公衆電話の有効活用法【中編】
二人はとりあえず現場の音白市北見良町の公園までやってきた。
「で、どうします?」
「そうだなぁ……。ここから一番家が近いという、竹中直美の家に行くか」
竹中直美の自宅は現場から徒歩五分の場所にあった。
ひたすらに続く住宅街を形成する一つだった。北見良町は『家の森』と揶揄されており、やたら広いくせに家ばかりで飲食店が存在していないほどである。
ジョウと関原は玄関の前に立ち、インターホンを押した。しばらくして、スピーカーから女性の声が流れた。
『はい。どちらさまでしょうか?』
関原が答える。
「すみません。警察の者です」
『は、はい……』
「竹中直美さんですか?」
『そうですけど……』
「ちょっと伺いたいことがあるので、出てきてもらっていいですか?」
『わ、わかりました……』
スピーカーから声が消えた。
「動揺していましたね」
「ああ。怪しいな」
警察が訪ねてくれば程度は違えど誰でも動揺するだろう、というつっこみはなしだ。
しばらくしてドアが開いた。二人は警察手帳を見せる。
「警視庁捜査一課の関原です」
「同じくジョウです」
「……えぇと、私が何か?」
関原は本郷町子(故)が殺害されたことを話した。
竹中直美は相当驚いたようで、片手で口を抑えていた。
「サイレンが聞こえていたけど、そういうことだったんですね……」
「そういうことです」
ジョウが頷き、質問に入る。
「で、昨日の夕方五時から六時まで、どこで何をされていました?」
竹中直美の目が見開かれた。
「私を疑ってるんですか!?」
「はい。容疑者ですから」
「で、どんな感じですか?」
関原がメモ帳とペンを取り出す。
竹中直美は呆気に取られつつも、浅く腕組みをして頭を捻る。
「昨日は確か……三時半に美容院に予約を入れてました」
「出たのは?」
関原が言う。
「えっと……、ちょっと憶えてないので、美容院に確認してください」
「わかりました。その美容院はどちらに?」
「ここから車で二十分で着きますよ場所は――」
竹中直美は二人に美容院の場所を詳細に教える。
そして今度はジョウのターンが回ってくる。
「美容院を出た後は?」
「そのまま車で近くのスーパーまで買い物に。時間はちょっと……あっ、でもスーパーから帰ってきてすぐに宅配便を受け取りました。確認してください」
「わかりました。ご家族の方はいらっしゃらなかったんですかい?」
「はい。主人も娘も七時過ぎまで返ってきませんでした」
「そうですか。……それじゃあ最後に、本郷町子さん(故)のこと、どう思っていました?」
「ウザイ」
二人は家から離れ、住宅の塀にもたれ掛かった。
「さてどうする?」
「宅配便の方は電話で済みますかね?」
「無理だろ。そっちは鑑識に頼んで、俺らは美容院とスーパーの監視カメラの確認だな」
「鑑識の仕事じゃないんですけどねぇ……」
◇◆◇
宅配便の方は鑑識に任せ、とりあえず二手に別れることにした。
じゃんけんの結果、ジョウが近くのスーパーに、関原が美容院に向かうことになった。
「ここか……」
竹中直美の自宅から徒歩二分の場所に、そこそこ大きなスーパーがあった。
ジョウは中に入り、店長に事情を説明して入り口の監視カメラの映像を見せてもらうことになった。
このスーパーには出入り口は一つしかない。従業員だけが鍵を使って出入りできる扉はあるが、鍵の紛失などは起きていないとのことだ。
ジョウはモニター室の椅子にどっかりと腰を下ろし、腕を組んで早送りされる映像を睨みつけている。
「ストップ!」
突如大きな声を出した。付き添い店員がリモコンの停止ボタンを押す。
ジョウは前屈みになり、モニターをまじまじと見つめる。
「違ったわ。進めて」
「……はい」
そして一分後だった。
「あっ、止めて」
停止した画面の中に女性が移っていた。竹中直美で間違いないようだ。手からピンクのハンドバッグとハワイ柄のエコバッグを提げている。
入店時刻は十七時十八分。出たのは十七時三十分ちょうどだった。
数十分後、ジョウと関原は事件現場の公園で合流した。ちなみに、スーパーから現場までは徒歩三分ほどだった。
二人はお互いの情報を伝え合う。
「美容院に確認したところ、予約時刻は三時半であってました」
「出たのは?」
「監視カメラの映像から、五時ちょっきりだとわかりました」
「そうか……。スーパーの監視カメラにも映っていたよ。五時十八分から五時半までスーパーにいた」
すると不意に特捜○隊デ○レンジャーの、あのかっこいいオープニングテーマが流れ出した。
関原がすかさずスマホを取り出し耳に当てる。
「もしもし。あっはい。……そうですか、わかりました。ありがとうございます。Thank you so much」
電話を切った。
「鑑識からでした。宅配便を届けたのは五時四十分だそうです」
「……なる」
「表にするとこんな感じですね」
関原はメモに書き込んだ表をジョウと見せた。
