希望そして絶望
人は時に強烈な後悔に苛まれる
失敗を悲観し無力を痛感する
そして、時間を巻き戻せぬ事に気付く
第九話 『希望そして絶望』
「うわあーッ! お、おまえは!?」
サエナ遺跡の奥で、タケルの見た驚愕の人物。
それは誰だったのだろうか?
その頃、アジジやベン達はどうしていたのだろうか?
「おい! いつまでこうやっているんだ、ワレ!」
アジジが痺れを切らして、銀杏に叫んだ。
「んー☆ タケルがもどってくるまでだよっ☆」
銀杏はにこやかに笑って答えたが、アジジはバカにされたようで頭にカチンときた。
「てめぇ、一体どういうつもりなんだ、ワレ! 何故、タケルをひとりで行かせたんだ!?」
「そうだぎゃ、目的が見えないぎゃ! アニキはどうなるんだぎゃ?」
アジジもベンも、タケルの事が心配で居ても立っても居られない状態だった。
「もー、しょうがないなぁ☆ じゃあ、ちょっとだけ教えてあげるねー☆」
銀杏は人差し指を軽く顎にあて、首を傾けてニコッと微笑んだ。
「私の目的はね……タケルに復讐するんだよっ☆」
銀杏は無邪気にそう言って笑った。
復讐……
銀杏のセリフと表情が一致していないことに、その場にいた誰もが違和感を感じた。
復讐という言葉を発する時は、もっと憎しみを込めた顔をするのが普通ではないか?
それどころか銀杏は、無邪気に笑って言うものだから、皆が違和感をもって当り前であった。
「復讐? 何でアニキに復讐するだぎゃ?」
「以前、タケルがてめぇに何かしたってのか? ワレ!」
「おかしいだっぴょね? ダーリンはギンナンと会うの初めてだって言ってただっぴょよ?」
「うふふ、だーめ☆ これ以上はおしえないよーん☆」
銀杏はまたもや無邪気な笑みで答えた。
この幼い少女が復讐などと、誰が納得するだろうか?
これでは、謎はますます深まる一方だった。
(このままじゃラチがあかねぇな……)
アジジはそう考え、ベンに近づきこっそりささやいた。
「おい、ベン……黙って聞けよ、ワレ。おめぇはあのガキの気をなんとか引いてくれ……
その隙に、おれはタケルを追うからな、頼むぜ、ワレ……」
アジジの作戦に、ベンは視線をそらしたままゆっくりうなずいた。
ベンはそっぽを向きながら、銀杏に近づいた。
「あーあ、と、とっても退屈だぎゃなっ!
そっ、そうだポリニャック! オラにあやとりを教えて欲しいだぎゃ!」
ベンはわざとらしいヘタな芝居を演じた。
「え? 何言ってるだっぴょ。今はそんなことしてる場合じゃないっだっぴょよ」
「いやぁ、その……なんだか無性にあやとりがしたくなったんだぎゃ!
そ、そうだ!銀杏もオラに教えて欲しいだぎゃ!」
ベンは銀杏にあやとりを教えてくれるようお願いした。
「いいよー☆ オオカミさんに教えてあげるね☆」
銀杏はあやとりをベンに教え始めた。
「まったく。こんな時にベンは仕方ないだっぴょね……ん? アジジは何してるだっぴょ?」
銀杏の後ろをこっそりと、この場を離れようとしているアジジに、ポリニャックが気付いた。
(ば、ばか! しーっ! しーっ!!)
アジジは「黙ってろ!」と手をパタパタと動かしてゼスチャーを送った。
「それって鳥のマネだっぴょか? なんかアジジがおかしいだっぴょよ?」
そのゼスチャーにポリニャックは全く気がついていないようだ。
「んー☆ オジサンどうかしたのかなー☆」
銀杏がアジジの方を振り返ろうとした。
「なっ、何でもないだぎゃよ! あのオッサンはたまにおかしくなるだぎゃ!
ははっ!歳はとりたくないもんだぎゃ。そっ、それより早くあやとりの続きを教えて欲しいだぎゃよっ!!」
ベンはなんとか必死に誤魔化した。
(ベンの野郎! 殺すぞ、ワレ!)
アジジは怒りを押さえながらその場をそっと去った。
スタタタタタ……
「ふぅ……よ、よーし。ここまでくれば大丈夫だ、ワレ」
アジジはベンや銀杏のいた場所から離れ、遺跡の奥へかなり進むことが出来た。
「しっかし、この闇はどこまで続いているんだ、ワレ?」
アジジは、あてのない暗闇を夢中で走った。
そのうち方向感覚が狂いだし、遂には上と下の感覚までもが区別できなくなってきた。
「な、なんでぇ、ここは! ここにいると頭がおかしくなりそうだぜ、ワレ!」
頭がぐるぐるとまわり、地についているのか中に浮いているのかすらわからなくなった。
「くっそお! どうなってやがるんだ、ワレ!」
そのうちアジジは、もうひとりの自分を暗闇の中に見つけた。
「あれは……う!」
アジジは、自分ともうひとりの自分が、お互い重なっていく奇妙な感覚を受けた。
それはアジジの記憶であった。
アジジとある女性が大事に赤ん坊を抱いていた。アジジにも幸せな家庭があったようだ。
それは、長い年月で古ぼけたセピア色の写真のように写し出された。
すると突然、巨大な手が闇から現れて写真を掴んだ。
「ぐおッ!」
そして写真を左右に引っ張っぱり、上部が裂けてしまった。
「や、やめろ! やめてくれーッ!」
しかし、なおも写真は引っ張られ、その写真はビリビリと半分に破られていった。
半分にはアジジが写り、もう半分には女房と赤ん坊が写っている。
その赤ん坊の写る半分は、ヒラヒラと木の葉のように落ちていった。
そして、黒い色をした水面に落下すると、ブクブクと溶けていった。
跡形もなくキレイに溶けていった……
「うぅ……う!」
アジジは、ハッと気付くと、何物かに手足を引っ張られていた。
それは、巨大な仁王像のような鬼がニ匹、アジジの手足を引き千切らんとして取り囲んでいた。
「い、いたいっ! や、やめてくれーッ!! だ、誰かーッ!」
アジジは必死で助けを呼んだ。
「さぁ、思い出せ! キサマの過去がどんなに醜かったのかをッ!!」
「さぁ、思い出せ! キサマがどんなに酷い行いをしてきたのかをッ!!」
ニ匹の鬼は、アジジに交互に顔を近づけて問いかけてきた。
アジジの耳の中に、その言葉が突き刺さっていく。
「ぎゃぁー! もぅ沢山だッ! や、やめてくれーーッ!!」
アジジは手足を引き千切られ、遠くへと放り投げられてしまった。
手足をもぎ取られたアジジは、呆然とした状態で天を仰ぐ。
「生きている……生きているのか俺は……」
そこに一筋の流れ星が落ちるのが見えた。
「ハッ! お、思い出したぞ……」
その瞬間、アジジは、自分がどんな生い立ちで生き長らえてきたのかを全て理解したようだ。
「俺がこの世界に生きている理由! そして自分の背負った宿命の重さ!
俺は……俺は……思い出したぞーッ!」
アジジの目からは、大粒の涙が溢れ出してきた。
「うおおおっ!……おうっ! ううぉ……おおお!……うわっううう!!」
アジジは大声で叫んだ。狂ったように叫んだ。そして大声で泣いた。狂ったように泣いた。
「まだおれは死ねない……死んではいけないんだ!……ヤツの為にも!」
はたして、アジジの過去には、何があったというのだろうか?
サエナ遺跡は記憶の間。
心の奥底に眠った自分を見つける案内所。
知る事が良いのか?知らぬ事が良いのか?
