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――そして、冒頭に至る。
押し込められた車内に居たのは、内容の深さの差こそあれどこの学校関係者なら誰しもが知っている人だった。
陽人は突然押し込められた事よりもそちらの方に驚き目を見張った。
「やあ、突然こんな真似をしてしまってすまなかったな。好きなところへ掛けたまえ」
「あ、はい」
本当なら車内に押し込められた瞬間に押さえ付けられ縛られる事を覚悟していた陽人は予想外の事に頭が働かず素直に従ってしまい、陽人は目の前の少女――薫子の右斜め前方に腰を降ろした。
「何か飲むか?それなりに各種取り揃えているから、君の好きな物も多分あると思うんだが」
薫子を直視する事は出来ない為、陽人は自身の膝に置いた手をずっと見ていたけれど、薫子の言葉でチラリと目の前のテーブルへと目を移す。
確かに有名所のメーカーは大抵押さえられているようだったし、見た事のない物まで揃えられている。
けれど緊張からか、確かに喉が渇いている気はするものの、今は到底飲む気にはなれそうにない。
「あ、いえ。大丈夫です」
「そうか、でもまあ君の為に用意した物だ。気が向いたら飲んでくれたまえ」
「(俺の為とか、計画的犯行!?)」
行き交う生徒は他にも居たにも関わらず、ピンポイントで自分を拐ったのは無差別ではなく、始めから狙っていたかららしい。
それを聞いた陽人は余計に緊張してきて体を強張らせた。
「まあ、そう固くなるな。今日、こうして君を呼んだのは、ちょっとしたお願いがあるからなんだ」
呼んだって言うか、誘拐ですよね!何て事を目の前の彼女に向けて言える筈もなく、「……お願い?」とオウム返しするので精一杯だった。
「そうだ。そのお願いというのがだな、君に“ある部活”に入部してもらいたいんだ」
「えっと、部活に入部、とは一体……」
「君もこの学園に入る前に説明されたかとは思うが、我が学園では必ず倶楽部活動に参加しなくてはならない事は知っているな?」
「まあ、はい」
内容に拍子抜けしたのか、陽人は先程とは比べ物にならない位に気の抜けた言葉を返す。
確かに説明があったので、生徒は強制的に部活に入らなければならない事は一応知っていた。
けれど、まだ春先とは言え、二年時から途中入部するのはいささか気まずいものがある。
特に運動部は、経験した事がある物ならまだしも、陽人は今まで帰宅部だったためそんな物はない。
奇跡的に運動神経が良くいため、直ぐにでも他の経験者達に追い付ける──ような事もない。
だから当然素人であるから、他にも素人が居るであろう下級生と混ざりながらになるだろう。
下級生に混ざりながら何かしらの練習をしている自分を想像して、陽人は項垂れた。
きっと、下級生も気を使うだろうし、こっちも変に気を使うだろう事は目に見えている。だから、運動部は絶対にない。
ましてや、ウチの学園の運動部はどれもレベルが高いらしいから、下手をすると一人で練習、何て事にもなりかねないし。うん、絶対にないな。
だから選択肢は自然と文化系の部活になってくる。けれど、楽器も使った事がないので吹奏楽部もなしだ。演奏している所をまだ見た事がないけれど、入学式では凄かったらしいし、全国大会でも賞を取った事がある位だとは聞いた事がある。
そんな所に今から入っても迷惑を掛けるだけだろう。だから、吹奏楽部も無しなのだ。
こうしてみると、入れそうな部活は限られてきそうにも見えるけれど、意外とそうでもない。
文武両道を謳っているだけあって、文化部の数も抱負で、これもやはり全国大会で賞を取った事がある部活もあるらしい。
けれど、チームプレイが必要な物以外では個人で進める物が多いので、誰かに迷惑を掛ける事もないだろう。
それでも合わなさそうだと思えば同好会か愛好会に入れば良い。
そう思って陽人は、文化部のいくつかに既に絞ってはいるのだ。
だから、断らないと、と思うものの、相手はあの薫子さんだ。断らせてくれるだろうかと不安になる。
そんな不安から、目線をずっと膝辺りにさ迷わせている陽人を他所に、薫子はジッと見つめ続けた。
「それで、その部活だが、君には“オカルト研究部”に入部してもらいたいんだ」
「……──は?」
思ってもみなかった部活名を告げられ、反射的に顔を上げたら陽人は、内容を理解するまでに多少の時間を要した挙げ句、思わず素が出てしまった。
けれど、直ぐに我に帰ると、また目線を泳がせ始めた。
「ええっと、すみませんが、もう一度言ってもらっても良いですか?」
聞き間違いだよな。という淡い期待を抱き、聞き返すも現実は非情だった。
「オカルト研究部に入部しないか」
聞き間違いでは無かった事に陽人は落胆を隠せそうに無い。
頬を引き吊らせながら、どう断ったものかと考える。
オカルト研究部、というからには文字通り、オカルト関係の事を研究する部活なのだろう。
運動部ではない。連帯責任が伴うような文化部でもない。
条件には一応当てはまる。けれど、どうせあまり出られず幽霊部員になってしまうのだろうから、有名人と同じ部活に入るような事はしたくない。それに。
「(そんな部活、あったっけ?)」
全てを覚えている訳ではないけれど、部活一覧が載っているパンフレットにはそんな名前は無かった気がする。
あれは愛好会や同好会までも網羅していたから、記載漏れ、という事もなさそうだった。
「聞いた事がないんですけど、新しく出来た部活ですか?」
「いや?開設されてから今年でちょうど五十年になるな」
「ごじゅう…」
断ろう。断ろうと思ってはいるけれど、上手い断り方を思い付けない。
けれど、沈黙も気まずくて口を開けば、出た言葉はまるでその部活が気になっていると言わんばかりの内容で。
──マズイ。
陽人は焦りから嫌な汗が背筋を伝っているように感じた。
けれど、自分から訊ねた事もあって、帰ってきた答えに対してもつい思考を割いてしまう。
学園がいつ設立されたのかは知らないけれど、五十年続くような部活が載っていなかった?そんな事があるのだろうか。と。
どう断ろうか。どうしてパンフレットに載っていなかったのか。沈黙が気まずい。
同時にものを考えているせいで、結論に至る前にぐるぐると同じ事を考えてしまう。
思考のループに陥ってしまったせいで、気まずい筈の沈黙が訪れてしまい、余計に焦り言葉が出ない。
脳内でぐるぐると回っているもののせいで、目眩を起こしそうになる。
それでも何とか間を持たせたいと口に出せたのは、
「どうして、俺なんですか?」
一番始めに聞きたかった事だった。
幸か不幸か、思考がループした事によって始めに戻ったらしい。
「どうして君なのか、か」
陽人の問いに応える様に薫子は足を組み直した。
「我が学園では全生徒は強制的に部活に入らなければならない。故に勧誘するとすれば新入生に限られる。そう、本来ならば新入生を勧誘するべきなのだろうが、彼らの殆どは内部進学だから既に何処かしらに入部している。そうでない外部生も、この時期になれば既に希望する部活やクラスメイト等に誘われる等をして入部先を決めている事だろう。故に、新入生ではなく、中途編入の君に目を着けた──と言うのは建前で」
矢継ぎ早に繰り出されたため、全てが聞こえた訳ではないけれど、要は他に目ぼしい人間が居なかった為に自分に声を掛けたという事なのだろう。
消去法かあ。と陽人が納得しかけた所へ爆弾が落とされる。
「君、呪われているらしいな」