2人目の願い
そして、俺はまた学校へ通う。
俺の背を気分を高ぶらせる春の風が押してくるが、俺の気分が高ぶる事は無い。はたして、俺の横にいるクソガキの気分は高ぶらされているのだろうか?
まぁ、そんなどうでも良い事は置いておいて、この小学生(だと思う)に聞かなければならない事がある。
「おい、お前。学校は?」
「俺にそんな物に通う義務は無い。行く気も無い」
おかしい。
義務が無いという事は、こう見えて、こいつは大人なのだろうか?
俺はちらっとクソガキを横眼で見る。
……いやぁ、小学生だろ。
「待て待て。義務はある。それとも、お前、自分が人間じゃないとか言いだす気か?」
とりあえず問うと、クソガキは顔色一つ変えずに返した。
「ああ。人間じゃない」
「そうか」
ま、予想はしてたけどな。
時を止められる奴に、「俺は人間だ」とか言われても逆に信じられん。まぁ、コイツが女で時をかけるんだったら、信じられるけどな。
俺は質問を重ねる。
「お前は何者だ?」
「願いを叶える者だ」
願いを叶える者? いや、そういう事を聞いたんじゃない。
「どうやって生まれた?」
「知らん」
「何故、願いを叶える?」
「俺には人の願いが聞こえるからだ」
「聞こえる?」
「ああ」
俺にだって聞こえると思うが。
まぁ、そんなトコを追求したって意味は無い。
「ふーん。じゃあ、なんで時を止められる?」
「知るか」
コイツ……重要な事だけ知らねぇぞ。
「お前、願いを叶えるって、誰のを、だよ」
「それをこれから探しに行くのだろう?」
「へー、そうですか」
絶対見つからねぇと思うがね。
そして、校舎に入ると、クソガキはガキらしく興味津津という感じでトコトコ辺りを走っていた。
俺はそのクソガキを捕まえて言う。
「おい待て」
「なんだ?」
「どういう魔法を使えば、この状況で怪しまれねぇんだよ」
むしろ、何故か俺の方が怪しまれている。
周りの人間は俺ばっかり見ている。
「バカか? お前以外に俺は見えん。故に怪しまれる事はない」
だから、俺だけが怪しまれてるのか……。
もういいや。これ以上コイツに構うと、俺が電波ちゃんか不思議ちゃんのどちらかになる。なんで両方ちゃん付けなんだよ……。
「ム?」
いきなり、クソガキはそう言った。
ム? 無? 何言ってんだ? 無の方だったら、めっちゃかっこいいが。
「その願い、しかと聞き届けた!」
うわぁ、怖いよ、この人。
すると、周りの人間が動きを止める。おそらく、クソガキが時を止めたのだろう。
「で、誰なんだ?」
「奴だ!」
クソガキが指を差したのは、女子だった。
その女子には見覚えがあった。
「同じクラスだな」
俺が言うと、クソガキが聞いてくる。
「名前は?」
「知るか」
「使えん奴め」
「悪かったな」
そして、また時は動き出す。
クラスに入ると、クソガキはまた周囲を興味津津に見ていたが、俺はクソガキが指差した女を遠巻きに見ていた。
あの女の願い? 聞き届けた?
俺はクソガキの肩を叩く。
すると、クソガキは時を止めた。
アレか、気遣いは出来るパターンか。
「お前、もしかして心が読めるの?」
「願い事だけは心で思っていても、聞こえる。それ以外は無理だ」
「そうか」
「もう良いのか?」
「ああ」
俺の返事を聞いて、クソガキは時を止める事をやめたようだ。
「ねぇ、何してたの?」
後ろから聞こえた声に振り返ると、男がいた。身長はそこまで大きくない、160くらいか?
いやいや、そんな事はどうでもいいのだ。
何をしてたか、そりゃあ、クソガキと話してた。ただ、この男から見れば空中に手を伸ばしただけ。
「さ、さあ、なんだろうな?」
男は俺を不思議そうに見る。
「もしかして、そこになんかいるの?」
「いや、いない」
「へえ、そう」
すると、遠くから男が話しかけられる。
「祐、何話してんの?」
「あ。なんでもない」
「ふーん」
なんでもない、か。
どうやら、俺に気を遣ってくれたようだ。
祐という奴、そこまで気にする事か? 俺が空中に手を伸ばすなんて、ただの変な行動にしか見えないだろ……。
すると、クソガキが時を止めて、戻ってくる。
「おい、あの女、高辻優香というらしい」
「どうやって分かった?」
「会話から察した」
「そうかい」
すると、俺は時が進むのを待った。
しかし、時は止まったままだ。
俺がクソガキの方を向くと、クソガキが言う。
「願いを言ってもいいか?」
「そういや、手伝うとか言ったんだっけ?」
いや、俺、そんなこと言ったかな?