そのどちらにも正解はないし、不正解もない。
道しるべを教えられた者は、それが間違った教えだとしてもなんら問題はない。
それは、ただの切っ掛けを与えられたに過ぎず、その先をどう生きるかは自由なのだ。
生きる目的を持ち死を覚悟する者。死ぬ事を恐れ目的を失くす者。
どちらを選択するかを邪魔する権利は、誰にもないのだから。
サエナ神殿は心の間。進むも戻るも己次第。
そして、ここは神殿の入り口。
ベンと銀杏のあやとりは続いていた。
「やったー! 出来ただぎゃ、これがクモの巣だぎゃね!」
ベンはすっかりあやとりに夢中になっていた。
「へー、やるだっぴょね、ベン。これは結構難しいヤツだっぴょよ! 難易度Aだっぴょ!」
「うしし、だぎゃ」
ベンはポリニャックに誉められて気分良くなっていた。
そこに、どこから舞い込んだのか一匹の蝶が、ベンのあやとりの上にヒラヒラと舞い降りた。
「クモの巣にかかるチョウチョかー☆ でも、あのオジサンは蝶じゃなくて蛾だよねー、あはは☆」
「ま、まさかオメェ……アジジが抜け出したことを知って……」
ベンは、銀杏の不適な笑顔で気がついた。ベンは銀杏の顔をキッと睨む。
「モッチロン知ってたよぉ☆ あのオジサンが抜け出すことぐらいはねっ☆」
「じゃあ、どうしてワザと行かせただぎゃ?」
「自分で道を選ばなきゃ意味ないもんねー☆ 人に言われて行動してもダメなんだよ☆」
「ど、どういうことだぎゃ? 一体、アニキとアジジには、何の関係があるのだぎゃ!?」
「それは今にわかるよっ☆ それがフクシューだから、ね☆」
あいも変わらず無邪気な笑顔で銀杏は微笑む。
この少女は、どうやらタケルとアジジの過去を知っているようだ。
「うぁぁぁぁー~……」
その時、遠くからかすかにタケルの悲鳴が聞こえてきた。
「今の声は……アッ、アニキィー!!」
その声の方向に向かおうとするベン。
「いっちゃダメ!☆ まだ……まだダメだよ☆……」
銀杏は首を横に振った。その真剣な眼差しに、ベンは身動きがとれなかった。
遺跡の奥では、タケルの叫び声が響き渡っていた。
「うわぁぁぁーーーー! な、なんだこれは!」
その時、タケルの見たもの。それは暗闇におぼろげに映る、巨大な竜だった。
「りゅ、竜……なのか?……」
竜の大きな目は赤く爛々と輝き、タケルを威嚇している様だった。
「うぐ……」
タケルは、自分を睨んでいる赤い光に素直に恐怖した。
『目覚めたか……タケルよ……』
その竜は静かに、尚且つ圧力の篭った声でそう喋った。しかもタケルの名を知っている。
「な、なぜテメェは俺の名前を知っているんだッ!」
タケルは震える自分を抑え、必死に声を出した。
『おまえは、自分の過去の記憶を取り戻しに来たのだろう?……』
「お、俺の質問に答えやがれッ! このドチクショウめっ!」
タケルは完全に浮いてしまっていた。
無理もない。
虚勢を張るのを怠った瞬間、その竜の殺気に食い殺されるのではないかと感じていたからだ。
『フッ、この私と対等に面と向かって喋るとは……
普通の生身の人間だったら、とうに精神崩壊しているはずだぞ?……』
「へ、ヘン! 俺の気合をそこらへんのヤツと比べるんじゃねぇッ!」
タケルは、精一杯の強がりをその竜にぶつけた。
『ふふ……威勢の良いのは気に入ったぞ……ではひとつ試してみるか……』
「た、試す? な、なにを言ってやがるんだ!?」
『おまえに課せられた試練だ……』
「し、試練だと? 俺が、なぜ?」
『それはこの試練に合格したならば教えてやろう……』
「ヘッ! 仕方ねぇ。その試練とやらを受けてやるよ! そうすれば俺の記憶がもどるんだろ!?」
『記憶が戻ることが、幸運に繋がるとは限らないのだぞ……』
「ど、どうゆうこった?」
『知らぬ方が良いということだ……逆に過酷な運命を辿ることになるのかもしれぬのだぞ……
それでもよいのか?……』
「くっ!……」
タケルは、体の震えを両腕で抑えた。
「お、おもしれぇ! 望むところだ! 試練でもなんでもさっさとやりやがれッ!!」
『ふふ、口の減らない男だ……その威勢だけは認めるぞ……』
タケルと赤い目の竜は、しばらくにらみ合った。
『では、行くぞ!……』
「来やがれッ!!」
赤い竜の目がギンと輝きを増し、その目から床に向かって青白い一筋の光線が発射された。
ボオウッ!
そして緑色のコケの生えた石畳の上に、不気味な光を放つ人影が現れた。
ボボボゥ……
「な、何だよ……コイツは!!」
タケルはその光る人影を見て驚きを隠せなかった。
『ふふ……どうしたタケルよ?……何を驚いているのだ……』
「何をって……てめぇ! こ、こいつはッ!!」
タケルは震える指先をその影に向けた。
そこにいるのは、なんとタケルだった。あるいはタケルにそっくりな偽者なのかもしれない。
どちらにしろ、それは、寸分違わずタケルであった。
そのタケルは体を青白く光らせ、仁王立ちしたままタケルをジッと睨んでいた。
「クフフ……オマエはタケルジャナイ。オマエはニセモノだ」
そのタケルにそっくりな奴は、ニヤリと不適な笑みを浮かべ、馬鹿にしたような口調で喋った。
「なんだと!? このヤロウ、偽者に偽者呼ばわりされる覚えはねぇぜッ!」
「オマエがニセモノだ。ホンモノはコノオレ……クフフ」
「こ……の野郎ッ!!」
タケルはブチ切れて、偽者のタケルへ殴りかかった。
ブンッ! タケルのパンチが空を斬る!
「ち!」
偽者はタケルのパンチをサッとかわし、素早くバックステップして距離をとった。
その動きはどこかおかしかった。足が動いていないのに、体が後退していくのだから。
「気持ち悪い動きしやがって! 逃がすかあッ!!」
タケルはダッシュしてそれを追いかける。
偽者はバックしながらも、飛び込んできたタケルに蹴りを突き上げてきた。
「うォ!」
間一髪。ジャンプ一番蹴りをかわしたタケル。しかし、偽者もジャンプで追いかける。
「この!……う!?」
ドバキッ!
空中で身動きが取れないタケルに、偽者の強烈な一撃がタケルの口頭部にヒット!
「うぐッ!」
態勢を崩したタケルに、さらに偽者の追い討ち。
膝をタケルの腹部に宛て、そのまま全体重を乗せて落下していく。
ベキッ!
「がはっ!!」
鈍い音がして、タケルは石畳に叩き付けられた。
「ぐうう……」
横たわるタケルと、その側に立つタケルの偽者。
「クフフ……モウ、オワリカな?」
偽者は、不適な笑みで、寝転がっているタケルを見下ろす。
「つつつ……や、やるじゃねーかよ、このニセモノ野郎が!」
タケルはなんとか起きあがることができた。
もし普通の人間がこの攻撃を食らったら、恐らく立ちあがる事はできなかっただろう。
そう普通の人間だったら。
「ン? シンデナカッタノか。ウンのイイヤロウだ」
「へへんっ! 悪りィな。ちょいとテメーをナメていたぜ」
「ナンダと!?」
ボオゥッ!
突如タケルの体が青白く輝きだした。
そう、タケルが普通の人間ではないのはインガを発動し、パワーアップできるからだ。
「そおりゃ!」
シュバッ!
目にも止まらぬ速さで偽者との距離を詰めたタケル。
「くらえ!」
バチィッ!!
お互いの右手が拳を突き出し、お互いの左手がそれを防御する。
二人は顔を見合わせ不適に笑う。
「ウ?……ウギャァ!」
突然、叫び声を上げた偽者。タケルは同時にローキックを繰り出していた。
偽者の足は、今の一撃で完全に砕けた。
「クぅ!」
偽者は、またも足を動かしていないのに不気味なバックステップをした。
「足を折ったのに、まだ素早く動けるのか! それならッ!」
それをさせまいと、タケルは偽者と距離を詰め、足をふんづけた。
「ウグお!」
「これで逃げられないな? ニセモノ野郎!」
そしてそのまま、タケルのパンチが連続で火を吹く!
ジャブ、アッパー、ストレート。ローキック、ミドルキック、ハイキック。
マシンガンのような連打に偽者はなす術もなく殴られ続け、どの一発も致命的破壊的を持っていた。
インガを発動したタケルの戦闘力の前では誰も止められないのだ!
「アグっ!……オオぅ……」
「ヘッ! 今、俺様に恐怖したな?」
タケルは自分の顔に浴びた返り血を、舌でペロッと舐めた。
ゴキンッ!
偽者のガードした手を逆間接から殴り、関節が反対側に捻り曲がった。
「ウギャお!」
そして、金的、喉、目突きとえげつない三連コンボ。
ガクリとその場に崩れ落ちる偽者のタケルは、すでに戦意喪失していた。
「グ……ギギぃ……」
「おっと、倒れるのはまだ早いよーん!……せーのっと!」
ボギッ!!
タケルは、膝をついている偽者の背後に周り込み、肩の関節を決めて躊躇なく折った。
ギャドッ!
そして間髪入れずにローリングソバット。
偽者は十メートルは吹っ飛び、柱に激突した。
「へへへ……どうした、もう終わりか? 俺はまだ暴れたりねーけどな」
タケルは、柱に叩き付けられた偽者の前まで歩み寄り、正拳突きの構えをとった。
まさか、虫の息の相手に、タケルはこれ以上の攻撃をを加えようというのだろうか?
