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俺と化け物

 すっかり日も暮れて、夜になった。


 俺は壁を背にして、ベッドの上に胡坐をかいていた。


 いつ来ても対応できるように、俺は構えていた。


 日の入りの時間から、ずっとこの体勢だった。


 神経が過敏になっている。少しの物音でも今の状態なら反応してしまうだろう。


 手には呪札。傍らには霊鏡。


 用意は万全だった。


 しかし――現れてほしいかほしくないかと言われたら、現れてほしくないに天秤が傾くだろう。


 できれば、そのまま、何事も無く――


 だけど、そんな思惑とは裏腹に、そいつは現れた。


 ガタガタガタガタ――


 夜になった瞬間を見計らったのだろう。


 昨日と同じように、四回音が鳴った。


 四回。


 何もない胴体についている手のようなもの。


 それが合計四個。


 ガタガタガタガタ――


 俺を探しているのか、はたまた焦らしているのか、LDKのほうから俺の居る洋室のほうまで、這いつくばって近づいてくる。


 緊張して、声も出ない。


 あんな化け物が、俺に何らかの危害を加えようとしていると思うと、頭が変になりそうだ。


 ガタガタガタガタ――


 色々思考が飛んだりしている中、気づいたことがあった。


 ガタガタガタガタ――


 頭が無いということは、目も鼻もない。


 ガタガタガタガタ――


 じゃあ、どうやって、俺を見つけたんだ?


 ガタガタガタガタ――


 音が、化け物が、近づいてくる。


 ガタガタガタガタ――


 俺の真上に来た――感覚!


 ガタガタガタガタ!!


 今までより大きな音に驚いて、天井を見上げると、化け物が、すり抜けるように、這い寄ってきた。


「あああああああああああああああああああああああああああああ!」


 まるで赤子のような鳴き声。


 まるで老人のようなしゃがれ声。


 矛盾する声が俺の脳髄を揺らす!


「うぉおおおおおお!」


 俺も自然と声が出てしまう。


 悲鳴に近い、雄叫びを上げながら、俺は呪札を同じようにかざす。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 化け物は苦しそうな声をあげる。


 しかし、昨日と違って、化け物は次第に近づいてくる!


 耐性がついたのか? それともちょっとずつ近づけば、平気なのか?


 呪札で追い払うことはできないらしい。


 俺は化け物を昨日よりも鮮明に見てしまった。


 服は着ていない。肌色で頭の部分が凸のように出っ張っている。


 大きさは成人男性くらいだ。


 化け物の手のひらを見た。


 目が三つ付いている。


 ぎょろぎょろと俺の方を恨めしげに見つめている。


 爪は長く、指も長い。


 俺をその手で引き裂こうとするのか?


 見れば見るほど、おそろしい。


 見れば見るほど、おぞましい。


「くそっ! 仕方がない、鏡を使うか――」


 効果がどれだけあるのか、分からないものを使うのは不安だけど、あたるを信じるしかない!


 頼むぜ、あたる!


 俺は心の中で叫びながら、鏡の布を取る。


 鏡は楕円形で、周りは紫の装飾で縁取られている。


 鏡の裏にびっしりと文字が書かれている。


 お経――いや、神社だから祝詞か。


 俺は片手で、鏡を反転させる。


 透き通るような傷一つない、美しい表面。


 そこに写って居たのは、怯えた表情の俺と化け物。


 俺は呪札を化け物から外した。


 化け物が俺に迫ってくるのを感じる。


 俺は急いで、化け物に鏡を向けた。


 両手でしっかりと握りながら。


「あああああああああああああああああああああああああああ!」


 化け物の手の一本が、鏡の中に吸い込まれた。


 苦悶の声を、化け物はあげた。


 鏡を持つ手が小刻みに震える。


 とてつもないエネルギーを感じる!


「く、うおおお! ああああ!!」


 負けじと大声を出す。近所迷惑とかそんなことは頭から離れていた。


 非常識に対して、常識的になる事態、異常だと思わないか?


 ずぶずぶと化け物が鏡の中に吸い込まれていく。


「ああああああああ!!」


 口もないのに悲鳴だけが部屋中に響く。


「さっさとくたばれ! 消えてしまえよ!」


 汚い言葉が出る。


 怖くて怖くて怖くて。


 恐怖で頭がおかしくなりそうだった。


 化け物の身体が半分くらい吸い込まれたときから、吸引力が弱くなった気がする。


 まさか、封じることができないのか?


