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第六十九話 首魁との接触




 ティラガ、ヒルシャーンによって打ち倒されたごろつきどもが、追捕の兵たちによって拘束され、連行される間をくぐり抜けて、ジンブラスタ将軍が近づいてきた。


「賊を危うく取り逃がすところだった、礼を言わせてもらう」


 おやおや。


 礼を言われて悪い気はしないが、すぐ近くにいた豪傑二人を素通りして、こいつはなぜ俺に話しかけてくるのか、今回実際に戦ったのはあいつらだけだ。


「え? 俺か?」


 この前からの心がけからすれば、こいつはそこそこ偉い奴で、こっちの口調も丁寧に改めるべきなんだろうが、変に勘繰られても困る、ここは普段の話し方で通すことにする。


「そなたがこの一団の長ではないのかね?」

「や、それはその通りだが」


 ――何でわかるんだよ。


 団内に向けては、伯父貴は療養中ということで、俺は再び団長代理の座につき、いずれその代理の肩書も外すつもりだということは説明し、納得ももらっている。しかし外目からそれとわかるような目印を身につけているわけではない、自身の外見については、見る人が見れば賢そうには見てもらえるだろうが、そんな偉そうに見えるとは思わない。


 普段からふんぞり返って偉そうなのはヒルシャーンで、わかりやすく強そうなのはティラガだ、そいつらを差し置いてまず俺、というのは納得しがたい。それは少しばかり悔しいことだが、自覚している。


 にもかかわらず、このジンブラスタ将軍が俺を頭目だと見定めたというのは、自分でも気づかないうちに貫録が身についてきたというのでなければ、その眼力ただごとでない、という証明であるのか。


「そなたらは傭兵だな? どこの所属になる?」


 当然の質問の後に、こちらに気を遣ったような言葉が追加される。


「あ、いや、怪しんでいるわけではない、礼を言うのに相手の名も知らぬとあれば、失礼な話であろう」


 その言い方は礼儀正しく、内容ももっともだが、それとは裏腹に半分ぐらいは怪しんでいるだろう。そもそも傭兵はその全てが怪しいので、少々怪しまれるのは当然なのだ。完全に怪しまないのであれば、この将軍はよっぽどお人好しの馬鹿ということになるが、馬鹿では将軍は務まらない。


 ――どう答えたもんかね。


 さて、と考える。


 俺たちが、お前らと喧嘩するためにメンシアードの体制派が雇った傭兵だ、ということを悟られてはならないが、その心配はそれほどしなくてもいいはずだ。


 この時点では政府は軍と事を構えるという態度はとっていない。軍としては自分たちの要求が突っぱねられるかもしれない、とは想像していても、その対抗策が、傭兵を雇い入れて戦わせる、などという方法だとは考えないだろう。それは常識的に考えてありえない。


「実は俺たちはお前らの敵なんだ」


 そう本当のことを言ったところで、相手にならん、と鼻で笑われるぐらいには馬鹿げている。


「ビムラの山猫傭兵団だ、俺が団長のウィラード」


 だから、こちらの素性を喋ったところで、余計な肚を探られたりはしないだろう。


「こっちは仕事の最中にたまたま巻き込まれただけなんで、べつに礼なんか要らねえよ。あと、こいつがその証明書になるんで、必要なら確認してくんな」


 そう言って手渡して見せたのは、馬の調達依頼書、これはカルルックからもらった贋物ではあるが、そこに書かれている依頼人はメンシアード王都に実在する馬商人で、この取引を正式なものと認める証として押された印は、政府の管轄部署が実際に使用しているものだ、本物として使用しても、問題なく通用する。


 書類に目を通すジンブラスタ将軍を前に、


 ――斬っちまうか。


 そんなことも考える。


 危険、ではあるが、千載一遇の好機ともいえる。


 ここでこの男を討つ、殺せずとも戦線離脱まで追い込めれば、エルメライン派にとっては大打撃で、あとの仕事がずいぶんうまく運ぶはずだ。


 将としての力量は当然あるものとして、武人としても相当の腕であることは一目瞭然だ、俺よりは絶対に強い。だが、幸いこちらにはティラガとヒルシャーン、この男がどれほど豪勇であったところで、こいつらが一斉にかかって討ち取れないはずがない。今なら不意を打てば、自分だけの力でも可能であるかもしれない。