赤い目をした竜は、それを黙って見詰めている。
「モ、モウ……ヤメ……」
偽者は、声にならないような震えた声で哀願した。
「あ? おせぇな! 俺のマネをした肖像権は高けーぞ? それに一秒単位で利子がつくんでな!」
「ソ、ソンナムチャな!?」
メギャッ! ボッゴォ!
柱とタケルの正拳に挟まれた偽者の顔は、醜く潰れた。
『うむ!』
それを見た竜の目は、怪しく光ったようだった。
ドサリ……
偽者は無残に床に崩れ落ちた。タケルはそんな敗者の姿を嬉しそうに見詰めた。
そして、クルリと振り返り、竜の真正面に向かってこう言った。
「さぁこれでどうだ! これで俺の力がわかっただろう!」
『なるほど……キサマの攻撃力と残虐性はわかった……さすがサムライの子だな……』
「サムライの子? なんだ? 何を言ってやがるんだ!?」
タケルは、サムライという言葉に過敏に反応した。
『キサマには私を使いこなせる力がある……しかしまだだ、これが最終試験だ……』
竜の赤い目が、またギンと光った。
「あぁ? 最終試験だと!? いつまでやらせりゃ気がすむ……」
「タケル?」
ピクッ……
タケルは、その声を聞いて動きが止まってしまった。
そして、ゆっくり振りかえると、そこにいるのはなんと……
「も、萌ッ!!」
そこにいたのはまぎれもなく、タケルの幼馴染である飛鳥萌だった。
「な、なんでおまえがここにいるんだ?……おまえも俺と同じように、この世界にやってきたのか?」
あちこちに散らばっていた記憶のジグソーパズルを、記憶の断片を少しずつはめ込んでいくタケル。
みるみると顔色が真っ青になってゆくタケル。信じられないという表情で萌の顔を見詰めていた。
「お、思い出したぞ……萌……お、おまえは……」
サエナ神殿でようやく記憶を取り戻したタケル。
そしてそこで出会った幼馴染の少女、飛鳥萌
彼女もまた、何かの宿命を背負いつつ、この世界へと導かれたのだろうか?
その再開に、喜びの感情を表さないタケルの心情は何故?
竜と、タケルと、萌。
この三者には、何か特別な関係でもあるのだろうか?
そしてこの後、タケルの放った言葉が、更に謎を深まらせることになる。
「萌……おまえは死んだはずだぜ……」
タケルの記憶では死んだはずの幼馴染、飛鳥萌。
はたしてそれはタケルの記憶違いなのだろうか?
それともこの人物は偽者なのだろうか?
赤い目の竜の試練は続く。
タケルは目の前の光景が未だに信じられなかった。
目をパチパチと瞬きしてみたり、腕でゴシゴシと擦ってみたりもした。
しかし、目の前の現実は変わることはない。
「タケル、逢いたかったよ」
タケルに歩み寄る、幼馴染の少女、飛鳥萌。
「ち、ちがう……萌は……萌は死んだハズだなんだ!」
「ううん、そうじゃないの。ちゃんと生きていたのよ、私」
萌は首を少し傾けてニッコリと微笑んだ。それはタケルの知っている萌の笑顔だった。
タケルは頭を両手で抱え、ブルブルと首を大きく振った。
目をつぶると、萌が死んでいく様が脳裏に蘇ってきた。
「俺は思い出したんだ! 萌は地球での戦いで死んだッ! い、生きているハズがないッ!!」
「そんな、タケル……いったいどうしちゃったの?」
萌は悲しそうな顔をした。
その場がシンと静まり返り、しばらくの静寂が続いた。
「わ、わかったぞ! またテメェだな!? テメェが偽者の萌を作り出したんだなッ!?」
タケルは激怒し、赤い目の竜に向かって叫んだ。
『たしかに、先ほどのキサマの偽者は私がつくりだした幻だ……
しかし、この少女は本物だ……キサマの良く知っている少女なのだ……』
「そ、そんなバカな……」
『私が地球から、ここへ連れてきたのだ……そのぐらいの力はあるのだぞ』
「フ……はははッ!……あっはははッ!」
俯いていたタケルが、突然、腹を抱えて大笑いした。
「ちょっと、どうしちゃったのよ? タケルっ!」
萌は心配そうにタケルの側に寄ってきた。
「寄るんじゃねぇ! この偽者めッ! 危なく騙されるところだったぜ!」
「ひ、ひどいよタケル!……私がニセモノだなんて……」
萌の悲しそうな目から涙がにじむ。
「お、俺の記憶はまだ完全じゃねぇ……だけど、おまえが死んだことは憶えている……
記憶がまだバラバラだけど、肝心なことだけは思い出したんだ!」
「信じて! タケル!」
「う、うるさい! うるさい! この偽者め!」
タケルは、萌が死んでいたことを思い出したようだ。
しかし、それを受け入れたくない気持ちと、目の前の現実で、軽いパニックになっていた。
パン!
突然、萌が手を叩き、ニッコリと微笑んだ。
「これでいいんですよね? 赤い目の竜さん?」
『うむ、ご苦労であった……』
「お、おい? それはどういう意味だ?」
『タケルよ、合格だ……』
「なんだって?」
『最終試験とは、地球で死んだこの少女を、どう受け止めるかなのだ……
この少女は、私の力で生き返ったのだ……だから本物だ』
「そ、そんなことができるのか?……」
『さあ、すでに試験は終わったのだ……その少女を優しく受け止めてやるのだ、タケルよ……』
「で、でもよ!? 萌はたしかに俺の目の前で死んだんだぜ? それは間違いねぇ!」
『おまえの言うことは正しい……だが、私の言う事も正しいのだ……
私がその少女を生き返らせた事に間違いはない……』
「そんなことが出来るのか? そ、そうなのか?……萌……本当に生き返ったのか?」
タケルは相当に困惑している。
「本当よ! ぐすん……もぅ、タケルのばかぁッ!」
萌はそう言って泣いてしまった。
「この泣き方、間違いなく萌の泣き方だ。ということは……」
タケルは信じる事にした、この少女が萌だという事を。
自分の記憶はまだ完全ではない。そして目の前には萌がいる。
この曖昧さと現実が、タケルの思考を書き換えた。
萌は生きているのだ、と。
「あ、えっと」
その瞬間、タケルの胸には色々な思いが込み上げてきた。
懐かしさ、そして愛おしさ。タケルは萌の側まで歩み寄り、肩の上に手を置いた。
「萌、あのさ……え、え~とォ……」
恥ずかしくて顔を上に向けるタケル。うまく言葉にならないもどかしさがじれったい。
いっそこのまま萌を抱き寄せれば、そうすれば言葉などいらないのに。
「タケル、なんか言ってよ、もォ……ばかぁ……」
萌は泣きじゃくりながら、捨てられた子犬のような目でタケルを見上げた。
「あの、さ……げ、元気で、よ、良かったじゃねぇか……俺はてっきりおまえが死んだもんだと……」
「うっく! うひっく……うえぇ……」
タケルの言葉を聞いて、萌はいっそう泣いてしまった。
「お、おい、そんなに泣くことねぇだろーが……ったく」
タケルは、萌の体を抱きしめようと、萌の体に手をまわそうとした。
タケルの顔は真っ赤に照れていた。
「だからよ……も、もう泣くなっグッ!」
それはとてもおかしな日本語だった。タケルはあまりの緊張で舌でも噛んだのだろうか?
すると、タケルは萌の側からバッと離れた。わき腹を押さえながら。
そこには深々と、一本の銀のナイフが刺さっていた。
「ぐぅ……て、てめぇ……」
わき腹からボタボタと流れる血が、緑色の石畳を赤く汚く染めた。
『やはり弱いものだな、人間とは……容姿次第でこれほどまで油断してしまうとは……
タケル、キサマは失格だ……このまま死んでいくがよい……』
赤い目の竜は、冷酷に淡々とした口調で言った。
「く……そ!……」
タケルは、脂汗を流しながら、もうろうとした顔で萌を見詰めていた。
体のキズより、心の傷口の方が痛かった。
タケルは、ガクンと床に膝をついて倒れた。
ひとときの幸福から、一気に奈落の底へと突き落とされた精神的ダメージは相当のものだろう。
いくら闘いに長けていても、いくらインガの力が強くても、これだけは普通の少年と同じであった。
たかが、まだ十五歳の少年に、これほど残酷な事実を受け止める精神力はなかったのだ。
そう、なかった。
なかったハズだが……なんと、立ちあがったのだ! タケルは!
