公衆電話の有効活用法【解決編】
「犯人がわかった!? ……って」
関原が呆気に取られたように固まった。ジョウが自分の無精髭をなぞりつつ、
「本当にわかったのか?」
「はい。たぶん間違いないかと」
ジョウは首を捻り、テーブルに置かれたメモ帳と事件関係者の写真を眺める。
「この中に犯人がいるっていうのか?」
「それはもう」
だいたい私はこの人たち以外の関係者を知らない。
「こう言っちゃ何だが……この事件、証拠らしい証拠どころか、手がかりらしい手がかりすらないぞ」
「何をおっしゃりますやら……。手かがりならありますよ。唯一にして最大の手がかりが」
「それは……?」
「無論、事件現場ですよ」
「公衆電話ボックスの中?」
私は無言で頷いた。刑事二人は顔を見合わせる。
私は自分が今着ている服――ピンクのパジャマを摘まんだ。
「お二人にお訊きします。私はどうしてパジャマを着ているんだと思いますか?」
「え? 寝起きだから?」
関原がアホな回答をする。私は溜息を吐き、
「電話から三十分が経ってるんですよ? 普通なら着替えます」
ジョウがフィンガースナップ……俗に言う指ぱっちんをした。
「服持ってねえんだな?」
「バカですか?」
この二人と話していると頭が痛くなってくる。
「実はですね。昨日の外出中に、干しておいた洗濯物が夕立に全滅させられたんです。更に、そのとき着ていたスーツにミルクをこぼしてしまって、パジャマしかなくなってしまったんです」
「へー」
どうでもよさそうに関原が返事をした。続いてジョウが首を傾げた。
「この会話は、何か関係あんのか?」
「大ありです。私がさっき電話をした先輩は、気象庁に勤めているんです。先輩に調べてもらったのは、夕立が北見良町で何時から何時まで降ったのか、ということなんです。夕立は昨日の夕方五時四分から、五時十二分まで降っていたそうです」
二人はしばらくポカンとしていたが、やがて関原が奇声を発して立ち上がった。
「何だよ関原……」
ジョウはまだ気づいていないらしい。
「雨ですよジョウさん!」
「だからそれがどうしたんだよ」
「ですから、ガイシャが電話ボックスの中にいた理由ですよ!」
「はぁ? 雨と何の関係が……ああ!」
やっと気づいた……。私は二人の話を引き継いだ。
「つまり本郷町子さんは、雨宿りに電話ボックスを使用したということですね。住宅街ですし、他に雨を凌げる場所がなかったんでしょうね」
私はテーブルに置かれた関原のメモ帳を取り上げると、新たに情報を書き加えた。
14:00 本郷町子が秋野智の家に到着。
15:00 星野ひかるの家に友人が来る。
15:30 竹中直美が自宅か車で二十分の美容院に着く。
15:37 余辺響子が自宅から車で十五分のジムに到着。
16:00 星野ひかるの家から友人が帰る。
16:48 星野ひかるがスーパーに到着。
17:00 本郷町子が秋野智の家から出る。
17:00 竹中直美が美容院から出る。
17:0~ 死亡推定時刻(始)
17:04 夕立が降り始める。
17:06 星野ひかるがスーパーから出る。
17:10 余辺響子がジムから出る。
17:12 夕立が止む。
17:18 竹中直美がスーパーに到着。
17:20 星野ひかるが学校からの電話に応答。
17:23 余辺響子がスーパーに到着。
17:30 竹中直美がスーパーを出る。
17:40 竹中直美が宅配便を受け取る。
17:42 余辺響子がスーパーを出る。
18:00 星野ひかるの家に家族が帰宅。死亡推定時刻(終)
18:30 本郷町子と余辺響子の家族が帰宅。
19:~ 竹中直美の家族が帰宅。
「こうなりますね」
「じゃあ犯人は……?」
関原が呟き、ジョウと共に熱い眼差しを向けてくる。少しは自分で考えようという気は起きないのだろうか。
「犯人は……、」
テーブルに並べられた写真の一枚を指差した。
「星野ひかるさんです」
「な、なぜ……!?」
自分で考えようよ……というより、
「どう考えたってそうじゃないですか。雨が降っている間に外出しているのは、星野さん以外にいません。他の二人は車の中です。星野さんなら、電話ボックスで雨宿り中の本郷町子さん(故)と鉢合いますから」
すると関原が合点が言ったかのように、ぽんと右手で左掌を打った。
「だから星野さん、傘を持ってたんだ……。雨が降りそうだったから」
その視線がテーブルに並べられた写真――星野ひかるがスーパーを出入りする際の写真に注がれている。
私は語る。
「おそらく、蛙が出ていたとか、燕が低く飛んでいたとかいう理由で雨を予測したのでしょう」
「普通に雲だと思いますけど……」
つっこみは無視で。
ジョウが神妙に頷きつつ尋ねてくる。
「凶器はどうしたんだ?」
「公園に落ちていた石か何かだと思います。言い争い、何かの拍子で後ろを向いた本郷さん(故)に一発お見舞いしたんでしょうね」
「凶器はどこにやったんだ? というか、何で持ち去ったんだ?」
「持ち去った理由は……たぶん、突発的な犯行と思われないようにするためでしょうね。凶器はおそらく、血を雨で洗ってどこかの家の庭に捨てたんだと思います。住宅街ですし、塀のある家の一棟や二棟くらいはあるでしょう」
それを聞いた二人は頷き合い、私を真正面から見据えた後……、
「ありがとうございました!」
「センキュー! 報酬は犯人が自供したら、必ず払います!」
「頼みますよ。払わなかったら警察にこのことバラしますから」
二人は超特急で去っていった。
◇◆◇
蘭丸の推理通り、犯人は星野ひかるだった。ジョウと関原が血なまこになって塀のある家にお邪魔して回り、凶器の石を発見したのだ。そこから彼女の指紋が出て、速攻逮捕だった。
夏も終わりに近づいていた。秋雨前線が到来し、最近雨が増えてきた。
ジョウがとぼとぼと歩いていると、鉛色に染まった雲からぽつり、ぽつり、と雨が降ってきた。それは徐々に早くなっていく。
雨に濡れたくなかったジョウは、あるポイントに向かって走った。向かった先は――