 将軍の後ろには三名ほどの護衛が控えているが、これは形式というもので、見た感じそいつら全員よりも、将軍一人のほうがよっぽど手強そうだ。


 この軍においても、騎馬の数はそう多いわけでもない、一太刀くれてやったあとは馬で逃げれば、そうそう追いついては来られまい。


 だが惜しむらくは、そのような依頼は受けていないことだった。まさかタダ働きとはされないだろうが、政治的には果たしてそんなことを勝手にしてしまっていいのかどうか。カルルックにしても、俺たちがこのような事態に遭遇することは想定していたはずもない。


 ――まあ頼まれていれば、絶対引き受けていないけども。


 そんな暗殺のようなことは、ガイアスバインの流儀ではなかったし、団としてその伝統を受け継ぎ、俺の流儀とすることにも異存はなかった。


 事前に言われていれば暗殺、こうして偶然に出会ったならばたとえ不意打ちだろうが正々堂々の戦。そんな理屈が世間様で通用するとは思わないが、自分の基準ではなぜかそうなっているのだ。


「ジンブラスタ、何をしている」


 俺がどうしてやろうかと思案を巡らせている間に、また新たな声がかけられた。


 それが斜め上から響いたのは、その人物が騎乗であったからだ。


 ――ありゃ、こっちまで来なすったか。


 それが誰だか、視線を動かして確認するまでもない、この軍内でジンブラスタ将軍を呼び捨てにできる者、それは二人しかいない。先任のカーン将軍は老境に近い中年であるから、聞こえてきた声がうら若き女性のものであったならば、それはエルメライン内親王以外にはありえない。


 相手が名乗る前に、片膝をつき、恭順の姿勢になった。他の連中も不格好ながら俺に倣い、兵たちは直立不動になってそれを迎えた。


「よい、面を上げよ」


 その許しが出て初めて、俺はその姿を拝むことになった。


 ――へえ、こっちも立派なもんだ。


 エルメライン内親王、いや軍装に身を包んだこの姿ならば、エルメライン大将軍閣下か。


 年齢は俺よりひとつふたつ下のはずだが、そこにある威厳のようなものは、自分とは比べるべくもなく、存在感でいえば、歴戦であるはずのジンブラスタ将軍をもしのぐ。


 女性の身であれば、重鎧の着用はさすがにきついか、身につけているのは軽鎧だ。だが拵えは身分にふさわしく、重厚で豪奢だ、それも着せられているのではなく、きちんと着こなしている。馬に乗る姿勢も、軍人のそれで、お姫様の乗馬ではなかった。


 令嬢としても十二分に通用する顔立ちなのだが、全体的な雰囲気は、美しいというよりも、凛々しいといったほうがいいだろう。


 年齢的に見て、いくらなんでも自ら剣を振るって強く、軍を指揮して上手、というわけではないとは思うのだが、真剣に軍人であろうとしているのは見て取れる。大将軍をやっているのも、決してお姫様の気まぐれやお遊びというわけでもなさそうだ。


 力量うんぬんはさておいて、人の上に立つ者は、それなりの見栄えが必要だ。みすぼらしい主君に忠義を捧げたいと思う人間は少ない。この娘が例えお飾りの大将軍であったとしても、これだけの出で立ちならば、ただそこにあるだけで将士は充分に奮い立つだろう。そして彼らが望むように、あるいは女王としても通用するのかもしれない。


 それでも、


 ――ここで斬っちまえば、それで終わりなんだがな。


 この姫将軍がいなくなれば、それでメンシアードの内紛は終わってしまうのだ。俺たちの仕事もここで一丁あがり、ということになってしまう。


 しかし、これはまあ、ちょっと思っただけだ。


 必ず成功する、その保証があっても、やりたくないし、やらない。このウィラード・シャマリは、それが敵であっても女に向ける剣は持っていない。いや、場合によってはそれもあるかもだが、今は絶対にその時でない。