『ふむ、まだ立ち直れる精神力があるとは……どうやら少しみくびっていたようだな……』
「へっ! ちがうぜ……確かに俺は、萌に刺されて精神がガタガタになった……
全てがどうでもよくなって、このままブッ倒れて死んでもいいと思った……」
『……』
「でもな、俺の記憶はある事を思い出したんだ! 萌を生き返らせる方法があることにな!」
『ほう……どんな方法なのだ?』
「そ、それはまだ思い出せねぇ……けど、記憶のどこかにぼんやりと残っているんだ!
それを思い出すまで、俺は死ぬ訳にはいかねぇんだよッ!」
ボシュッ!
タケルの体から青白い水蒸気が吸収されていく。それはインガを吸収しているかのようだった。
突然、インガの光で石畳が明るく照らし出される。
それは、タケルが今まで放出したインガよりも、数倍も明るく眩しく輝いていた。
『ふふ……蘇ったようだな……』
赤い目の竜は不適に笑う。
「ま、まぶしいわっ、タケル! やめて! お願いだからっ!」
萌は、その光を浴びると凄く苦しそうな表情をした。
「ヘンっ! もう騙されないぜ、このニセモノ野郎ッ!」
ドズンッ!
タケルのパンチが、萌のみぞおちに炸裂した。
「うぅ! い、いたい!……ひどい……ひどいわ、タケル!」
萌は泣きながら悲しい顔をタケルに向ける。
「へんっ、その顔はうれし泣きか? だったらもっとくれてやるぜーッ!」
ズドドドッ!
尚もタケルは、萌の腹部へ攻撃を繰り出す。
その度に、萌の顔が苦痛に歪んで体がくの字に曲がる。
肘打ち、膝蹴りがドスドスと音をたて食い込む。
「おご! うおえっ!」
萌の口からは、胃液や吐しゃ物が吐き出された。
「も、もうやめ……おえっ!」
「くっ!」
それを見たタケルは目を背け、足蹴で萌を遠くまで弾き飛ばした。
バキッ! ドシャ!
萌は石畳に倒れ込み、とても苦しそうな表情で、腹を押さえてゲーゲーと胃液を吐いていた。
眉毛はへの字に曲がり、恐怖に怯え、哀願するような目でタケルを見上げていた。
「ごほっ……なんで?……なんでこんな酷いことをするの……た、タケル?」
タケルは一瞬戸惑った。こいつはもしかしたら、本物の萌かもしれないと。
しかし、タケルは萌をキッと睨みつけた。
「だまれ! ニセモノ野郎!」
「フッ、ふふふ……くそがぁッ!」
すると、萌の顔が哀しみから怒りの顔に豹変した。
「やはり、てめぇ!」
「どうやら私が偽者だと割り切ったみたいね……
でもね? あんたはまだ心の奥底で、この娘の体を傷つけるのを拒んでいるのよ」
「なんだと?」
「だって、その証拠に、顔には一切攻撃してこないもんね!」
「ちっ……」
どうやらタケルは図星だったようだ。
間違いなくコイツは萌の偽者だとしても、萌の姿をしている以上、本気で攻撃できなかった。
「もう一度言うわっ! あんたは心の中で、まだ私を心配しているのよッ! そら喰らえッ!!」
萌の偽者は、大きくジャンプして両腕をシュルリと伸ばした。その伸びた腕の先が鎌のように鋭く光る。
妖しく笑う顔からはウロコのような模様が現われ、長い舌をチロチロと出していた。
こいつの正体は、蛇の姿をした獣人だったようだ。
シャァァッ!
さらに加速して伸びてくる鎌の両腕が、タケルの頭部を左右から狙う!
「もらった! おろかな人間めッ! くらえッ!」
ガシッ!
バケモノと化した萌の両腕を、タケルは両手で掴んで受け止めた。
「受け止めただと!?」
「へへ……おまえがバケモノの姿に戻ってくれて助かったぜ。おかげで殺り易くなった」
「なっ! バカなっ! や、やめっ……!」
これが偽者の最後の言葉だった。
「ずおああッ!!」
バチバチバチッ!
鎌を掴んでいるタケルの両腕から、稲妻のようにほとばしる光が放出された。
萌の偽者、いや、蛇の獣人は、アッという間に真っ黒焦げになり、地面に落下して無残に息絶えた。
ぱちぱちぱちっ!
「上手、上手~☆」
一方こちらは神殿の入り口付近。
「ははっ、オラってあやとりの才能あるだぎゃ」
ベンはやけくそになって、銀杏とあやとりをしていた。
「はぁ~……ダーリン達はいったいどうなっただっぴょか?」
ポリニャックはため息をついてタケルの事を心配した。
「あ☆!……どうやら、タケルは無事だよっ☆」
銀杏は、神殿の奥でタケルの気配を察知したらしい。
「ほ、ほんとだっぴょか? ギンナン!」
「うん、ホントだよ、ウサちゃん☆……さぁ~て、今からお仕事だよー☆」
銀杏はそう言うと神殿の奥へとテクテク歩きだした。
「ギンナン……どうしてもダーリンに復讐するだっぴょか?」
ポリニャックは悲しそうな顔で問いかけた。
銀杏はその場に立ち止まり、振り返る事もなくただ黙っていた。
「……みんなと☆」
「え? なんだっぴょ? ギンナン!」
「みんなと、お友達になれて……とっても楽しかったよ☆!」
銀杏は振り返ると、あどけない顔でニッコリと笑った。
「でもね、銀杏はヤマトの国の攻撃部隊、白狐隊なの……☆」
銀杏の表情は、先ほどのあどけない少女の笑顔ではなかった。
それは、任務だけを遂行する冷酷な表情だった。
そして、銀杏は、暗い神殿内部へスタスタと走っていった。
「まっ、待って欲しいだっぴょ! せっかく友達になれたのに! それなのに、それなのにぃ!」
ポリニャックは泣きながら、銀杏を必死で止めようとした。
それを見たベンは、ポリニャックの肩をポンと掴んだ。
「アニキやアジジ、そして銀杏との関係。それがどんなものかオラ達にはわからないだぎゃ……」
「ベン……でも」
「オラ達にはそれを止める権利はないような気がするだぎゃ。
あの三人は、オラ達には想像できない因果によって繋がっているだぎゃよ……」
ベンはポリニャックの頭をそっと撫でた。そして優しく撫でた。
シュゴオッ!
その時、ベン達の後ろから、もの凄いスピードで何かが通過した。
「あれは!? 武神機だっぴょ!」
銀杏専用の武神機、春紫苑であった。
ピンク色に妖しく光る武神機は、遺跡の暗闇へと消えていった。
「いったい、何が起ころうとしているだぎゃ……」
ベンとポリニャックの不安は募り、事態は加速していく事になる。
そして、こちらはタケルのいる暗闇の部屋。
「やっとだ……」
タケルは静かに口を開いた。
「これでやっと、俺の記憶を取り戻すことが出来るんだろ?……
テメェがそうしてくれるのだろ?……なぁ、そうなんだろ!?」
タケルは赤い目の竜に向かって強い口調で言い放った。
『そうだ、タケル……キサマは私の試験に見事合格した……
私がおまえに委ねられることによって、おまえは記憶を取り戻すだろう……」
「委ねられる? どういうことだ! 俺はアタマ悪りぃから難しい事はわからねーんだよッ!」
『ふっ……そう自分を卑下することはない……文字の意味を知るだけが知識の全てではない……
わかりやすく言うと、私とキサマは同化するのだ……』
「同化? 同じ体になるって意味か?……それって、合体とかするのか?」
『完全に一体化するという意味ではない……私は貴様の飽くなき戦闘力に感化されたのだ……
私にはキサマが必要であり、キサマには私が必要になってくるはずだ……』
「チンプンカンプンだな……どういう意味なんだよ?」
『フフ……こと闘いにおいては、キサマは私を満足させてくれそうなのでな……
では、貴様を食うとするか!』
「な!?……食べるだって? 冗談じゃねぇ!」
『もう遅い! 貴様は私に食べられるのだ! タケル!』
赤い目の竜は、タケルの体を鷲掴みにした。
「ぐおっ! や、やめろー!」
『覚えておけ……私はヤマトの邪心竜、アドリエルだ!』
「アドリエル……ヤマトの邪心竜だと? うわぁーッ!!」
赤い目の竜、アドリエルは、タケルを口の中に飲み込んだ。
アドリエルは、全身を震わせ、翼を大きく羽ばたかせた。
そして上空に向かって飛び立つと、大きな鳴き声を発した。
キシャアァーー!
