ! 触るな!」


 そう。経験はないけど、焼きごてを押しつけられている熱さだった。


 そして動かない。動けなくなった。


 暴れることも引き剥がすこともできなくなる。


 抵抗力を奪われてしまったのか?


 そんなことはどうでもいい。誰か助けて――


「――っ! 呪札は、風呂場だ!」


 対抗できる術が見つからない!


 一本の腕が俺の脚を床に引き込もうとしている。


 一本が二本に。


 二本が四本に。


 四本が八本に。


 倍々に増えていく。


「だ、誰か、助けてくれ!」


 大声を出すが、助けてくれる人なんて――


 とうとう、俺はベッドから引きずり出されてしまった。


 全身に腕が巻きついていく。


 こんな、訳の分からない死に方なんて!


 誰か、助けて――


 俺自身の腕を最後の抵抗と言わんばかりに挙げる。


 もう、駄目だ――


「お前らぁああああああ!! なあにやってんだああああああああ!!」


 諦めかけた、そのとき。


 怒号を上げながら、俺と腕に対して、冷たい水のようなものをかける、一人の人間。


 薄れ往く意識の中で、最後に見たものは――


 俺の親友、本山あたるだった。


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