「ビムラの山猫傭兵団の者です、此度の賊の捕縛に功ありました。願わくは賞されんことを」


 ジンブラスタ将軍が俺たちを紹介する。このお姫様が現れたことで、こいつも命拾いをしたようだ。もしかするとそれをしたのは、こっちのほうかもしれないが。


「山猫傭兵団団長のウィラード・シャマリでございます。貴軍の邪魔立てをしたかと心配しておりましたが、お役に立てたのでございましたら、まこと幸いかと存じます」


 そうなったのは、そっちの下っ端に絡まれたからだ、と正直に言っても仕方がない。気分を害さないよう、せいぜい礼に適ったふるまいをする。


「うむ、ご苦労であった、追って褒賞の沙汰をいたすゆえ、しばらく控えておるがよい」


 ――げ、マジか。


 ありがたいお言葉ではあるが、全然嬉しくはない、さっさと解放してほしい。ここであんたらを殺すのは諦めたから、もう逃げたい、帰りたい。


「……光栄にございます」


 嬉しくはないし、解放してほしかったが、そう答えるより他に方法はない。このまま逃げさせても帰らせてももらえないようだった。




「……で、何でこんなことになってんだよ」

「うるさい、飲め!」


 女性とも思えぬ力強さで、べしべしと背中を叩かれる。


「いたーい」


 大将軍閣下に勧められるまま、俺もやけくそで、何杯目かのエールをあおった。


 褒美の話を出された段階で、俺たちは若干詰んでいた。


 エルメライン殿下の立場であれば、こうなった場合、褒美を出さないわけにはいかないのだ。ここでケチれば、それすなわち彼女がケチだということになってしまう、ただの王族ならそう思われたところで、無視していればいいのだが、王位を窺うとなれば、間違ってもそんな評判を流されるわけにはいかない。


 俺たちの側からすれば、たかだかチンピラを小突き回しただけのしょっぱい手柄だ、褒美といっても大した金額が手に入るわけでもない。


 その受け渡しというのは一種の儀式であって、小遣いみたいにひょいっともらって帰る、というわけにもいかないのだ。はした金のために時間をとられるのは面倒で、正直もらいたくもなかった。


 だが、傭兵が金を欲しがらないなど、怪しいことこの上ない。そこは演技してでも欲しがってみせる必要があった。しかし間の悪いことに、彼らはそのあと、今回の捕り物についてすぐに取り調べやお裁きをしなければならず、それを待つ間、俺たちはこの町に留め置かれたのである。


 市民たちの見守る中、不良役人たちに対する審判がなされたあと、最後に俺たちがその場に引き出され、報奨を受けた。その時にはすでに夕方になっていた。


 今食っているのは、この町での二回目になる飯だった。


 しかもその場所は、メンシアード軍の本陣で、周りはほとんどが将校級の厳つい軍人、俺たちはそんなところに連れ込まれていたのである。


 本陣といってもこの町の宿屋を一軒貸し切りにした仮のもので、その格も大したことはない、というか、どちらかといえばボロっちい。貝殻亭よりちょっとましなぐらいだ。


「待たせて悪かった、お詫びに飯でもご馳走しよう」


 ジンブラスタ将軍にそう言われて強引に引っ張ってこられたのだ。


 その理由はたぶん、山猫傭兵団ウチの豪傑どもの勧誘、ひょっとすると、俺たちの連れていた馬にも興味を持ったのかもしれない。


 そこまではまあいいとしよう。


 ちょっぴり怖いが、飯を食って、話を聞いて断る、それだけだ。敵陣に潜り込んでの情報収集と割り切れば損はしない。


 だが、それだけでは終わらなかったのである。


 この夜は、酒の解禁日で、陣中でそれを飲むことを許されていた。


 メンシアードの軍中においては、大将軍は士官たちと同じ場所で、同じものを飲み食いする、これは先の大将軍で王太子、エルメライン殿下の父であった人がそうしていたかららしい。


 どうして俺がそんなことを知っているかといえば、隣で酔っぱらっている女が自分で教えてくれたからである。


 ……俺の横には、先ほどからエルメライン殿下が座っていた。


「おい、山猫! 飲んでるか!」

「……飲んでますけども」

「飲んでない!」


 飲んでるよ、飲まされてるよ!