すると、アドリエルの胸から光が発せられ、その光の筋は、部屋の隅まで放たれた。
やがて、空間全部が白い光で満たされていった。
タケルの後を追う銀杏の春紫苑。
「いるんだね☆……この近くに☆」
銀杏は、異様なインガを感じていた。
春紫苑は、暗闇の通路を抜け、石畳に緑色のコケの生えた部屋にでた。
「タケル、ここにいるんでしょ☆?銀杏にはわかるんだよ☆」
すると、部屋の暗闇から、ひとりの影が現れた。それはタケルだった。
「よう……ひさしぶり……ってワケでもねーよな?」
「タケルの顔つきが、ちがって見える☆……ついになれたんだね☆?」
「ほう……どうやら、テメーは全てお見通しらしいな」
「うん、だいたい☆ あ、やっぱ全部かな?☆」
「そうか……じゃあ俺が、とんでもねぇ力を身につけたこともか?」
「うん、そうみたいだね☆ だから私がここにいるんだよ☆」
「そこまで知っていながら俺と戦いたいらしーな。とんでもねぇガキだぜ……」
「ふふ、ありがと☆」
「じゃあ、見せてやるよ! 俺の力! 邪心竜の力を!」
グオオワァー!
風がなびき、それが激流のように吹き荒れた。
竜巻とともに上空へ昇っていったタケルの体が、稲妻のように光る。
「雷鳴招来! 破壊の限りを尽くせ!」
ビカビカビカァーッ! バリバリンッ!
稲妻とともに金色に輝く竜が現れ、竜はタケルを飲み込んだ。
タケルはその竜の中のコクピットのような空間に落ちた。
そして、シートに座ると、両腕で緑の玉を掴んだ。
すると、タケルの全身に見たこともない模様が広がっていった。
『タケルよ……私とメンタルコネクトをするのだ……』
「ようし!」
アドリエルの声にうなずくと、タケルの体が光ってコクピット全体に流れ込んでいった。
グアオオオッ!
光る竜は、人の形に姿を変えた。
「待たせたな……こいつが俺の力! 俺の武神機だ!」
タケルが呼び寄せた武神機……
それにしても、この武神機の神々しさは何であろうか?
漆塗りのように透明感のある光沢のボディー。
赤と黒のラインとのコンストラストは、雄々しく気高く、まさに神の創りし芸術品。
背部からは生えている悪魔のような羽と尻尾。
善と悪……そのどちらともいえる力強さを象徴していた。
「ふうぅ……静かだ……俺の心がすげぇ静かになっているのがわかるぜ……」
「さすがだねっ、タケル☆ 伝説の武神機を手に入れるなんてねー☆」
「よせ、当然だ」
「ふ~ん、なんだか前より自信マンマンみたいだね☆」
「ああ、そうだな。コイツのおかげかな?」
「ねぇ、その武神機はなんて名前なの☆?」
「そういやまだ聞いてなかったな? おい、なんて名前なんだ? アドリエルって呼べばいいのか?」
『この武神機は私と貴様のふたりの姿だ。好きに呼べば良い』
「そっか……え~と、それじゃあ、ヤマトの武神機で、俺の名前がタケルだから……
ヤマトタケルってのはどうだ?」
『ふっ、よかろう……では、私の意識はここで消える……あとは貴様が好きに戦うが良い……』
「じゃあ、そうさせてもらうぜ、アドリエル」
『私は嬉しいぞ……貴様といれば、闘いに明け暮れる日々を堪能する事が出来そうだからな……』
「ちっ、縁起でもねぇこと言いやがって……でも、そのとおりかもな。
俺にはこの先、嫌というほど戦い続ける宿命が待ち受けているみてぇだからな!」
『ではタケルよ……共に修羅の道を歩み続けようぞ!……ふははははっ!』
そう言うと、アドリエルの声は消えていった。
タケルの乗った伝説の武神機の右肩には「大和」の文字、左肩には「猛」の文字が浮かんできた。
「へんっ、気の利いたことしてくれるじゃねぇの、アドリエルさんよ!」
「すっご~い!☆ 武神機とお話できるんだ!☆」
「もう消えちまったみてぇだけどな。そんなことよりよ……やろうぜ?」
「ん?☆ なにをかな~☆」
「またまた、とぼけやがって……ホントに食えないガキだぜ」
「あはは、うそうそ☆ このまえの続き、やろ?☆」
「ああ、いいぜ……まずは力比べからだな」
タケルの乗ったヤマトタケルは、腕相撲をしようと腕を差し伸べた。
それに対して、銀杏の春紫苑も腕を差し伸べた。
「それじゃ、はっけよ~い……」
「のこった!☆」
ググググ……ギギギ……
ヤマトタケルと春紫苑は、腕を握ったまま力比べを始めた。
武神機という巨大なロボットが、腕を握って力比べをする……その様は異様だった。
「この前は俺の惨敗だったけどよ、今回はわかっているぜ、おまえの力の秘密をよ」
「ん~?☆ なにがわかったの?☆」
「おまえはインガを使っているにも関わらず、インガを使っていることを感じさせないんだ。
力を入れるインパクトの瞬間だけに極小のインガ使ってやがる……気付かないワケだぜ」
「バレちゃった?☆ というかやっと気付いたんだね~☆」
「ああ、インガはただ放出すればいいってワケじゃねぇ。効率良く出すのがポイントだ……ぜっ!」
「わっ!☆」
タケルのインガに押される銀杏。春紫苑の体制が崩れ、ヤマトタケルから離れた。
「へん! 力比べは俺の勝ちってところだな」
「あはは、そうだね☆ でも力だけじゃ、この世の中は良くならないんだよ☆ 知ってる?☆」
「意味ワカんねぇことぬかしやがって、 口先もナマイキなガキだぜ!」
蹴りを繰り出すヤマトタケル。それをかわす春紫苑。
「じゃあ、そろそろ復讐させてもらうねっ☆……撫子隊長のためにっ!!」
「撫子だと!?」
タケルは一瞬戸惑った。
バシュッ!
「うっ!」
猛スピードで迫り来る春紫苑。目にも止まらぬ速さで右の拳を突き出す!
シュッ! ガシッ!
それを左手で払いのけるヤマトタケル。お互いは離れて距離を取った。
「ナデシコ……撫子だと? 俺がそいつに何をしたって言うんだ!?」
「撫子隊長の事は思い出していないみたいだね☆ だったら思い出させてあげるっ☆!!」
ビュッ!
春紫苑は、目にも止まらぬスピードで大和猛の背後に回り、強烈な蹴りを繰り出した!
ドギャンッ!
「ぐぁつッ!」
背部に蹴りを喰らったヤマトタケルは、つんのめって前に倒れた。
「どうかな~?☆ 今ので思い出したかな?☆」
「ちっ! なかなか素早いじゃねーか、このガキャ。こんどはこっちからいくぜ!」
今度はタケルの攻撃! 左のパンチをフェイントにした、右のアッパーが春紫苑に炸裂。
ガギャ! バゴオォンッ!
春紫苑は勢い余って柱に激突した。ガラガラと崩れるガレキの中、春紫苑は立ちあがった。
「あはっ☆ やっぱタケルと戦うのはオモシロイねっ☆ 下の世界ではなかなか強い方だよっ☆」
「今なんつった? 下の世界だとっ!?」
春紫苑と大和猛が、お互いに攻撃を繰り出す。タケルと銀杏の息も尽かせぬ攻防は続く。
そこに。その様子を石柱の影から様子をうかがうひとりの影。
それは、タケルのあとを追う、犬神善十郎だった。
「くそ~、タケルめ!まさか伝説の武神機を手に入れるとは……
これでは、あのお方が蘇ってしまうではないか……それだけは避けなければ俺の出世に影響する!」
どうやら犬神は、伝説の武神機の秘密を何か知っているようだった。
「それに、あのように空中を舞うことが出来るとは……
今のヤマトの技術力で、空中に滞在できる武神機は銀杏の春紫苑のみ。
それと同等、いやそれ以上の能力を持っているというのか……恐るべしだな」
犬神の額に冷や汗が垂れた。
「下の世界っていうのは、ヤマトとその周辺の国以外のことだよ☆
なーんにも知らないんだねっ、タケル☆ じゃあ、銀杏に勝ったらちょっとだけ教えてあげるねっ☆
でもぜ~ったいに無理だと思うけどねっ☆ うふふ☆」
「けっ! 可愛げのねぇガキだぜッ! 腕相撲の時の借りは返してもらうぜーー!!」
大和猛が青白く光り輝く! タケルはインガを発動させパワーをグンと上げた。
「おらおらおらぁーッ! この攻撃を防ぎきれるかァーっ!!」
大和猛の怒涛の攻撃。
ガシ! ピシ! パシッ!
しかし春紫苑はそれをいとも簡単にさばいていく。
「くっ! なんで当たらない!? あのガキはインガさえ使ってないってぇのにッ!?」
尚も続く大和猛の連続攻撃。しかし春紫苑には一発も攻撃が当たらない。
「くっそォ! ゼイッ、ゼイッ! なんで当たらないッ?」
遂にタケルは、インガを連続で使い過ぎて息切れしてしまった。
ガゴオオンッ!