「ああ。それがお前の願いだろう?」
「は?」
俺の願い? それを聞き届けたというのか?
「お前、言ってたじゃないか。『誰か俺を巻き込んでくれ』って」
そう言われて、記憶の中からを探る。
そういえば、幾度もしてきた思考の中の一つにそういうのがあった気がする。ただ、言ってはいないハズ。
「うーん。思った事はあるな」
「俺には願いに聞こえたが?」
「願ったと言えなくもない」
「まぁ、そんな事はどうでもいい」
「おい」
クソガキは俺の言葉を無視し、ゴホンと咳ばらいしたのち、言う。
「奴の願いは『誰かと付き合いたい』だ」
「なんとまぁ、高校生らしい無邪気な願いだな。しかし、誰でもいいのか?」
「そういう訳ではないんだろうが、明確に人を限定して付き合いたいという願いではなかった」
「そうか」
まぁ、そういう事もあるんだろう。
恋愛というモノがよく分からず、だから一度体験してみたい、相手は問わない、とか。恋愛を分かっているからこそ、もう一度したい、とか。
若い悩みだな、と思う。
好きな人はいないけれど、恋愛はしてみたい。
いや、むしろ独身アラサーとかの願いじゃね?
「お前が告白すれば願いは叶えられるな」
「誰でも良い訳じゃないんだろう?」
「だが、やってみなければ分からないだろう?」
「誰がやるか」
俺がそういうと、クソガキは不思議そうな顔をした。
「? それがお前の願いではなかったか?」
「そりゃあ、そうだが」
「なんだ?」
クソガキはただただ、理由が分からないという顔をしていた。
「いや、なんでもない」
「で、いつやる?」
クソガキの言葉に、少し迷い、その時間に少し沈黙が続いた後、俺は答えた。
「……まぁ、俺のペースでやるよ」
「そうか」
このクソガキは高辻とやらの願いが叶ったら、いなくなるのだろうか?
ふと思ったその事は、俺には珍しく、深く考えはしなかった。
「おい、お前のペースというのはいつ来るのだ? もう三日だが」
クソガキは呆れて言った。
時を止めてある為、安心して俺は返す。
「う、うるさい。機会が無いんだよ。そう、チャンスが無いんだ」
「チャンス? 何のだ?」
「二人きりになるチャンスだ」
俺の言葉を聞いて、クソガキは更に呆れる。
「そんなもの、来る訳ないだろう?」
「なっ」
「誘えばいいじゃないか、どこかに。言っておくが、たまたま二人きりになる確率など、相当低いぞ」
「クッ……分かったよ」
このまま、引き延ばして無かった事にする作戦は失敗に終わった。
すると、時が進みだした。
だいたい、目の前の人間だけ願いを叶えるなんて、偽善なんだよ……。
すると、高辻は廊下に出る。
「今、か」
俺は呟くと、廊下に出た。
「ほう?」
後ろから、クソガキのそんな声が聞こえたが、俺は気にしなかった。
「あの……」
俺の言葉に高辻は振り返る。
「ちょっと、話があるんだけど、良いかな?」
すると、高辻はじっと俺の顔を見つめる。
「……いいよ」
「じゃ、じゃあ、来て」
俺は緊張しながらも、誰もいない所を探して歩く。
階段を上ると、階が上がる前にあるスペースに立った。高辻も着く。
「……」
沈黙が続く。
俺は高辻を、高辻は俺を見ていた。
「好きです。付き合って下さい」
俺はいつもの声音で言った。
その後、胸の鼓動がより大きく感じる。
よく、言えたな。俺。
高辻はまた俺をじっと見つめていた。沈黙に比例するように、鼓動は大きくなっていく。
そして――
「うん。いいよ」
結果を知った。
そして、時を今に戻る。
今はあの日からの二日後で高辻とデートをしている。
「まぁ、こいつなら、どんな事があっても女を見捨てる事はなさそうだな」
その言葉に俺は振り返る。
ただ、そこには誰もいなかった。
何処までも身勝手な奴だ。
やはり、高辻の願いを叶えたから、クソガキは俺の前からいなくなったようだ。
そういえば、強がりばかりを言って、一度も本心を言えなかったな。
「今回だけ」とか「最悪」とかだけは声に出して、「巻き込んでくれて構わない」という本心だけは心に隠してしまった。
そりゃあ、いなくなる。
また願えば、会えるだろうか?
いや、それは俺の何の価値も無い、小さなプライドが許さないだろう。
もう、チャンスは来ないだろう。これが、最初で最後だ。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
俺はかけ足で高辻に追いつく。
俺はもう一度振り返るが、やはり、そこには誰もいなかった。
今回は出会いと別れを書いてみました。