変なクソガキ、変な俺
俺は自分から何かに手を差し伸べる事が無い。
例えば、そこに迷子がいたとしよう。
①助ける。
②助けない。
さて、君はどちらを選ぶだろうか?
俺は後者だ。
ただ、別に助けたくない訳じゃない。
だが、どれだけ勇気を振り絞ろうとも、声が出ない。足が動かない。頭が回らない。
そして、その場を立ち去ってしまう。
すると、声も足も頭も異常は無くなるのだから、情けない。
助けないのならば、助けたいという思考は無駄だ。
いや、一度、助けた事があったか――。
だが、それも助けきれた訳じゃない。最後、俺は逃げたのだから。
結局はそういう事。
俺は主人公になれはしないのだ。活動的ではないのだから。いつだって受け身なのだから。たとえ、勇気を振り絞れたとしても、助けきれる訳じゃないのだから。
俺が、主人公になるには――。
誰か、俺を巻き込んではくれないだろうか?
俺は喫茶店にいた。
なんとも優雅な素晴らしい作り。更にコーヒーのブラックを頼んでチビチビ飲むという(俺にとっては)愚行をせず、カフェオレを頼んだ事も吉となり、それが相俟って最高の気分を生み出す。
俺の目の前の女もこちらをチラチラと見やりつつも、カフェオレを飲んでいる。
何か話さねば、という義務感に追われているのだろうか?
うむ、知った事では無いな。
「これから、どうする?」
女=高辻が言う。名字としては、中々かっこいいと思う。風属性なのではないだろうか?
さて、妄言はここまでにして、現実に戻るとしよう。
「おい! 現実逃避すんな~」
ほら、呼びかけもある。
これ以上の現実逃避は彼女も許してくれないようだ。
この彼女というのは、付き合ってる方の彼女である。
俺が遠い目をしていると、高辻がまた言う。
「だから、この後、何すんのかって話よ! 聞いてる?」
慌てて焦点を高辻の眼にして、口も動かす。
「ああ。聞いてる。聞き過ぎて頭に残ってない」
俺のテキトーな言葉に、高辻はリアクションをしてくれる。
「聞いてないじゃん! ノープランデートだとは思わなかったよ!」
わざわざ、リアクションを……。こいつ、良い奴だな。
だが、勘違いをしてもらっては困る。
「いや、プランはある」
そう。今はデート中だ。それにノープランで挑むほどの勇気は無い。
「え? あるの?」
高辻が期待してこちらを見るので、俺はつい眼を逸らしてしまった。
「ああ。ここでお茶した後、映画を見ようと思っていて、だな」
「あ、そうなの。じゃあ、行きましょ」
そう言うと、高辻は席を立つ。
「おい。もう、か?」
言ってみるものの、目の前の二つのカフェオレは両方とも空だ。
「ええ。当たり前でしょ?」
「あ。そうだよな」
そう言って俺も席を立った。
なんというか、気を遣うな……。緊張もするし。
やっぱり、恋愛というのは俺の性分にあわない。
なら、付き合わなければ良い。
その通りだ。だが、今回ばかりはそうもいかない。
そんな事を考えていると、時が止まる。
いや、俺の主観では時は止まってない。だが、俺と俺の横にいる小学生ぐらいの背丈で小学生くらいの年齢だと思われる少年との主観以外では、確実に時が止まっているのだ。
俺は時計を見やるが、秒針は止まっている。
俺は正面を見やるが、高辻は止まっている。
ああ。そうだ。
今回ばかりはそうもいかない。
巻き込まれたからである。
俺の横にいる、このクソガキに。
そうやって俺がクソガキを見ていると、クソガキは俺に言う。
「なんだ? その眼は。嫌そうな顔をしやがって。お前が言ったのだろう? 『誰か俺を巻き込んでくれないだろうか?』と」
「確かに言った。というか、思った。しかし、こんなめんどくさい事に巻き込まれるとは思わなかったぞ!」
クソガキは俺の反論を鼻で笑う。
俺の考えている事など見透かしているのだろう。
「フン。大方、超能力でも使えるようになる、とでも思ったんだろうが、それはあくまでお前の予想だ。どう巻き込まれるかまでの注文は受けていなかったな!」
クソガキは胸をはって言うので、俺は諦める。
「くっそ。まぁいい」
「お前ら人間は、そうなんで無責任なのだ? 思ったのなら責任くらいとれ!」
クソガキの言葉に俺は返す。
「はいはい。分かってますよー。ただ、今回で終わりな」
「分かってるさ。もう巻き込まれたくなんだろ?」
クソガキの言葉に思ってもない事を返した。
「ああ。ったく、最悪だぜ」
いや、違うのだ。最悪ではない。むしろ、巻き込んでくれて構わない。
俺は今に満足しているのだ。
こいつのおかげで高辻と付き合えた。
確かに気は遣わにゃならんが、高辻は良い奴で、不満は無い。
まぁ、高辻にはあるかもしれんが。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、クソガキは言う。
「そろそろ、時間を戻すぞ」
「はいよ」
そして、秒針は動き出す。
しかし、まぁ、なんでこんな波紋を広げるような巻き込まれ方、せにゃならんのだ。
いや、そんな俺と高辻が付き合っている、なんて噂が波紋のように広がる事に悩む俺は、幸せ者という事か。
「行くわよ」
「はーい」
そして、俺と高辻は喫茶店を出た。
さて、この事の顛末を話すには、時を遡らなければならない。
そう、あれは入学式の日の帰りの時の事だった。
雨上がりの道路、水溜りに光が反射して、太陽がいくつもあるようにすら、思えた。
「眩しい……」
俺は太陽に向けてそう呟くが、太陽の光が弱まる事は無く。俺の目にキラキラと映る。
暑いよりはマシか。
そう思うと、前を向いた。
下を向いてても、前を向いてても、眩しいのは変わらない。
すると、右斜め前に男の子がいた。
見た目からは小学生、それも3年生程度に見える。
一人でいるという事はあの子供、迷子だろうか?
助けるべきだろうか?
俺は…………。
俺は足を止める。
だが――無理だ。
そう、いつも通り、声をかける事が出来ず、通り過ぎる。
きっと、誰かが助けるだろう。
これで、終わりの筈だった。
「おい、お前。迷子なんだ。普通助けるだろ、バカ」
聞こえた声に振り返る。
どう考えても、迷子が言ったとしか思えない。
俺は確認を取ってみる事とした。
「ん? 君が言ったのか?」
「他に誰かいるのか?」
迷子の言葉に辺りを見回してみる。
いや、おかしい。何故、誰もいない?
異常事態だ。
今日は入学式。俺は一番近い駅に向かっているが、同じ通路を何人もの人間が通る筈だ。だが、いるのは俺と迷子のみ。
「案ずるな。時は止めてある」
「何言ってんだ?」
俺はそう言いつつも、携帯の時刻を見る。
「時間が経ってない……」
俺の携帯はアナログ時計を模したように時間が出るのだが、秒針は動いていない。
うわっ、壊れてるよ。最悪。と思いたい所だが、そこまで夢の無い考え方をするつもりは無い。
このタイミングで携帯が壊れるなど、有り得ない。
周りに人間がいないのも、コイツが何かをしたのなら、理由がつくし、人どころか、ここら辺には車すら通らない。
そんなのが有り得るのだろうか?
「お前……何者だ?」
俺の問いに迷子は答える。
「俺は人の願いを叶える者だ。貴様を巻き込んでやる」
「巻き込む?」
「ああ。貴様も俺と共に願いを叶えてゆくぞ!」
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