「うごぁッ!?」
攻撃の切れ間に不意をつかれたタケルは、銀杏の攻撃でバランスを崩した。
「見せてあげようか?☆ 銀杏の、春紫苑のチカラをねっ!☆」
バヒュッ!
ヤマトタケルに、アッという間に距離を詰める春紫苑。
そして、春紫苑の連続攻撃がひっきりなしに繰り出された!
ドガガガ! ギャギャァン!
防御の間に合わないタケルはそれを全て喰らってしまった。
「うぐうっッ!」
「どーお☆ まいったかな?☆」
「くそっ!……そうか、また攻撃の瞬間だけインガを発動させているんだな……」
グラグラとよろけるタケルの大和猛。
「ぴんぽ~ん☆ でももう遅いよ~、これでトドメだよっ☆!」
銀杏の春紫苑は、大和猛をガッシリと掴んだ。
そしてそのまま、ピンク色のインガを放出しながら天井へと突っ込んでいった。
「うわぁああぁーーッ!!」
破壊神アドリエルと同化し、武神機大和猛を手に入れたタケル。
しかし、惜しくもその実力を発揮せぬままやられてしまうのだろうか?
それとも、全力をもってしても春紫苑の力の前には通用しないのだろうか?
タケル、絶対絶命!!
その時。
ベンとポリニャックは、倒れているアジジを連れて神殿の外へと脱出していた。
「ひぃ~! まったく、このオッサンは重いだぎゃよ!」
ベンは文句を垂れながら、アジジを担いで運んでいた。
「文句いわないだっぴょ! あれ? 外はもう夜になってるだっぴょ!」
神殿に入ったのが午前だったのに、すでに外は日が暮れていた。
タケル達が神殿に入ってから、それだけの時間が経過していた事になる。
「あっ! あれは何だぎゃッ!」
ベンは神殿の上空を指差した。
そこにはピンク色の眩い光りが、打ち上げ花火のようにポンポンと輝いていた。
「き、キレイだっぴょ……」
ポリニャックはその光りに思わず見とれてしまった。
「み、見とれている場合ではないだぎゃよ! あれを見るだぎゃ、ポリニャック!」
妖しくも美しいピンクの火花。
それは、空中を縦横無尽に飛び回り、何かを攻撃し続けているように見えた。
「銀杏の武神機と……もう一機の武神機……あれはまさかアニキが乗っているだぎゃかッ!?」
「ど、どういうことだっぴょ! なんでダーリンがあんな武神機に乗ってるだっぴょか!?」
「わからないだぎゃ……でも、アニキのインガが感じられるだぎゃ、
アニキに危険が迫っていることだけは確かだぎゃ!」
「近くに行ってみるだっぴょ!」
「おうだぎゃ!」
「お、おれも連れていけ、ワレ……」
すると、倒れていたアジジが目を覚ましたようだ。
「その体じゃ無理だぎゃよ! アジジ!」
ベンは心配そうな顔でアジジを見た。
「ポリニャック……おめぇ確か特殊なインガが使えるそうだな、ワレ?」
ポリニャックは無言でコクンとうなずいた。
「あそこに見張りの武神機がある……そいつにあのガキの姿を見せて油断させるんだ……
そしてあの武神機を奪うんだ、ワレ……」
「ギンナンに成りすますってことだっぴょか? う、うん、やってみるだっぴょ」
ベンとポリニャックは隠れながら、ヤマトの一般兵用武神機に近づいていった。
「本当にそんなこと出来るだぎゃか? ポリニャック?」
「うん、昔いたずらでやったことがあるだっぴょ」
ポリニャックは武神機のパイロットに向かってインガを放出した。
そして、パイロットの脳に直接インガを送り、銀杏の幻影を投影させた。
「やっほー☆ 降りてきていいよーっ☆」
どうやらヤマトの兵には、そのような銀杏の幻覚が見えているようだった。
ヤマトの兵はハッチを開け降りて来た。そして何もない空間に向かって敬礼している。
「よし! うまいだぎゃ、ポリニャック!」
ベンは背後から近づいて、ヤマトの兵の後頭部めがけて一撃入れると、パイロットはガクリと気絶した。
「ほーっ、こんなにうまくいくとは思わなかっただぎゃ。ナイスだぎゃ、ポリニャック!」
「えへへ! 実はベンの村に遊びに行った時、長老の幻影で遊んだことがあるだっぴょ」
「ん? そういえば以前、長老がポリニャックに美味しい物を食べさせに連れていけと、
言った時があっただぎゃ……それって、ひょっとしてオメェの仕業だっただぎゃか!?」
「あちゃ! つい口がすべったっぴょ、ゴメンだっぴょ~!」
「オラをだましただぎゃな!」
ベンは怒ってポリニャックを追っかけ回していた。
「よおしッ! でかしたな、ワレ!」
アジジはいつの間にか、ヤマトの武神機のコクピットに座って操縦していた。
グオオ!
「アジジ! その体じゃ無理だぎゃ!!」
「ほぅらっぴょ~」
ベンは、ポリニャックの口を指で左右にビロ~ンと引っ張っていた。
「あいつが危ないんだ!……タケルの、タケルのピンチなんだワレーーっ!!」
アジジは叫んだ。そして武神機は、タケルと銀杏のもとへ飛び立った。
「ムチャだぎゃ! あの凄まじい戦いに飛び込むなんて、何故そこまでするだぎゃ? アジジーっ!」
ベンの叫びは、虚しくもアジジのもとへは届かなかった……
ドォン! ドボォン! ボォンッ!!
銀杏の駆る、武神機、春紫苑。
その凄まじい攻撃の瞬間、ピンクの光弾が夜空を飾る。
それは皮肉にも、華やかであり美麗であった。
タケルの大和猛は、空中で春紫苑の攻撃を、四方八方から喰らい続けていた。
春紫苑の背中からワイヤーのようなもので発射される手裏剣。
それは予測不能な動きをしていた。
「うごおッ! くそ! このままじゃヤバイぜ!」
もはやタケルに反撃のチャンスは残されていないのだろうか?
「ふふん~、どうしたのタケル?☆ もう終わりなのかなっ☆」
銀杏は無邪気に笑いながら、攻撃の手をいっこうに緩めない。
「へ、へんっ! てめぇには感謝してるぜ!」
「え!?……☆」
銀杏はキョトンと不思議そうな顔をした。
「だってそうだろ? インガの効果的な使い方を…・・・教えてくれてるんだからなぁッ!」
シュン!
「あれ☆ かわされちゃった!」
今まで喰らい続けていた銀杏の攻撃を、タケルは初めてかわした。
「ふぃ~、喰らい続けるのもけっこうキツイぜ。さって!お勉強タイムは終わりだぁ~ぜッ!」
ビシュン! ブオアアァッ!
突如、猛反撃を繰り出すタケルの大和猛。
春紫苑の繰り出す拳と、大和猛の繰り出す拳がぶつかり合い、
火花のようにパッパと赤く閃光がほとばしる。
ブルーとピンクの球体に包まれた両機が激突すると、花火のように美麗だった。
「そらそら! どしたぃ!」
「あれ☆ あれ☆ あれ~!?☆」
徐々に、タケルの攻撃が春紫苑にヒットしていく。
タケルの戦い方、そのインガの使い方は、まるで銀杏の戦法とそっくりだった。
攻撃の瞬間のみにインガを放出する。
そうすることで無駄なインガを抑え、またヒットした瞬間に攻撃力を最大に高めることで与えるダメージも増加する。しかしこれは、誰にでもすぐに真似できることではない。
タケルの戦闘センスと、強力なインガ両方が合わさって、初めて成し得る戦術なのだ。
この短時間で、ここまでインガを昇華させたタケル。それは銀杏にとって脅威だった。
「う、うそっ☆ タケルにこんな戦い方が出来るなんてっ!?☆ さっきやばいって言ってたのに?☆」
銀杏は初めて慌てた。
「きひひっ! 俺様に不可能はなーいッ!
てめぇの攻撃を喰らいながら学習してたんだ。ヤバイって言ってたのはオマエのことなんだぜ!」
バッキイィィン! ボゴオォンッ!
大和猛の攻撃が、春紫苑の無防備な箇所に当り、たまらず春紫苑は落下して地面に激突した。
「あたた……☆」
遺跡の石畳をガラガラと崩しながら、春紫苑は瓦礫に埋まっていた。
ド ドウッ!
それを追って大和猛も地面に着陸した。
「砂漠のバザーでの腕相撲。あれも同じ原理なんだろ?
ずっとインガを放出しないで、力を入れる時だけインガを放出する。こんな感じでな!」
ブオシュッ! バゴォン!