竹中直美の時間割り。
15:30 美容院に到着。
17:00 美容院を出る。
17:18 スーパーに到着。
17:30 スーパーを出る。
17:40 宅配便を受け取る。
19:~ 家族が帰宅。
ジョウが自らの顎を撫でる。
「ガイシャの表はあるか?」
「ありますよ」
本郷町子(故)の時間割り。
14:00 秋野智の家に到着。
17:00 秋野智の家を出る。
17:~ 死亡推定時刻(始)。
18:00 死亡推定時刻(終)。
18:30 家族が帰宅。
「むむっ」
「どうかしましたか?」
「家族帰宅の情報なんて知らなかったぞ」
「あっ、関係なさそうだったので言ってませんでした。全員アリバイは取れてます。息子の達寿が部活で埼玉に合宿に行っていまして、帰ってきたのが六時半です。夫の達夫は八時まで会社にいました」
「お前な、そういう情報は先に……まぁいいか。表を見る限りでは、犯行は可能っぽいな」
「ですね」
竹中直美には五時四十分から家族が帰宅する
十九時過ぎまでのアリバイがない。そして本郷町子(故)は順当に家に帰ったとしても、家に誰もいない。つまり五時四十分以降に竹中直美に呼び出されたとしても、それは誰にもわからないのである。
「じゃあ次は星野ひかるのところにでも行くか」
◇◆◇
星野ひかるの家は本郷町子(故)の家のすぐ近くにあった。徒歩一分とかからない。事件現場からは本郷町子(故)の家と同じく徒歩七分で着く。
ジョウと関原は玄関の前に立ち、インターホンを押した。
『はい』
スピーカーから女性の声が聞こえてきた。関原が対応する。
「すみません。警察ですけど……星野ひかるさんでしょうか?」
『は、はい……。そうですが……』
「お話したいことがあるので、ちょっと出てきてもらっていいですか?」
『わ、わかりました……』
スピーカーが切れる音が鳴る。
「動揺していましたね」
「ああ。怪しいな……」
しばらくするとドアが開き、女性が現れた。
「警視庁捜査一課の関原です」
「同じくジョウです」
二人は手帳を見せつけると、関原が切り出す。
「近所ですし、本郷町子さん(故)が亡くなられたことは知っていますよね?」
星野ひかるは緊張した面持ちで頷いた。続いてジョウが、
「それで聞きたいんですが、昨日の夕方五時から六時までどこで何をされていましたか?」
「私、疑われてるんですか……?」
「疑ってなかったらこんな質問するわけないでしょう」
「で、どうしでした?」
関原がペンとメモ帳を手にして尋ねた。
星野ひかるは右手を頬にあてがうと、
「昨日は確か二時頃、友人が家に来ていました。帰ったのは……再放送のドラマが始まった直後だったので、四時だったと思います」
「で、五時頃は?」
「あんまり憶えてませんけど……。スーパーに買い物に行きました」
(またかよ……)
ジョウは心の中で呟いた。
星野ひかるはしばしの間首を捻り思案していた。やがて何かを思い出したように、あっ、と呟いた。
「ちょっと待っていてください」
そう言うといったんリビングに引っ込んでいった。そして電話の子機を手にし戻ってきた。
「スーパーから戻ってきた直後に息子の高校から連絡があったんです。ほら……」
子機の画面を見せつけられる。通話履歴が表示させられていた。十七時十八分から十七時二十三分まで通話をしていたようだ。
「……なる。それからはずっと一人で?」
「は、はい……。六時に主人が早めに帰ってきたくらいで……。あの、これはアリバイになるんでしょうか?」
「全然なりませんね」
関原が笑顔で答える。
そしてジョウがしめの質問をする。
「最後に一つ。本郷町子さん(故)のことをどう思っていましたか?」
「消えればいいのに」
二人は家から少し離れたところで会話をした。
「で、どうする?」
「星野ひかるの友人への確認。スーパーの監視カメラの確認。高校への確認。あと一応、星野ひかるの夫の会社に、夫が帰った時刻の確認……ですかね」
「多いな……」
ジョウが苦々しげに呟いた。
◇◆◇
星野ひかるの友人への確認と、夫とその会社への確認を鑑識に任せ、二人は再び二手に別れた。
スーパーへは先ほどジョウが行ったので、今度は関原が向かうことにした。ジョウは南沢高校へ、教師に確認を取りに行った。
「ここか……」
星野ひかるの家からスーパーは徒歩十分だった。ここで重要なのが、あの事件現場の公園を通るということだ。これがあってか、関原は犯人は星野ひかるで決まりだと思った。しかしまだ彼女がスーパーに行った時刻は不明だ。関原は、犯人は彼女と半ば確信しつつもスーパーに入った。
警察手帳を見せて、店長と話をつけた。呆れ混じりに「またですか……」と呟かれてしまった。
関原はモニターを食い入るように見つめていた。まばたき一つしない。凄まじい集中力である。と思ったら、目が乾いてしまったのか強くまばたきをしだした。あんまりにもぱちぱちするものだから、付き添いの女性店員が、