 そんな不安を抱いた、ときだった。


「ああああああああああああああああ!!」


 化け物の苦し紛れに振るう爪が俺の頬を掠める。


「う、ぐぉおおおお!!」


 痛い――というよりは熱い。


 アドレナリンが分泌されているのか、そう感じてしまう。


 決して浅くない傷。


 俺は思わず、鏡から手を離そうとしたけど、何とかこらえた。


「ああ! ああ! ああ!!」


 じたばたと暴れ回る化け物。


 しかし、抵抗は無意味だったようだ。


 少しずつ、鏡に封じられていく――


 十分、いや一時間くらいだろうか。


 俺と化け物の死闘は終わりを告げようとしていた。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 化け物が最後にそう叫んで。


 化け物は、鏡の中に、封じ込められた。


「はあ、はあ、はあ――」


 呼吸が荒くなるのを、止めることができなかった。


「良かった――」


 そう呟いた、そのときだった。


 ガタガタガタガタ!!


 また、あの音が、聞こえた。


「ひいい! なんだよ!!」


 俺は辺りを見渡す。特に天井を中心に探した。


 ……何もいない。


 しかし、ガタガタガタガタという音が、聞こえ続ける。


 どこから音がするんだ?


 冷静になって、音のありかを探す。


 そして、意外と近いことに気づく。


「もしかして、鏡か?」


 俺は裏返しにした、鏡を表にする。


 そこには化け物が、鏡の中で暴れ続けていた。


 鏡の中で鏡を叩き続けていた。


「いや、封じるだけ、なんだ。消滅するってわけじゃないのか……」


 まあ素人が使えるという点では、これほど効果的な道具(霊具)はないだろう。


 とりあえず、どうするか。


「勝手に処分しても良いって言われたが……一応、持って行くか……」


 ガタガタガタガタとうるさい鏡を、俺は元通りに白い布に包んだ。


 白い布にも、何らかの呪術がかけられているのか、物音がしなくなった。


「これでよし」


 俺は自分を安心させるために、言い聞かせた。


 でも怖いので、鏡はLDKのほうへ置いておいた。


「さて。これで安心できるな」


 一応の用心として、呪札は持っておかないと。



 傷の手当をした後、俺は昨日から風呂に入っていないことに気づいた。

 

 せっかくのセパレートなんだから、風呂に入ってさっぱりとしたい。


 俺は風呂の準備をして入浴することにした。


 シャワーで身体を洗ってから、湯船に入る。


 大きく息をついて、目を閉じた。


 鏡の効果で化け物を封じ込めた。


 あたるには感謝しても足らないな。


 そして、目を開けた。


 そして気づく。


 湯船のお湯が、真っ黒な血に変わっていることに。


「う、ぉおおおお!?」


 驚いて、立ち上がる。


 さっきまで、綺麗なお湯だったのに――


 しかし、驚くべきは次の瞬間だった。


 こぽこぽこぽこぽ――


 湯船から気泡が出てくる。


 何かが出てくる――


「うぉおおお!?」


 俺は、眼を閉じることすらできなかった。


 だから、全部見えていた。


 一本の手が、風呂から現れる。


 そして、その手は、俺の頭を掴んで、湯船に引き込む!


「――っ!」


 頭の手を振り払おうと掴もうとする。


 しかし、手を掴もうとしたら、すり抜けてしまう。


 さらにやばいことに、湯船から手が何本も出てきて、俺の身体を掴んでくる。


「――っ!!」


 パニックと恐怖と呼吸ができない苦しみで俺は、滅茶苦茶に暴れた。


 掴んでくる手がますます力を込める。


 やばい、死ぬ!


 だけど、幸運なのか、偶然なのか、暴れていた俺の足に、排水栓の紐が引っかかった。


 水が、少しずつ、無くなっていく。


 俺はなんとか、死んでしまう前に、呼吸ができる状態になった。


「はあ、はあ、はあ」


 風呂の水が抜けると、いつの間にか、手も消えてしまった。


 あんな化け物の他に、まだ居たのか――


 俺はぐったりとしてしまったけど、何とか風呂場から上がり、そのまま洋室のベッドの上に倒れ込んだ。


 服は着なかった。


 そして、そのまま寝てしまった。


 連日の疲れで、体力が無くなってしまったからだ。


 しかし愚かなことに、風呂場に置いてしまったのだ。


 俺を守ってくれる、呪札を。


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