ヤマトタケルは、瓦礫の岩に正拳突きをしてみせた。
「そしてだ。放出したインガを体の外に逃がさずに、体内に閉じ込めまた活用させる。
使い捨てずにリサイクルってとこか。どうだ? 当たりだろっ!」
タケルは鼻の頭をゴシゴシとこすり、自信満々に言い放った。
「うぅ…・・・☆」
銀杏は何も言い返せないようだ。
「ほーれ! ん、どうした? 何とか言ってみろよ! やーい、やーい! へへへーんだ!」
銀杏に対する罵倒は、子供のケンカそのものだった。
「ず、ずるいよタケルっ☆ 銀杏のマネするなんてっ! ずるいずるいっ!☆ わぁん!」
銀杏は半ベソをかきながら、タケルに対抗した。口ゲンカ対決の始まりだ。
「へーん! マネしたモン勝ちだよーっだ! ア~ホ、バ~カ、マヌケ~! ベロベロベー!」
「あー!☆ 今バカって言った!? バカって言った方がバカなんだよっ!」
「ほへぇ~、じゃおまえなんかウンコだ! ウンコウンコウンコウンコーーッ!」
「あーん、あーん!☆ 女の子にウンコって言ったぁー、ひどいよォー!☆ えーん!」
いったい何なのだろうか? この低レベルの争いは。
タケルも本気で言い争っているのだろうか? それとも何か別に作戦でもあるのだろうか?
この低レベルの戦いは、当然アジジやベン達にも聞こえていた。
「な……なんだぎゃ? なにをしてるだぎゃ、アニキは?」
「あのバカ! 何やってやがんだ、ワレ!」
「ダーリン子供みたい。うふ、かわいいだっぴょ~」
タケルはダンゴっ鼻の頭をこすってニヤリと笑った。
(へへ! いくらインガが強くたって中身は子供。泣かせちまえばこっちのもんさ! 俺って頭いい~)
タケルの胸中は、心理作戦の勝利を確信していた。
「うぇは~ん、うぇは~ん!☆ わーん、わーん!☆」
銀杏はメチャクチャに泣きじゃくっていた。
「さてと! いよいよトドメといくか……
ふふふ、女にどんな酷い言葉を言えば傷つくか、俺にはわかるぜ……その言葉は……いひひ!」
タケルはイヤラシイ笑みを浮かべた。はたしてどんな酷い罵声を浴びさせようとしているのかッ!
「このペチャパイ野郎ーーーーーッ!!」
「……」ベン
「……」アジジ
「……!」ポリニャック(ちょっとショック)
タケルは少女に向かって、なんて酷い言葉をぶつけたのだろうか?
時に言葉は暴力以上の傷跡を残す。みなさんくれぐれも注意して下さい。
「へっへーん、どうだッ! もう立ち直れないだろうッ!」
「び…・・・びえぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~んっ☆☆☆!!!!」
突如、銀杏が狂ったように大声で泣き出した。
それもそのはず。幼い少女の心をえぐった、他愛の無い一言。
しかし、その他愛の無い言葉によって、この少女は一生のトラウマを植え付けられたのかもしれない。
女は生まれてから死ぬまで、常に女心を抱いているものである。注意必須!
ドギャァッッ!
突然、タケルの武神機に強い衝撃が起こった。
その衝撃の勢いで、大和猛はシリモチをついた。タケルは起き上がって驚いた。
「な、なんだっ、今の攻撃はッ!?」
フシュイィ……ン……
なんと、そこには前にも増して、強大なインガを放つ春紫苑が立ちはばかっていたのであった。
「ばかぁッ!☆ バカバカっ! タケルのばかぁッ!☆ わーーんッ!」
ドガッ! メキャ! バゾンッ! ガッシャ! メゴァ! ゾギャン!
春紫苑の狂った乱舞のような攻撃。大和猛はガードする間もなくひたすら攻撃を喰らっている。
「え、あれ?……これって……」
タケルは今、春紫苑の猛攻の前に何がおこっているのか理解できなかった。
ボギャンッ!
春紫苑のするどいまわし蹴りで、大和猛は神殿の壁に激突した。
そしてガラガラと崩れる瓦礫にまみれたのは、今度はタケルの番だった。
「こ、これって逆ギレかーーーーッ?!」
そうなのであった。銀杏を泣かせて戦意喪失させる作戦であったが、
逆に泣き過ぎて銀杏の怒りに火がつき、究極ワザ『逆ギレ』を発動させる結果となってしまったのだ!
「くっ! ケンカのプロの俺にもよくある経験だが、こうなっちまった相手はある意味たちが悪いッ!」
瓦礫の山を払いのけている大和猛に、春紫苑の背中からはワイヤー手裏剣が放出された。
ズドドドガギャッ!
「またこいつか! ぐわっ! 容赦なしかよ!」
「うわーん!☆ ぜったいゆるさないんだからーーっ☆」
ますます激しくなる春紫苑の攻撃。
春紫苑の両腕が切り離され、遠隔操作で空中を飛び、そこからクナイが現れヤマトタケルを襲う。
「うわっ! そんなんアリかよッ!?」
アジジは、銀杏の春紫苑の背後に回っっていた。
「このままでは、まずいな、ワレ!」
タケルの大和猛は、春紫苑の攻撃を防御するのに精一杯だった。
ジワジワと強まるその攻撃が、一発二発と大和猛に大きなダメージを与えていく。
「ぐっ! このブチ切れたパワー……異常すぎるっ! う、受けきれねぇっ!」
ボオォン!
突如、春紫苑の背部に衝撃がおきた。振り返る春紫苑。
そこには、アジジの乗る武神機が体当たりしていた。そのおかげで、タケルへの攻撃が一瞬止まった。
「ぐすん……あれ☆ なんでヤマトの武神機が?☆」
銀杏は味方機の攻撃で、はっと我に返った。
「タケル、いまだ逃げろっ! ワレ!」
「お、オッサン! なんて無茶な……だがしかし、助かったぜ!」
「タケルっ! ここはいったん引いて態勢を整えろ! その間、こいつはオレが食いとめるぜ、ワレ!」
「食いとめるだってぇ!? 無理だ! このガキの武神機は、ただの武神機じゃないんだ!」
「てめぇの武神機だって普通じゃねぇハズだろ! もっとちゃんと操りやがれ、ワレッ!」
「ち! イタイとこ突くじゃねぇか……こちとら初めての機体で慣れてねぇんだよッ!」
「言い訳こいてんじゃねぇ! てめぇが乗ってる武神機は、ただの武神機じゃないんだぞ!」
「知っていたのか、オッサン?」
「ああ、それは間違いなく伝説の武神機……
その武神機に乗っているということは、その武神機に選ばれたってことだろ? ワレ!
だったらもっと、てめぇに自信持ちやがれッ、タケルっ!!」
その時、銀杏の春紫苑が、タケルとアジジに向かって突進してきた。
ブンッ!
間一髪それをよけた2人の機体。タケルとアジジは距離をとって地上に降りた。
「その武神機には、おヒゲのオジサンが乗ってるんだね~☆ それじゃ、さっきのお返しっ☆」
空中から急降下して迫ってくる春紫苑。
それを、アジジの武神機は飛び上がって防ぐ。
春紫苑はおかまいなしにアジジに攻撃を行った。
ズガガガッ!
「ぐっ! ぐううっ!」
その凄まじい攻撃に、機体がきしみ、アジジがひるんだ。
「オ、オッサン!」
「来るなッ! それよりもその武神機の真の力を引き出すんだッ! ワレ!」
「真のちからだって……?」
「あれぇ?☆ タケルはこのオジサンを助けないの? 早くしないと死んじゃうよ~んだ☆」
確かにこのままでは、アジジは銀杏の攻撃に耐えられそうにもない。
「くそっ! どうしたらいいんだッ!」
(なにか方法があるハズだ……この武神機のもっとスゴイ力を出す方法が……)
タケルは必死になって考えた。
「だ、ダメだ! 何も思いつかねぇっ!」
タケルはコクピット内のシートを両手で思いっきり叩きつけた。
ピコーン!
その時、操作パネルのモニターが赤くポウッと光った。
「ん? こ、これは……」
スイッチを押すと、目の前に魔法陣のような図柄と、白く光る日本刀が立体画像で現われた。
「こ、これが、大和猛の武器……かたな……日本刀か!」
タケルはその立体映像の中の刀に手を触れた。しかし大和猛は何も動かない。
「ん? くそっ、どうなってやがんだ! この武器を使えるんじゃねぇのかッ!?」
タケルは、もう一度、その魔方陣の中の光る刀を手にとろうとしてみた。
しかし、何度やっても掴むことも触る事さえも出来なかった。
「ほ~ら☆ 早くしないと、このオジサン死んじゃうよ~☆」
上空では銀杏の春紫苑が、アジジをいたぶるように攻撃を加え続けていた。
「ぐおあっ! まだかタケル? その武神機のパワーを発揮させることは出来んのか! ワレッ!」
「くそっ! どうしたらいいんだ? 落ち着け!落ち着くんだ……!