 美人の隣で飲む、それは基本的には喜ばしいことではあるが、今は少しも喜ばしくない。


 当然、おかしなことはできない。彼女を相手にここでいささかでも不埒な真似に及べば、俺はたちまち屈強な男たちから袋叩きで、そのあと袋詰めにされる。

 しかし、向こうからの不埒に対しては、無抵抗でいなければならなかった。


 この女は立派な外見にも関わらず、とても酒癖が悪かったのだ。


「私は父上の仇をとらなければならないのだ! なのだ! なのである!」


 この話も、さっきから何度目だ。


 ――おいおい、部外者にそんなことを喋っちまってもいいのかよ。


 最初にそれを聞いたときには、そんなのはメンシアードの機密ではないのか、そう思ったが、これはむしろ公然の秘密に類するものだったようだ。


 彼女がそれを口にするたびに、周囲から、


「そうだ!」

「その通りだ!」


 などと合いの手が入る。


 これこそが、エルメライン派の依って立つ正統性だった。




 十年前、エルメライン内親王の父エイブラッドは、王太子の身でありながら先王を弑し、その後いずこへか出奔したとされている。親殺し、王殺し、どちらかひとつでも死罪に値する、それが両方ともなれば、いかに王族とはいえ、処罰を免れることはない。


 その捜索は執拗になされたが、エイブラッドが発見されることはなく、彼は行方不明のまま、その後正式に廃嫡された。玉座は実の弟である現国王が継ぐことになったのは、なりゆきとしては当然だった。


 しかしこれには、当時から陰謀説が流れていたのである。何か証拠があってのことではない、あくまで結果から逆算してのことだ。


 自分が生きていれば、放っておいてもいつか手に入る玉座である、そもそもエイブラッドが父王を弑して何がしたかったのか、その動機は今もって謎のままだ。いやそれが誰かに陥れられたのだとしたら、もとよりそんなものはあるはずがない。


 真犯人は別にいる、というのは現在でも考えられている。


 自身が大将軍の座にあって、軍部に同情的な王太子の存在は、メンシアードの伝統からすれば異質なものである。いずれその者が王となった時、文官らの天下が覆され、権益が奪われるかもしれないと考えた者たちがいたことは想像に難くない。


 その主体となったのは、現在政権の中枢にいる誰かか、それとも病に倒れている現国王か、いずれにしろそれがメンシアードの宮中にいることは間違いないだろう、と。




 そして、メンシアードの軍部では、そのことはあたりまえのように信じられていた。


 エイブラッドの忘れ形見であるエルメライン殿下が成人し、父の後継者たらんと志した今、政府に対して彼女を次の国王とすることを要求したのは、彼らにとって、奪われた正義と玉座を取り戻すための、聖戦に他ならないのだ。


 しかし、俺としては腑に落ちないことがある。少々酔っぱらった頭でも、これをはいそうですか、と飲み下すことは難しい。


 なぜこのお姫様に、王位継承権が残っているのか。


 先の太子による国王の殺害が事実ならば、このお姫様は謀反人の娘であるわけで、連座を外れることはありえない。女性でしかも当時はまだ年少であるということで助命されたのだとしても、追放か修道院にでも入れられるのが関の山だ、だが彼女はいまだに王籍を剥奪されることもなく、こうして王族の一員として遇されている。


 それが事実ではなく、誰かによる陰謀であったとしても同じで、逆にその場合、命があることすら不思議なぐらいだ。陰謀の主からしてみれば、その当時に始末しておかなくてはならかった危険極まりない存在であるはずで、そうしなかったために、その危険は今現実のものとなっている。


 ――わからん。


 わかる必要もないのだが。


 そこにどのような事情があろうとも、傭兵の立ち入るべき問題ではない。いや、下手に立ち入れば、味方である雇い主からも不興を買うだろう。


 武力と、必要とあれば知恵も売って、依頼を全うすることが傭兵の本分であ――。


「聞いておるのか!」

「いーたーいー!」


 思いっきり耳を引っ張られた。


 俺の思考を妨げるものは酒精ばかりではなく、物理もあるのだった。





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