炎の尻尾
のどが痛い。肺の奥から腐敗した都市の空気を吸いながら、彼はその感覚に支配されていた。彼を追う車のことも、近くで鳴るサイレンも、それに伴う火と煙の臭いも気にならない。ただ、のどの渇きが痛みに変わり、声も出ない。
車がスピードを少しずつ上げている。人通りの少ない路地を専有する大きな車体。クリーンな電気エンジンには汚らわしい都市の住人たちが乗っている。皆若く、だが、血色は悪かった。
彼らのあげる嬌声を耳から遮断して、彼はバッと飛び退いてさらに細い路地に入り込む。
ずるん。
通り過ぎる車が小さな花を挽きつぶした。遺伝子異常だったのだろうか。保護されることもない花は蛍光色の赤をしていた。自分の末路を見ているようで、体が冷たくなっていくような気がした。
なぜ、自分はこんなところに連れて来られたのだろう。
自問しても、特にまとまらない。体が熱く、頭もしびれているように感じられる。ただ周囲の大気が冷たく、この街が夜時間へと変化したことだけが機械的に認識できた。
眠らなくては。彼はよたよたと立ち上がり、細い路地を歩く。灰色に固められた高層ビルがかろうじて立っており、彼の歩く道に影を作る。天井から発生する模造された太陽光がちりちりと音を立ている。この区域の太陽はもうそろそろ燃え尽きてしまうことだろう。そして、回収されることも、ない。この区域と共に廃棄される。住むものがいなくなれば、それもまた道理だった。
「ここからなら」
解体作業が始まればおそらくは、外と繋がる。この忌々しい街からも抜け出せる。
彼はわずかな光に目を細めるように、笑った。本気で逃げ去る気がなくてもそう思うことは慰めになった。
この街は、今風にいうならコロニーとも呼ばれる閉鎖都市だ。ドーム状の人類最大の建築物。呼吸する都市とも言われるこのドームは、都市全体に生体素材を多用することによって、空気を入れ換えている。千切れたと言われているオゾン層の隙間から来る放射能も生体素材がシャットアウトする。
このドームの中を区切るようにいくつかの区画や階層に分かれており、人が高層ビルに詰め込まれながら生きていた。
その人口総数は誰にも明かされていない。だが、一国の人口がいくつかの都市に分けられて、詰め込まれているらしい。だが、確実に人口は減っている。こうして一区画廃棄されるほど減っている。
当たり前だ。人間はモグラや蟻ではない。こんな穴蔵とドームの合いの子、もしくは鯨の腹の中みたいな場所で長続きするはずもない。
彼はそう結論づけながら、家路につく。紙の切れ端描いたメモを片手に。
行く先々をビルの影が覆っていたが、影も模造太陽が消されると闇へと溶けていった。