そうだ! 集中するんだ! そしてこの日本刀を具現化するようイメージするんだ!」
タケルは目を閉じて集中し、頭の中で日本刀をイメージした。
すると、大和猛の左腰の刀の解除がガチャリと音をたて外れた。タケルはその刀を抜き両手で構えた。大和猛はタケルの動きに連動し、腰の刀に手を掛けスラリと引き抜いた。
「で、出来たッ! これだ! 頭の中でイメージすりゃいいんだ! これでコツは掴んだぜ!」
バチッバチッバチッ!
「それにしても、この刀からはすげぇ妖気を感じる……触れただけで指を持っていかれそうだぜ……
これならッ! これならばッ!」
その刀から発せられる電磁波のような光。まるで生きているかのような躍動感。
それはただの刀で無い事は、タケルでも容易に察する事が出来た。
「コイツはすげぇ! 生命力が満ち溢れているようだ! よしっ、イケるぜッ! うおおおぉっ!」
バッシュウゥ!
突如、不死鳥のように復活した大和猛は、猛スピードで上空へと舞い上がっていった。
「ん? この大きなパワー!☆ すごい力が近づいてくるよっ☆!!」
「へっ……タケルの野郎……おせぇんだよ、ワレ」
銀杏はその近づいてくる力の脅威に恐れ、アジジを手加減して攻撃することを忘れてしまった。
「ぐわぁっ!!!」
その強烈な一撃が、アジジの武神機に直撃! 火煙を上げ、落下していくアジジの機体。
「お、オッサーーン!」
タケルは、落下していくアジジの武神機を追いかけて掴んだ。
「や、やったな、タケル……その力があれば、や、やつを倒せる……ぜ、ワレ……」
銀杏の攻撃を喰らったアジジは、すでに虫の息だった。
「バカヤロウッ! なんでオッサンは俺のためにそこまで危険な事をしたんだッ!?」
「ふっ、くだらねぇことを聞くんじゃねぇ……仕方ねぇだろ? だってオレはな、タケル……」
「オレは? なんだってんだ?」
「オレは……おまえの……」
ボオオンッ!!!
そこに、銀杏の部下の武神機が攻撃を加えた。
「お、オッサン!」
落下する機体を追いかけるタケル。
「タケル! 強くなれッ! もっと……もっと強くなるんだッ! そして自分の使命をッ! グワッ!!」
ドオォォォ……ン……
虚しくもアジジの武神機は空中で爆発した。
「お、オッサン! オッサぁ~~~ンッ!!!!!!」
その場に立ち込める、例えようのない異質な重い空気。
それらがタケルの両肩にズシリとのしかかり、タケルの悲しみはさらに増していく。
「う、おおぉ……ぅうう……死んだ、オッサンが、死んだ……」
タケルはうつむいたまま、両肩をワナワナと激しく震わせた。
ヤマトタケルの上空に滞空している春紫苑を、タケルはキッと睨みつけた。
「てめぇは、してはいけない事をしてしまった……これはガキだから許されることじゃねぇ……」
「うふふ☆ これもひとつの復讐かな?」
銀杏は、さきほどの高ぶった感情はおさまり、またニコニコと無邪気な笑顔で微笑んだ。
人ひとりの死という現実にさえも動じない。
それがヤマト国の攻撃部隊、白狐隊なのだ。
「ふふ、またいっしょだね☆ タケルを助けようとする人は、みんな不幸になっていくね☆
あのオジサンもそう、撫子隊長もそうだった☆」
「撫子……さっきも同じこと言ってやがったな?
じゃあそいつも俺のせいで死んでいったっていうのか? それも全部おれのせいだというのかーッ!」
張り叫ぶような奇声を上げ、ヤマトタケルは春紫苑に向かって突進する!
「そだよ☆ ぜんぶ……ぜんぶタケルのせいなんだからーーーーっ☆!!!」
銀杏も、その悲しみをぶつけるかのように、ヤマトタケルに向かって突っ込む。
「ここはおまかせを! 銀杏さま!」
「そうです! 我らが武神機、武道漢がヤツめを倒します!」
銀杏の部下の二人のオカマは、ヤマトタケルに向かっていった。
「だめ!☆ おまえたちは手をださないで!☆」
「いいえ! あやつの強大なインガ……あれは禍々しいものです!」
「そうです! 銀杏さまに害を加える邪悪な存在!」
「だ、ダメだったら!☆」
「うおおおッーー!」
ズガガッ!バリバリッ!
空をつんざく轟音とともに、稲光が空を明るく照らした。
「なんだぎゃ? この稲妻のような光りは!?」
「空が光って……あれはダーリンのインガだっぴょ!」
「ポリニャック! ここにいてはオラ達も危険だぎゃ!」
バシャアァン!
稲妻がベン達の近くに落雷し、大木が真っ二つに裂けた。
大木は大きな音を立てて倒れ、メラメラと燃えた。
「空が、空が泣いているだっぴょ……」
「え? なんだぎゃ? 何て言ったぎゃ?」 ベンが聞き返す。
「ぐわあッ!」
「ぎゃああッ!」
叫びは一瞬だった。
そのが響き渡ると同時に、銀杏の部下の武神機は爆発していった。
そして、爆煙の中から現れた鬼神のような赤い目。それは、タケルのヤマトタケルだった。
「うおおおおッ!!」
「よくも!☆ やああっ!!☆」
ギャリン! ガガァンッ!
憎しみの篭ったその剣と剣が交わる度に、耳をつんざくような音が響きわたる。
それは、どうしようもなく行き場を失った、深い悲しみに包まれた叫び声のようだった。
最初は互角のように見えた両者の剣技。しかしそれはジワジワと優と劣をあらわにしていった。
押しているのはタケルの方だった。
「な、なんで銀杏が押されているの!?☆」
「カンタンだ! 俺が押しているからだッ!」
「だ、だって、タケルはその武神機に乗るのはじめてなんでしょ?☆
刀の使い方だって、銀杏のほうがいっぱい練習して上手なのにっ!……それなのにっ!」
確かに、春紫苑を操る銀杏の方が、剣技に長けていたのかもしれない。
だがタケルは、それを上回る気迫とインガで、銀杏を越えてしまっていたのだ。
大和猛の猛攻に、春紫苑は防御するのに精一杯だった。
ギャリィィン!ギャギャン!
「うぅ、ずるい……☆」
銀杏は声を出して泣きじゃくった。
「ずるいっ! ずるいよタケルっ!☆ なんでそんなに強くなれるのっ? ずるいよぉぉっ!!☆」
「戦いは遊びじゃねぇんだ……これが命のやりとりなんだよ……
おまえのように人を簡単に殺すのは許さねぇ!」
「うう!☆ ご、ごめんなさい☆」
「謝っても俺は許さねぇ……あきらめろ、銀杏ッ!」
「わ、わあああッ!☆」
春紫苑の背中から発射されたワイヤー手裏剣、それと両腕のクナイ攻撃がタケルを襲った。
「ムダだ! もう俺にはその攻撃は効かねぇッ!」
ドギャシャァアアッ!!
大和猛の最後の一太刀。それは確実に春紫苑のコクピット近辺を貫いてた。
「ずるい……よぉっ……☆」
バチバチと火花を上げる春紫苑。それが銀杏の最後の言葉だった。
タケルは、春紫苑に突き刺さっている刀を抜いた。
春紫苑はグラリと傾くと、地面に向かってそのまま落下していった。
「俺が強くなったんじゃねぇ……オッサンが……
アジジが俺に勇気を与えてくれた……だから強くなれたんだ」
タケルはいたたまれない口調で呟いた。
やがて銀杏の春紫苑は、地面と接触して大きな音を立て爆発した。
ボゴオオオオォォン!
その様子を、ただ見守ることしかできなかったポリニャック。
「ギンナンっ! ギンナ~ン! やっとお友達になれただっぴょ!
それなのに……それなのに……ダーリンのバカァっ!!」
ポリニャックは泣き叫び、地面に伏して顔をうな垂れた。
「ポリニャック……」
側にいたベンには、慰めの言葉など浮かばなかった。
ただ空を見上げ、タケルとヤマトタケルの味気ない勝利を祝うしかなかった。
「悲しすぎるだぎゃ……あまりにも、悲しすぎるだぎゃ……」
ベンの顔にポツポツと降り注ぐ雨。
やがて雨は強くなっっていった。
それは、この場にいるみんなの気持ちを代弁しているかのようだった。
いつまでも、いつまでも、止むことなく、ずっと、ずっと、降り続けていた……
水たまりの中には、ピンクの花びらが一枚、
寂しそうに浮かんでいたのだった。