「見なくてもいいんですか……?」
「あっ、はい。まぁ犯人はほぼ確定しているので」
「はぁ……」
そんなやり取りの直後だった。
「とめてください!」
映像がストップする。時刻は十六時四十八分。青いエコバッグとピンクの傘を手に提げている。そしてそのまま時間を進めると、十七時六分に店を出て行った。
二人は再び事件現場の公園で合流した。
まずジョウが報告する。
「鑑識から連絡があった。星野ひかるの供述は間違いない。で、高校に問い合わせたが、向こうの通話履歴にも残ってた。まさか子機を持ち歩いていた……なんてことはないだろうから、彼女は五時二十分から六時までのアリバイはない」
「そうですか。ということは、彼女が犯人というわけですね?」
「そうなのか?」
関原は自分の得た情報と今の情報をもとに、時間割りを作成した。
星野ひかるの時間割り
14:00 友人が星野家に来る。
16:00 友人が去る。
16:48 スーパーに到着。
17:06 スーパーを出る。
17:20 高校から電話を受け取る。
18:00 夫が帰宅。
「ね?」
「何がだ?」
「彼女が犯人でしょ? って」
「どういうことだ?」
「だってスーパーに行くとき現場を通るんですよ? 他の道は遠回りになります」
「そうだな……」
「…………」
「……え、それだけ?」
「そうですけど」
ジョウは軽く関原の頭をはたいた。
「違いますかね? 時間的には可能なんですけど」
「違うかどうかは別として、決断が早すぎるな」
「でしょうね」
「お前何なんだよ」
くだらないやり取りを終え、二人は最後の容疑者――余辺響子の家へと向かった。
◇◆◇
余辺響子の家は事件現場から徒歩七分の場所にあった。
ジョウと関原は玄関の前に立ち、インターホンを押した。
しばらくして女性が出た。
『はい』
「すみません。警察の者ですが、余辺響子さんですか?」
『そうですけど』
「お聞きしたいことがあるので、ちょっとお時間よろしいでしょうか?」
『わかりました』
スピーカーが切れる。
「動揺してませんでしたね」
「ああ。怪しくないな」
ドアが開き、余辺響子が現れた。
「警視庁捜査一課の関原です」
「同じくジョウです」
「どうも」
関原は早速、事件のことを伝えた。
「殺された。へぇ……。犯人は、まぁ、星野さんか竹中さんでしょうね……」
「昨日の夕方五時から六時までどこで何をされてましたか?」
その質問に余辺響子は眉を顰めた。
「私、疑われてるんですか?」
「その質問はいいですから。考えればわかることでしょう?」
「で、どうでした?」
ジョウが尋ねる。
余辺響子は宙を仰ぎ、
「何時かは憶えてませんけど……三時は過ぎていましたね。ここから十五分くらいで着くトレーニングジムに行きました。着いた時刻も出た時刻も確認すればわかると思います」
「そのジムの名前は?」
関原がペンとメモ帳を取り出しつつ訊いた。
余辺響子がジムの名前を言い、関原が書き終わるのを待ってからジョウは再度口を開いた。
「帰ってきてからは何を?」
「そのまま車でスーパーに行きました」
(またかよ!)
ジョウは心中で叫んだ。
「家に帰ったのは?」
「さぁ……。スーパーはここから徒歩四分くらいですから、出た時間と逆算すればいいんじゃないですか?」
ジョウは頷いた。
「そうですね……。あなたが寄り道をしたのでなければ、それでいいでしょうね。寄り道したのでなければ、の話ですが……」
「ご家族はいつごろ帰ってきたんです?」
「六時半くらいに夫が同僚を連れてが帰ってきました」
「そうですか。じゃあ、最後に、本郷町子(故)のことどう思っていましたか?」
「私の息子の方が優秀よ!」
二人は家から少し離れたところで会話をした。
「どうします?」
「ジムへの確認。スーパーの監視カメラの確認。夫の同僚への確認ってとこだな」
「っすね」
二人が動き出そうとすると、ジョウが足をとめた。
「見ろよ関原」
半笑いでジョウが道の向こうを指差した。
「うわぁー。でかい家ですね」
城のように大きく清潔でゴージャスな外装の家が鎮座しているのである。住宅密集地の北見良町だが、あのような家は他にない。
関原が思い出したようにぽつりと、
「あれ確か北条グループの家ですよ」
「ああ、色んなもん造ってる会社だったか。確か嫁も化粧品会社の社長やってるんだったよな?」
「嫁だけじゃなくて親族の殆どが会社持ちですよ。それも継いだんじゃなくて立ち上げたんだから、凄いですよね」
「化け物の家系だな。ちゃんと税金払ってんのか?」
「どうなんでしょうね……。きっと払ってませんよ」
ジョウがその家に向かって、近所迷惑にならない程度の声で一言。
「この脱税野郎!」
続き関原も、
「ちゃんと払って僕たちの腹の足しにしろぉ!」
「……よし、行くか」
「はい」
みっともない刑事二人は、余辺響子の供述の裏を取りに歩き出した。




